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憑き甘く  作者: ネイブ
1学期
7/34

友達


「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「…………あの、なんなんですか」


 神様は遂に僕を見離した様だ。


 なんとなく解っている。これでも僕は多少空気を読む事が出来るのだ。空気を読むと云うか、人の顔色を窺うと云うか……いや、それこそが場の空気(人の心の動き)を読む事だ。うん。決して僕が小心者と云うわけじゃ……いや、僕は全くの小物だから小心者で構わないじゃないか。否定する事なんて何もなかった。そうだ、僕は初心物でありふれた、何処にでも居る根暗な小物だ。


 ……現実逃避している場合じゃないね。取り敢えず僕が思うに事の起こりはきっとこの前の採取の一件だろう。まぁ、それ以外に接触した事も誰かに王女様の事を話した事もない――と云うか殆ど誰とも話した事が無い――のだから当たり前と云えば当たり前なのだけれど。


 これは後から本人に聞いた話(僕が尋ねたわけでもないのに勝手に喋ってくれた)だけど、彼女は僕と採取の授業があった日から接触を取ろうとしていたらしい。が、彼女と一緒になるのは魔法薬学と薬草学の時間――つまり僕にとって特に楽しい時間――だけだ。昨日、一昨日にはその授業がなかった為捕まらなかったらしい。

 ご飯の時間及び昼休憩は大体2時間ほどが当てられているが、僕は他の人と極力時間をずらしたり持ち運べるご飯を厨房のみんなに作って貰い別の場所で食べたりしている為、出会わなかったのだろう。


 ……良かった。休憩時間に捕まるなんて、僕の安息が完膚なきまでに潰える。この分だと僕の部活はまだバレていないようだ。一安心だ。

 ……この3年、誰にも――特に王女パーティーの人々に――部活が、僕の安息の地がバレる事がありませんように。これも毎晩の祈りに含めておこう。この話を本人から聞き終えた僕は心のメモ帳にそっと書き残したのはまた別の話。


 さてしかし、今日魔法薬学の授業で捕まってしまった。

 こうなるって解ってたら出……いや、やっぱり出たな。単位が勿体ない。僕は溜息を吐いた。


 ジャドさん――うちの寮母――から、時々学園内には不測の事態によって授業に数カ月出られなくなり単位を落とす人や、無理難題を出されてテストや実技点がごっそりひかれて留年の危機に陥る人が時々出てくるのだと云う事を聞いた。そしてその無理難題を出されるのが周期的に今年らしい。僕は思わずそんな周期あるもんかと思ったけれど、取り敢えず信じることにした。


 どうしてかと問われれば、基本的に僕が不運体質だからそう云う周期にあたっても何ら不思議ではないと思い至ったんだ、と答えさせてもらいたい。……なんか自分で云うと更に、と云うか、露骨に響いて辛いな。良いんだ。もう諦めたからさ。……そんな風に人生を半ば諦めてしまえるくらいの不運体質の僕が居るんだからこの学年は相当不運だろう。そう思うとその周期に該当していても何ら可笑しいと思えなくなってしまった。

 そんなわけで僕は当時まだ『胡散臭いしゃべり方をする変な霊魂』と思っていただけのジャドさんのアドバイスを真面目に聞く事にした。

 ジャドさんはできる限り休まず授業日数だけは何とかして確保しておいた方が良い。と、結構まともなアドバイスをしてくれたので、僕は入学2日目ぐらいで彼女――何かしら聞く前にエガオでそう云えと云われた――をちゃんと寮母として信用することを決めた。多少見た目や言動が奇怪でも性根がちゃんとしていて且つ僕を殺そうとしてこなければそれで良い。彼女は信頼に値する人だ。


 僕が捕獲された魔法薬学の授業は、基本的に2人1組で行われる。

 座学と実験がフィフティーフィフティーなので1つの広めの机を2~4人で囲む形で授業が行われ、前の方で先生が図版に書くレシピやら誰がどんな薬を作っただのの歴史やらを写したり、今日の様に班員で協力して実験したりしている。先生は魔薬作成部の顧問でもあるピエロモ・マーズフ・ロシェン老。みんなロシェン爺って呼んでるし、本人も自己紹介の時にそう呼べと云っていた。


