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第二章 第二話


「夜……か」


 周囲が黒く染まっているのに気付いた速人は、そう呟きながらため息を吐いていた。

 そして、思い出す。


 ──そういえば、あの時も夜だった。


 勿論、ここまで暗くはなかった。

 人口の灯りが所狭しと輝くアーケード街では、街灯が夜を何処かに追いやってしまったかのように、日没なんてものは存在しない。


「……夢、だったのか」


 左腕の幻痛に耐えながらも、速人は必死に記憶を辿る。

 あの時の記憶は、まるで夢とは思えないほど鮮明に思い出せた。


 ──血まみれの床。

 ──足と腕だけになってしまった友人。

 ──あの化け物と、二人の少女達が戦う姿。


 ……あの、黒い球。


 ──そして、夜魔(ナイトゴーント)と呼ばれた自分。


 あの時の痛みも、恐怖も、血と臓物の匂いも。

 ……そして怒りや殺意までも。


「ははっ」


 こうして冷静に思い返してみると……夢にしては酷い出来だった。

 今でも夢とは思えないほど、俺の記憶は訴えかけている。

 だけど……それでも「世間の事実」と「俺の記憶」とは乖離し過ぎている。


 ──である以上……やはり『アレ』は夢だったのだろう。


「一体何を考えたら、あんな凄まじい夢を作り出せるのやら」


 と、自分でも笑うしかない。

 夢というのは、基本的に自分の記憶を再構成して描き出されるものと聴いたことがある。

 つまり、その分析が正しければアレは速人の記憶……恐らく白木から借りたホラー&スプラッター映画の一説を混ぜ合わせたのが原因だろう。

 もしかしたら、最近読んだ漫画か何かの情報も混ざっているのかもしれない。


「ったく」


 ──最期までろくでもない友人だったな、白木のヤツ。


 と、速人は軽く笑う。

 こんな不謹慎な感想が抱けたのは、速人自身、友人の死を未だに『実感』していない証拠ではあったのだが……


「そう言えば、もう誰もいなくなったみたいだな」


 彼の病室内にも病院の外側にも、もう人の気配は感じられない。

 昼の間は延々と医者や警察が彼の病室を訪れ、そして病院の玄関先にはマスコミの連中が群がっていたものだが。


(……何を聞かれても、覚えてないのは仕方ないんだよな)


 ……そう。

 速人は、警察から何度も何度も犯人の行動や事件のあらましを聞かれたのだが、何も答えられなかったのだ。

 答えたら最後、別の病院に送られるのが目に見えていたから、彼の行動は間違いではなかったのだろう。

 幸か不幸か、アーケード街の防犯カメラは何故か壊れていたらしく、事件の惨状を示す手がかりは何一つ存在していなかった。

 ただ……現場の状況から、ダンプトラックでアーケード街に突っ込み、鉈を振り回した無職で身寄りのない三八歳の男が犯人だとされたらしい。

 勿論、そんな無精ひげだらけのむさ苦しい男の顔なんて、速人が覚えている訳もなく。

 結果として速人は「怪我のショックもしくは友人を亡くしたショックで記憶を失った」と医者のお墨付きをもらってしまったのだった。

 尤も……そのお蔭でさっきまで鬱陶しかった警察やマスコミ連中は、蜘蛛の子を散らすかのように消え去ってくれたのだが。

 ただ、こうして……誰もいなくなった病室に一人きりで寝転んでいると、この時間まで呆けて過ごした速人だとしても、正気に返った今では暇で暇でしょうがない。

 だからだろう。


「さて。

 あの時は……」


 そんなことを呟きつつ、速人は近くの花瓶……環が持ってきてくれた白い花が生けられている花瓶に手を伸ばしていた。

 何故そんなことをしようなんて思ったのか、それは速人自身にも分からなかった。

 ただ、あの夢があまりにもリアルだったから……

 そしてあの夢があまりにも実感溢れるものだったから、彼自身が何処かでそれを否定したがっていたのかもしれない。


「確か……」


 目をつぶる。

 そして、あの瞬間の感覚を思い出す。

 左腕が喰われ、全身が燃えるように熱くなって、そして……


「消えろっ!」


 速人は、そう叫ぶ。


 ──あの黒い球を呼ぶように。

 ──作り出すように。


「~~~っ!」


 それは、ただの現実逃避の一つだった筈だった。

 速人の予想ではこの後、自分の行動の滑稽さを自嘲して、あれがただの夢だと確信して。


 ──だからこそ、あの『事件』を受け入れ、明日から普通に生きていくと。


そう自分を納得させるための行動だった筈だった。

……だけど。


「まさ、かっ!」


 ……速人の予想通り、花瓶は消滅していなかった。

 ただ、確かに、その黒い球は出現していた。

 ほんの一瞬だったが、確かに速人の目にはその黒い球体が見えた気がして……


 ──いや、気の所為なんかじゃないらしい。


 何しろ、目の前の花瓶は、数センチ程度ではあるものの、綺麗な丸い穴が開いていて。

 そこから溢れ出た水が床に叩きつけられた音が、さっきから何度も何度も「これが真実だ」と言い聞かせるかのように、速人の耳に響いているのだ。


「うそ、だろう?」


 それは……目覚めた速人が知らされることとなった、友人の死という現実よりも遥かに残酷な事実だった。

 その事実を前に、速人はため息を一つ吐くと、認識を改める。


 ──どうやら、『アレ』は夢なんかじゃなかったらしい。


 そしてその事実は、自分のバカバカしい記憶を放棄して明日を生きようと決めた速人の決意を、見事粉々に打ち砕いていたのだった。


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