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ユーリが村の外周を一巡りすると、だいぶ日が傾いてしまっていた。
興味のあることに没頭してしまうとついつい周りが見えなくなる。呪い師気質が出てしまった。まだ、この一帯の異形をすべて把握できたわけではない。それに、先ほどは対策済みだったはずの異形さえもうまく対処しきれなかった。奴らに関してもまだ見落としがあったのだろう。
呪い師にとって、異形との距離感の計り方は命を左右する。まだここの異形とは距離を置くべきだ。深追いは禁物だ。
研究用に一匹だけ耳の獣を捕まえて村に帰る。クルトと酒を飲む約束もあるので、ユーリは時間に余裕があるように行動した。
ユーリが酒場についたころ、クルトは既に入口の前で待っていた。ユーリを見つけると、嬉しそうに目を細めて駆け寄っていく。その子どもっぽさを多分に残す行動にユーリは苦笑しながら近づいていく。
「やあ、ユーリさん!少し待ちましたよ」
「すまんな。少し調査に入れ込みすぎた。だが、それだけに面白いことも分かった」
「本当ですか!?実は私も面白そうな噂を聞いたんで、ユーリさんに教えてあげようと思ってたんです!早速、飲みながら話しましょう」
二人は酒場に入ると、適当な席に座って酒を頼む。給仕は愛想がないが、手際は良かった。あっという間に出てきた酒とつまみを前にしてまずは乾杯。一口、二口、三口目でコップから口を離し、美酒に呻く。
「くぅう~~!美味しいです!」
「あぁ、確かに。しかし、これは初めて飲む味だな」
「精製の際に何かしらの異形の成分を抽出したものを混ぜるんだそうです。気候の変化に弱いので、この地でこの季節しか飲めないものだそうですが」
「ほう」
「もし、保存が可能になるならぜひ外に持ち出して売りたいものです」
異形の成分が入った酒。そこでまたユーリの好奇心がくすぐられる。
だが、酒の席でそのようなことを考えるのも無粋というものだ。旨い酒ならただ純粋に楽しむのが最上の飲み方である。
いくらか美酒とつまみを堪能すると、不意にクルトがユーリに話を振る。
「それで、異形除けの件はどうですか?上手くいきそうですか?」
「ああ、ここらは本当に異形の種類が豊富みたいだからな。あのあと少し歩いた見た限りでも、材料は十二分にあった。時間さえくれれば安値でそれなりの量を渡してやるよ」
「ありがとうございます。なんだかユーリさんにはお世話になってばかりですね」
「お互い様だ。それに、これも何かの縁ってやつだろ」
「そう言ってもらえると嬉しいです。でも、そうですか。やはりここは特別なんですね」
「そうだな。多種多様な異形が豊富に存在している。呪い師としては天国と言っても良いな」
「それほどですか」
「それほどだ」
「じゃあ、ユーリさん、ここに定住しちゃえばいいんじゃないですか?それだけ異形がいれば、あなたの好奇心を満たせるだろうし、稼ぎにだってなるでしょう?」
「有り得んな」
濃い味付けの煮豆は食べごたえがあって良い。木のスプーンで一気に掬って口にすると、煮汁がじゅわりとあふれる。
「呪い師ってのは一所に長居はしない、してはいけないんだそうだ。もしその決まりを犯してしまうと俺ら呪い師は異形と深く結びつきすぎてしまうと言われている」
「そうなるとどうなるんですか?」
「”異形とそうでない者が交わってしまう”らしい。まあ、どんだけ異形と関わろうが俺たちは異形じゃないからな。分をわきまえろってことなんだろうぜ」
「ふむ、商人としては勿体ないとしか思えませんけどねぇ」
「いいんだよ。俺たちは稼ぎのために生きてるわけじゃないんだ」
「私とは対極な感じですね」
「そうでもないさ。あんただって、終始金のこと考えてるわけじゃねえんだろ。人間、そんなに本質は変わらんもんだ」
つまみを再びすくって食べる。それにしても酒が旨い。これほど旨いとほかの酒が飲めなくなるのではないかとユーリは思う。本気で精製方法を研究してみようか…?
