傍観者
とにかく、こういうキャラクターを書きたかった。
「あの転校生はやばい」
昼休憩、私は探偵部部室(またの名を第三化学準備室)にいた。
「断言してやる」
何故ここにいるのかと言えば、他に人がいないから。
教室や学食はごった返しているし、中庭にはカップルやグループが固まっていて、屋上は数組のカップルが占拠していて居心地が悪い。(胸糞が悪いとも言う。けっ。決して破局した立場の人間からの僻みではない。説得力はないかもしれないが)。
「俺も伊達や酔狂で、傍観者を自称している訳じゃない。危険には敏感だ」
それに比べてここは良い。人がいないのは当然ながら、本校舎やグランドから距離があるので、静かで集中できる。
「この街にもそこそこ変人はいるが、あれには及ばない」
私が考えているのは当然ながら、転校生こと火元真紅のことだ。
小休憩時、転校生の恒例関門、質問攻めの目に遭っていた。最初はそのオーラから警戒されていたが、二時間目が終わる頃には、その警戒も緩んでいた。怖いもの見たさもあったのだろう。クラスメイトのほとんどが彼に話しかけいた。
以前どこに住んでいたか、どこに引っ越したのか、転校の理由、家族構成。目の赤はカラーコンタクトなのかという質問が多かった。
最初の3つに彼は、
『神戸』
『山の方だけど詳しい地名は分からない』
『親の事情』 と答えたが、後の質問というか、それ以外の質問には一貫して
『個人情報保護法に基づき、黙秘させて頂く』
と応えていた。
あの調子だと、まとも答えた三つも嘘かもしれない。と言うか、かなり高い確率で嘘だと思う。探偵部所属の勘だ。直感である。
「右海、興味本意であれに関わらない方が良い。まあ、勘の鋭いお前のことだ。言わずとも分かっていると思うがな」
質問攻めから解放された火元は、ずっと本を読んでいた。新書サイズだったが、表紙にタイトルが書かれていなかった。たぶん、白紙で作られたブックカバーだろう。何の本なのか、そこそこ興味がある。
「……それとも、その鋭い勘があるからこそ、あれに興味があるのか? 自分から関わろと思っているのか? まあ、それがお前の意志なら好きにしろ」
昼休憩が始まると同時に、この部室に彼を連行……この部活に勧誘しようと思ったのだが、彼の姿は教室になかった。
礼をする瞬間まではいたのだ。目を離したのは本当に一瞬。
その間に、逃げられた。
畜生。
しかし、彼はどこに消えたかは問題ではないし、どうやって消えたかもさしたる問題ではない。いや、本心を言えばとんでもないくらいに問題なんだけど。 だって、彼はこの高校に転校してきたばかりだから行く場所などないはずだし、誰かと昼食の約束をするような素振りはなかった。何より問題なのは、この私の目を盗んで教室からいなくなったことだ。自慢じゃないが、尾行の標的を逃がしたことは一度もない。
「お前が何をしようと勝手だが、俺を巻き込むなよ。俺は、深入りする面倒事は自分で選ぶ主義だ。俺も面倒事は嫌いじゃないが、お前のように何でも良い訳じゃない」
これはリアルに死活問題だ。《鷹の目の水菜》が私の通り名なのに。嘘だけど。そんな風に呼ばれたことは一度もないし、鷹の目はバスケとかで有利な視界範囲のことだ。全く別物。ただ私が自称しているだけ。
「お前や鷹垣との付き合いも一年になるが、なってしまうが、考えてみれば、それは信じれないくらい、信じたくないくらい不快な話だ。吐き気がしてくる」
だが、我が部の部員たちはほとんどそんな感じの痛い子たちだ。副部長の私を例に出すまでもない。
新入生が入らなかったので設立時と全く変わらないが、あまり飽きることはない。たぶん。個性の塊のような部活なのだ。新入生が誰一人として入部どころか、体験入部もしなかったことが不思議でたまらない。個性的過ぎて敬遠されたのかもしれないと、めったに部活に関与しない顧問に言われた。
