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第五章 第一話


 子山羊との戦いが終わってから一週間後。

 速人が完全に忘れ去った頃に戻ってきたテストの結果は……可もなく不可もなくといったところだった。


「……ま、こんなもんか」


 少なくとも小遣いカットは免れる状況で、速人はそれらのテスト結果に対してその程度の感想しか抱かなかった。

 事実、赤点スレスレだった今までと違い、それなりの点数は稼いでいる。

 ……ろくに勉強もしていないのに、だ。


「やっぱやる気も問題かな」


 何となく呟いてみる。

 今まで嫌で仕方なかったテストが、命に別状もない『取るに足らない代物』と分かったというだけで、言わばマイナスがゼロになっただけなのだが。

 その心理的な問題だけでも、結果が十分変わってくるらしい。

 要は兵数や装備が同じでも、正面からぶつかる時と負け戦の時とでは、戦力が遥かに違うってことなのだろう。


(なんか、最近、考え方が物騒になってきた気がするな)


 速人は何となくそう内心で呟いていた。

 気付けば、脳裏に浮かぶ例えが戦い中心になってきているのだ。


「……ま、どうでも良いか」


 とは言え、考えても仕方ない。

 速人はそう呟くとテストの結果を机の中に放り込み、周囲を見渡す。

 周りの高校生たちは、自分の成績に一喜一憂……憂の割合が遥かに多いが……そんな感じであちこちから悲鳴が上がっている。


 ──こんな紙切れに並べられた数値程度に何の意味があるのやら。


 速人は内心でそう呟いた後、ため息を一つ吐く。

 相変わらず周囲の喧騒や悲哀には馴染めない彼は、退屈しのぎに窓の外を眺め続け……


 そうして、彼の高校生活二年目の一学期最後の授業は終了したのだった。





「……速人、どうだったのよ?」


 教室を出た速人を待っていたのは、従妹の声だった。


「ま、死なない程度だな」


「そりゃ、テストで死ぬ人間なんて限りなくゼロに近いでしょうけど……」


 速人の軽口に、環が唇を尖らせながらも返す。

 この辺りは阿吽の呼吸というヤツで、二人の人生が重なっていた時間がどれだけ多いかを窺わせていた。

 尤も、環の口から出てくるのはほとんどが小言か、速人に対する突っ込みで……その阿吽の呼吸とやらを速人は心底鬱陶しいと感じていたのだが。


「そういえば、夏休みはどうするの?

 赤点は取ってないんでしょう?」


 そんな環の言葉に少し考え込んだ速人だったが……


「雪菜のところかな?

 ……最近、面白くなってきたし……」

 

 と、何も考えずに呟いてしまった。


 ──これが地雷だった。


「ちょ、ちょっと。雪菜って誰よ?」


 突然出てきた女性特有の固有名詞に驚いた環は、大声を上げる。


「おいおい。どうした、黒沢夫婦?」


「旦那の浮気か?

 刃傷沙汰は勘弁な~」


 その大声は当然の如く、注意の注目を集め……。

 授業やテストなど、面白くもない時間ばかりが続く日々の中で、退屈に溺れ死にそうな級友たちは、美味しい餌を見つけたとばかりにその騒動に首を突っ込んできた。

 ……ま、こんなの小学生の頃から延々と言われてきているため、速人にはもう気にもならないのだが。


「ちょ、ちょっと止めてよ!」


 だけど、従妹にとってはそうではないらしい。

 周りのギャラリーに向けて、真っ赤な顔をして叫んでいる。

 ……あんなのを気にしても仕方ないのに……だ。


「……俺、行くぞ?」


 従妹を中心に騒いでいるのを白けた目で眺めていた速人は、逸らした視線の先に校門に黒塗りの車を見つけると……そんな下らない会話に付き合う時間も勿体ないとばかりに、さっさと歩き始める。


「ちょ、ちょっと! 待ちなさい!

 速人! こらっ!」


 背後で叫んでいる環を無視して、そのまま校舎の外へ。

 結局、環が追いかけてきていたようだが、気にもかけず車に乗り込む。


「……あら、良いのですか?」


 車の中には珍しく学生服を着込んだお嬢様と碧が乗っていた。

 ……どうやら、彼女達も学校帰りだったらしい。

 二人の制服姿は初めて見たが、近くのお嬢様学校の制服を着ていた。

 友人だった白木が以前「お嬢様学校の学園祭に潜入して撮ってきた」と興奮気味に叫んでいた時、見せられた写真の中にそんな制服が写っていたのを、速人は微かに覚えていた。

 ま、こんな騒動に巻き込まれでもしなければ、速人なんかには全く縁のないお嬢様学校ではあるのだけれど。


「……別に問題ない」


 他の野次馬と同じような、明らかに面白がった笑みを浮かべる雪菜に向けて速人はそれだけ言うと、何の感情も浮かべずにドアを閉める。

 そのまま、追いかけてきた従妹を置き去りにして、黒塗りの車は走り出した。




「……誰よ、その女……」


 置いていかれた環は、それだけを呟く。

 実のところ、環と従兄の速人はそれほど仲が良い訳じゃない。

 隣に住んではいるが、環の一方的な世話を速人があしらう。

 そういう関係が続いてもう数年になっているのだ。

 隣に住んでいる同士、恋愛感情なんて芽生える訳もない。

 だから、ホントに家族みたいなものなのだ。

 それも……ダラダラと関係が続くだけの家族っぽい感じである。


 ──それでも。


 こうして、目の前で別の女に攫われていくと、何と言うか……こう、気分が優れないというか、苛々するというか。


「速人の、ばかっ!」


 置いていかれた環はそれだけ叫ぶと、地面を蹴り付けながら家路を歩み始めたのだった。


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