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憑き甘く  作者: ネイブ
夏休み
26/34

出港前

 僕らはグーテリア聖王国の東側の交通の拠点、ビルポートに来ていた。

 今でこそ鉄道が開通したが、あんなこの世界の技術の粋を集めた列車がそう何本も量産されるはずもなく――戦争用の物がもっと沢山在ると云う噂はあるが――国内にはたった2本。しかし大陸全土で見るなら6本しかない為それでも持っている方だろう。聖王国が主に観光業で成り立っている所為もあるが……。


 聖王国は第3次産業――つまり観光業――で発展してきたお国柄だ。グーテリア聖王国はその名に違わず、神話で神々の使役なさる神獣が降り立った都だの、神が神託を授けに来る場所だのと、有難ああああい御利益のある聖地だと云う事になっている。信心深い者達の修行の場や心を清める為のパワースポットとして絶大な人気が在り、聖地巡礼を産業として確立させている。それに伴って聖王国は交通の便が他国よりも発達しているのだ。

 そして列車と云えば勿論高額である――学生は割引で半額だが――為、普通、聖王国から帝国までは船や馬車などで行く。僕らの領地からなら陸路より海路の方が早いと、そう云う理由で船となった。妥当だ。


 ビルポートは東側で2,3番目に大きなそこそこの地方都市だが、物流や人の出入りの多さなら国でも上位に入る活気溢れる港町だ。人が多く集まる分、どうしても治安は悪くなるがスラムなどは無く、ある程度の生活を送れるようになっている。


 領主様は優秀な人で僕も何度かお会いした事がある。

 ビルポート領主は父の友人だが母に下手惚れで、学生時代は父との間で熾烈な争い(ラブ☆バトル。かっこわらい)が起こっていたらしい。

 ……そんな事を武勇伝的に語られても特にリアクション取れないからあんまりこっちの反応を窺ってこないで欲しい。後、諍いは学生時代に終わらせておいてもらいたいと切に思う。

 庭であの人達がやり合うと土が抉り取られるわ柵が薙ぎ倒されるわで良い思い出がない。庭師と一緒に溜息を吐き手直しするのが定例化してしまった。……嫌な定例だな。

 ビルポート領主は未だに母に下手惚れで、一回しか会った事はないが奥さまも呆れ返っていた。え?そうだよ。許容してるみたいだね。病気の一種だと思う事にしてるって云ってたかな。夫婦仲は悪くないみたいだし、別にビルポートご領主も奥様を愛してないわけじゃないし、子供もいるから良いんじゃないかな。夫婦の形態なんて夫婦それぞれなんじゃないのかな。


 そんな宿敵である友人を父は会いたいが、できるだけ家に呼びたくないと云う様な素振りを見せる。見せるとか、露骨に出す。

 此処一帯の辺境貴族をまとめる立場である辺境侯爵(フュスティ)である父は有力な貴族と年に数回定例会と云って会合を開く。他のところで開けば良いとか何とか云うけど最終的には何時も会場は我が家になって父は毎回愚痴愚痴云っているが、決定を個人的感情で覆すつもりはないらしく大人しく我が家で毎回定例会は催されている。 その際に珍しい交易品や珍味なんかも持ってきてくれるので正直僕も楽しみにしてる。……お小遣いもくれるし、僕からすれば気の良いおじさんだ。

 それに僕が見た感じ、憎まれ口は叩くけど父は友人であるビルポート領主の事をちゃんと愛してる。そしてビルポート領主も。……くだらない事で罵り合ってるけど。

 今回は特に会う予定もないけど、また今度会いたいなぁ。


 今は昼の刻の4つ目。丁度お昼時僕は師匠達と別れて散策する事にした。

人が多いので“姿晦まし”と“重力無視”をかけて屋根の上をだが。人込みなんて僕が歩けるわけがないでしょ。当然だよね。

 船は夜の刻2つ目に出港する。それまでは自由時間と云う事になった。別に僕は2人の行方なんか知らない。昔、尾行(つけて)行ったら少々治安の悪い歓楽街――色街みたいな側面の大きい所――の宿を取ったのとは別の宿屋に入ったのを見てしまった事があるし、デートかも知れないし。新婚(って何年目まで使えるんだろう?)2人きりを邪魔したら悪いじゃないか。決して暑苦しくて敵わない上に目と耳のやり場に困っていたから清々しただなんて思っていないよ。だから告げ口なんてしないで下さい本当にお願いします。


 ……さて。僕は人目に着かない路地裏からこっそり降り、(ついで)に“変身”をかけ見た目を20代後半くらいの青年に変えた。知り合いがいないとは云い切れないからね。それに、子供が徘徊しているよりも不自然さが無いから人の記憶に残りにくいし。

 難点はこの姿になると精霊達がよっぽどの事がない限り傍に近付いて来てくれなくなる事だろう。彼らは嘘を嫌うから、偽りを前面に押し出した様なこの格好をとても嫌う。同じような物でも本体である僕の姿が変わらない“幻”は衣服の様なものだと解釈して特に反応を見せないんだけど、“変身”は駄目らしい。


