謁見
城と云う物は、基本的に無駄に金の掛った建造物である。この世界の城は、元々敵や魔物の侵攻を抑える要塞から端を発して発生したのだが、今、その用途で使われている城は寧ろ極少数。強力な魔物の多い地方に数える程度しかない。
現在の城は権力者の権力誇示の為の道具の1つとなっている。詰まりは無駄の権化と云う事だ。
何故そこに装飾を施したのか、何故鉱物を使ったのか等々、突っ込んだら切りがないほど無駄に溢れているのが、権力者達の城だ。
芸術の発展と雇用の場の提供の為に芸術家達に仕事の場を与えた結果できたものだ、とか。
国の権威と伝統を他国の者に示すべく観光地として使う、とか。
1つ目に関して云うならば、そう云う面もあるのだろうが、所詮は云い訳だ。尤もらしい理由を付けれいるが結局のところは其処に住まう者達の自己満足である。全く誰が金出してると思ってるんだか。
実際、観光地にするとしても中には早々入らせてくれないのだから外側だけ凝った造りにしていれば良い。
現在の城は昔と違い役所としての機能面が大きい。政治と国内事務処理の中心部。そんな所に金掛けた所で、汚職が無くなるわけでも、事務処理が早く終わるわけでもないのだからもっと実用的でシンプルな作りにすべきなんだ。
でもまぁ、大きい事に関して特に不満はない。大きければ掃除をする人の人数が増えるから雇用を賄える。大は小を兼ねるともいうし、狭っ苦しいよりかは広い方が何かと便利だ。勿論デメリットもあるし、唯々大きくすれば良いってもんじゃないけど。
取り敢えず、無駄に装飾を増やす必要性は感じない。大体、権威の象徴なんて云っても、建物ばっかり良くたって何の意味もない。
無意味な贅沢の権化である王城に僕は今居る。正直もう帰りたい。しっかりしつこく足元に吸いつく絨毯に辟易しながら右に左に歩き回され階段を上る。その間、例のずっと案内してくれている文官の男性が作法やマナーの確認を歩きながらしてくれている。
わざと複雑で長い道程に設定し、話しかけている様に思う。謁見の間までの道程を他国の者に覚えさせない為の攪乱が目的なのだろうけど、その程度の妨害で覚えられなくなるわけがない。
どうでも良いけどね。
僕は適当に師匠達に付いて歩くだけで良い。誰何されても2人の弟子と云えば後の部分は師匠達がしてくれるので楽と云えば楽だ。寧ろ何もすることが無いくらいの勢い。
それでも面倒だけど。
どんなに面倒で嫌でも今行かなければならない。詳しい説明を受けた時に疑問点があった場合そう気軽に訊きに行けないし行きたくもない。人数をきちんと雇い主側に認識されていないと、僕だけ捜索、討伐において特典が受けられないかもしれないからだ。付いてって顔見せする。これはちゃんとやっとかないと後々面倒になる可能性が高い。
我慢だ。我慢。唯ちょっと礼して跪いてお言葉聞いてれば良いだけだ。後は、疑問点があったら即質問。これはかなり大事。大丈夫。礼儀作法はこれでも貴族の端くれ。得意なんだ。そう。得意なんだ。そうだと思え。
聖王国の王城はどちらかと云うと、柔らかで女性的な造りをしていたように記憶している。まぁ神話が神話だからそうなるのも頷けるけど。
それに対して帝国の王城は良く云えば雄々しく勇ましい。まぁ、ぶっちゃけて云うなら武骨。装飾品なんかは美しく、金やら銀やらふんだんに使われていて目を飽きさせない(敢えて云うなら疲れさせる)ものなのだが、何故だか全体的に武骨なのだ。何故か決して華美にはならない。いや、なれていない。
装飾の1つ1つは良く見れば優美だったり繊細だったりしているのだが、何処まで行っても最終的な印象は武骨の一言だ。
元の素材が石だからか。それとも基本的に全てが大きめに作られているからなのか。いやしかしそれだけじゃない。絶対違う。なんとも不思議だなぁ。
大きな扉の前で僕らを案内していた男性から「少々お待ち下さい」と云われているのをなんとなく耳に入れながらボケッとそんな事を考える。他に考える事が無いから仕方が無い。謁見は僕が何か考えたところで出しゃばる気もないから良い。
案内してくれた文官の男性が扉の前の騎士に何かを伝えた。そしてその騎士は男性に一礼。それから大きな扉を数回リズミカルにノック。すると扉の一部がカションと音を立てて開いた。大体僕の掌分くらい。
