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第五章 第五話


 そんなこんなで……周囲に犠牲を振りまきつつも、週末を翌日に控えた日まで速人は何とか我慢をしていた。

 それでも、退屈で退屈で仕方ない。


 ──実際、やることなんて何もないのだ。


 戦闘という凄まじく楽しく濃厚な時間を過ごせる遊戯(ゲーム)を覚えてしまった速人にとって、もはや戦闘以外の人生なんてぬるま湯に浸るだけの、酷く退屈な時間の無駄でしかない。

 今日の昼間なんて、暇で暇でどうしようもなかった挙句、退屈しのぎとばかりに宿題をやっていたくらいである。

 ……彼の退屈ぶりが分かるだろう。

 もっとも、すぐに飽きたからそれほどの時間を費やしてはいないのだが。


「んで、此処に来たと……」


 真っ昼間から屋敷に……しかも自分の部屋に忍び込まれた雪菜は、流石に呆れた声を出していた。

 その顔に焦った様子がないのは、目の前の相手が、いや、世界中の誰であろうとも自分に危害を加える存在などいないと知っているからだろうか。


「警備の者がいた筈ですが……」


「殆どが気付かなかったみたいだな。

 たまに勘の良いヤツは、背後からキュッとな」


 某潜入ゲームみたいな気分で意外に楽しかったと、速人は獰猛に笑う。

 その笑みを見た雪菜は、目の前の人物を始めて見たような表情をしていた。

 だが、すぐに笑顔を取り戻す。


「残念ながら碧は仕事中ですよ?」


「ああ。知ってる。

 今日はあんたに聞きたいことがあったんだ」


 雪菜の言葉に頷いた速人は、そのまま部屋を見渡す。

 雪菜の部屋は意味もないほどに広く、その中には豪華絢爛としか表現できないほどのベッドが一つ置いてあった。

 だけど、部屋の中の装飾品と言えば、壁際にある大きな衣装棚と彼女が座っている机、そして本棚くらいのもので……部屋が大き過ぎるのか、それとも彼女の性格か、どうも部屋に生活感がない。

 興味本位でその本棚を眺めると、そこにはよく分からない外国の本が所狭しと詰め込まれていた。

 来客への椅子すらないその部屋を見渡し終えた速人は、すぐに観察に飽きて座る場所を探してもう一度周囲を眺め、結局、無遠慮にベッドに座り込む。

 やけにスプリングの利いた、妙に座り心地の悪いベッドに速人は舌打ちを一つしたものの、背に腹は代えられない。


「んで、聞きたいこととは?」


 そんな不躾な速人の行動にも笑顔を絶やさないまま、雪菜はそう口を開く。


「……あんたの能力(ナイトメア)について」


 不躾な速人の言葉に、雪菜は眉を片方上げる。

 だけど、彼女の変化はそれくらいだった。

 ……少なくとも外観上は。

 常に優雅な笑顔を崩さない彼女が内心で何を考えているかは……いつも無表情な碧以上に分かり難い。


「それは、能力がどういう意味を持っているのか、知った上で尋ねているのですか?」


「……ああ。碧に聞いた」


 何かを探るような雪菜の言葉に、速人は少しだけ考えた後、頷く。

 その速人の声を聞いたお嬢様は少しだけ驚いた顔を見せると。


「……なら、ただの好奇心ではないという訳ね。

 ったく。あの子も一度気を許した相手にはとことん甘いんだから」


 と、口の中だけで呟いて、速人の顔を正面から見つめる。


「それは、私に興味を持ってくれていると判断してもよろしいのですか?」


「へ? いや、それは……」


 ただの暇つぶし兼好奇心だった速人は、意図せず飛んできたそんな雪菜の妙に艶っぽい問いかけに、慌ててしまう。

 実際、黒沢速人は戦闘には慣れてきたし、今までの人生で怖いと感じていた物事が実は大して危険でないと気付いた所為か、酷く大胆になってきているところがある。

 だけど……生憎と彼は男女関係の経験値はかなり低かった。

 女性との戦闘や応答自体は環で慣れているものの、こう艶っぽさを前面に出されると……要は恋愛が絡んでくると途端に弱いのである。


「女性の過去を探るというのは、そういうことですわよ?」


「……ぐ」


 少年を揶揄するように雪菜が囁くと、速人はもう黙り込むしかない。

 そんな速人を眺めつつ、雪菜はしばらくの間笑いをこらえるように変な笑みを浮かべていたが……仲間をあまりからかい過ぎるのもどうかと思ったのか、大きく息を吐くといつもの笑顔に戻り、口を開く。


「私の能力は、命令ですわ」


「……命令?」


「ええ。世界への命令。

 世界中の物質全て……いや、熱力学第一法則でさえ、私の命令には逆らえないのです」


 雪菜は何気なく告げたものの、速人は彼女の持つ能力の意味を考え、身体を震わせていた。


(それは……何をしても敵わない、ということか?)


