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憑き甘く  作者: ネイブ
夏休み
34/34

宿1


 帝都クリオラはギルドの本店があることでも有名である。全国各地に支店のあるギルドの総本山と云う事も相まって規模がとてつもなく大きい。


 ギルド、と云うのは仲介業者の様なものだ。ギルドに登録すれば誰でもどんなものでも依頼をする事が出来る。そして勿論依頼する側の人間がいれば、依頼をこなす側の人間もいる。


 依頼者側からすれば、国が相手をしてくれない様な細かな事をしてくれるギルドと云う存在はとてもありがたい物だ。そして依頼をこなす側からすれば、路銀が稼げたり、名前が売れて良い武器を融通して貰えたり良い所に就職できたりと、此方としても利点が多い。


 依頼を確実に遂行させる為に違約金や階級制を取るなど規則は多いが、それでも沢山の人々がこの組織に属している。ギルドが発券しているギルドカード――通称ギルカ――は身分証にもなる為、特に依頼をする、受ける予定などがなくても一定の年齢になったら発行する人も多い。

 向こうの免許証みたいなもんね。とは師匠の談だ。


 発行の仕方は実に簡単だ。先ずは受付で記入用紙を貰い記入する。必須欄は名前(正し本名とは限らない)と年齢(不明な場合無記入可)だけ。

 此処から後は自由記入となり、出身地名とか、後、ちゃんとしたカードの発行には3日程時間がかかるから家か滞在中の宿。それと職業の所に丸をする。貴・農・工・学・商・冒と文字が書いてある。それぞれが貴族、農民(この場合の農民は農業・漁業・林業・狩猟などの第一次産業従事者を指す)、職人、学者、商人そして冒険者を指している。因みに学生の場合は無記入だ。此処は後々変更可能だ。


 そして最期に得意な戦術タイプに丸をする。

 『前衛』と書かれた文字から線が伸び、剣、槍、斧、格闘、その他と繋がっている。

 『後衛』からも同様にして魔術、弓、投躑(とうてき)武器、その他。となっている。勿論戦闘できる人だけがギルカを発行するわけではないからその下には『無し』と云う欄も設けられている。


 簡単も簡単。文字の読み書きが出来れば一応年齢制限はあるが幼子1人でも記入する事出来る。詰まり、このギルカ発行の仕方では、少々身元が怪しかろうとどうにでもなるのだ。識字率もそれほど高くないから受付の人に代筆を頼めば筆跡さえも隠せる。


 勿論、対策は既に講じられている。

 同じ人が2回目の登録をする事は不可能なのだ。理由は簡単“血判”を押すからだ。血には、その人の魔力や独特の因子――遺伝子情報みたいなモノをこう呼んでいる――が詰まっている。だから一度作ったらその名のまま。再発行は可能だけど、それも全て“血判”がギルドのデータベース内(魔力で亜空間を作り出してそこで一括管理・運用がされているんだと思う)で登録されているからこそ、スムーズに行えるのだ。

 血……きっとDNAみたいなもの、なんだろうなぁ。分子だとか塩基配列だとかの概念があるわけじゃないのに至る所が一緒って云うのは面白いと純粋にワクワクする。


 これなら指紋認証とは違って経年変化もなさそうだし……そう云えば網膜スキャンって成功したのかな。あー名前が出て来ない。何十年か前に英語圏の雑誌で発表した奴。面白いけど誰がやるんだろうアレ。研究費幾らぐらいふんだくる積りなんだか。いや、確かに利益にはなるだろうけどさ、誰かが開発途中なんだっけ。もうできてたんだっけ。あぁ駄目だ。覚えてない。頭が痛い。霞が掛る。真っ白だ。視界が濁る。


 僕は頭を振って思いだす事を放棄した。覚えていないんならしょうがないんだ。

 大体覚えていたってこの世界でどうするってんだ。原子分子の存在どころか惑星が丸いって事にさえ懐疑的なのに(でも何故か地動説は認めてる)。僕にこの世界でガリレイやアインシュタイン、ワトソンとクリックにでもなれって云うのか。馬鹿げてる。

