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第一章 第三話


「お前な、もうちょい攻撃重視しろよ」


「うるさいな、最後まで死ななきゃ勝てるだろうが」


 ゲーセンで二時間半ほど遊んだ二人は、プレイ批評を交わしながら店を出てきた。

 今日のプレイは意外と身が入った所為か、思っていた以上に時間が経っていたらしく、そろそろ周囲も暗くなって、人影もまばらになっている。

 ちなみに、今日の戦績は二〇戦十二勝八敗である。

 基本的に、突っ込む白木を速人がフォローする。

 二人は組んでプレイしている内に、性格に起因すると思われる、そういうプレイスタイルが自然と染み付いていたのだ。

 そして今……堅実派である速人のスタイルに、パートナーであり攻撃型である白木が文句をつけているところである。


「だからって、守ってばかりじゃ無意味だろ?」


 十二勝の内、半分近くが判定勝利だったのが気に入らないのだろう。

 久々のゲーセンで憂さ晴らしをしたばかりと言うのに、白木は珍しく愚痴を零していた。


「……勝てばそれで良いじゃないか」


 それが速人の主張である。

 事実、負けのほとんどが突出した白木が狙われて落とされるケースだったのだから、彼の主張は間違ってはいない。


「だからってな……」


 さっきまで遊んでいた店の前で、未だに文句を重ねようとしていた白木が突然、言葉を忘れたように固まった。


「おい、どうした?」


 友人の突然の硬直に、速人は首を傾げる。


「おいおい。速人、アレ見ろよ」


「……ん?」


 硬直中だった白木が、驚いた顔をして道端を指差した。

 どうやら、誰かを見つけたらしい。


(他人を指差すなんて礼儀知らずな真似をよくやるな~)


 などと密かに思いつつ、速人もふと振り返って……


「うわ」


 その少女を見た途端、彼の口からは知らず知らずの内に声が零れていた。

 何しろ、こんな夕暮れ時に黒いドレス姿の、如何にもお嬢様然とした少女がアーケード街を歩いているのである。

 更にその隣には、小学生と見紛うばかりのえらく小さなメイドがつき従っているときたものだ。

 一介の高校生である速人が彼女たちの方に向けて不躾な視線を送ったところで、それは別に責められるものではないだろう。


「黒いドレスが似合う人間なんて初めて見たな……」


 つい、速人の口からそんな感想が零れ出る。

 最近の色々なブームとやらで、ゴシックな少女やらドレスの少女やらが、このアーケード街にも四葉のクローバーを見つける程度の確率で発見出来るようにはなっているのだが。

 今日の今日まで速人は、そういう服装が似合っている女の子という稀有な存在を見かけたことことがなかったのだ。


(……このくそ暑いってのに)


 内心でそう呟きつつも、ちょいと観察してみる速人。

 彼女の黒いドレスは、趣味でなければどう見ても喪服だった。

 だけど、その少女は別世界に旅立った旦那がいたにしてはちょっと若すぎる。

 と言うことは恐らく、彼女は見た目通り速人と同年齢くらいで……もしかしたら、身内の葬式でもあったのかもしれない。


 ──勿論、女の見かけの年齢ほど当てにならないものはないのだが。


 女が顔に粉を塗りたくって化けるのを、速人は母親で何度も確認している。


「つーか、綺麗な娘だよな~」


 その黒いドレス姿の少女に驚いていた速人の隣で、白木も呆けたようにそう呟いている。


「……ん?」


 速人たち二人が呆然と少女を眺めていた時。

 そのお嬢様が、突然振り向いたのだ。


 ──いや、違う。


 速人を直接見たという訳ではなくて、周囲の人間を睨みつけたと言うのが正しいだろう。

 もしくは……周囲にいる人たちが酷く邪魔な様子で睨み付けていると言うか。


 ──いや、あの様子はむしろ……周囲に人がいることに、焦っているような。


「おいおい」


 見られるのが嫌なら、そんな格好しなきゃ良いのに……なんて、速人が思ったその瞬間。



 ──世界が、砕ける音がした。



 本当に『ソレ』は突然だった。

 他に表現の仕方がない、聞いたこともない甲高い音が速人の耳の奥に響く。

 だけど、人間としての直感か、それとももっと根源的なところに染みついた本能なのか、その音が何かヤバいことだけは分かる。


「……逃げなさい!」


 その直後、黒衣の少女が何もない街角の一角を睨みつけながらそう叫ぶ。

 と、同時に鼻に刺激臭を感じたかと思うと、少女が睨んでいた場所……速人から数メートルほど離れた宣伝用看板の角が突然歪んだかと思うと……

 突然、『ソイツ』が形を現し始めたのだった。


「何だ、こりゃ……」


 その現象は、無理に言葉にするならば……「万華鏡の中身があふれ出てきた」という感じだろうか?

