第四章 第六話
「……おいおい」
「何か、問題か?」
迫りくる敵を一望できる小高い畦道に立った速人は、迫りくる敵よりも、手渡された短機関銃と予備のマガジン五本という、日本国内で標準の生活を送っていた場合、触れる機会がなさそうな物体よりも……碧という名のメイド服の少女が次にスカートの中から出した物体の方に驚いていた。
「それは……」
「数をこなす戦闘の場合、これが最も効果的だ」
そう言って碧は、手にしたソレを地面に配置する。
本来は航空機に搭載するヤツで、一秒間に百発近い銃弾を放てるという、機関銃の一種である。
その機関銃うに繋がっているチェーン式の銃弾は、未だに彼女のスカートの中から次々と出てきている。
──今更ながら、どういう原理になっているかは疑問だったが。
「お嬢様が待っている。行くぞ?」
「……ちょっ!」
当然ながら状況は、ぼうっと考察している暇を与えてはくれなかった。
あと百メートルといったところまで、数百を数える異形の敵が迫ってきているのだ。
(だからと言って、心の準備くらいさせてくれ!)
そんな事情を知りつつも、速人は内心で叫んでいた。
何故ならば……異形の集団が彼を襲うよりも早く、碧の構えた武器から放たれた凄まじい轟音が、彼の鼓膜へと襲い掛かっていたのだからだ。
確かに、その武器は作動から発射まで一秒ほどのタイムラグがある。
そんな猶予を与えられていながらも……心構え一つ出来ていなかった速人は耳を塞ぐ間もなく、その轟音に鼓膜を叩かれていた。
一秒間に百発という銃弾が、火薬の破砕音と共に放たれる音だから、それはもうとんでもない轟音である。
と言うより、至近距離で聞かされたならば、その轟音はもはや拷問以外の何物でもない。
──勿論、その凄まじい銃弾を浴びせられた敵もただでは済まなかった。
ただでさえろくに障害物のない広い畑地なのだ。
しかも、敵は生まれてすぐの赤子同然らしく、数は凄まじいものの動きはそれほど速くない。
子山羊たちは次から次へと肉片と化し、だが、奴らは恐怖を感じる知能すらないのか、突撃を繰り返してくる。
碧はそんな連中へ一心不乱に銃弾を放ち続ける。
右へ左へ。
そしてまた右へ。
どういう原理かは相変わらずさっぱりだったが、銃弾を繋いでいるチェーンは碧のスカートの中から延々と出てくるため、弾切れの心配はないらしい。
だけど……幾ら銃弾を連射出来ても、恐怖も知らずに突っ込んでくる凄まじい数の敵全てを捌き切れる筈もない。
右から三匹ほど、銃弾の嵐を抜けて子山羊が飛び込んできた。
「ちっ!」
だけど、そのための速人である。
速人は射撃訓練なんてしたこともなかったが、ゲーセンでなら銃を撃つタイプのゲームは何本かやり込んでいる。
短機関銃から放たれた銃弾は、向かってきた三匹の内、二匹を撃ち落す。
「くっ!」
……だが、一匹残った。
その、見るだけで吐き気がするような異形の肉体を跳躍させ、子山羊が角を速人目掛けて突き刺してくる。
「やばっ!」
速人と咄嗟に能力を発動させる。
手に持っていた短機関銃をも消滅させてしまったが、向かってきた子山羊は上半身を失い、臓物と血を撒き散らしながら、放物線を描いて明後日の方向へと飛んでいった。
「速人! 左!」
「応っ!」
また銃撃を抜けてきた子山羊がいたのだろう。
碧の大声に、速人も大声で応える。
と言うか、碧の銃撃音が凄まじく、大声でないと聞こえない。
「喰らえ!」
飛び込んできた二匹の子山羊に、速人は右手の黒い球体を叩きつける。
一匹目は頭から上全てを失い、噴水のような血を撒き散らしてその場に崩れ落ちた。
二匹目はその角と頭蓋の半分を消滅させたため、速人は血と脳漿が巻き散る場面を見る羽目になった。
「しばらくはジンギスカン食えそうにないな!」
「あれは羊肉だ!」
速人の軽口に、碧が突っ込みを返してくる。
……返してくる余裕があるらしい。
いや……実際、その程度の余裕はあった。
戦いが始まってこの方、戦局はかなり一方的に展開している。
何しろ、敵は防御も陣形も考えず、恐怖すら感じないかのように、ただひたすら正面からの突撃のみを繰り返してくるのだ。
旅順攻略戦の日本軍並に酷い戦略だった。
その上、敵は銃すら持っていない。
「来たぞ!」
「ああ!」
またしても飛んできた子山羊一匹を、速人は能力であっさりと消滅させる。
今度のヤツは既に銃弾を浴びていたので、動きが鈍く、楽にトドメをさせた。
……だが、上半身を半分ほど消したため、速人の足は内臓まみれになっってしまう。
(畜生っ! 臓物くせぇ!
