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憑き甘く  作者: ネイブ
1学期
5/34

茶会面談

 入学してから1月が過ぎた。僕の学園生活は概ね良好だ。いや寧ろ、僕の運の無さから云えばこれは奇跡に近いぐらいの勢いで良好、絶好調だろう。

 相変わらず周囲からは『真黒毛虫』と遠巻きにされているが、これは特に女の子達に効果を発揮していて僕としては大歓迎だった。諸手を挙げて歓迎したい。さらには大概のいけすかない貴族達までもが僕を遠巻きにしている。良かった。僕のせいで中央から遠ざかったとはいえ父上は未だに才気旺盛で、あんな辺境でも国王の覚えめでたい凄い人なのだ。辺境伯だが、僕の事を知ったらパイプを持とうと図る貴族達が出てくるかもしれない。そのまま3年間遠巻きにしておいてくれ。と僕は毎晩星に祈っている。


 そうそう、僕と会話してくれる人が居るんだ。体術の時にペアを組まされているケリーという少年だ。

 ……残念ながら僕の祈りは天には通じず(だから今度は星に祈ってるわけなんだけど)、やっぱり人と組まされる授業は幾つかあって、体術の時間はその内の1つだ。

 ケリーは僕よりも少し背が低く、短い髪を立てた小柄で、目の釣り上がった可愛らしい感じの少年だ。3人グループで行動していたのであぶれてしまい僕と組まされる事になった。運の悪い人だなぁと云うのが僕のファーストインプレッション。勿論彼は最初はとても嫌そうで「俺はケリ―。よろしく」以外、4時間分ぐらい、会話の1つもなかった。でも1か月を過ぎた最近は簡単な会話ぐらいはしてくれるようになったんだ。ポロっと出てしまったって感じで。


「なぁ、次の授業は?」

「……工学…です……」

「ふぅん」


 ほら、ちゃんと会話になってる!同世代と会話なんて久しぶりにした!とその日はずっとうきうきしていた。ケリーが良い人で良かった。ほんと、女の子じゃなくて良かった。

 勿論ケリーが「アイツ良く解んねえ」とぼやいているのは聞こえているが、それでもちゃんと相手をしようとしてくれる彼の心意気に感動した。面倒見の良い人だ。次に話しかけてくれたらもう少し頑張ろう。「『デルエイ先生の』工学です」みたいな感じで。


 昨日、部室に小型のオーブンを持って行った。昔、父上に駄々を捏ねて定例報告で王都へ行く際に幾つか見繕って貰った部品を使って、僕が作ったものだ。小さいケーキとか、クッキーぐらいなら焼ける。これでお茶用のお菓子を増やそうと云う作戦だ。

 僕は最近調理場のみんな(何故かみんな縫い包みを着ている。大きさは小人族ぐらい)と不測の事態からではあるが仲良くなったので食材を融通して貰っている。時々御裾分けに行く約束をした。人型じゃなかったら、僕だって普通に喋れるんだ。……それだけじゃなくて、魔力を感じないからって云うのもあるんだけど。


 僕はクッキー生地を捏ねながら宿題と予習復習をしてから実験に取りかかろうと予定を立てた。此処に居て良いのは夜の刻6時まで。あと4時間もあるのだ。採取した香草を練り込んだクッキーを作ろうが宿題をしようが問題はないだろう。何せ部員は僕1人。あぁこれだけの機材を一人で使用して良いだなんて、僕はなんて幸せ者なんだろうか。

 先生が云うには卒業生の中に中央の科学研究所で勤めていた人たちが寄付してくれた物が沢山あるからこんなに良い設備が此処にはあるんだそうだ。それを聞いた僕は先生の人望に改めて感謝した。貴方は凄い方です。だってコレ、去年金貨ウン十枚での発売が決まった毒薬の感知を翳すだけでできる探査棒のプロトタイプじゃないですか。これって普通企業秘密とかなのに。


 先生に人望に痛く感謝した僕は先生へのお裾分けを作るべく奮起してクッキーを3種類作る事にした。野苺をベースにある木の皮を煮出して作った血液の巡りが良くなる物と、ヨモギを練り込んだ美肌効果を狙った物と、見た目重視で花弁を散らした、消化とリラックスに効果のある紫の物。僕はオーブンに入れてその間に珈琲をドリップしておく事にする。

 よし、宿題するか。僕は両親から貰った皮の肩掛けから教材を取り出した。


「ほほう、旨そうじゃのう」

「……こんにちは学園長先生」


 一瞬、懐に手が伸びたけど、相手に敵意がないのが解ったのでそのまま振り返る。しかし気配を全く感じなかった。気を抜いていたとは云え、こんな魔力量に気付けないなんて。

 ……もうちょっとちゃんと、トレーニングとかするべきなのかも。


 僕は課題をするのを止めて、クッキーについての説明を求められたので簡単に行う。ふむふむと頷く食えない老人がどうするつもりなのかは良く解らないが取り敢えずドリップなんてやってたら間に合わない。僕は紅茶缶を取り出してして御茶の準備を始めた。


「侯爵家だと云うのに自分でしておるのかの?感心な事じゃなぁ」

「……昔、人から貰う物が信用できなかったので自分でできる様に教えて貰いました」

「うむ」


 学園長はすっと目を眇めた。僕はその先の言葉を聞くつもりはなかったので手早くお茶を淹れて会話を切った。机に角砂糖とミルクを置いた所、ミルクを少々と角砂糖を3つ入れていた事から学園長は甘党だと云う事が判明した。……割とどうでも良い事ではあったが。

