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 ユーリはそこでやっと話の全貌が見えた気がした。

 一つ間を置いて確認をとる。


「つまり、村の奴らはそいつを利用して異形による儲けを出していたということか。そいつが村のいることで異形は向こうからやってきてくれるからな。そしてあんたはそいつの味方で、村の奴らから目をつけられていて一緒に監禁されていると」

「事情を大まかに理解するとすれば、その通りだ」

「だが、監禁されているといった割には、あんたはここにいるじゃないか」

「一人だけならこうして抜け出すこともできるが、俺にはそこまでが限界だ。あの方を助けるためには他人の協力が必要だった。あの方の性質を鑑みて、協力者は呪い師が適格なんだ」

「なるほど、ね」


 ユーリはムジカの表情の細部までを確認してその話の真偽を図ろうとするが、たとえ本当だろうと嘘だろうと、自分がもう降りられないところにいることは分かっていた。


「俺がその話を断ると言ったら、あんたは俺を殺すか?」

「無論だ。俺の計画を聞かれたなら、しっかりと口封じをしておかなければならないからな」


 回答があまりに想像通りで嫌になる。ユーリは額に手をついて浅く息を吐いた。


「これまでにも、こういうことを繰り返してきたのか?」

「いや、村に来た呪い師で俺が接触を持ったのはお前が初めてだ」

「……全然嬉しくねえな。この村は異形の村だろう?俺以上の呪い師なんて腐るほどやってきたはずだ。それなのに、どうして俺なんだ?」


 どうして自分に白羽の矢が立ったのか。この理不尽に理由を求める。求めなければやってられない。半ば自棄になりながら問うユーリにムジカは難しい目をする。


「…お前はジグルという男の名前を知っているか?」

「…俺の師匠だ」

「俺の師匠でもある」

「……」


 そういえば、ここはジグルの故郷だった。この村の呪い師で目の前の男くらいの年ならば、ジグルの弟子ということも予想できそうなものだった、と、ユーリは自分の失念に頭を痛める。

 ジグルの弟子ならば、これほど強いというのも頷ける。


「お前がつけている装飾具はジグルが付けていたものだろう?それのおかげでお前がジグルの関係者であることは分かった。盗んだという可能性もあるにはあるが、あのジグルがそれを盗まれるようなへまをする可能性の方が俺には考えられないんでね。…確かに、腕の立つ呪い師は何人かここを訪れた。しかし、呪い師にとって俺が託そうとするお方はなににも勝る宝だろう?信用できるものに託したいと慎重にもなる」

「確かに、これはジグルから受け取ったものだが、それだけで俺を信用するというのも考え物だな」

「ジグルは人を見る目は確かだった」


 ―――ずいぶんと信用されたもんだな。あの爺さんは。


 ユーリは自分の師匠のことを少しだけ思い出す。常に飄々とした態度を取り続ける老爺だった。年甲斐もなく子どもをいじり倒して、傍から見ると妙に腹が立つのだが、どこか憎みきれない。そういうジグルのことを思い出す。

 ムジカは、ジグルの弟子だった。それが本当ならば、確かにユーリも彼のことを信じるに足る人物だと判断するだろう。

 その考えは、ユーリにムジカに対して少しだけ気を緩めることを許させる。それだけ、ユーリにとってもジグルの影響は大きかった。


「なるほど。まあ、それに対してはいい。しかし、もう一つ聞いていいか?」

「答えるかは分からないが、話すだけ話してみろ」

「なぜあんたが護衛をしない?」


 ムジカはユーリよりも格段に優秀だ、わざわざ人に頼まなくても、この村からの脱出さえ協力させれば後はどうとでもできるだろう。そちらの方が確実に安心と言える。先ほどの話から、ムジカが彼の守りたがっている人に対してそれなりの思い入れがあるのも読み取れる。それならば、どうして自分で守らない?ユーリにはそれが疑問だった。

 しかし。

 ―――――――――すぅ

 その問いをした直後、ユーリはムジカの表情が崩れるのを視認して、息を失う。

 それは、とても悲しい。悲しい自嘲の顔だった。


「すまんな。たぶん、お前が考えていることが可能ならば、それが最善なのだろうと思う。しかし、俺はここから離れることができないんだ」

「なぜ?」

「異形ののろいを受けたのだ。呪いは俺をこの地から抜け出せないようにしている。俺は死ぬまでこの地から動くことはできない体になってしまった」

「……呪いなんて、そんなもの本当に存在するのか?」

「ああ。お前も呪い師は一つ所に長くい続けてはいけないという決まりごとは知っているだろう?異形と深く結び付きすぎるということはそういうことを指すのだと、気づいた時にはもう遅かった。俺は、死ぬまでこの土地に縛られることになる。」


 ムジカは悲しい目のまま静かに笑ったが、すぐに真剣な表情に戻る。


「すまないが、お前にしか頼めないんだ。お前がそう望むならこの地に額をこすりつけて懇願しよう。金が欲しいのなら俺の持つ全てをやる。どうしても、お前の力が必要だ」

「そんなセリフ、男から言われても寒気しかせんぞ」

「悪いが、今下げられる頭はこれしかないんだ」


 ムジカが懇願する、その姿勢を見て、ユーリは何ともやりきれない気分になっていると思っていた。話の途中でこちらの考えは既に決まっている。どうせ断れば殺されるのだから、この話は拒めない。ムジカは頭を下げずとも、命を奪わないことを対価にユーリに命令すればいいのだ。だが、ムジカはこうして頭を下げている。

 彼はこの話の理不尽を十分に理解していた。ユーリは自分の事情には何も関係ないと知っていて、それでもなお頼らざるを得ない自分の無力を嘆いている。

 その悔しさの片鱗を目にしているようだとユーリは考えていた。


「いいぜ」

「…ありがとう」

「だが、時間がいる。5日は欲しい。待てるか?」

「ああ、これまで何年も何年も待ってきた身だ。それくらいならば、あっという間だよ」


 ムジカがニヤリと笑う。なんとも大した奴だと、ユーリは呆れながらも感心した。



 ムジカはその後、瞬きをする間にユーリの前から消えていた。ユーリはそれに驚くこともなく、逃走用に後ろ手に用意していた道具を荷物に戻す。

 それからしばらくその場にぼんやりと座っていた。が、仕事ができたのだ。休んでいる暇はない。そう思いすぐに荷を背負い歩きだす。

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