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千夜一夜

我が輩は使い魔である。


我が輩には名がない。


だが我が輩には崇高なる使命と誇りがある。


図体ばかりデカく教養の欠片もない犬畜生とは訳が違うのだ。



我が輩はチラリと横目で生け垣の向こうを見る。


そこには春先の暖かさに微睡む老犬が居た。


隣のご婦人が飼っている番犬だというが我が輩が思うに物の役には立つまい。


何せ奴ときたら日がな一日中、飯を食う時以外は晩まで寝ているのだ。


勿論、夜が明けるまでまた寝る!


無駄飯喰らいとは 奴のために在るものだと我が輩は思うぞ、まったく。


我が輩は華麗に奴の前にひらりと降りてしっぽで顔を撫でてみる。


「・・・・・・」


しかしながら反応はなかった。


見てくれが悪い上臭いときている。


これでは置物の方が幾分ましであったな。


いやいや、我が輩が気にかけるまでもなかった・・・さて仕事に戻らねば。


再び我が輩は門柱の上へとふわりと飛び乗る。


主人の庭では今、家人総出で倉庫の掃除に当たっていた。


そこら一般の人々とは違い主人の倉庫には計り知れない貴重な品々が収められている。


多数のガラクタと共に。


召使いたちではその区別が付くわけがない、よって我が輩がこうして監督をしているという訳だ。


「こらこら邪魔だよ?」


メイドごときに言われる筋合いはない。


おい。


その薬草は陰干しにしなければいけないのだ。


「あっち行っててね」


あ、こら!なにをする!

我が輩の首根っこを捕らえていいのは母君だけだ!


まんまとメイドに追いやられた我が輩は、争いは避け倉庫の見回りをすることにした。


こういったときには好事魔多し 、不逞の輩が現れるものである。


「・・・・・!」


どうやら先程のメイドが叱責を受けているようだ。


我が輩の言うことに耳を貸さないからそう言う憂き目にあったのだ、以降敬意を払うように。


その時。

ふと、視界の隅を何かが動いた様な気がした。


我が輩の鋭敏な知覚と明晰な頭脳は一瞬にして侵入者と判断しすぐさま警戒態勢に入る。


じっと見守ると小さなものが動き回っているのが、我が輩の暗闇を見通す目に映った。


間違いない。



我が輩は狙いを定めると、まるで猛禽の如く襲いかかった!


鋭い爪は狙い過たず標的を捉える。


我が輩は足の下の獲物を満足感を覚えつつ吟味した。


それは茶羽の油虫である・・・皆様も一度ぐらいは台所でお目にかかったことがあるはず。


かなり厄介な相手ではあったが我が輩にかかればこんなもの。


と、勝利に酔いしれていたのが良くなかった。


喜びを表現する我が輩の尾が指揮棒よろしく勢い良く振られると、机上にあった品物を薙ぎ倒してしまったのだ。


カタリと小さな音を立てて小さな小瓶が落下し見事に割れてしまう。


何たる失態!!


我が輩としたことが・・・激しい後悔に苛まれ奈落をのぞき込む気分で下を見た。


嗚呼、瓶の割れた場所からはもうもうたる煙が立ち上がっている。


不味い!

これでは誤魔化せない・・・ではない毒物であれば周囲に被害が。


導くべき民衆のため周囲を見渡し退路をさがしてみた。


どうやら辺りには人の姿はないようだ、ひとまずは安心。


安堵の為胸をなで下ろすのもつかの間、目の前に妙なモノが立っていた。


「私を封印から解き放ったのは汝であるか?」


そいつは妙な節回しで・・・たぶん我が輩に話しかけている。


筋骨逞しい男で素肌に絹のチョッキ、裾が膨れた妙なズボンを履いていた。


「汝を主と見做し願いを叶えるね」


長い弁髪はまだしも。

なぜこやつは猫の顔をしておるのだ。


「願い事ないか?随分奇特なご主人ね!」


て、我が輩が呆然としている隙に話を進めるんじゃあない!


「ではさっさと云うね、私も忙しいね」


なんだか口調がぞんざいになってきたような?


しかしこれは世に云う伝説の魔神、というやつではないか?


ランプの精ならぬ壷の精とは笑わせてくれる・・・精霊もピンきり、恐らくは大した力も無いであろう。


強力な精霊であればこの様な奇天烈なことにはなるまい。


我が輩と同等の体格に猫顔、明らかにこれは召喚者の模倣である。


「・・聞いてるかー?!聞いてないのねー?」


ええい五月蝿い!我が輩が分析をしているのだ!静かにしないか!



「それが一つ目の願いか?」


そんな訳ないであろう。


期待出来ないとはいえせっかくの機会である、ここはじっくり検討して最良の選択をすべきである。


あー…今の言い方だと二つ以上叶うのか?


それが一つ目の願いか?は無しに願おう。


契約条件を明らかにするのは義務である。


「…先に言われるの心外ね!楽しみが無くなたよ」


こやつめ。


本気で肩を落としている。

どうでもいいがさっさと質問に答えよ!


「残念ながら一つだけね…ちなみに願いを二つ以上にしてくれは却下ね」


ちっ。


我が輩は半眼で魔神を品定めしてみた。


「何か文句あるね?」


こやつはどのぐらい力があるのか……どれ、試してみるか。



「我は高名な魔神よ?」


いや知らん。

おそらく壷には何か書いてあったろうが。


「私、百年閉じ込められてすごく腹減ってるね」


何故、涎を垂らしながらこっちを見る?


