火元真紅
短いです。
火元真紅は奇抜な格好をしていた。学校指定の制服ではないし、私のようなジャージでもない。
奇妙な模様が入れられた、ど派手な紅い着物姿だった。細身の身体によく似合うが、普段の生活でお目にかかることのない服装だった。
おまけに土足厳禁の校内で下駄だった。よく見れば私もスニーカーのままだったから人のことは言えないが。
おまけに、帯刀していた。木刀や竹刀やレプリカのようには思えない。根拠はないが、そう感じる。
そんな姿に呆然としていると唐突に、
「本末転倒」
と響き渡るような声で火元は言う。
「俺の脳内辞書に載っている四字熟語で、八番目に嫌いな言葉だ」
美声に似合わない意味不なことを言い出した。世間ではこういう傍迷惑な類の変人を『マイペース』と呼ぶ。
「まあ、関係ない話だけどもな」
しかも関係なかった。じゃあ何でしてんだよ。本来の意味を語るでもなく、独自の解釈を述べるでもなく、自分の体験談を話すでもなく、火元はその話題を打ち切った。
「さて。ところで君は何故ここにいるんだ? 校舎の窓ガラス割って渡る気か?」
「え?」
何それ? みたいな顔で呆然としていると、火元は初めて感情のようなものを表情に出した。それは不満のような怒りのようなものだった。
「貴様、まさかとは思うが、尾崎を知らんのか?」
すごい目で睨まれた。怖かった。口調も変わっていた。
「お、尾崎って、尾崎豊?」
私がおずおずと尋ねると、
「何だ知ってるじゃないか」
火元は軽く鼻を鳴らした。何か満足げだった。
ファンなのだろうか? この様子だとファンなのだろう。ファンに間違いない。
「しかし、この状況……。闇がやけに騒がしいと思っていたらこれだ。俺がこの町に来た途端にこれはないだろ……。だが、何が鍵だ……? いや、問題なのは鍵ではなく、扉の方か? そうなると探さないとな、契約者。まあ、探すまでもないけどさ……。いやいや。早計は良くない。それで何回馬鹿を見たことか……。ん? これがあれの仕業だとすると、こいつはどうやって入った? あ、なるほど。納得した」
火元は何かブツブツと言って、
「笑えないけど、面白い」
と、嘯いた。
ひどく歪んだ、恐い笑みを浮かべながら。
それは異端と言うだけでは表しきれず、それは異常と評することさえ憚るような、狂気の塊だった。
だが、それは一瞬。
「さて、右海さん」
火元は私に手を差し伸べて来た。
私は警戒を解けない。が、まるっきり、信用できない訳ではない。初めて会話した、ほとんど初対面の相手なのに。
「な、何? て言うか、何でここにいるの?」
「あれだ。霊能者なのさ」
すげー嘘臭かった。
私は露骨に警戒心を示したはずだが、火元は何食わぬ顔で、更に手を突き出して来る。
「ところでさ」
その笑顔、何を意味しているのか。
この時の私には分からなかった。まあ、これからどれだけ時間が経過しようと、いつまでも理解出来ないんだけど。
少なくとも、その笑顔が素敵だとは思った。
「つまんねえ真実を聞く気はある?」