 席は自由なのだがなんとなく最初の方で確定していた。何時もなら僕は1つの机を3人で囲んでいる。実験の規模が大きくなると4人や6人で1班を組ませる様だがそう云う実験はまだ行われていない。先生は他の授業クラスだと余った人は何処かの班に入れて3人組にしているらしいが、僕が魔薬作成部に入っていることからなのか何なのか、何時も一人で作業させてくれていた(だからとても魔法薬学の授業は好きなんだ)。


 しかし残念ながら今回は教室に入って直ぐがっちりと腕を抱え込まれ僕は硬直してしまった。僕が情けないのはデフォルトなのだけれど何時もの3割増しで情けない事に――いやあまりにも急に、なんの心構えも持っていないままに女の子と接触したせいなんだけど――悲鳴を上げて力一杯振りほどいて壁にビタン!と音が出るくらい勢い良く張り付いた。王女様は驚いた顔をした後、ものすっごく不機嫌そうな顔になって「一緒にペアを組んでくださいませんか?」などとおっしゃられ、動機と息切れが止まらない僕は、頷く事しかできなかった。


 そして授業が始まり、ずっとこの膠着状態だ。

 相手は何も云ってこない割には僕の方をじっと見ている。一応視線を向けたり(目が合う前にすぐ反らすけど)咳払いをしたりとなんとなく話を促してみていたけれど何も云ってくれない。僕は女の子と視線を合わせられない。しかしこのままではやりづらい事この上ないし後味も悪い。こん後ずっとこんな感じになるよりも今回で全てを終わらせた方が楽な気がする。

 仕方なく、冒頭の様に僕から振ってみた、と云うわけだ。少々、声が掠れてしまったのは仕方のない事なんだ。だってほら、また腕を掴まれたらと思うとめちゃくちゃ怖いでしょ?


 僕が王女様に話しかけると皆が耳を(そばだ)てつつ僕に敵意を向けてくるのが感じられた。

 あぁ、どうしてみんなが僕が教室に入った途端射殺すような視線を向けてきたのかと思ったら、こう云う事だったのか。姫様に近寄るなんて恐れ多い、って事ね。順調に信者を増やしていらっしゃるようで僕は感服いたしましたよ、と僕は更に頭垂れた(けして畏敬の念からではなく、呆れからだ)。


 僕が促しても云わないんなら居心地は悪いけどこのままで居ようかな。と僕が諦めの境地に達した時、王女様はぼそりと呟いた。少々自分の世界に入っていた僕は上手く聞き取れず慌てて聞き返した。そうするともう一度、王女様は呟くように云った。


「……ですから、嫌いなのですかっ」

「……は?……あ、いや、すみません、何がですか」

「……っ!ですからっ、わ、わたくしの事が、お嫌いなのですか、とお尋ねしているのですっ」

「いえ、別に」


 主語の伴わない王女様の会話に思わず地が出てしまった(今のは明らかにアウトだった)が、王女様の発言にはなーんだ、と拍子抜けした。

 僕が何か粗相でもしでかしたのかと思えば、ほんの少し(僕的には過小評価)避け気味だった事が原因だったのか。非常に精神的な努力をした結果なのでそんなに酷くはないと思うが、きっとお城の中であんな反応をされた事もないだろう。余談だが僕は城勤めだけは絶対にしたくない。何故なら行儀見習いとして来ている貴族の子女ばっかりで見目の麗しい女中が一杯いて恐ろしさで腰が抜けそうだからだ。

