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第二章 第一話

 意識を取り戻した速人を待っていたのは、困惑と少女の体温だった。


「速人ぉっ!」


 目が覚めてぼんやりしていたところに、従妹である黒沢環が抱きついてきたのである。

 少女の未だに発達途上とは言え、男子とは違う柔らかさを持った肉体に、異性慣れしていない上に起きてすぐだった速人は身動き取れないままに固まっていた。

 日ごろ小言ばかりとは言え、それでも肉親……に最も近い相手なのだ。

 流石の速人もこの時ばかりは、日ごろの鬱屈を思い出さなかった。

 けれど、いつも説教ばかりする鬱陶しい相手が涙目で心配している姿というのは……何と言うか、思いっきり居心地が悪い。

 幾ら従妹とは言え、ここまで近い距離で、しかも抱きしめられたことなんて小学校の低学年以来である。

 近頃は疎遠になっていた筈の従妹の体温と感覚に、速人は自分の鼓動が自然と高まって行くのを感じていた。

 ……だけど。

 それも数分で別の感情に塗りつぶされることとなる。


「……通り魔?」


「……?

 もしかして記憶、飛んでる?」


 当たり前のように話す従妹を前に、速人は慌てて病室に備え付けのテレビをつける。

 三〇分で一〇〇円も取る、ぼったくり価格のテレビだったが、今の速人には一〇〇円程度、何の損だとも思わなかった。

 古めかしいそのブラウン管の向こう側では、見慣れた顔の地元ニュースキャスターが何やら興奮気味に話している。


「何だよ、そりゃ……」


 話を聞き終えた速人は、思わずそう呟いていた。

 ニュースキャスターの話を統合すると……あの騒ぎは通り魔が起こしたらしい。

 死体は全て刃物で刺されたような傷とあり、犯人は暴れ回った挙句、自ら自刃して果てたと……そう報じられている。


「左腕……」


 自分の記憶を探った速人は、今さらながらに自分の左腕を確かめる。


 ──そこには、無くなった筈の腕が、確かにあった。


 包帯で巻かれているものの、どうやらそれほど重傷という訳でもないらしい。


「つっ」


 指を動かすと、僅かに痛む。

 ……だが、その程度だ。

 確かにあの時、この腕は肩の先から吹っ飛んでいた筈だった。


 ──あの『化け物』に食い千切られて。


(あれは……夢だった?)


 ニュースキャスターが次々に犠牲者のプロフィールを痛ましげな表情で語っているのを聞き流しながら、速人は内心で考える。

 アレは……通り魔に襲われた自分が、記憶を改ざんした、都合の良い夢だったのだろうか?


 ──事件・事故にあった時、人間が自らを守るために行うという、テレビや映画でよく見かけるような記憶改竄。


 そうとしか考えらえないほど、あの出来事は突拍子もなく。

 だけど、身体に未だに残っているあの激痛の記憶や化け物を殺したという手ごたえは……あの出来事は確かにあったと告げていて。


 ──世間の常識と相反する、自分の確信。


 その二つを天秤にかけた速人は……


(そういうことだったとしておこう、か)


 ……結局、天秤をどちらかに傾けることもなく、そういう結論に達する。

 大体、あんな夢のことを話したところで、誰も本気にしないだろう。

 そんなことは、少し冷静になった速人にはよく分かっていた。


 ──笑われるだけだろう。


 ……いや、笑われて済めばまだマシか。

 精神的におかしくなったと言われて、外科以外の病棟に送り込まれるかもしれない。


 ──忘れたほうが賢明なのだ。


 あんな無茶苦茶な、ろくでもない夢のことなんて。


「……白木君は、残念だったわね」


「……ああ。やっぱり」


 ……だけど。

 夢は全て夢じゃなかった。

 何もかも夢で終わるような、そんな簡単なことじゃないらしい。

 速人は友人の最期の姿も、夢で自分を庇ってくれた姿以外は何も覚えていなくて。


「……っ」


 それを知ったとしても……速人は哀しみに嘆く訳でもなく。

 呆然と。

 ……ただ呆然と。

 ベッドの上で座ったままの速人は、『友人の死』を『言葉の上』でしか理解出来ていなかった。

 ここ最近はずっと一緒に遊んでいた相手が突然、二度と会えなくなったという現実を、速人はただ理解できなかった。

 ……いや、理解したくなかったのだろう。


「……じゃあ、今日は私帰るね」


 悲しみに沈んでいるかのように俯いてしまった速人を見て、従妹の環はしばらく心配そうに付き添っていたが、その内、その場に居た堪れなくなったらしい。

 そう一言だけ告げると帰って行った。

 だけど、それすら速人には認識出来ず。

 その後、彼の症状について幾人もの医者が幾つか尋ねてきたことにも、そしてあの事件について警察官らしき人たちの問いにも、速人はまともに反応できないまま。


 そうして、速人がようやく我に返った時には……外はすっかり夜になっていたのだった。


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