もどき神
「奴らは、もどき神と呼ばれている」
「もどき神?」
火元に手を引かれながら、私は階段を降りて行く。
やや乱暴なエスコートだが、それ以上に、私は階段の底が普通に見えていることに驚いた。
あんなに長時間登っていたのに……。
「ある時代、ある場所、ある人物が作成した、ある書物によって生まれた、化け物ども。偽物の神様達」
偽物の、神様? 宗教的観点に見れば、イコール、それは悪魔じゃなかったっけ?
「その通り」
私のあやふやな知識に、火元は首肯した。
「神様の出来損ないで、成り損ないで、死に損ないで、生き損ないで--生まれ損ない。作り物で、紛い物で、存在自体が借り物みたいな、偽りの、神様」
火元は、言う。
神という言葉に、意味深な濁りを加えながら。
「悪魔という解釈はあながち間違ってないよ。何故なら、悪魔ってのは神が堕ちたり神に成り損なった、滑稽な存在だからね。もどき神は、そのハイエンドみたいなもんだ」
つまり、堕天使の究極体みたいな?
笑えない。先程の火元ではないが、笑えないし、面白くない。
昨日までの私なら興味をそそられたろうが、生憎今の私にとっては、何でもないことだ。無為で無意味な知識でしかない。
「奴らは--もどき神は、仕事屋だ。魂や命以外の、『何か』を求める」
「な、何かって?」
魂や命以外の何かって、意味深な言い方ですな。
「色々」 例えば。
「身体の一部。指とか目とか歯とか血管とか足とか」
例えば。
「過去の記憶。昨日の出来事とか子供時代の体験とか懐かしき思い出とか」
例えば。
「優秀な能力。足が速いとか頭が良いとか力が強いとか」
………。
えげつない。
「今回も、その『もどき神』の仕業なの?」
「今回ってのは、どこからどこまで?」
え? えーと。
さっきの怪奇体験に、後はチャットの書き込みとか……。あ、そういえば。
「ねえ、火元」
「何さ?」
つい呼び捨てにしたけど、気分を害した風はない。良かった。
あれ? 何で私は安心しているんだろう?
「夕方さ、何で探偵部の部室の前にいたの?」
「……はい?」
火元は『何言ってんのこいつ?』みたいな顔をした。かなり露骨に。
「探偵部? 何それ? この学校、そんな部活あんの? 変わってるねー」
ごまかしている様子はない。そもそも探偵部の存在さえ今意識したようである。私が自己紹介のついでにその名前を出したから、初耳はないだろうに。だけど、となると、あれ?
「つうか俺、放課後はすぐ家に帰ったけど」
「うそお」
「いや、こんなことで嘘を吐いても」
ですよね~。
すると、可能性は三つくらいある。
まず、目撃者である横井が幻覚を見ていた。あまりにもアイドルや二次元に熱中してついに頭がおかしくなって……、ちょっと無理があるか。仮に頭がおかしくなっても、何で火元? って話になる。よって却下。
次に、横井の見違い。本当に探偵部の前に誰かがいたけど、それは火元ではなかった。誰か他の人物が盗み聞きして……、これもないな。今みたいに直接体に触れていなくても分かる。火元真紅と他の人間を間違えることは、有り得ない。初対面であろうとも、転校したばかりであろうとも。
最後の可能性に、横井が嘘を吐いている。
そもそも、火元真紅が探偵部部活前にいたというのは、横井一人からの情報だ。それにあの時、私は殺意を感じてドアに向かった。そして、そこには横井がいた。ならば、普通あそこではあの殺意は横井からのものだと判じるべきだったのだ。しかし、私はなまじ横井を知っていた為、勝手に判断してしまった。
あの殺意は、勘違いか、横井以外のものだと。
そんな根拠はどこにもないのに。横井がそういう人間ではないという決め付けしかなかったのに。
「もしかして、さっきのも横井の仕業?」
「俺はヨコイを知らないけど、たぶん間違いないんじゃない?」
だけど釈放としない。
だって、彼がそんな化け物を使用した? あの横井幹太が?
いや、ただの思い込みや先入観だとは思うが、何か違和感を覚える。
一番不自然なのは理由。何故、横井が私にこんなことを? もしかして普段の復讐?
次に、そんな化け物が何故、横井の手伝いをする? 横井に黒魔術のスキルがあるとは思えない。
これには火元が答えてくれた。
「もどき神の大半が、『契約者』を必要とする。もどき神が仕事をして、契約者は代金として『何か』をもどき神に渡す。別に悪魔学のがの字を知らなくても、必要条件を満たしていれば、もどき神の方から契約を持ちかけてくる」
それが、先程の『仕事屋』の意味か。
「俺の実家は、そんなもどき神の退治を専門とする家系でね。有り体に言えば、陰陽師みたいなものだな」
「じゃあここには、派遣みたいなもので来たの?」
漫画のライバルにありそうな設定だよね。主人公じゃないところが味噌。
「あー……、そうじゃあないんだなー、これが」
「?」
急に歯切れが悪くなる火元。
「実を言えばさ、恥ずかしながら家業が辛くて……」
「辛くて?」
「逃げ出したんだ」
「………」
はい? 逃げ出した? つまり、主人公でもライバルでもなく、臆病者な脇役の仲間みたいな? いやむしろヒロインか?
でも男だとカッコ悪いだけだ。
「そんな目で見ないでくれよ。泣くよ?」
そんな脅迫言われても……。反応に困るんですが……。
「まあ話を戻すとさ」
「勝手に戻るな」
「まあ話を戻すとさ」
無視された上、話を戻された。
「まあそんな経緯があるから、本来なら俺はもどき神が暴れようと増えようと関係ないんだけど、暇だったし、よく考えてみれば騒ぎが起きたら俺が困る訳だし、その騒ぎが原因で『実家』の連中に見つかったら面倒なことになるし。この町に慣れ親しむ意味も込めて、気配を感じたこの学校に来た訳さ」
「……それはご苦労様」
おかげで助かったけど。
「まあ、それはともかく」
と、彼は立ち止まった。
「そろそろ出て来いよ。いい加減、飽きてきたぜ?」
顔は正面を見据えているが、意識は背後に向けられているようだった。
「なあ?」
観念したようにそいつが姿を現すことはなかったが、火元真紅はその名を口にした。
「横井幹太さん」