 その後はほのぼのと一緒にお茶を飲んだり、学園での感想や要望などを求められたりしたが特に何もなく終わった。クッキーは好評だった。厨房のみんなにも持って行こう。


 後日、ジャドさんからこれが学園生活に関する調査として行っていた面談だったと云う事を聞いた。いやこれは、面談と云うか唯のお茶飲みに来ただけと云うか……(だって学校は楽しいかと慣れたか以外はクッキーをもっと食べたいだのお土産が欲しいだの云う話しかしていない)とも思ったが、無事に済んだのならそれで構わない。そう思う事にした。

 それよりも本当は寮母が行うはずの面談を校長先生に取られた事が気に入らないジャドさんを慰める事の方が大変だった。うん、ほら、また機会はあるから。全然ジャドさんの面談なら構わないから、だから叫ばないで喜びをダンスで表現しないで見苦――いや、これからの暑くなる時期にあんまり良くないから。僕の精神衛生上ね。


 他に近況?……そうそう、僕は最近朝と昼の授業の無い休み時間に図書室で本を読んでいる。なんでって……僕は元々、読書が好きなんだ。だって人に会わなくても知識を吸収できるじゃないか。いや、アレよりも前から元々好きだったけどさ。

 ちょっと前――と云ってももう7年くらい前だけど――アレが起こってから、僕は意味もなく――いや、学ぶ事は必要だし大切な事だけど――早急に沢山の知識を必要だと思い込んでいた時期があった。寝食もどうでも良くなるくらい知識を欲した浅ましい僕は、その過程で何時の間にか速読ができるようになっていたのだ。

 知識は確かに必要だったけど、今となってはもうなんで此処までやったんだろうと少々呆れ返る。人を信用できなかったのは確かだけど、もう少し……せめて親ぐらいは信用して頼ってあげるべきだったんじゃないかと最近思うようになった。親元を離れてみると両親の愛が身に染みた。本当なら口を出したかったと思う。それでも僕の好きにやらせてくれたあの2人は、本当に凄い人達だなぁと実の親ながら感心する。


 しかし速読――と云うか本を読むスピード――に関しては、教育係に何時も『はしたなく見えるからやめなさい』と叱られていたが。

 別に普通に読んでも良いけど、僕は一気に読んでから本を閉じて読んだ内容を頭の中で整理するのが好きなのだ。これは僕の唯一のちゃんとした特技で、暗記が得意なのだ。


 覚えたての言葉は――紙に描かれていた文字の1つ1つは、きちんとした意味を持っていないのにグルグル回りながら溶け合う事で大きなまとまりになる。そして僕もまた、頭の中でその1つ1つのまとまりと一緒に溶け合い、味わい、やがてそれらが収まるべき所に順々に落とされ、その収納が終わった時、僕は頭の中のまとまりから自分の世界へと振り落とされ、気付けば自室や屋敷の司書室に備え付けられているベルベットの張られた椅子のクッションの上。その際の夢見心地加減ときたら。

 僕はその時、現実と頭の中の世界の何処かを漂っていて、まるで僕が全部と溶けて何処にでも居るような、何処にも居ないような気分になる。何処か遠く、ぼんやりとした世界と世界の間からこっそりと呆けている自分を覗いて居るような乖離を感じるのだ。

 一時だけ、自分から、この薄汚い小心者の僕から離れられたような気がして、不思議な満足感を得る。

 だから僕は速読をしているのが好きなのだけど、余人には理解されない。……確かに本は痛む。本と云うのは最近こそ魔術や魔器の発達で多少の量産が可能になったがそれでもまだまだ古い本は手書きだ。つまり手間が物凄くかかるから高価なのだ。

 でも教育係が云うには本が痛む事より、傍から見たら何を鬼気迫って読んでいるんだろうと気味悪く見えるらしい。別にそんなの見た所で他の人には関係ないじゃないかと思うのだけど。


 僕は朝と昼に図書室に行き、膨大な蔵書を目の当たりにし、嬉々として本の山に埋もれに行っている。速読に関しては一応しないようにしている。貴重な蔵書もあるし、何といっても他人(と云うか施設の)物だからだ。エルフ族の、学園長と張るくらい立派なお髭の司書さんとは大分顔馴染みになった。今度何か甘いものをお裾分けする約束をした。


 そして僕は現在授業中に解らなかった所を調べる為に図書室に来ていた。授業中、後にとてもじゃないけど先生に質問はできなかった。歴史の先生は妙齢の女性だったのだ。……一番苦手だ。

 その為僕は質問できないなら調べれば良いじゃない、と云う天啓に従って図書室で調べる事にした。……したのだが、思ったよりもすぐに疑問は解けてしまった。と云うよりも僕の勘違いだった。国と制度の組み合わせを覚え間違えていたのだ。質問しなくて良かったと心底安堵した。


 歴史の先生はほわほわとした言動とくるくるカールしたピンクの髪が特徴的なエルフの先生だ。噂によると学園長より何倍か年上らしいのだが……やめよう。寒気がしてきた。因みに此処の司書さんとは親子だそうだ。どっちが親でどっちが子ですかと冗談で聞いてみたら司書さんが目を合わせてくれなかった上に凄まじい悪寒がしたのでこれは聞いてはいけない事だったのだと悟った僕は「なんでもないです」と一言きっぱり云って図書室から出た。

 ……女性の歴史を尋ねる事は冗談でもしてはいけない。僕は大いに学んだ。


 気を取り直して、お菓子作りの事でも考えようそうしようアッハッハ明日は何を作ろうかなー、と僕は空元気で寮に帰った。ジャドさんにものすっごく心配された。


 え?何?死相が出てる?

 その日からは“物理結界”“魔力結界”を部屋全体にかけて眠る事にした。

 僕がチキンなのは仕様なんだ。問題ない。

 日々の安眠を勝ち取った僕はぐっすり眠ったのだった。


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