 確かに“幻”をかけて姿を変えて見せる事も可能だけれど、アレは少々疲れるので苦手だ。何時もの如く魔力制御の問題だけじゃない。何時もその『幻として見せている姿』を360度頭の中に留めておかなければならないのだ。しかもそれが風の強い日だとか、日陰と日差しの下を交互に通る場所だとかになったら最悪だ。自然現象に影響された姿さえ想像しなきゃならないのは骨が折れる。慣れれば必要無いらしいけど、慣れるまでが面倒すぎる。


 本当なら魔術は詠唱やら儀式やら七面倒くさい事を一々するのが主流だ。確かに半日ほど時間がかかり、3人暮しの一般家庭の1週間分ぐらいの食費が飛ぶくらいの費用がかかるが、そうすればそんな想像を一々しなくても済む。まぁ、非効率的だからしないけど。


 師匠はそう云う方法を僕に教えはしなかった。『イメージがあれば大抵何とかなる』が持論で、僕も師匠に師事されてからその思想にどっぷり。まぁ確かに“精伝令”にしかできないような仕組みである気もするけれど。

 普通の魔術式の時でさえイメージを重視する幻想系において、師匠の持論は特にそのイマジネーション的なスキルが必要になる。想像は習慣化されるまでが苦痛だ。なんせ慣れるまでは癖を付けるべく決められた事をずっと集中して頭に留めておかなければならないのだ。慣れれば意識して留めておく必要はなく、無意識化の中で自然と行われていくことらしいけど、僕は別に幻術系を主力にしているわけでもないし、慣れさせる時間もない。


 そんなわけで人込みにすら慣れていない僕には“幻”で街中を歩くのには精神力も集中力も足らない。食事中ですら気を抜けないなど辛すぎる。ご飯は美味しく食べたい。長々と語ったけれど、これらの理由で僕は“幻”ではなく“変身”を使った。

 しかし『うそいくなぁーい』『いくないよーう』などと騒ぎながら遠ざかる彼らにちょっと落ち込む……と云うか心細さが募るのを慌てて打ち消す。ポーカーフェイス、ポーカーフェイス!


 僕は昼食を取る為に、あまり人気の無さそうな薄汚れた店に入る。まぁ大概この姿の時は酒場なんだけど。

 だって特に記憶に残らない平凡顔とは云え、青年が1人でファンシーな料理屋に入るわけにもいかないし、喫茶店とかはボリュームが少ない割に高いのだ。量が多く美味しくない可能性も高いが値が張らず且つ青年が居ても違和感のない料理が出る場所となると酒場が一番確かなのだ。


 僕は適当な炒め物と水を頼んで隅の方へ座った。

 この姿の時は振る舞いにも気を付けなきゃいけない。僕は“変身”をかける時は何時も光か闇の精霊に頼んで外から見える自分の映像を脳内に流し込んで貰っている。何かしら変な事してたら目立っちゃうでしょ。だから外から見て他の人が違和感なく見えるレベルを意識してるんだ。

 最初は頭がパンクしそうだったけど慣れた。そもそもこの目的の為にできるようになったわけではないけど、結果オーライだ。


 程なくして運ばれてきた大盛りの大皿を見て口元が引き攣る。僕は基本的に小食なんだ。酒場の料理は基本的に量が多いけど、それにしてもこれは、多すぎるんじゃないでショオカ……?

 しかし食べ物を残すのは信条に反する。それが多少不味かろうと、だ。幸いにして多少大味ではあるが味は美味しい。黙々と攻略に精を出していると、冒険者らしき一団がこっちへ近付いて来るのが精霊達を介して見えた。


「もし。すまないが、良かったら相席させて貰っても?席が一杯でね」


 濃い茶の髪をツンツンに立てたなんだか大型犬みたいな男性に声を掛けられた。来ることはちゃんと解っていたけれどビクリ、と一瞬動きが止まってしまった。いやでも、それほどの間でもなかったはず。気を取り直してさっと周りを見渡す。

 人気が無い、とか思っていたけど、どうたら僕が来るのが早かっただけらしく、確かに店内は満員になっていた。僕は仕方がないので1つ頷いてどうぞと5人を迎え入れた。

 ガタガタとイスを引いて座る彼等は僕の隣(とは云えちょっと距離を置いてくれている)から声を掛けてくれた青年を起点に時計回りに自己紹介を始めた。


「ありがとう。俺はソール。この5人で旅をしてるんだ。見て解る様に剣士だ」

「あたしはイラディ。シークよ」


 頭に乗ったゴーグルがおしゃれな黒髪の女性がウィンクしてきた。僕は会釈してなんとか反応する。女性、怖い。

 そしてその横に収まりの悪いピンクの髪に藤色の瞳をした獣人族の少女が座った。僕が目を向けるとピッと手を挙げたきた。


「メルコはメルコとゆうのです。よろしくするのですよ」

「俺はディファラス。魔術師だ」


 なんとも偉そうな挨拶をしたメルコをディファラスと名乗った魔術師がペチリと叩いた。彼は中々苦労してそうだ。そんなオーラに満ち溢れている。

 そしてソールとは反対隣りに座った細面の青年はなんとも個性的ないでたちをしていた。カラフルなローブに、外套やらスカーフやらを重ね着しまくっている。そしてまるで歌っているかのような身振り手振りで喋ってきた。