こりゃしばらくホルモン焼きなんざ喰えねぇなっ!)
思わず速人が内心でそう叫んでしまうほどに濃厚な臓物臭が、辺り一面に広がっていた。
「……っと、終わったのか?」
ふと気付くと、延々と落雷のように鳴り響いていた銃弾が止んでいる。
戦いの緊張を解いて一息ついた速人が周囲を見渡してみると……そこにもはや歩く生物は存在していなかった。
勿論、運が良かったのか悪かったのか、銃弾を浴びても致命傷にならなかった子山羊はいるものの、戦意をなくしたのか銃弾を浴びた激痛に耐えているのか、ただのたうち回っているだけだった。
……もう敵ではないだろう。
だけど、碧はそんな子山羊を見下ろすと、スカートに手を入れ。
「お、おい?」
速人が止める間もなく、その手にしたものを一切の憐憫も欠片の躊躇もなく子山羊の群れに数十個放り込む。
──それは、焼夷弾とか呼ばれるヤツだったのだろう。
子山羊の群れに放り込まれたソレは、真っ青の炎を上げて、周囲の野菜ごとまだ動いていた子山羊の群れを焼き尽くしていった。
「終わった、行くぞ?」
「あ、ああ」
目の前で燃え盛る炎に呆然とした速人だったが、走り出した碧に従って彼もその炎に背を向ける。
背後から聞こえる、生きたまま焼かれる子山羊の声にならない呼吸音は、流石に長々と聞きたい代物ではなかったのだ。
……だけど。
──その微かな憐憫は、戦いの最中ではただの「隙」でしかなかった。
ふと、背後でドンという音がした瞬間、速人が振り返る。
次の瞬間、彼が見たのは、角が一つだけになり、顔が半分吹き飛び、しかも身体中が炎に包まれた子山羊の姿だった。
……それが、彼目掛けて突っ込んできているのだ。
「しまっ?」
……避けきれない。
右手で能力を発動させ、防御しようとするものの、その子山羊の角の軌道上に右手を持ってくるのには遅すぎた。
──ドスッ!
その角に身体を貫かれる。
振り返っている最中に何とか身体を捻ったため、右肩にその角が突き刺さっただけで済んだ。
「このっ!」
激痛が脳へと伝わった瞬間、速人の目の前が怒りに真っ赤に染まる。
……と同時に、銃声と共に彼の視界も真っ赤に染まっていた。
──子山羊の頭部が、音速を超える速度で飛んできた鉛弾によって吹き飛ばされたのだ。
ついでに速人の耳の皮膚が少し持っていかれた気もするが、彼の顔は返り血と脳漿に塗れていて……どれが彼自身の血か区別がつかない。
「わ、悪い。助かった」
「反応が鈍い。
それではやられる」
何とか目前の獲物を奪われた怒りを押し殺した速人は、助けられた礼を言う。
……だけど、帰ってきたのはそんな素っ気無い一言だった。
「なぁ、お前って、俺のこと、嫌いか?」
ついさっき屋敷で雪菜の話した内容と彼の前での碧の態度が、どう頑張っても一致せず、速人は心の何処かで彼女の態度が気になっていたらしい。
ついでに言えば、こうして戦闘を二人でくぐり抜け、ちょっとだけ碧との距離が縮んだつもりになったのかもしれない。
……だからこそ速人は、ついそんな質問をしまったのだろう。
「……いや。
ただ、羨ましいだけだ」
「羨ましい?
……お前が?
