体術大会 1
これから週1を目指して頑張って行こうと思います。
夏。この時期エカディアナ学園では夏季体術大会が行われる。
体術大会と銘を打ってはいるが、別に肉弾戦に限定されているわけではなく、剣だろうが銃だろうがヌンチャンクだろうが一応魔術を使おうが構わない。
唯、魔術に関しては威力に制限がある。魔術の行使を行うならば、広範囲か単体に向けて威力を『弱』に設定せねばならないし、そもそも魔術大会も体術大会の翌週に開催されるので、魔術を主としている者はわざわざ体術大会にまで出張っては来ないらしい。歴代の中には居たが、そんな奴が早々毎年居るはずもなく、今大会には居ない様だ。
因みに威力弱、と云うのは、例えば体育館で滑ったぐらいの火傷とか、少し麻痺する程度の電撃とか、つまりそこそこ痛い程度の怪我レベルまで、と云うものだ。
残念ながら薬学大会と云うものは存在しない為、この学園内での大会に関する僕の興味関心度は低い。あぁそんなものもあるんだーふーん。ぐらいのもんである。多少魔術大会にも興味はあるが、絶対に出たくはない。目立つ。それを考えたら薬学大会もなくて良かったかもしれない。出れずに歯噛みするよりはいっその事ない方が諦めがつく。
体術大会も魔術大会も学年混合な上、予選の総当たり戦から全て組み合わせは籤引きで決まるので、通年は勿論学園の最高学年である3年生が優勝しているし、準決勝、決勝などと勝ち進んでいるのも上級生が多い。
そう、通年は、だ。
今年は軍事大国ジェロンド帝国から神童との呼び声の高い第2皇子も居るし、我が国……いや、大陸切っての大商人、ガランデリア公爵家の三男坊も剣を持たせたら右に出る者無しと云われるほどの実力らしい。
僕なんかは卑怯くさい英才教育の権化みたいな人達だな。などと思ってしまうのだけれど、産まれる所は誰が選ぶ訳でもないし、本人たちの生まれ持った資質+英才教育とは云え努力の結晶なのだから納得はしよう。恵まれた環境に居られるのも、また本人の資質、運だ。
運も、実力の内なのだから。
さてあのお友達事件から早一月。僕はなんだかんだと上手い事姫を避け続けているし、姫は姫で着々と男女混合の大ハーレムを作り上げている。大ハーレムと云うのは、決して比喩や誇張表現でないと云う事を此処に明記しておく。
王女様と一緒になる数少ない授業、魔法薬学では挨拶程度だし、薬草学の授業ではパーティーを組んで採取に行く授業はあれ以来行われておらず座学だけなので何の問題もない。向こうからこっちに寄って来ようとするのが見てとれる時もあるが、僕が避けているし王女パーティーが僕から遠ざけようとするし周りに他の人間が集り出すしで、僕は全くの安全圏に居る。
多少周りの人間の反応には辟易するけど。いやね、全然構わないんだけどさ、変な噂流されても別に困らないし。唯、君の人間としての器が小さくなっていくから僕みたいな小物には構わない方が良いよ、とは思うんだよ。僕が授業教室に入ったと途端嘲笑している人達の事なんだけどね。
しかし、傍から見ていると美形って得だなーとかそういう次元の問題じゃなくなっている。魔性か。これが魔性なのか。僕は思わず戦慄した。まさか命のやり取り以外で「戦慄」だなんて表現を使う日が来ようとは、僕は予想だにしていなかった。僕が王女様の立場ならば明らかに錯乱しているぐらいの集られ様だ。男も女もいるあの真中であんなに美しい頬笑みを湛えて居られるなんて……末恐ろしい。
体術の時間に僕に話しかけてくれた優しいケリーも姫にはすっかり参っていた。僕の事も王女崇拝の仲間だと思っているらしく授業時間毎にさんざん姫の賛辞を聞かされる。