 しかし、これ以上の精神的努力は無理だ。今が最大限なのだから多少避けてしまうのはしょうがない事として許してもらわないと。


 彼女個人が嫌いではない。唯、女性と云う一括りが――(ついで)に云うなら人形(ひとがた)をしたモノ全般が――苦手なだけだ。

 だから王女の心配は的外れも良い事だ。別に僕は王女様個人の事は嫌いじゃない。だって嫌いになるほど深く関わってないのだから。勿論逆に好きというわけでもない。


 そんな事を思いつつ僕が返事を返すと、パァと王女様の顔に笑顔が広がる。


 うわ、眩しい。僕は思わず目を反らした。なんだ笑顔1つでこの破壊力。サーチライト並みじゃないか。目が、目がああああなんて古風なネタをしてしまいそうになったじゃないか。……やったらどうなるか解らないから絶対にしないようにしておこう。


「ほ、本当ですか?」

「えぇ」


 だから輝きすぎな笑顔でこっちに来ないで!近いよっ!目がって叫んじゃうから!!とじりじりと後退できるように退路を確認する。

 ……周りの視線で退路が発見できないってどう云う事でありますか隊長。僕は現実を見ることを放棄した。退路が無いなんて小心者で意気地なしな僕には耐えられない。いやしかし此処で倒れたら僕を救護するのが誰になるか――やめよう考えたら負けだ。だから意識よ戻って来い。|ブラックアウト(寝たら)、死ぬぞ。


 この前の授業は先生の(意図した)うっかりのお陰で被害者続出。もう大分お年を召していると云うのにオーバーオールの似合う先生曰く「授業の予習・復習はちゃんとやっとってくれんと先生だけじゃのうてみんなが困るじゃろうて」である。つまりこの前解説したから自主的に教科書見て対策しておけ、と。こう云う事らしい。確かに教科書に載ってはいたが。

 因みまともに帰ってこれたのは僕達の班だけで先生が用意しておいたと思しき解毒薬を飲み、ついでに用意してあった魔道具の中に入り薬効を除去。一応他の人たちが帰ってくるのを待ったが、授業終わりの鐘が鳴ったので紙に班と班員の名前を書いて光きのこを紙の上に置いてお昼休みに入った(先生は他の班の救出に行っていて居なかった)。

 あの薬と魔道具のお陰で僕は症状も長引いてないし、そもそも落ちたのは僕が上手く立ち回れなかった(正確に云うと自分のローブが絡まった)からだ。何も彼女が気に病む事はない。だからそんなに山谷なテンションの上げ方しなくて良いから。もっと緩やかな丘で良いから。寧ろ真っすぐな道で構わないから。


 ……別に彼女の事は嫌いじゃない。さっきも云ったけどそんなに多くを話したわけでもないし、見てきたわけでもない。でも王女として……上に立つ人間としての振る舞いに関しては眉を(ひそ)めるような点が多い、という印象はある。でもそれは、僕の中で好き嫌いの判断材料になるほどの事でもないため僕の中での王女様は『僕が学園で最初に話をした女の子』である。


 そんな事をぼんやり胸中で呟いている僕には気付かず(気付かれたらあまりの恐怖で山中に引き籠るな)、ほっとした様子の彼女は僕に、大分おっとりした喋り方ではあったけれどざらざらと自分の想いやら謝罪やらを捲し立てた。

 なんでも僕が立ち上がってからの態度で僕が彼女を嫌っていると思って悲しんでいたらしい。僕の真意を知りたくて追っていたのだ、と。あぁ、帰り道でみんながあんなに敵意を剥き出しにして僕を睨んでいたのはこう云うわけか。そして現在進行形で教室中から敵意――王女パーティーの王女以外のみなさんからは殺気――が放たれているのもこう云うわけか。

 いや、僕も近付きたくて近付いてるわけじゃないから。寧ろ君のとこの王女様が近付いてきているだけだからと周りに(特に王女様パーティーの男3人に)念を飛ばした。勿論届くとは思っていないがそんなものは気分の問題だ。


 僕らは机の周りで近付いたり遠ざかったりしている(無論近付いて来るのがあっちで遠ざかるのが僕だ)。その様がどういうわけか楽しそうにでも見えるのだろう。確かに王女様は僕をお追いになるのがとてもお楽しいご様子で在らせられるが。僕は唯々必死なだけだけどな。