猫の顔だけに表情が読み取れてしまう。


なんだか不安になってきた。


我が輩は割れた壷を見下ろす。


こやつは何故封じられてたのだろうか?


「さっさと願い言うよろし!」


なんだかんだ魔神は去ろうとしない、それが契約なのだろう。


では…契約が済めばどうするのか魔神は。


帰るべき壷はもう無い。


我輩は考えた。


君子危うきに近寄らず。

しかして虎穴に入らずば虎児を得ず。


ならば。


「なにか?やはり信用出来ないから力を見せろ言うか?」


そうだ。

自慢するぐらいだ、我輩を踏み潰せるぐらい大きくなれんのか?


「そんなの簡単ね!…ABRAKATABURA…」


呪文を唱えながらこやつ唯一の装飾品、腕輪を擦る。

するとみるみる、天井を擦らんばかりにデカくなった。


「どうね!?」


確かに凄いな。


しかし小さくなるなんて無理だろ?

我輩より小さくなど無理に決まっておる。


「む?馬鹿にするでないよ!」


今度は小指に嵌まった指輪を擦り呪文を唱える。


すると今度は鼠程度の大きさに一瞬でなってしまった。


「どうね?」


自慢そうに首輪を撫でながらこやつはうそぶく。


なるほど。


「やっと願いを云う気になったね……何?言葉を喋れるようにしてくれ?」


そうだ。

我輩の唯一の欠点は人間と話せないことだけだ。


「腹が減ってるから早くするね…ABRAKATABURA…」


何やら喉に違和感を覚える……げほげほ。


「もう喋れるはずね?…そんなに咳をして病気か?

病気だとまずくなるね」


充分に引き付けた我輩は。

電光石火の勢いで魔神の首輪を弾き飛ばした!!


ぶかぶかだったそれは激しく飛ばされ壁にぶつかり金属音をあげる。


「なんてことするね!」


もう一つ欠点があったな。我輩は物が掴めない。


魔神と我輩はほぼ同時に首輪か指輪か腕輪かわからんがそれに飛び付いた!


だが勢いが付きすぎて棚に激突して倒してしまう。


しまった!指輪はどこだ?

便宜上、指輪と呼ぼう。


「あったよ!」


などと思考したのが一瞬の差になってしまった。


魔神が先に見つけ飛び出す。


負けてなるものか!

我輩も後ろから差しにかかった。


体当たり気味だったのが功を奏し指輪は魔神の手から転がり出す。


やはり魔神は指輪が無ければ魔力が使えない。


これを奪えれば!


しかし我輩の思惑とは裏腹に簡単には奪えない。


そうこうしてるうちに指輪は外へと転がり出した。



我輩は魔神に先んじて外に飛び出す。


よし!喝采を叫んだ我輩の前には。


しかして障害が立ち塞がっていた。


メイドである。


彼女は庭掃除をさせられていたらしい。


「「あ」」


メイドの足元に転がった指輪は彼女のホウキによって打ち返された。


一瞬、土塁の上に膝をつくイメージが浮かぶ。


いや、我輩は膝をつけんが。


ともかく目で追うと生け垣を大きく越えていった。


やつの方が近い!


魔神の後を追って我輩も生け垣に突っ込む。


生け垣の隧道を抜けるとそこは雪国ならぬ隣家だった。


「指輪はどこね?」


やはり指輪で良かったのか?


我輩は行動より理論を優先する、それが時と場合によりけりなのは分かっているのに。


魔神は指輪の目の前まで迫っていた。


一瞬の隙が命取りである。


無念。


我輩が諦めかけたその時だった。


「ぶぎゅ!?」


ヒキ蛙が潰されるような音が。


なんと!?


隣家の老犬が魔神を踏み付けているではないか。


でかした!


我輩は魔神の前で悠然と指輪を踏み締めながら顔を見てやる。


「どどどどーするつもりね?!」


我輩の表情に動揺を隠せない魔神。


逆に聞くがお前こそ我輩をどうするつもりだったのだ?


「それは美味しく戴くつもりだったね」


正直な奴ばらよ。


弱肉強食は世の常、しかし勝ったのは我輩。


「どうするね…まさか!?」

こうする。


『ABRAKATABURA…鼠になれ』


煙りと共に奴は憐れな小動物に成り果てた。


ふはははははは。

我輩は勝利に酔いしれる。


それでは少し早いディナーと参りますか。


て、あれ?声が出ない?!

我輩が戸惑っているうちに、老犬は鼠と化した魔神を覗き込み銜えると犬小屋に連れこむ。


な、なんか大事そうに抱いてるし。



やはり声が出ない。


思うにこの指輪は同時に一つずつの願いしか叶えられないのでは?


となれば。


声を失った我輩には無用の長物。


我輩は興味を失いその場を立ち去った。


後に聞くところによると。


指輪は隣の婦人の物になったようである。


老犬は宝を献上した忠犬と褒められたらしい。



人知れず指輪は魔力を発揮せず埋もれていくことだろう。



だが、そんなことは我輩の知ったことではなかった。


腹がいっぱいになるわけでもあるまいしな。


それでよし。



~千夜一夜おしまい~

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