ケリーはどうやらあまり裕福ではない辺境の男爵家の出らしく、それもあって「位の低い俺なんかに話しかけてくださる美しい慈愛の天使」だとか「あの天上の音楽みたいな声で……俺の……俺の名を!」とかいたく感動してゴロゴロしていたので、僕はずっと哀れみの視線で彼を眺めている(のだが全く気付いてくれない)。ケリーが王女様の話をしだすと周りの人達が「姫のご様子は!」とかなんとかケリーに詰め寄ってくるので僕はさっさと安全圏に避難する。だってみんな鬼気迫った顔で僕の方(厳密にはケリーの方)へ来るもんだから恐ろしくて。そして先生から真面目にやれと雷が落ちてくるのを少々離れた位置で見守っている。
僕は捻くれているからだろうか。ケリーが『慈愛の天使』と呼ぶ行動をあまり好意的に受け取る事が出来ない。自分の高貴さ――と云うか希少性と云うか政治的な意味――を理解できていないだけの様な気がしてしまう。少々軽率だと思うんだよね。
きっと、周りに居た人間が過保護すぎたのが原因だろう。特にあのガランデリアの三男坊とヴェルフォンガの長男。聞くところによると幼馴染らしく、きっと物心ついたころに引き合わせられあの関係が作り上げられたのだろう。一番近しい友人だけじゃくきっと使用人達も彼女の魅力に参ってしまった連中が大半で、過保護が過ぎたんじゃないだろうか。どれだけ大切だろうと経験する場を――それがどんなにその大切な人にとって苦痛で、傷つけるような事でも――成長する糧を奪うのは本人のために良くない、と僕は思うんだ。
……立場上、何時かは懐に抱え込んで良い人間といけない人間の区別が付くようになるだろう。
その時に何を失っているかは別にして、だが。
辛辣かもしれないけれど、僕はそれからじゃないとあの御姫様と本当にお友達になりたいとは思えない。危険すぎる。僕は基本的に、安全圏が確保されていない状態で動きたくないんだ。彼女が区別が付けられるようになるまでにどんな危険な目に遭うか、僕なんかには想像がつかないが、国家絡みの恐ろしい事もあるかもしれない。
あの時。彼女が「友達になって欲しい」と云った、あの時の頬笑みと魂の美しさには敬意を表するけれど、それと命の綱渡りは決して比べられない。少なくとも、僕の中の理性的な部分は机をダンダンと叩いて主張している。
でも、多分、僕はきっとその時になったら……。と考えて頭を緩く振る。こんなこと考えたって仕方がない。その時はその時だ。
姫のハーレムの話は置いておいて、今僕が何をしているのかと云うと、実は絶賛サボり中なのだ。
そんな事か、と君は今思ったかもしれないけれど、僕にとっては大問題だ。なんて云ったって家に居た時にはサボった事なんて……なかった、はず。物心つく前にはあったかもしれないけれど、それはノーカン。僕の中ではこれが初サボりなんだ。
今行われている夏季体術大会は校庭の西の方にあるコロッセオみたいな形をした格闘技場――縮めて技場――で行われている。
しかし、絶賛サボり中の僕が居るのは部室。此処で僕は新作のお菓子を貪りながら途中経過を見ているんだけど、これがなかなか面白い。これなら見に行っても良かったかなーとも思うけど外は暑いので勘弁願いたい。僕は精霊に冷やして貰った室内で彼らと戯れながら光と水の精霊に頼んで技場の映像を窓に映しこんでいる。
チェイリヒ・ピ・ジェロンド。お隣ジェロンド帝国の第2皇子さんだ。炎系の魔術を使用し剣に纏わせ付加効果を付けている。あの程度の付加効果なら火傷程度だろう。それなら一応規則的には問題ないし、刃も潰してあるし。しかし、痛いだろうなぁ。と蹲っている対戦者を見ながら思う。軽いとは云え火傷である。すぐさま救護室へ運ばれていったため後も残らないぐらい綺麗にしてもらえるだろうけれど。
ジェロンド皇子はパフォーマンスも忘れないので、観客は大いに沸く。特に女性陣はなにかしらの動作の度に一々甲高い歓声を飛ばしている。美形は得だ(僕としては全くお得じゃないけれど)。だがしかし、彼は唯美形ってだけじゃなく、一つ一つのポーズが実に上手い。嫌味に見えないように常から気を配っている……いや、もう馴染んでそれが当り前なのかそれとも天性の物なのか、とても自然な動作だ。流れる様な動きは魅せる為に誂えた演舞を見てるかの様で見ていて飽きない。帝国流の戦い方は洗練されているが実用性もありとても習得が難しく年月がかかる。それをこの年でやってのけているのだから『神童』と云う賛辞にも頷ける。