 空気が歪んで光が歪んで、どんどん形が歪んで、見ているだけで不安になるような、そんな光景が目の前に広がっていた。

 万華鏡とちょっと違うのは、筒の中がキラキラしているのではなく、何もない空間が突然キラキラしているところと、青黒く輝いているところの二つだろう。

 そんな、見たこともない超常的な光景に、速人が呆然と見とれている間に……


 ──『ソイツ』は、いつの間にか形を取っていた。


 まず、速人に理解できたのは、白くて硬質な何かだった。

 一秒ほど眺めていると、その白くて硬質な何かは「牙」であり、「自分にとって致命的な何か」であると、やっと理解出来る。

 そうして牙を認識すると、混乱の極みにある速人にも、『ソイツ』が一体どういう存在なのかをようやく理解できるようになってきた。


「なんだ、コイツは……」


 『ソイツ』を目の当たりにした速人は……ただそう呟くことしか出来ない。

 何しろ……今まではあまりにも『ソイツ』が速人の常識からかけ離れ過ぎていて……その白くて硬質なモノが並んでいる様を見ても、彼にはそれらが一体何なのかさえ、さっぱり分からなかったのだ。

 だけど、こうして牙を一度認識すると……『ソイツ』は、幾つかの顎が合わさって出来たような生物だと分かる。

 それぞれの顎に鋭い牙を持ち、口と口の間にある黒くて丸いのは恐らく瞳だろう。

 そして、捕食の為かどうかは知らないが、その生き物の身体からはウネウネと動く触手が突き出している。

 四つの足を持っているのを見ると『ソイツ』は恐らくは生命体、らしい。

 だけど、こんな青みがかかった液体を滴らせている生物なんて……地球上の何処を探してもいやしない。

 ……少なくとも速人は聞いたことも見たこともない。


「おい、何か、やばいぞ」


 その物体を見た白木が速人の肩を叩いて忠告した。


「あ、ああ」


 肩に触れる感触によって我に返った速人が、その場から立ち去ろうとした、その瞬間。

 『ソレ』の姿が突然ブレたかと思うと。



 ──速人の目の前で。

 ──友人は、靴と足首、そして左手だけになっていた。



 飛び散る真紅の液体と、鼻に突き刺さるような鉄錆の匂い。

 それを見て、それを嗅いだというのに……未だに速人は自分の目の前で何が起こったのかさっぱり理解が追い付かなかった。

 白木という存在がソレに齧られて体積の九割を失ったのだと、そう速人に理解出来たのは……周囲から悲鳴が上がり、頬を流れるぬるっとした生暖かい液体が友人の血であると認識出来てからだった。


「くそっ! 『床よ、槍となり貫け!』 」


 その惨劇を見た黒いドレスの少女は突然、誰ともなしにそう叫ぶ。

 まるでその声に従うように、アーケード街の床……ゴムみたいな材質の床……が、物理法則上在り得ない形に盛り上がり、化け物に突き刺さっていた。


 ──それは非現実的な光景で、まさに映画か何かで見るような光景である。


 実際、その一部始終を眺めていた速人自身にも、今目の前で起こっている光景が現実のものであるなんて信じられなかった。


「喰らえっ!」


 呆然と速人が見守っている前で、メイド服の少女が何処から出したのか、彼女の身の丈を超える銃を構え、放つ。

 ……だけど。

 その化け物は身体の数箇所に穴を穿たれ、全身から血を噴出しつつも、全く意に介した様子もなく、このアーケード街を歩いていた人々目掛けて踊りかかった。


 そうして……速人が自分の正気を疑うことすら出来ずに呆然と見守るその眼前で、その化け物は僅か数秒でアーケード街を血の海へと変えたのだった。


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