研究所2
何時もより短いです。
化け物、化け物、化け物。
しょうがない。なりたくてなったわけじゃないくても、なっちゃったんだから。
「少々黙っておれ。貴様の何者だ。その口から直接聞いておいてやろうぞ」
「お、皇子!」
悲鳴を上げて飛び上がった魔術師に皇子は一瞥をくれただけで視線を此方に戻した。
僕は内側から漏れてきた傷を意識して抑え込み、当たり障りのない笑みを浮かべ、頭を上げた。
こう云う時に、下手に身分を偽らない方が良い。興味持たれて探られて嘘吐いたってバレたら不敬罪だしね。サラッと云ってサラッと流してもらえば良いんだ。
……まぁ、ミドルネーム(貴族階級)は伏せておけば何とかなる。僕の名字は国中どころか国外でも良くある名字なのだ。貴族の中にも両手で足りないほどいる。だから大概親の名前や、由緒のある家柄なら通り名や役職付きで呼ばれたりする。
逆に良く偽名にも使われたりするが、『偽』名ではない。一部云っていないだけなのだから大丈夫だろう。
「私はクエイルーア・ゴドルィックと申します。今回は師と仰ぐサートンご夫妻に後学の為にとお誘いを受けまし――」
「その様な下らぬ事を聞いておるのではない。余を煙に撒こうなどと片腹痛いわ」
「何の事でございましょうか」
「……斬り殺されたいか」
「滅相もございません」
皇子の手が腰に在る剣にかかったのを感じながら、僕は淀みなく答える。そしてばれない様にチラリと師匠達の方を見る。
……完全無視か。駄目だな。僕にどうしろって云うんだろこの人達。思わず、ひっそりと溜息を吐く。
僕の思考が飛んでいる間にも尋問は続き、皇子の傍に立っている魔術師の人は真っ青になってしまっている。何も悪くないのに、御愁傷様です、と少し同情した。
「貴様、何が目的でこの場所に居る?……答えよ」
「後学の為にございます。サートンご夫妻は、素晴らしい師です。お二人の手際を見て学び、技術を深めたいと思っております」
「それを、余に信じろと申すか」
「真実にございますので、信じて頂かなくては私等からは何も云う事はございません」
眇められる金色の瞳に負けじと見返す。数拍、間があった。それから皇子はふん、と鼻を鳴らすと踵を返した。その姿に魔術師の人がチラチラと僕を見て怯えながら皇子に付いて行く。
そうだ。それが普通の反応なんだ。僕は再び瘡蓋を喰い破って出てきそうな傷跡を上から包帯でぐるぐる巻きにして抑え込んだ。
考えるな。アレが、普通なんだ。思いだしたって、考えたって、何にもならない。
「……戯言を。もう良い。後は好きにするが良かろう。その代わり、貴様には条件を追加させてもらう」
「……条件、とは?」
「後に部下に届けさせよう。不測の事態ゆえ、準備が追い付いておらぬからな」
こっちを見るな。
僕は扉の前でチラリと振り返って云う皇子に内心舌を出した。あぁ、面倒やらかしたな。こんなことぐらいで驚かなくても良いじゃないか。
……まぁ確かに、長ったらしい呪文とか云ってないし、いや、寧ろ呪文一言も唱えてないし、本来必要な道具を使ってないし陣も作っていない。ちゃんとした手順踏んでいない力技だけど。
本来は高価な儀式用の材料、器具を使って呪文唱えながら丸一日――悪魔の強さにもよるけど――ぐらいかけてやるものなんだけど、まぁ面倒じゃないか、そんなの。
それに呪文覚えてないんだよね。長過ぎて覚える気にもならなかったんだ。
使うのならこんな風に力技か、何か紙に書いてそれを見ながらやろうと思っていたから。
後者はそんなにする気なかったけど。だって面倒くさいじゃないか。書くの。
僕が萎えていると最期に皇子がこちらを振り返り云った。
「貴殿らの働き、期待しておるぞ」
最後の一言超棒読みだったんだけど。
ばたりと閉まった扉に
まぁ、何とか乗り切った、ってことだよね。ふぅ、と溜息を吐くといきなり頭を掴まれ万力みたいな力で締めあげられた。
ほ、ほね!ほねがみしみしいってあああああああああああ!
「いっいぃぃぃ……!」
「30点。不甲斐ないぞ。何だあの返答は。もっと上手い事誤解させろ」
「変な条件追加されたかもしれないじゃないの。ったくもう、しっかりやんなさいよね?」
見捨てた師匠達にそんな事云われたくない。僕が考えていた事が解ったのか何なのか頭を鷲掴む手の力が強まった。もう言葉も出ない。
頭を掴まれ足が地面に着かない。その状態でバタバタと足を動かすが、全く何にも届かず、虚しく空を蹴る。
魔力も上手く練り上がらない。集めようとしたら零れ落ちてしまう。笊で救った水みたいな感触しかしない。さっきの反動なのか師匠に妨害されているのか、多分、いや絶対にどっちもなのだけど。
そのままの状態でやいのやいの2人に怒られ、いい加減離せと背後にちょっと本気で蹴りを放ってみた。
勿論当たるはずもなく思いっきり前方に放られた。着地はちゃんとしたけど。
しかし僕には見向きもせず皇子の後を追って扉の方へ歩き出す2人。
「んじゃ、宿でも取りに行こうかね」
「あぁ、そうだな」
……僕は少しだけ、素晴らしい師だと云った言葉を撤回したくなった。