……成程。小さな用件とかでいちいち大きな扉開け閉めするのは面倒だもんね。リズム決めてノックして、扉の一部細工してそこを開け閉めした方がよっぽど効率的だ。多分、今開けらんないよ無理だよって時は何かしら返答用のノックがあるのだろう。うん。実に良いね。そういう考えられた知恵は好きだ。
僕が感心している間に扉の前の騎士と扉の中の人の会話は恙無く進行してくれたようでキィッゴコンと音がして小さな扉は閉まった。それを見届けてから案内していた男性は僕らの横に戻ってきた。
そしてまた数拍。扉の中からコンコンと大きめにノックされた。すると扉の前に居た騎士たちが「これから開門し皇帝の御前にうんたら」とか何とか宣って大きな扉がゆっくりと開く。師匠達が歩き出したのに従い僕も後に付いて歩みを進める。
廊下なんかも武骨だったけれど、王の間は流石に豪奢だった。全体的に朱色と青銅色で纏められている。床はどう掘りだしたのやら大判の翡翠と黒曜石でできたタイルが敷き詰められている。そんな空間の中に唯一真っ白な大理石でできた場所が玉座だった。細かな金銀細工が施された白亜の玉座は思わず釘付けになるほど美しい。
そう、玉座の全貌に釘付けになれるのだ。
ちょっと待て。肝心の王は何処だ。
周囲に山といる騎士や役人、側付の視線に辟易しながら朱色の絨毯を進む。なんて云うか、不信感と値踏みする感じが半々、ぐらいの空気。取り敢えず好意的ではない。
国によって作法は少々違うものだ。例えば聖王国では扉に入る前に礼。一歩入って腰を落とし誰何を告げ、陛下に許されてからもう一度立ち上がって一礼し玉座より大分離れた場所で立ち止まり謁見するのが習わしだ。
しかし帝国は軍人国家。帝王と云うのは竜族の末裔。竜の血を濃く受け継ぐ者達である。彼らとの謁見は王国のそれよりも大分玉座近くで行われる。近付いて良い場所と云うのは大体絨毯を見れば解る。どれだけ美しく上質な絨毯であろうと、皆が皆其処で立ち止まり跪くのだから。立ち止まるべき場所と一歩先は質感と云い色褪せ具合と云い、やはり何処となく違うものである。まぁ大抵はちゃんと絨毯に解りやすい模様が入っていたり、其処で止まれとか何とか云われて止まったりって云うのが通例なんだけども。
今回は玉座の脇に控えていた青の長衣を着た人に「止まれぇい!」と一喝された。
いや、何で一喝?もっと穏便に行こうよ。一応僕ら(僕は違うけど)客人だからさ?大概場所の見当は付いてたし、そんなに叫ばなくても良かったのに。
なにはともあれ僕らは帝国式の礼をして跪く。もしかして皇帝が戻って来るまでこのままなのか?あー面倒だな。やっぱ全部師匠達に任せておけば良かったかも。などと考えていると後方の扉が開き「皇帝陛下のおなーりー!」と騎士の叫ぶ声が聞こえた。やっと来たか。と云うか、居ないのに招かないで欲しいもんだね。
「面を上げよ。そなた等は余が招いた賓客ぞ。そのような臣下の礼などとってくれるな」
言葉通り顔を上げつつ意外に思う。
後方から予想よりも若い声がしたからだ。確か皇帝陛下は御歳130歳ほどになる方だったと思うが。
帝国の民(と云うか王族)は長命の竜族の血を引くとは云え、そんなに人間と寿命が違うわけではない。あくまで血を引いているだけだからだ。
人間の寿命――寿命の計算は、この世界では乳幼児の死亡は省かれる。大体6歳からが調査対象だ――が大体50歳前後とすると、彼ら帝国の民――竜族の血を引くものに限定――は大体150ぐらい。大体3倍かな。
皇帝は人間で云うなら40代後半。
もうそろそろ退位しても不思議ではないが……僕は片足立ちのまま「悪いな。会議が立て込んでおっての」と云いながら玉座まで歩く人物を見た。
竜族の血を引く者達は成長の仕方が人間とは大分違う為判断が付きにくいが、見た目は人間的に、20代半ばくらいだろうか。彼等は乳児期は短いが幼少期から青年期が長く、壮年期が短い。人間が20歳ほどだと見立てていても、実際は40代だったなどと云う事もザラだ。
人間は2年ほどかけて一人で立ったり喋ったり離乳などを覚えるが、彼らはそれらの事柄を半年で終える。
獣人族などはもっと野生に近い――いや、失礼。本能に忠実なので1,2カ月でそれらを終える。終えた辺りからは大体人間と同じ様な成長の軌跡を辿る事となる。まぁそのかわり十月十日と呼ばれる人間の妊娠期間よりも総じて長い事が多い。1年半やら3年やら個体によって差はあるが。
白亜の玉座に座った青年はやはり第二皇子に似ていた。違うのはつり目で牙が長いことぐらいだろうか。なんて云うんだろう。あ、野性味が加わったってとこ、かな?