敢えて云わせて貰うなら一撃が弱い事と、帝国流とは云え少々戦い方が綺麗過ぎる事。後、これはきっと余計なおせっかいだろうけれど彼は剣術よりも棒術とかの方が組み合わせとしては合っている様な気がする。帝国独特の身体運びと足捌きは、長い柄物の方が見合うと何時も思うのだが、剣を握ると云うのは彼らの矜持に関わる事らしいので強く云うつもりもない。でも、彼は上背が在る分、杖とか槍の方が扱いやすそうだと思うんだけど。
そして試合は終わり、もう1人の今大会の目玉が舞台に出てくる。編みこんで長く垂らした赤髪と豊かな濃い金髪が擦れ違いざまに腕を当てていくところなんかは2人が王女様の事を抜きにして良い友人なのだろうと云う事が解る一場面だ。何故か試合中よりもその瞬間の方が女性陣から鬼気迫ったような叫び声が響いた。……なんだろうこの悪感は。僕思わず二の腕を摩って身震いした。今途轍もなく良くない感じがした。
……悪寒に関しては置いておこう。
入れ違いに舞台に出てきたのはセリュドラ・デュイク・ガランデリア。我が国が誇る大陸1の大商人の末息子。長身で逞しい体躯で濃い金髪を振り乱し大剣を使う様は剛という言葉が良く似合う。まさしく一撃必殺の攻撃は、掠っただけでも相手は吹っ飛ばされると云う剛腕の持ち主でもある。あれで同い年だなんて、何食べてたらあんなに大きくなるんだろうか。別に僕が小さいと云うわけでもない(と思う)のだけれど……羨ましい。
そして彼の剣が唸る度に男達からの独特な野太い「アニキー!」と云う声援が沸き起こっている。彼は見た目と戦法に違わず性格も男らしい人で、なんと入学から2カ月ほどだと云うのに上級生からも兄貴と呼ばれて慕われているらしい。
王女ハーレムを構築しているのは決して王女だけではない。
特に王女パーティーの人達は自身が王女のハーレムの中に居ると云うのに自身のハーレムを作り上げているツワモノ揃いだ。そしてその個々人で作られたハーレムは最終的に王女様の魅力で王女ハーレムにまとめ上げられている。なんて事だ。吸引力の変わらない唯1つのハーレム……ゴメンナサイ。
ゴホン、ガランデリア公爵の三男坊はきっとハーレムと云う云い方を嫌がるだろうけどね。彼は見ての通り男性ファンが多いから(彼以外の2人は女性ファンばっかりだから問題ないだろう)。
そんな皆の兄貴は土と相性が良いらしく、補助魔法の使い方が手慣れていて上手い。大きなガタイに見合わず動きは俊敏。この国に多い、形式だけに拘ったお飾りの剣術じゃない。大陸を回る商人の家に生まれた彼はちゃんと実戦で使える剣術を知っているのだろう。なんだか実戦でも経験がありそうだなぁと僕はプチシューを食べながら思う。
彼に云うとするなら攻撃と攻撃の間のインターバルが長いのと少々力任せになって余計な動きがある事だろうか。補助で他に人が居る時や1対1の時なら気にはならないが多対1の場合はそうはいかないだろう。もう少し修練を積んだら渋みと抜け目の無さが熟練されて良い感じになるんじゃないかと僕なんかは思うけれど。
あーカスタードクリームが美味しい。今回は黒糖を使って作ってみたけど中々当たりだった。また別の奴でもこのカスタードクリームは合わせてみようそうし、
僕は懐からナイフを2本抜きつつ、振り返りざま1本を投げた。ギィンと金属と金属が合わさる、腹に響く音がした。僕はバックステップで後退しつつ食べかけだったプチシューを口に押し込んだ。見た目としては体術のサートン先生だけど、授業外でこっちに殺気と刃を向けてきたのだ。本物の人間かどうかも、疑わしい。
僕は懐から出したもう1本のナイフ正眼に構えた。
疑わしいのなら、倒すまで。
そうじゃないと、殺される。