酒が入ったコップを見つめながら、頭の中で何の異形のどの部分が使われているのか思考する。ユーリの考えは方々に飛びそうになるが、クルトの話がそれを留める。
「それで、さっきユーリさんが言ってた『調査で分かった面白いこと』って何なんですか?」
「ん…ああ、そうだったな。分かったことってのはな、この村の特性みたいなもんだ」
「と、いうとどんなものですか?」
「簡単に言えば、異形寄せだな。しかも強力の。これでこの一帯の異形の数が多いのも頷ける」
ユーリの言葉を理解しきれずにクルトは首を傾げる。ユーリは、その表情を見ると満足げにほおを緩めて、内緒話をするかのようにテーブルに身を乗り出した。クルトもそれに倣う。
「村の周囲を見て回った結果、ほぼ全ての異形が不自然なほど村の近くに縄張りを作っていた。普通は危険な人里からは離れるもんなんだがな。土地のせいか、村の何かが関係しているのかは知らんが、これはかなり異常だ」
「そうなんですか?」
「ああ。異形寄せの道具ってのはあるにはあるが、現存する最高のものでもここまでの効果は望めんだろう。かなり興味深い」
ユーリがにやりと唇の端を吊り上げる。獰猛な笑顔。知識を食す肉食獣の顔だ。クルトはその表情に背筋が凍る思いがする。
「なるほど。その特性が分かれば、今までよりも強力な異形寄せの道具が作れるかもしれないということですね。実にお金の匂いがします」
「ははっ。やっぱお前は商人なんだな」
自分はその特性がなんであるかがはっきりすれば満足するだろう。その先に繋げることはできないし、するつもりもない。
クルトと自分との違いを突き付けられてユーリは苦笑する。
「ぜひ、その特性とやらが分かった時には私にも教えてくださいな。その情報は高く買わせて戴きます。」
「構わんが、そうなる確率は低いぞ。もし、俺が分かる程度のものならほかの呪い師が既に解明しているかもしれんし、解明してなお実践不可能なものかもしれん。期待はするな」
「ええ、胸を躍らせておりますね」
「性格悪いな」
「どうとでも言ってください」
クルトにが商人的な表情でユーリを見返す。それは人間的ではありながらユーリの苦手とするものだ。
ため息をつきながらクルトを見やる。話題をずらした方がいいようだ。
「まあ、それはともかく。あんたの方も何か面白い話があるんだろう?」
「ええ。私としてはそれほど興味があるわけではないのですが、ユーリさんなら食いつくんじゃないかと思います。あ、給仕さん!お酒追加お願いします、二人分」
クルトの注文を聞いた給仕が一言はい、と返事して店の奥に向かって行く。いきなり自分の分まで酒を追加されて少し戸惑ったものの、それが仕切り直しの合図だということに気が付き、ユーリはクルトの方に顔を寄せる。
「ユーリさんは村の中央の建物を見ましたか?」
「ん…ああ、もちろん見たぞ。あれは見事だったな。」
「噂ってのはその異形の建物のことです。まあ、異形の建物自体は少ないながらも他の土地にもありますが、この村の建物は他のどこよりも情報が少ないんですよね。あれは村の者でも本当にごくわずかしか入ることが許されていませんし、もしその決まり事を破って侵入しようとする輩がいたとしたらかなりの確率でその人は殺されてしまうそうなんですよ。一部の噂では金銀財宝が隠されてる倉庫だとか、異形の技術が眠ってるもと研究所だとか言われてますけど、今日私は新しい噂を耳にしまして。しかもこれがかなり信憑性が高いんですよね」
「……ふむ。で、結局あれは何なんだ?」
「牢屋です」
は?と間抜けな声がユーリの口をついて出た。それを聞いてクルトはニヤリと笑う。
「どうやらあの建物は中に凶暴な異形を閉じ込めてるって言う噂なんです。それを村の中でも力のある人たちが管理しているんだとか」
「むぅ…牢屋か」
あの無機質な直方体を頭に思い浮かべる。確かにあれは罪人に一切の慈悲をかけないというような冷たい印象を周囲に抱かせる。牢屋というのはなかなか面白い見方だと思われる。
そしてその中には凶暴な異形が捕われている。呪い師としては、なかなかに興味のそそられる話である。もちろん、それは単なるうわさの域を出ていないので信じたわけではないのだが、ユーリは自分の好奇心がむくむくと膨れ上がるのを感じ取っていた。
「面白そうな話だ」
「まあ、一介の行商人と呪い師ではきっとあの中に入る許可はもらえないでしょうけどね。でも、それだけ秘匿性の高い建物とさっきの異形寄せは、結びつけない方がおかしいですよね?」
「まあな」
今度はユーリもニヤリとあくどい笑みを浮かべる。そこにちょうど給仕が二人分の酒を持ってきて、二人は同時にコップを掲げた。
「実に興味深い話だ」
互いのコップをぶつけて、酒をあおる。二人の酒は瞬く間に無くなった。