しょうもない真相
火元の言った通り、幹太がそこにいた。
「な、何で、アンタが」
「ち、ちちち、違うんだ、水菜、こ、これには、訳があって、ご、ご、誤解なんだ、そうなんだ、誤解なんだよ、しし、信じてくれるよね?」
「…………」
挙動が不審過ぎる。
この時間、学校に来ていただけでも怪しいのに、その反応は怪しさマックスだ。
「ところでさ、君と彼、どういう関係なのさ?」
火元がニヤニヤしやがら尋ねてきた。
「いや、そういうんじゃないから。ただの幼なじみ。不愉快にも」
「ふ、ふ、不愉快って何だよ!」
ここにきて、横井が怒鳴った。
「水菜はいっつもそうだよ! 僕、何も悪くないのに! 僕みたいにいい奴、いないのに! それなのに、鷹垣みたいなチャラいのと付き合うし! 何で、何でだよ! 何で、僕じゃないんだよ」
何でって。
私、デブって嫌いだし。友達はともかく彼氏はちょっと。
「ああ、だからか」
泣き喚く横井に対して、火元は何か納得したように手を叩いた。
「いや、動機が分からなかったんだ。なるほど。そういうことか」
「え?」
そういうことって、どういうこと?
「つまり、彼の動機は君だったんだ」
「へ?」
「早い話、茶番劇を組むつもりだったんだよ、彼は」
「ち、ちが、違う」
どうやら合っているらしい。
「説明して」
「言われずとも」
火元はゆったりとした動きで、横井に近付く。
「横井幹太は君、右海水菜が好きだった。しかし、君は別の男と交際している。君の心を自分に向けるにはどうすればいいか。そうして出会った手段が、『七不思議』だ。俺なら作戦名はこう名付けるね。愚直にさ」
そして、なるほどと言いたくなるほど、それは分かりやすいネーミングだった。
「『白馬の王子様作戦』」
□
「夜の学校に乗り込む人間は二つに分けられる。忘れ物をしたうっかりさんと、怪談話が好きな愚か者さんのどちらかだ。
君は圧倒的に後者だろう。
それを知っていた彼は、君の王子様になるために一計を案じた。
簡単に言うと、怪談話に誘われて学校に忍び込んだ君に実際のお化けを出して、恐怖さえ、限界まで追い込んで、助ける。
吊り橋効果を相乗させての据え膳を、自分で用意したって感じか。
まあ、本物のお化けの出どころは想像がつく。というか、知っている。
なんせ、君に化け物を売った男と、俺に逃亡生活の世話を焼いてくれている人は同一人物なんだから。
……いや、当て推量だから確証はないけど、間違いない。
あの人は専門職じゃないけど、手広く仕事をこなすからな。多分、俺がここにいることさえ予想を付けていたな。食えない奴だぜ、名前はチョコそのままなのに。
君に売った化け物、もどき神の名前はおそらく『合わせ逢瀬』だろう。
当たりっぽいねえ。
どんなもどき神かと言えば、恋愛の神様もどきだね。幻覚を操り、相手を精神的に追い詰める。能力はそれだけなんだが、その使い方ってのが、さっき言った吊り橋効果の据え膳なんだよ。
……おっと、姿を現したか。
笑えないけど、面白い。
一刀両断にしてやるぜ!」
□
火元が鳥のように飛び上がり、忽然と現れた化け物に、刀を振り下ろした。
『ぎゃあああああああ!』
弱っ。
一撃かよ。私はこんな雑魚にあそこまで追い詰められたのか。それとも、火元が強いのか?
「うう、ご、ごめんなさい」
下手人、めちゃくちゃ怯んでるし。まあ、火元がめちゃくちゃ睨んでいるからなんだけど。
「最後に一つ、聞いていいかい?」
「は、はい、なんでしょう!」
我が幼なじみよ、そいつはタメだ。敬語を使う必要はないんだよ?
「君さ、白馬の王子様になるのが目的ならどうして早く出なかったんだい?」
「え? どういうこと?」
「いや、そもそもさ。俺が君の前に現れたのは『合わせ逢瀬』の能力が切れたからなんだ」
あ、妖怪退治の実家のノウハウで結界みたいなものを破った訳ではないのか。
「何で、能力が切れる前に彼女の前に現れなかったんだい? そうすれば、君は晴れて彼女の王子様になったのに」
それはない。けど、火元の言う通りだ。私を惚れさせるための行動なら、何とかと言う化け物の能力が切れる前に、私の前に出なくては意味をなさない。
何故、効果が切れるのを待った?
「こ、怖かったんだ」
「うん?」
火元が首を傾げるが、同じ思いだ。
怖かった? 仕掛け人である横井が何を怖いというのだ。火元の登場とか?
「み、水菜にだけ化け物を見せれば良かったのに、僕にまで同じ幻が見えて、そんなの見たくないのに、怖くなって……」
「…………」
つまり、自分で仕掛けた、というか化け物に仕掛けさせた幻にビビったらしい。
うわあ、情けない。
「そりゃ『合わせ逢瀬』の能力は吊り橋効果、つまり両者が危険な状態である必要があるからね。片方に見えていたら、マズいさ」
納得のいく、火元のクールな説明だった。
「まあ、あれだ」
火元は可笑しそうに言った。
「笑えないけど、面白い」
□
翌日。
「本日から部員となった火元真紅くんでーす! 皆、仲良くしてあげてね!」
「ちょっと待て。俺がいつ入ると言った」
「残念だったな、拒否権はない!」
「マジかよ。この学校にはろくなのがいないな。あの人の息子はいるし、傍観者までいやがるし」
「何か言ったか、逃亡者」
「……こっちの身の上はバレバレか」
「お互いにな」
「え? 何々?」
「いや別に。大したことじゃないさ」
「ふうん。……まあ、これからよろしくね!」
「一応、よろしく」
この時、私はまだ知らなかった。
火元真紅がこの町に来た本当の目的を。そして、彼の危険性を。
これから一年の間に、人生が歪むような悪夢を何度も見るようになるが、それは別の話。
こんな小説を読んでくれて、ありがとうございました