元カレと幼なじみと親友と引きこもり
私の元カレ、鷹垣統について語るのは正直、嫌だ。
辛いのでもなく、言い辛いのでもなく、抵抗があるのでもなく、単に嫌なのだ。
もう名前を口にするどころか、頭に浮かべるのも嫌だ。
別れるきっかけは何だっただろうか。覚えていない。思い出したくないだけかもしれないけど。でも、あちらに落ち度があったはず。そう期待し、そう確信する。
出逢いは中学だった。私がまだ、今ほど異端に興味を持っていなかった頃だ。最初は、イケメンの部類には入るかなーと思った以外は、特に彼を意識したことはなかった。タイプではなかったし。
何故付き合うようになったかは覚えている。あいつの方から告白してきた、と言いたい所だが、残念ながら、屈辱ながら、コクったのは私の方だ。でも、惚れたのはあっち。
具体的に何があったかと言えば、年上の不良に絡まれていた私と友達をあいつが助けてくれた。それで意識するようになって、気付いたら好きになったってパターン。
中学一年のバレンタインにチョコにラブレターを添えて渡して、OKを貰った。
あの時感じた天にも昇る喜びをさっさと忘れてしまいたい。
我ながら、チョロい女だった。
思い出すだけで恥ずかしい。気恥ずかしいのではなく、純粋に当時の自分の愚かしさが、恥ずかしい。 実はあの時の不良たちは鷹垣に頼まれて私たちに絡んできた、つまり、彼の自作自演だったと聞いたのは、別れた後。本人に問い詰めたら挙動不審になったので、真実を理解した。別れて正解だったと思った。綺麗に吹っ切れた。
だから、部活関係で逢うのは諦めたが、それ以外の時は顔も見たくない。
まあ私が何を言いたいのか、察しの良い人には分かってもらえるだろうし、察しの悪い人にもすぐに分かる。
「だからさあ、ヨリ戻そうよ、みっちゃん」
……そう。ここにいるのである。
「嫌だって何度も言ってんじゃん。てか、あだ名禁止」
「えー。みっちゃんだって、人間失格には使うだろ?」
「あれは一種の義務だから」
どんな義務だとは思う。元カレもそう思ったのか一瞬だけ表情をひきつらせたが、すぐにいつものヘラヘラとした笑みを浮かべる。
「てかさあ、みっちゃんだって今フリーじゃん。俺もみっちゃんと別れて以来、お試しのデートにも行ってねえんだぜ?」
「へえ。この間、三組の鈴木と二人で歩いてなかった?」
「あれはただの友達だって。あれ? みっちゃんもしかして、妬いてる?」
何故そうなる。自意識過剰だ。この人間失格が。おっと、それはまた別の人間だった。
現在は放課後。場所は第三化学室こと探偵部部室。いるのは、私と鷹垣の二人だけ。
早く誰か来い。
いつもは一番始めからいるだろうが、マイ幼なじみ。 偶には来てくれ、人間失格。
こんな時こそ助けてよ、親友。
もはや部外者でも構わないよ、チョコ野郎。
はあ。
現実逃避の意味も込めて、我が探偵部メンバーの紹介でもしようか。
まず、副部長の私。まあ、今更自己紹介するのも気恥ずかしいので、容姿の特徴だけ言葉の羅列に並べてみる。
髪型はツインテールが多い。左右とも青の髪留めを使用。二重目蓋。肌は日本人らしい肌色。背丈や体重は平均くらいだと思う。スリーサイズは個人情報保護法により、秘匿させて頂く。あれ? 似た台詞を最近どこかで聞いたような……。
気のせいかな?
んで、今私の目の前にいる部長、鷹垣統。世間的に言えば、イケメンの部類に入るが、性格は良くない。むしろ悪い。意地とか性根とかじゃなく、思考そのものが。
残念なことに、男子としては背は低い。中学一年で第二次成長期が停止したらしく、現在は私より少し低い。
人間失格こと折角仁善。彼の紹介こそ今更なので省略。我が部の背景と言われている彼だか、部室を昼休憩に使用する以外は、全く部活に干渉しない。そういう条件で部活に入って貰った訳だが、最初はこんなはずではなかった。
正直に言えば、あの人間失格にも馬車馬のように働いて貰うつもりだったのだ。だが全く参加しないのでは巻き込みようも働かせようもないので、時々、名前だけ使わせて貰っている。例えば、初対面の大人から情報収集をする時は
「折角仁善が所属している探偵部の者です」
と言えば、大抵口を効いてくれる。あの傍観者は顔がとんでもなく広いのだ。却って警戒される場合もあるが、それでも役構わない。何のリアクションを生まない名前よりマシだ。
次に、私の幼なじみ、横井幹太の紹介をしよう。あれの特徴を一つ挙げるとしたら、体型のことである。
本人は気にしていないが、周りの第三者からしてみれば、全く気になるほどの、デブである。 幼稚園からの付き合いだが、その頃から丸まると、子豚のように太っていた。当時の姿は『子豚』と表現できたが、今はただの『豚』だ。見ていて不快なだけだ。
彼の家族はほぼ全員太っている。父、母、姉、みんなシルエットが丸い。兄だけ唯一太くないが、それはスポーツをやっているから消化が追いついているだけだろう。やめたらすぐ太るはずだ。その証拠に、子供の頃のあだ名は『肉団子』。
私なら投身したくなるような呼称である。幹太の兄も、これがきっかけで痩せることにしたらしい。
横井幹太本人は痩せる気配もないし、痩せる気もないらしい。曰わく『色気より食い気』、『美味しい物が食べられないなんて耐えられない』、『ダイエットなんて成人になってから』とのこと。