 頼むから傍に寄らないで……!と云う僕の強い思いが通じたのか彼女は頬を膨らませ(た様な雰囲気を出している。顔を見ていないので良く解らないが)、僕に不満げに云った。


「じゃあどうしてわたくしを避けるのですか?嫌いだからではないのですか」

「……女性が――人が怖いんです」


 対人恐怖症と断定するのは、この症状でもっと苦しんでいる人に怒られるかもしれない。なんだかんだ云って昔よりも症状は改善されている。しかし上手い言葉が僕のちっぽけな皺のない脳味噌からは見つからないのだ。だから当て嵌まっていないかもしれないけれど僕の症状には関して一番解り易そうな云い方をしてみた。彼女は神妙そうな顔で解りましたと納得して身を引いてくれた。


 ……良かった。僕は深く安堵した。これで「わたくしが治療のお手伝いをしてあげます☆」とか云われたら入ってたったの1カ月半で退学について悩まなきゃならないところだった。退学は入学しない事よりも拙い。貴族社会では明らかに何か――特に人格に――問題のある人間だと見做(みな)されるので、できれば使いたくない最終兵器である。


 作業が進み、後片付けも終わった段階で彼女は何故か僕の手を取ろうとしたのでささっと避けた。

 この王女、絶対人の話聞いてなかったぞ!と警戒を露わに(目元は見られないので口元を)睨みつけている僕に彼女は白魚の様な手を差し出しながらその麗しい唇を弛ませて云った。


「わたくしずっとお城の外にお友達が欲しいかったんです。良ければ、わたくしとお友達になって下さいませんか?」


 ねぇ、僕の話ほんとに聞いてた?今女性が怖いって云ったのに、どうしてそんな事を云ったんだい。解りましたと答えたその可愛らしい小さな舌の根が乾かない内に。

 僕は彼女の理解できなさに思わず呻いた。


 そして殺気の量が倍以上に増えた。


 云ったって無意味だって解ってるけど、敢えて叫びたい。


 僕は寧ろ被害者だ!と。


 しかしどうすれば良いんだ?断った時の方が(周りの報復的な意味で)辛いし、貴族の受け答え的にもNGだ。勿論快諾して馴れ馴れしく(できないけれど)しようものなら更に恐ろしい目に遭うだろうが。

 …………適当にあしらわせて頂く事にしよう。

 決して王女様からの「友達になってくれるわよね楽しみだわうふふ光線」に負けたわけじゃない。と云っておきたい。くそう何なんだあのキラキラした目は……。うぅ、まだあの白い愛玩犬(チワワ)の方がましだ。……ご利用は計画的にどころか、利用を計画すらしていないけど。寧ろ僕が利用(使用?)されようとしているけど。

 所詮、か弱く細々と搾り取られるだけの債務者である僕は、唯々頷く事しかできない。



「…………僕で、良ければ」

「うふふ……じゃあ今度からアルと呼んで頂戴。貴方の事は何て呼んだら良いのかしら?」

「……愛称も呼び捨ても無理ですので、さん付けで呼ばせて頂きます。クェイ、と、家では」

「あら残念だわ……。クェイね、うふふ」


 この会話の最中に色んなところからざわざわと呻き声や苦悶の叫びが聞こえ、ある1つのテーブルからは物が圧し折れる様な音や陶器が割れる音がしたような気がする。教室中の敵意が殺意に変わったような、気がする。


 あぁ、なんでこんな事に。僕は目立たず地味に穏やかにこの学園生活を終えるつもりだったんだ。だと云うのにたった1ヵ月半で挫けそうになっているだなんて……と心の中ででっかい溜息を吐いたけれど。


 王女様の――アルベニアさんの、咲き初めのバラ色をした口元が形作る笑みがやっぱりとっても綺麗だったから。まぁ良いか、なんとかなるよね。だなんて、思ってしまう。

 ……美形は得と云うか、僕が単純というか。


 そして僕は授業終了後に発生時から倍位に膨れ上がった殺気から逃れるべく鐘と同時に走り出した。

 安息の地(部室)を目指して――。


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