衣の色は緋。皇帝と正妃だけが身につける紫の次に尊いとされる。詰まり――王位継承権第一位の、第一皇子だ。
「悪いが、皇帝陛下は視察に周っておってな。皇子ではあるが僭越ながら余が謁見させてもらおう」
艶然にに、とも傲慢に、とも云える様な顔で笑んだ皇子を見て、あーこの人もなんだか面倒くさそうな人だなぁと僕はげんなりした。
そんな、内心げんなりする僕には目もくれず(くれられたら困るけど)先生と師匠がそれぞれ自身の身分やら今回お招きいただきましてうんたらと全て云って下さった。僕が口を挟む前に僕の事も口に出してくれたので僕は特に何もせず、紹介された時に最上級の礼をしたぐらい。その後は先生達の口上を聞きながら周囲に気を配っていた。……まぁ、不必要だとは思うけど。
先生達の口上は恙無く終わり、定型的な挨拶を返した皇子に3人揃って礼を返す。許しを貰って再度顔を上げると、其処には玉座に足を組んで行儀悪く座り、悪餓鬼の様に笑う皇子がいた。
いや、もっと真面目にやれよ。こっちはわざわざこんな七面倒くさい礼してるんだから。
「貴殿らの件……元より担当は余なのだ。一々皇帝と謁見したのちに余の所まで来てもう一度詳しく説明を受けるよりも、手間がかからぬであろう?」
そんなもん「そーですね」なんてぶっちゃけられるか。周りの顔見なよ。『あぁもうやっちまったよこの人』な顔してるじゃないか。横の人なんか、小刻みに震えてるじゃないか。可哀想に。まだ若いというのに、良く見れば額の後退は既に始まっているようだ。強く生きて欲しい。特に毛根。
僕が心の中で呆れていると先生が何とも無難な答えを返した。流石、後ろ盾のない平民から元聖王国騎士団近衛にまで上り詰めた御方。
「我々は依頼をこなすまでですので。如何様にも」
「ふん……して、概要だが……」
先生の優等生じみた返答は、どうやらお気に召さなかったようで興醒め感駄々漏れな表情になった。それから脇に控えていた人に手を振って僕らと自分に紙を配らせた。
「文に書いてあった通りと云えば通りでの。魔術師の名はレイスター・ルゥリア。呼びだした悪魔に付いての見当は付いておらん。何せ、その時同じ階に居た50名以上の研究員が犠牲になったからの。現場近くでは悲鳴と物の子割れる音、不規則に明滅する閃光から、何事かと様子見に行った小隊がまるまる喰われた。犠牲者86名。建物自体は倒壊しておらぬ」
「犠牲者の遺体はどんな状態だったのでしょう」
「む……そうだな……いや、どうせなら見せた方が早かろう」
少々困惑した顔で顎を撫でる皇子に僕は目を見開く。
どんな状態であれ遺体が残っていたとは。
どうせ全て喰われているものとばかり思っていた僕にとっては意外に思うと同時に、面倒くさい事になったと憂鬱な気分にもなった。部位ごとにしか食べない悪魔は、自らをグルメだとか通だとか良く解らない自慢をする。しかし自慢できる個体ほどの理性と個性が強く、力も強い。そして大概偏屈なのだ。話して通じる偏屈と、話すと無駄に火に油を注ぐ結果になる偏屈が居る。後者は云わずもがなだが、前者は代わりを要求して来るからそれこそ面倒だ。
曖昧な表情をして顎を撫でて思案していた皇子はすぐさま思考と表情を切り替え「後に連れて行こう」と話を切った。
「潜伏場所は不明だ。目的はまぁ、人間を喰らう事だろう。魔術師側の望みも不明。何故儀式を行ったのかも不明……。不明尽くしで不甲斐なく、頭が痛いものだ……」
「いえ、その辺りも含め調査する所存でございます」
「うむ。そうしてもらえるとありがたいの。期限は半年以内とさせてもらおう。騎士団も動かしておるから連携は其方の方で進めるが良い。何か要望はあるか?」
「我々が頻繁に王城に行くところを誰かに見られては、不審がられる可能性があります。それを考慮致しまして街の宿屋を活動拠点としようと思っております。それとできれば資金の融通をお願いしたく――」
お金なんかの細かい話はざっくり聞き流し思案する。
期限は半年。まぁなんとかなるだろう。それほど強い悪魔ではないと聞いているし、残留魔力から判断してもそんな感じがする。大体僕は学校があるからそんなに長居出来ないしするつもりもない。