そりゃないだろうと言うのが私だった。が、私以外は全員が顧問の意見に黙ってしまった。肯定の沈黙だった。
やはり、部活紹介で張り切り過ぎたのかもしれない。思い返せば、白い目で見られていた。
「つうか、俺は何故こんな部活に所属しているんだ? あ、思い出した。お前と鷹垣の奴に嵌められたんだ」
だが、下手に部員が増えて捜査情報が漏れるのもまずかったとポジティブに考えることにした。何事も前向きにならないとね。
「確か、俺が特待生と言う理由だけでお前は俺を入部させたんだっけ?この高校、部活を作るには七人の生徒と一人の顧問を集めて、生徒会に認知してもらわなければならない。だが、特待生がいれば話は違う。特待生は普通の生徒二人分とカウントされて、生徒会の査定も緩くなる。能力重視し過ぎだろ、この高校。特待生って言っても、一芸しか出来ない連中ばっかなんだから」
話を戻そう。
火元真紅のことだ。
彼のことを、もっとよく知りたい。
てか、まだ名前くらいしか知らない。
「考えてみれば、俺も浅はかだった。落ち着いた昼食場所が手に入ると言われて、すぐに入部希望書に名前を書いてしまった。愚かなことこの上ない。この場合、この下ないと言うべきか。気分が悪い」
今の住所は勿論、前の学校での評判、何か部活はやっていたのか、教員からの印象、学力、得意科目、苦手科目、運動神経、それらを含めた経歴、出身地、家族構成や友人・恋人などの人間関係、両親の職業、誕生日、視力、握力、身長、体重、生活習慣、休憩時間に読んでいた本の内容、将来の夢、喧嘩の強弱、好きな雑誌、食の好み、服のセンス、趣味、特技、長所、短所、性癖。
あの異端の、全てが知りたい。
こうして見ると、ストーカーと大して変わらないな。いやいや、これは恋とか愛とかじゃなくて、純粋な興味本意の知識欲だ。
……余計タチ悪いような気がするけど、気のせいだよね?
私をストーカーみたいな変態と一緒にしないで欲しい。
探偵みたいな変人と一緒にするのは構わない。むしろ歓迎。ウェルカム。
さて、知りたいと思うのは勝手だが、問題はその欲求を満たすための方法だ。この町の住人なら聞き込みである程度は調べられるが、余所の人間となると、そうはいかない。 とりあえず、転入の届けなんかを盗み見することから始めるか……。
「今更なんだが、かなり本気で退部を考えている」
「おううううっと! それは困るぞ、人間失格!」
「引き止める気零だろ、お前」
呆れたように溜め息を吐く自称傍観者の特待生。
今このタイミングで彼に辞められるのはまずい。色んな意味で。
「そんなに俺に辞めて欲しくないなら、あの調査ごっこに俺の名前を乱用するのをやめろ。おかげで変な誤解をされることが多い」
「はい。以後控えます」 でも、またすぐに使いまくるんだろうなあ。だって、便利なんだもん、こいつの名前。
「……本気で控えろよ?」
目が怖いよお。
「も、勿論じゃない。分かってるって。それに、元々そんなに使ってないって」
「嘘つくな」
頭を叩かれた。
遠慮も加減もなく、力一杯に。めちゃくちゃジンジンする。頭が割れそうだ。
「調べはついている。お前……つうか、お前ら。ことあるごとに、俺も深く関係しているみたいに言ってるらしいじゃねえか」
ちっ。ばれてたか。誰がチクりやがった。牧場か? それとも横井か? 鷹垣でないことは確かだが。
はっ。さては、チョコ野郎だな! 間違いない、余計なことばかりしやがって!
「俺、ほとんど部活には参加してねえだろうが。近寄ってもいねえのに、巻き込んでもいねえのに、勝手に名前だけ入れてんじゃない」
本当マジどうしてやろうか。
「聞いてる?」
今度という今度は、さすがの私も手段を選んでいる場合じゃないな。あのチョコ野郎に後悔という後悔を刻み込んでやる!