俺を? 何に?」
速人の肩の傷に応急処置をしながら、ぽろりと零した碧の告白に、首を傾げる速人。
何しろ速人の中では、彼女に勝っている場所なんて身長と体重くらいのものだ。
あれだけ訓練を繰り返したからよく分かるのだが、戦闘能力では目の前の少女が遥か上にいるのは明白である。
日頃から小言に晒され酷く低く自らを評価している速人には、この小柄な少女が自分を羨むところなんて欠片も思い当たらなかった。
そんな彼の疑問を無視したまま、碧は速人の肩への応急処置を終えるとすぐさま立ち上がり歩き始めた。
……仕方なく速人も彼女の後ろについて歩き始める。
一歩一歩歩く度に、肩の傷が脳髄まで響く感覚があるが……ここ数日の特訓で痛みに慣れた所為か、それとも夜魔になった所為か、歩けないほどでもない。
それでも主を待たせている筈の碧が走ろうとはしなかった。
ただ彼女は次の戦闘に備えて体力を温存しているのか、それとも怪我をした速人に気を使っているのか。
……痛みに歯を食いしばりながらも足を運ぶ速人には、その判断はつかなかった。
そうして速人が痛みに耐えながらも碧の後ろを歩いていた時だった。
「八年ほど前、私とお嬢様は誘拐されたことがある」
「……は?」
不意に前を歩く彼女がそう呟く。
突然の一言とその重い内容に、速人は素っ頓狂な声を上げることしか出来なかった。
「その時、お嬢様に仕えるためだけに生まれて来た筈の私は、目の前にある銃口に震えるだけで……何も出来なかったのだ。
だから、今度こそお嬢様を守ろうと誓った。
それから私は射撃訓練や格闘術を学び始めた」
どうやら、さっきの質問の続きらしいと判断した速人は下手に言葉を挟まず、続きに耳を傾ける。
「だけど一年前。
……『アレ』に直面したとき、そういう時のためにと鍛え続けてきた私に出来るのは……ただ震えることだけだった」
『アレ』というのは、どうやら速人たちが戦っている『敵』のことらしい。
「けど、それは……」
「それどころかっ!」
速人が慰めようとするのを、碧は大声でかき消す。
「……なぁ速人。
この能力が何故、悪夢と呼ばれるか分かるか?」
「……え?
いや、それは俺も不可解だったんだが」
突然、声を落としたその碧の質問に、速人は答えられない。
……実際、それは彼にも疑問だったのだ。
──人より優れている筈のこの超能力に、何故、こんな『負の感情』が込められた名前が与えられている?
「この能力は、死を目の前にした瞬間に、自分が心の底から望んだ願望が現れるんだ。
私の能力はつまり、何かを産み出す能力で……」
……それは、彼女が死を目前にして望んだことが、『新しい命を産み出すことだった』という意味だった。
雌性体としては非常にまっとうな要求なのだが……碧には納得できないらしい。
「つまり、私は死の瞬間!
お嬢様の身を案ずるどころか、何も産み出せずに消えていく自分を呪っていただけなのだ!
こんな身体に産まれたことへの劣等感なんて、未だに生理すら訪れていない劣等感なんて、とっくに克服したつもりだったのに!」
それは……確かに悪夢だろう。
──自分の生きてきた理由と、死を目前にして望んだ心の底からの願望が異なっていたなんて。
──その上、二度と見たくない『その願望』がなくては戦いの度に生き残れない。
──即ち、『自分が望まない形の、心の奥底の願望』を自らの意志で延々と見せ付けられる。
……これが悪夢以外の、何だ?
実際、速人に向けられた碧の顔は、普段の能面皮が信じられないほどに歪んでいた。
「だから、私はお前が羨ましい!
死の瞬間、恐怖に歪むこともなく!
変な劣等感に歪むこともなく!
ただ敵の破壊だけを純粋に願った、お前の本性がっ!」
「……それは……」
そんなことを言われても速人は困るだけだった。
何しろ、自分の本性なんて普通に生活していく上で知る機会なんてない。
と言うより、日常生活では何の役にも立たないところで羨まれても……というのが彼の正直な気持ちである。
「……ったく。
何でお前にこんな話をしているのやら」
冷静に返ったのか、碧は誰に聞かせる訳でもない声で、そう一言呟くと……
「ただ、それだけの話だ。
それよりお嬢様が心配だ。急ぐぞ?」
「あ、ああ」
突然我に返ったかのように、碧はいつもの声で速人にそう呼びかけ、足を速める。
……喋るだけ喋ったら少しはすっきりしたのだろう。
さっきまで表情が嘘のように、碧の表情はいつもの通りだった。
それでも速人を置いて走り出さないのは、彼を仲間として認め……その怪我を案じているから、だろう。
その事実に、速人は少しだけ嬉しくなって、肩の痛みを少しだけ忘れることが出来たのだ。