 荷袋に入れていたコップを取り出し水精霊に水を淹れてもらい一気に飲み干す。


 取り敢えず、ギルカの複製は基本的に無理だ。偽札作りほど容易なもんじゃない。まぁ、特殊な事例に於いてはギルカの複数所持が認められているらしいけど、それもごくごく一部。上位階級や隠密を専門とした者でもないとそんなにポイポイ認められない。

 因みに、勿論師匠と先生は認められている。


 ギルドの依頼内容は街から街への移動の護衛や薬の材料採取、猫の里親探しなど多岐に渡る。決して力の側に偏っているわけではない。

 だけど、基本的にこう云う組織には荒事専門のガラの悪い輩が多くなるのが世の常、と云うやつで、ギルドは大方むくつけき男達の園、といった趣の、武骨な場所となっている。


 とは云え、帝都クリオラは、別に治安が悪いわけではない。表向きは、だが。裏通りに入ると、と云う奴だ。まぁ大都市には付き物だし、仕方ないと思うけど。


 僕らはそんな若干治安の悪い裏通りに面した安い宿を取った。無駄に豪華なのより、こういう寂れ――いや、安宿の方が安心する。とは云え、最下層と云うわけではない。程々に安めの宿、だ。


 前回の旅はとにかくお金がなかった。色々と不幸な理由が重なっただけで、本来は持っているはずの所持金を引き出せなかったのだ。あの節では本当に師匠達にお世話になりました。でも師匠も無駄な賭けごとで思いっきりすったり奴隷買ったり色々したんだから僕だけの所為じゃない。先生が呆れ果てて天を仰いでいた姿を思いだして思わず溜息を吐いた。


 ……うん、あの時と比べれば天と地ぐらいの差だ。シーツは清潔だし、隙間風は入って来ないし、雨が降ってもいないのに雨漏りする事も、下水の匂いが漂っているわけでもない。良い環境だ。ただ、ちょっと壁に染みがあったりとか、麻でできたシーツは目が粗いとか、ベットが軋むとか、その程度だ。何の問題もない。

 寧ろシーツがあって、しかも清潔で良かった。前は室内にいたはずなのに外套や寝袋に包まって寝てたから。理由は色々だ。毛虱やダニが大量に居たりだとか、そもそもなかったりとか。


 ……前回の旅で、僕は貴族として必要な感覚の何かを欠落させてしまったのではないかと最近頓(とみ)に不安になる。

 いや、学校を卒業して薬師になったら必要のない感覚だから良いんだ。落ち着け。貴族としての感覚なんて、いらないじゃないか。そう、寧ろこの感覚にこそ、馴れておくべきなんだ。うん、良い機会だ、そうなんだ。


 ギシリと鈍く軋む安いスプリングの音がして、視界に塗装などされていない剥き出しの木目が映った。無意識のうちに強張っていた身体に苦笑し、力を抜く。

 今はまだ変身中の姿だから精霊達が少々遠巻きにしている。


 そんなに姿が変わったわけじゃないんだけど、やっぱりこの身体は色々と何かが違う気がしてしまう。

 骨格かな。いや、確かに肩幅や筋肉の付き方は成人男性仕様だけど、別にそれも特筆すべき点でもない。前回の旅では僕の身長が低かったから背丈も大幅に変えてたけど、今回はそんなに身長は変えていない。今回は主には顔を変えてある。ツルリと顎を撫でて何時もより少し角ばっている輪郭の感触が面白くて数度撫でる。


 このデザインは前に師匠がした『20代前半のオットコマエかっこわらい』に『僕』と云う素材を当て嵌めてみたらしい。「『オトコマエ』にしてはちんくしゃすぎたわ」と創った師匠が大笑いしていたけど。