厄介なのは魔術師の望みの見当が付いていない事か。悪魔に関しては皇子が云っている事――餌の調達――で間違いないだろう。
悪魔は別に自身を強くするために人間を食べるわけじゃない。唯の人間を幾ら喰ったところで特に力が強くなるわけじゃないからだ。あれだよ、レベル70で序盤のスライムと戦った時の経験値みたいなもん。それこそ何百、何千体と相手しないといけなくなるからそんなので強くなろうなんて馬鹿がする事だ。だから、唯の快楽主義。もしくは暇潰し。暇潰しならもう還っている頃だろう。召喚陣が壊れていない事を祈ろう。アレ見なきゃ還ったか還ってないか判断できない。まぁ逃げてるのを追ってる時点でちゃんと保存されている事は明白。詰まりまだ還っていないってことだ。悪魔が召喚された陣は、悪魔が還ると割れたり文字が消えたりと、使用した陣から情報を消して還る事が多い。陣があるならそこから色々と操作しやすいし、かかって2カ月、僕的目算1カ月くらいでギリギリ終わるでしょ。
そうこう考えている内に細かい打ち合わせは済んでいた。大丈夫、大体聞いてた。お金は適当に3等分されるだろうし、王城通行証並びに騎士団に行く際身元を確認する物はちゃんと3つ配布されるって云われた。操作する上での権限も幾つか貰った。例えば門で一々通行税取られないとか、国営の建物での割引とか。
「ふむ、こんなものか。それではこれより遺体の安置されている場所へ赴こうではないか。良いかの?」
「お願い致します」
僕らはもう一度頭を下げ「付いて来るが良い」と云われたのに従い立ち上がり、皇子に付いて行った。
今現在、召喚の儀式が行われた施設は立ち入り禁止になっているそうだ。そこまで馬車で移動。最初の馬車よりも数段良い馬車で中はふかふか、外は金ぴか。まったく馬車の定義が解らなくなる様な馬車である。今までの馬車が馬車だ。これは、うん、何か別のモノなんだよ僕。負けるな。乗って数分、それほど遠くないと云われていた通りすぐに着いた。
研究所は大きな建物だった。5階建て石造り。比較的新しい建物だったのか、それほど風雨に晒された感はない。
それにしても、此処で召喚とか何考えてるんだろう。普通に街中じゃないか。
元々呪術についての研究の行われている場所だったらしいので悪魔召喚やら魔物召喚やらの資料は豊富だっただろう。
呪術研究と云うのは大抵が呪術の成り立ちの歴史やら“失われた言葉”の解読やらが主な、学術的な場所である。こういう研究所から呪術の解呪方などが発見される場合もあり、侮る事はできない施設である――国の認可を受けている所なら。
基本的に僕は呪術が嫌いだ。前にも云ったけど目的を達成するなら自分の力でやれば良い。周りのエネルギーを勝手に奪って何かしようとする様は非常に目障りだ。
だけどそれを学術的に解こうと云う人達には特に何も思わない。いや、面白い理論とかが生まれたら興味持つけど。
国の認可を受けていない所の大抵は後ろ暗いところを抱えている研究所が多い。勿論ただ規模が小さくて認可を受けられないところもある(大抵バックボーンがどれだけの地位を持っているか、裏金を幾らほど出せるかで国営認定するかどうかが決まる。ま、大人の事情って奴だよ)。認可を受けた施設は国の監視下に置かれるから目立った不正なんか行われない。しかし認可を受けていない施設の大半が貴族の私利私欲に扱き使われる駄目駄目な研究所だ。そういう研究所から、あの蠅が持っていた様な筒が生まれるんだろう。
ま、そんな訳で国の認可受けてれば大丈夫かと思ってたけど、そう云うわけでもないんだな。と僕が5階建ての大きな建物を見て少々蔑みつつ思った。呪術なんて碌なもんじゃないって事だよ。
建物は窓部分に板やら紙やらを張っているけれどなんとも哀れな姿になっていた。
窓は全て割れ、外の壁には沢山の落書きと張り紙。良く見るまでもなく良い内容ではないだろう。何を投げたのかは知らないが悪臭が漂っている。あぁナマモノはやめてあげてよ。これからの季節酷い臭い発するでしょ。ちょっとは近隣住民の事も考えてあげなきゃ。
皇子はその形の整った眉を顰め建物内に入り、僕らも後に続いた。