性格はそれなり。食べ物のことを除けば、大らかだし。小心者だけど、善人だ。
また機械に強くで、探偵部では、『情報収集ネット担当』というポジションにいる。
んで、オタク。趣向については落ち着きがなく、アニメも漫画もアイドルも鉄道も何でも好きになる。最近は、『花鳥風月』とかいうアイドルグループに夢中。一回で良いから、健康オタクになって欲しいものである。
幼なじみからの、切なる願いだ。
お次は小学校からの私の親友、後山クルミについて。
彼女はまあ、美少女だ。親友の贔屓目を差し引いても、彼女は美人だと思う。大人びた顔立ち、高い背、長い足、きめ細かくて色白な肌、艶のある髪、ふくよかな胸。そこらのアイドルが色あせて見える、パーフェクトな容姿だと言われている。
どこでも良いから、体のパーツを一つ交換して欲しい。
おまけに、成績優秀、スポーツ万能。特待生ではないが、彼女は全体のバランスが全面的に高いのだ。 なので、一芸にしか秀でていないうちの特待生(折角みたいな例は数人しかいない)では、一つの部分では勝っても、総合得点だと勝てない。
そんな人間は決まって性格が悪いと思うでしょう。
ふふふ。
そうです、性格超悪いんです。
凡人の僻みを裏切らず、仲良くできない性格なんですよ。鷹垣とは別ベクトルで悪い。つうか単純に、口が悪い。毒舌で、辛辣なのだ。歳を重ねる度にその鋭さは増し、折角や鷹垣に引かれたことがある。
その容姿のことも合わさって、評判は悪い。特に、女子から。嫉妬とも言いますね。
私はよく親友を自称できると思う。いや、本人にしか言ったことないけど。そしたら泣くほど感謝されたけど。正直引いたけど。そして二度と他言すまいと誓ったし、彼女にも誓わせた。
けど、休みの日に一緒に買い物や映画に行くので、案外、周囲は認知しているのかもしれないけど。
高校生になって友達減ったし。あ、でも、クルミとの付き合いは小学校からなので、関係ないか。 となると、私は何故、友人関係が希薄になってしまったのだろう。
高校生になってからの一番の変化と言えば、髪を切ったくらいだが(まあ、伸びて元に戻ったんだけどね)……。
まさか、探偵部を作ったことだろう? まさかねえ。
ともかく、私も親友も友達は少なめってことで。決して、親友が一人いれば満足とは言わないが。
最後は、紹介の必要があるのかどうか分からないけど、牧場友季について。
牧場は、幽霊部員だ。いや、幽霊生徒だ。不登校児だ。一年の夏休み前から来なくなった。理由は不明。
自分の部屋に引きこもって、めったに外出しない。最初の頃こそ皆が心配していたが、今では彼女の両親さえも諦めている。
たまに、折角とは連絡を取っている。色気沙汰は全くなく、折角が牧場の話し相手になっているだけって感じだ。
あの傍観者は何気にお人好しだから。誰の相談にも乗る。誰の愚痴も聞いてくれる。誰の悪口も黙ってくれる。
探偵部に入ったのも、私に利用された、みたいに言っているが、こちらの魂胆は最初からバレていたと思う。客観的に考えて、協力はしていないが、助力にはなっている。
本人にな自覚がないようだが。 どんな主人公気質だ。あるいは、フラグ体質か? バトル漫画なら羨ましいが、彼の人生はコメディで終わると思うので、私の求めるそれとは違う。
閑話休題。
牧場の話だった。まあ、折角が彼女と話しているのは、カウンセリングみたいなもんなんだろう。彼女を見捨てていないのは、もう人間失格だけみたいだから。中学で仲の良かった私を含めて。
……。
再び閑話休題。
依然として、牧場友季は引きこもりで、不登校だ。そして、私は彼女を助けられなかった。誰も彼女を救わなかった。
以上。
最後に気の滅入ることを考えてしまった。憂鬱ー。
何でこんなこと考えたんだっけ。
「ちょっとちょっと。みっちゃん話聞いてる?」
「……」
そうだった。現実逃避だった。忘れていた。現実逃避しようとして、嫌なことを思い出してしまうというこのスパイラル。最悪だ。
「思うにさ、みっちゃんは俺の魅力をまだ分かってないんだと思うんだよ」
「…………」
「だからさー、やり直して俺をちゃんと理解して欲しい訳。そういう訳で付き合わない?」
「………………」
余計に気が滅入る。憂鬱というか、ただの鬱になりそうだ。
「あ。そうだ。みっちゃんが好きそうな話聞いたんだけどさ」
私からの反応がなくなったからか、鷹垣は話題を変えてきた。
それにしても、私が好きそうな話? 悔しいが、そそられる。一体何の話だ?
ま、まさか、あの転校生、火元真紅に関する情報か!! それはでかした! 感服する! あれ? 感服ってこんな使い方で良かったっけ? とか思ったのだけど。
「いや、ごめん。転校生がいたこと事態、初めて聞いた」
拍子抜けとはこんな時の為にあるんだろう。さすがに呆れるしかなかった。
どんだけ耳遅いんだよ。あの転校生は校内中で話題になっているというのに。これは話も期待できないな。
そんな私の希望、間違えた、期待、でもなく、予想は、良い意味で裏切られた。いや、やはり悪い意味かもしれないが。
鷹垣は自信有り気な顔で、こんなことを言った。
「この学校には、七不思議があるんだ」
「七不思議?」
不覚にも、間抜けにオウム返ししてしまった。
本題に入れない。いや、主人公が中々出てこないな。