 身長は前回の旅では大体180cmぐらい。こっちの世界的に云うなら2ドーヤぐらい。僕の本来の身長は160cm後半くらいで、少しだけ嵩増しして170cm後半くらい。こっちで云うなら5トーフィ10チィンぐらいかな。20歳前半の男にしては、平均身長に少々足りないけど、まぁこんなもんでしょ。平均値って云うのは、上も下もいてこそ成り立つものなんだから。


 僕はきゅっと目を閉じて“変身”を解いた。髪の毛が鼻の辺りまで伸びて、顔の皮膚がぐにゅ、くしゃ、と歪み、ピン!と一気に張って元に戻った。

 “変身”は、する時よりも戻る時の方が違和感を感じるのは、僕が未だに僕を否定しているからなんだろうか。戻ると自分でも未だに思えないから?もう、受け入れたと自分では思っていたと云うのに。自分の推測に無駄に落ち込んだ。


 “変身”を解いて安心したのかふよふよと僕を慰めるように舞う精霊達に手を振って大丈夫だよ、とアピールする。戻って来てくれてありがとう、と云う事と、きちんと姿は戻っているか尋ねると“ばっちりー”“もーとどーおりーぃ”ときゃっきゃしている。

 思わず微笑む。


 そうだ。元通りなんだ。これが僕。

 黒髪だ。栗毛じゃない。瞳だって青色じゃない。ましてや灰色がかった深緑じゃない。赤だ。コンプレックスだった無駄に張ったエラもなくなった。雀斑や染みを気にして必死で化粧品を塗りたくっていたり、結婚適齢期を迎えて恋人のプロポーズを待っている馬鹿な女でもないし、まだ死んでもいない。

 混在してはならない。

 これが今の僕。今のクエイルーア・マスティ・ゴドルィック。


 ふわふわ漂ってきた精霊がふわりと僕のお腹の上に乗る。そっと撫でる。重さも、温かさも感じる事が出来ない。ふと思う。どっちが感じられていないんだろう、と。

 精霊は、肉体を持たない。しかし精霊も魔力があれば実体化できる。エネルギー量の問題だ。

 実体化は酷く燃費が悪くあまり精霊達もやりたがらないし、魔力を提供しているスポンサーである僕もあんまり嬉しいものじゃない。だって肉体持たれてどうするの。怖いじゃないか。

 精霊の方が実体がないから触れられないのか、それとも、もしかしたら彼らは僕の魔力で既に実体化しているのに、もう既に僕がまた死んでいて、霊魂の状態だから触れないのか。そもそも霊魂の状態ではどれに触れてどれに触れられるのだろうか。衣服は?地面は?建物は?


 僕は馬鹿か。


 枕を力任せに抱きしめてじたばたする。なんだこの想像。気持ち悪い。なんだよ、化け物なんて今更じゃないか。何感傷的になって要らない事思いだしてるんだか。情けない。


 ぎしぎし鳴るスプリングと衣擦れの音に紛れて“きゃー”“どめーすてぃーっく”と叫びながら僕と一緒に転がる精霊。


 ……ドメスティック・バイオレンスって云いたいのかな。どこで覚えたんだそんな単語。そっか、愚問だったね、師匠しかいないや。一通り暴れて仰向けに大の字になる。


 あぁ、嫌な事思いだした。絶対夢に出る、嫌だなぁ。やっぱり無理にでも来ない方が良かったんだろうか。

 いや、まず師匠達から逃げる事が出来ない。寧ろ逃げたら酷い目に会っていただろう。

 簀巻きにされて航海中貨物室に放り込まれていたかもしれない。

 いや、それだけならご飯もらえなかったり出席日数とか気にしていないのは良いけどやっぱり逃げない方が良い。うん。


 僕はまた溜息を吐いた。

 溜息を吐いたから幸せが逃げるのか、幸せが逃げているから溜息を吐いてしまうのか。

 それこそ栓の無い話だ。僕は起き上って、もう一度“変身”をかけた。

 外に出て何かを食べよう。美味しいものを食べたら、きっとこんな馬鹿みたいなこと考えなくて良くなるはずだ。




当分、更新ストップします。

すみません。

詳しくは活動報告で書いておきます。

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