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 翌日、この土地で起きている現象の正体を探るため、ユーリは村周辺で様々な調査を並行して行う。土壌調査、水質調査、異形や、そうでない者の生態系調査など、可能な限りの情報をかき集める。

 太陽がちょうど真上に来る頃、ひとまず作業を中断して適当な場所に腰を下ろす。そして食事を取るフリをして荷物の中のあるものを取り出した。


「―――――行け!」


ユーリの言葉に反応するかのようにそれは背後の茂みへと向かっていく。目標を見据え、狙いを定めてそののど元へと向かう。しかしその直後、それは金属と金属がかち合う時の音を出してユーリのもとへと帰って行った。


ユーリの足元には細長い黒色の棒の先が流線型になっている単純な形をしたモノが横たわっていた。それも異形の一つ。呪い師の命令によって、対象に向けて飛んでいく。その速さと正確さから呪い師の間では重宝されているのだが、いかんせん直進しすぎるのが欠点で、対面した状態では簡単によけられてしまう。奇襲にのみ使われる黒い矢のような生き物。―――名を矢弾≪やだま≫という。


「いやいや、これはいきなりなかなかのご挨拶だな」

「村から出た時からずっと挨拶してくれなかったからな。こっちから礼儀というものを示したんだよ。気に入ったか?」

「ああ、なかなかの腕前だ。しかし、年季が違う」


 背後の相手の言葉にユーリが舌打ちをする。それは危機感を感じ、少しでも相手になめられないようにという意図での行動だ。自分も呪い師としてはそれなりのやり手だと自負していたが、相手はそれ以上の化け物のようだ、と。


 油断なく、ゆっくりと後ろに振り替える。先ほどの気配では道幅の茂みを挟んだ距離にいたはずの相手が、すぐ傍に立っている。ユーリはそのことに驚きもせず、強い目をして威嚇することでそこに立つ男の内部を透かし見ようと試みた。

 壮年の男。短髪が逆立っていて、鋭い目つきが威圧感を放っている。全身が無駄なく鍛えられており、歴戦の兵士といった印象を受ける。しかし、こいつは狩人じゃない。


「呪い師」

「さすが同業者」

「そうと分かるように振る舞っておきながらそのセリフを吐くとすれば、それは侮蔑以外の何物でもないな」


 壮年の男が笑う。しかし、それは活きのいい獲物を見る目だ。そして、今からそれを赤子の手をひねるよりもたやすく殲滅する。そういう目。


「まあ待て。別に取って食おうってわけじゃない」

「信用できねえ」

「そうか。そうだろうな。しかし、こちらとて悠長に話をしている時間は無いんだ。お前の信用を得るという意図も込めて名を名乗らせてもらう。俺はムジカという。この村に住む呪い師だ」

「……」

「何だ?呪い師が一つ所に定住しているのが意外か?」

「そうじゃない」


モユクの村に呪い師が定住している。その可能性は既に考えていた。


「これだけの異形の密集地帯。多種類の異形の集団が隣り合わせに生きていられるはずがない。それぞれの異形をうまい具合に配置し、統制しているやつがいる。そういうことができるのは、その道の専門家だけだ―――あんたみたいな、な」

「まあ、それくらいは分かるか」


 ユーリの主張を、男はまるで他人事のように聞いている。その間、両の瞳はユーリから決してそらさずに。


「しかし妙だ。俺は村であんたの姿を見なかった」

「まあな。俺は人前には出られんようになっている。監禁されているからな」

「監禁」


 その瞬間、牢屋、という言葉がユーリの脳裏に浮かんだ。村の中央の、灰色の建物。その中にいる、凶暴な異形。

 なるほど、これは格別凶暴といえる。


「おい、呪い師」

「何だ。化け物」

「それはあまりに酷い言い草だ。俺はさっき名を名乗ったはずだぞ?お前も名乗れ。そうしなければ対等になれない。」


 男の言には有無を言わせぬ響きがあった。それを耳にした瞬間、ユーリは眉を寄せる。

強烈に引っ掛かりを覚える何かが、男の言葉にはあった。しかし、その正体を突き止めることは今の状況がが許してくれない。


「名乗らなければ対等じゃない。対等じゃないとすれば、お前は単に俺に殺されるものだ。殺されたくなければ早く名乗れ」


―――お前にそれを拒む権利はない

 男がその言葉を口にした時、ユーリの背筋を何百もの虫がよぎる感触がする。ゾワリ、と死が迫る音がした。


「…ユーリだ」

「そうか。ふう、これでやっと話ができる」

「…俺にはあんたと対等な話ができるとは思えんのだがな」

「まあ、確かに。その通りだな」


 男は悪びれることもなく言い放つ。ユーリの舌打ちも気にしないで。


「ユーリとやら。お前に頼みがある。といっても、お前がそれを断ることはできん。これは命令や脅迫の類だ」

「………」


ユーリは、自分この現状で抵抗する手立てがないことに悔しさを覚える。逃げの一手は用意してあるが、それを実行できるかどうかは賭けに近い。それも、よほど分の悪い賭けだ。目の前の男が自身の実力とユーリの実力を鑑みて、油断してくれてさえいればよかったが、男の目は最初から今まで、ユーリの姿を捉えて離さない。ユーリは見えない鎖に繋がれて、動きと思考を縛られていた。


「だが、きちんと報酬は支払う。お前の働きに期待して色をつけて払おう。なに、悪くない話だ」


嘘をつけ。ユーリは奥歯が削る勢いで歯噛みする。悪くないかどうかは俺が決める話だ。それに、この状況でどうしてそう思えるのか、と。

 しかし、どれだけ反抗的な態度を取ったところで、現状を打破することはできない。それが分かっていることで、ユーリは最低限の冷静さを保つ。


「あんたは俺に何をさせたいんだ」


 ユーリは目の前の男、ムジカを前にして嫌な気しか起こらない。抵抗はしているものの圧倒されているのは疑いようもない。


「護衛だ」

「…護衛?誰を、どこまで護ればいい?それともいつまで、か?」

「護衛対象は後で詳しく話す。条件は対象を一生涯護ることだ」

「一生っ!?」


 ユーリの目が見開かれる。


「そんなのは護衛とは言わんだろう!」

「護衛だ。お前には対象をこの村から連れ出し、そのお方を力の限り守ってほしい。できれば、その方の希望にかなう生き方をさせてほしいとも思う」

「はっ!俺にそいつの従者にでもなれと言うのか!?」

「まあ、実質的にはそういうことになるのかもしれないが――」

「冗談じゃない!」


 ムジカの埒外な要求に再び敵意を滾らせる。


「俺は呪い師だ!奴隷じゃない!」

「もちろんだ。奴隷にこの任は重すぎる。お前のように若く、力のある呪い師でしか達成できない仕事なんだ」

「なにを言って―― 呪い師だと?」


 続けて言葉をつきたてようとするが、ムジカの言葉がひっかかった。

若く、力のある呪い師。それはつまり異形が深くかかわるということだ。

 そのことに思い至ると、沸騰しそうだった血液が急激に温度を下げていく。ユーリの目に、冷たさが宿る。ムジカもそれを察したようで、難しくゆがめていた表情をひしと引き締めた。

 そして、最後の決定的な言葉をつぐむ。


「お前の護衛対象は村の中央の建物に監禁されている。その方は異形にとりつかれているのだ」

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