 速人は思いつくままに脳内で雪菜との戦闘をシミュレーションし、そして幾度となく敗れる自分を思い浮かべてしまう。

 こうして向き合っているだけでも……冷や汗を隠せないほどで。

 実際、彼女が常に漂わせている余裕はそこから来ているのだろう。


「最も、制約もありますけどね。

 まず、声に出さないと能力が発動されないのですわ。……『立ちあがれ』」


 ふと。

 雪菜の言葉が、命令を下した。


「……っ!」


 それに気付いた時には、速人はベッドから立ち上がっていた。


 ──自分の意志とは無関係に。


「……制約?」


 自分の身体すらあっさりと操られた事実に、少しだけ警戒しながらも速人は尋ねる。


 ──こんな能力……事実上無敵ではないか。


 なのに、彼女が脅える相手が存在している。

 ……恐らくは、明日向かう先に『ソレ』がいる。

 その事実を考えるだけで、速人の身体は自然と震えてきた。

 震えの原因は……恐怖と興味と、そして命がけの戦いを挑めるという興奮か。


「ええ。『私の足を舐めなさい』」


 またしても命令。

 その声が命令だと認識した速人は、知らず知らずの間にも自分の身体が雪菜向かって歩いていくのに気付く。

 そうこうしている内にも、彼女との距離はあと一歩になった。

 雪菜は雪菜で、屋内靴を脱ぎ、その素足を彼に向かって差し出し……

 そのまま速人が跪き、彼女の足に触れようと自分の手が伸びたところで……


「くっ! ふざけるなっ!」


 その屈辱に怒り、心のまま叫ぶ速人。

 ……と、その時点で彼の身体は自由を取り戻していた。


「この通り、相手が意思を持っている場合、抵抗されますの。

 そして『アイツら』は人間よりも命令が通じにくいのですわ」


「嫌な実演させやがって……」


「ふふ。分かり易かったでしょう?」


 確かに速人は自身の経験を持って理解させられた。


 ──彼女の能力も、その弱点も。


 だが、それにしては趣味が入っているような命令だった。

 何と言うか……ゾッとしない。

 あのまま逆らわなければ、人としてと言うよりも男として何か大事なものを失っていたような……


「……少し残念でしたわ」


 何か雪菜が呟いたが、速人は聞こえなかったことにした。


「……じゃあ、碧の能力にも制約があるのか?」


 何と言うか、このままの流れだと妙な性癖に目覚めさせられような厭な予感を感じた速人は、話を逸らすために尋ねる。


「……ええ。彼女の能力は産み出す能力ですわ」


「ああ」


 ちょっと残念そうな顔をしての雪菜の言葉に、速人は自分の勘が当たっていたことを知り、僅かに安堵しながら頷く。

 雪菜が話したその内容は既に知っていたからだ。


「現在分かっている制約は大まかに二つ。

 まず一つ……産み出す物質は武器、もしくは戦闘に必要な道具であること」


 雪菜の言葉に頷く速人。

 それらは全て知っていた訳ではないが、碧の能力発動を見る限り頷ける言葉だったからだ。


「そして、彼女の下腹部付近でないと産み出せないこと」


「……どういうことだ?」


「文字通りですわ。

 碧の能力は産み出すこと。

 だけど、まだ子供を産む準備も整っていない彼女は、生殖や出産ということを『概念としてしか』理解していない」


 その言葉に、速人は何となく相槌を打つ。

 それと同時に、目の前の少女の、その黒いドレスの裾の、その向こう側に秘められた秘密を連想してしまう。

 だからこそ、彼の視線はドレスの裾からその奥へと自然と向かい。

 そんな速人の視線の動きに気付いているのかいないのか、雪菜の指先は下腹部辺りを彷徨っていた。


「だからこそ、彼女の能力は……下腹部付近で武器を産み出します。

 知らないことには曖昧に対応している……そんな結構いい加減な部分があるのですけど」


 所詮は超能力という適当なものですから……と、雪菜は締めくくる。


「なら、俺の能力も、何か制約があるのか?」


「今のところは、球体の必要がある。

 球体内部以外に効果が現れない。

 手の先からしら発現できない。

 身体から十センチ程度しか離せない。

 球体を動かすには自らの肉体を動かす必要がある。

 能力の発動時間は球体のサイズに因る。

 ……ってところですわね」


 つらつらと並べられた自分の弱点に、思わず唸る速人。

 実際、その通りだったから言い返せない。


 ──彼を知り己を知らば百戦危うからず。


 弱点を知れば、相手の攻略法も考え得るということで……速人は目の前に座っている少女から無意識に少し遠ざかっていた。


「尤も、これらは訓練次第では直せるかも知れませんが……」


 速人の警戒に気付いた雪菜が、いつも通りの笑みを浮かべつつ、仲間の警戒を解こうとしたところで……


「お嬢様! 不審者が!」


 日本国内の治安維持を責務としている方々が持っている、リボルバー式拳銃を持ったメイド服の少女が部屋に乱入してきたのだった。


「速人! お前!

 ベッドに座って! お嬢様に何をした!」


「いや、何も……」


「あら、遅かったわね、碧。私はもう堪能しましたわよ?」


「~~~~っ!」


 雪菜のからかうような妙に艶っぽい一言で、日ごろから滅多に表情を変えなかった碧の顔が鬼の形相になる。

 何を勘違いしたのか、そのまま手にした拳銃を速人に向けたかと思うと……


「おいっ!」


 ──引き金を引いた。

 ──本当に何の躊躇いもなく。


 訓練で模擬弾に慣れていた速人は、辛うじて鉛弾を回避する。

 見事に髪の毛が弾丸と触れ合い、焦げたような匂いが辺りに漂った。


「何しやがるっ!」


「やかましい!」


 そのまま、銃越しに言い合う碧と速人。

 碧のあまりの剣幕に打つ手なしと理解した速人は、原因を創り出した雪菜に視線を向けるが、彼女はただ微笑むばかりで助け舟を出してくれない。


 結局、もう三発の銃弾が飛び交ったところで、騒動に飽きた雪菜が仲裁に入り、やっと速人は屋敷を出られたのである。


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