「もしもし?」
覚悟しやがれ、チョコ……。
「聞いてんのかって言ってんだろうがあぁ!」
耳元で怒鳴られた。うわあ、頭にガンガン響く。さっきのジンジンと相乗効果で威力増大、ダメージ深刻。
「うぎゃあ!」 思わず悲鳴を上げてしまった。
「何すんの! この人間失格!」
「まだ言うか! 本当に辞めるぞ!」
「すいませんでした!」
「素直だなおい!」
数少ない取り得の一つですので。
転校生のことはひとまず置いといて、気になっている人も多いだろうから、彼の他人紹介をしよう。
名前は折角仁善。
高校に入ってから知り合った、探偵部所属の男子三人のうちの、『友達以外知り合い以上』だ。どういう意味かと言えば、話しはするし同じ部活に所属しているが、仲良くはないし親しくもないといった距離感という訳だ。探偵部で唯一、一度も下の名前で呼んだことがない。 老けているとは言わないが、渋い顔をしている。ほりが深い。背は平均より少し高いくらいだが、体格はしっかりしている。髪は知性を微塵も感じさせない寝癖ヘア。
会話にも出て来たように、特待生。漠然と言えば天才。明確に言えば、成績優秀、スポーツ万能、生徒教師からの信頼は厚い、ただし人間性に問題有り。
何故か、傍観者を自称。その所為か、自主性や積極性は皆無に等しい。学級委員には向いていないが、風紀は合っているのかもしれない。しかし実際は美化委員に所属。本人曰わく「掃除するだけで他人と話すことが少なくて楽なんだ」とのこと。人間、嫌いなのだろうか。
癖のある喋り方をするがキャラ作りなのではないかと疑惑がある。いや、疑惑つうか時々崩れるからほとんどみんな確信しているけど。
あだ名は人間失格。……何故このような悲劇的なあだ名が、人間性に問題があろうとも腐っても特待生の折角に与えられたかと言えば、あくまで聞いた話なので細部に間違いや語弊があることを覚悟で語ると、時は彼が中学生生活初日に遡る(同い年だから私も当然、中学生になった頃だ)。
ある人物、仮にUとしよう。
そのUは、折角を一目見て面白いと悟ったらしい。それで絡もうと話しかけたのだか、その時、折角の名前を読み間違えてしまった。
折角を折角と、仁善を仁善と。しんぜんって、どこかの僧侶かよと思った。
ちなみに、この逸話を初めて聞いた時、本人に確認すると、「ああ、あれ? 勿論わざと」らしい。
それで、「おれかどひとよし」が「せっかくしんぜん」になった。
折角仁善。
せっかくしんぜん。
しんぜんせっかく。
にんげんしっかく。
人間失格。
といった感じで最終的に人間失格に落ち着いた。
当たり前かもしれないが、折角はこのあだ名が嫌いだ。でも、折角の反応はそれなりに面白いので、ほとんどみんな、このあだ名を使う。折角と親しくなくても、むしろこっちが本名だろくらいの要領で、みんな使う。
普段傍観者を気取っている折角が、取り乱して怒る様はなかなか滑稽で素敵な見せ物だ。
もなや、間違えた。もはや、収拾はつかない。
おそらく折角は、これからの高校生活の間、ずっと人間失格と呼ばれるだろう。卒業した後も、付き合いのある友人全員に言われ、進学先の大学あるいは就職先でも呼ばれ、同窓生に再開する度に呼ばれ、同窓会では久しぶりに逢ったみんなから失格呼ばわりされ、勿論高校時代の友人だけでなく中学で別れた連中にも懐かしいついでに呼ばれ、耳の広い小学校以来の顔も覚えていないような奴さえも使うだろう。
折角のいた中学では人間失格とは、太宰治の作品名ではなく、某先輩を意味するらしい。
灰色だ。
~ちゃんみたいなのとは、ベクトルが違うから厄介だ。
かのズッコケ三人組のそれぞれの呼称は中年編でも使われているらしいが、おそらく、人間失格も彼が死ぬまで使われるだろう。いや、葬式の後でも彼を差す言葉として知人たちの間では使用し続けられるかもしれない。ひそかに息子に受け継がれたりして。息子かわいそ過ぎる!
後半ほとんどあだ名に関してしか喋っていないが、人間失格こと折角仁善の他人紹介は、そんなものだ。
そして、そんな人間失格は購買で購入したであろう菓子パンを食していた。 折角はこの部屋を完全に昼食用のスペースとしている。その癖、部活動本題には参加しない。それが入部の条件だったんだけど。
折角は部に必要だ。天才だし、先生や先輩に顔効くし、顔広いから名前の効果絶大だし。
「ねえ。今日あたり部活に出ない?」
「断る」
「例の転校生、調べてみようと思うんだけど」
「人の話聞いてる? もしくは聞いてた? 俺、あいつに関わりたくないって言ったじゃん」
頑なだな、この人間失格が。
「頑なだな、この人間失格が」
「おいこらぁ! 心の声が漏れてんぞ!」
人間失格の拳が私の頭上に振り下ろされた。
「いだあぁ!」
やっぱりこいつは人間失格ってことで。