「どうもお目にかかれましてわたくし恐悦至極に存じます吟遊詩人のファントレルアですどうぞお見知りおきを」

「あぁ、ファンは毎回名乗る時に名前変わるから、ファンで良いよ」


 少々引いている僕にソールが注釈を入れる。そんな彼に着席しながらファントレルアは無表情で反論した。彼はあまり表情で感情を表さないタイプのようだ。その代わり、何倍かにして行動に表れているようだが。


「何を仰るのですこれだからわたくしの美的感覚について来れない脳筋はいけませんわたくしはその時の自分に相応しいと思う優美な名を名乗っているだけですですがお近づきに銅貨を頂けるのでしたらファンでもかまいませんよ素敵な殿方」


 それは名前を名乗っているとは云わないのでは?なんにしろこの吟遊詩人、変な人だし(したた)かだぞ。

 僕は目の前で流れるような手つきで掌を差し出してきた彼に掌を突き出し首を振って応える。


「いや、持ち合わせにそこまでの余裕がない。ファントレルアと呼ばせてもらおう。俺はクィル。剣士だ。よろしく」


 え?名前が違う?何云ってるの。別に偽名じゃないよ、愛称だからね。


 こういう酒場は、基本的に情報収集するところである。そこそこ自身の情報を提供しつつあっちからも色々話を聞き出すのがミソ。その点あの吟遊詩人は中々に手強かった。別にそんなに聞きたい事があったわけじゃないから大半は流して終わったが。

 聞いた内容?帝国の第二皇子と聖王国の某公爵家の三男坊が私兵を使って探しているとかいう流れの旅人についての噂話とか……ね。


 訊けば彼らもこれから帝国に行くらしい。悪魔憑きの話は既にギルド等で漏れているらしく、彼らはその儀式で増えただろう魔物の討伐依頼を狙っているらしい。

 一か所で門を開けば、その周囲の魔力が乱れる。その隙間からこちらの世界まで魔物や低位級の悪魔が来たりする。とは云え、向こうにも秩序がある。こちら側に好んで来る魔物や悪魔は最下層のモノ達ばかりだ。きちんとした教育や、焦燥感、常識を持っていない。だからこそ理性が薄く、倒すのも単純だ。

 召喚でやってきた悪魔や高位の魔物となるとまた別なんだけど。 

 

 クレーモと云う、擂り潰した芋や魚介類に、マーミと云うホワイトソースっぽいものをかけてオーブンで焼いたグラタンもどきを食べながらイラディが提案してくる。


「あんたもその口なんだろう?どうだい、此処で会ったのも何かの縁。一人ならあたしらと一緒に組まない?前衛がこの単純馬鹿共だけだと心もとなくってさ」

「イラディ、お前なぁ」

「メルコは馬鹿じゃないですとー!」


 もう、その語尾だけで十分馬鹿っぽいからやめなさい。と思わず心の中で突っ込んでしまった。ジト目でイラディを見るソールと拳を握り締めて反論するメルコ。イラディは耳を塞いで「あーあー」と云って遊んでいる。苦笑しながら返答する。


「今いないだけで他に仲間がいる。俺の仲間は人が多い事を好まない」

「そ。ま、良いわ。向こうで出会ったらよろしく」

「それはこちらこそ、だな」


 好まないって云うか、邪魔になるって云うか、自信喪失するからやめといた方が良いって云うか。そこまで云う義理はないから云わないけど。

 それに見知らぬ女の子達と旅とか、絶対無理。師匠達とだって一緒に旅に出たのは一年半家で師事されて過ごしたからこそできたのであって初対面の人間となんて無理だ。


 お腹一杯になった僕は、テーブルの上にポタポタ涎を垂らしながら、ギラギラした目で僕の皿を凝視する獣人・メルコの方へ皿を押しのけた。

 もう食べれないから、食べたいなら食べて良いよ。と付け加えて。

 メルコの大きな瞳が、苦笑しながら皿を押しのけた僕と3分の1ほど残ったお皿を何度か視線が行ききする。最終的に歓喜の声を上げ口を付けて食べ始めようとした彼女の額をペチンと魔術師のディファラスが叩いた(結構良い音がした)。


「ほぎゅぅ!」

「何がほぎゅうだ。さっさと持て。行儀良く、良く噛んで食べるんだ。良いな」

「解るですよ、それくらいです!メルコちっこいこじゃないですともっ」


 ディファラスは息巻くメルコをどうどうといなしながらフォークを持たせている。

 何と云う調教技術だ。僕は思わず唸った。メルコをきちんと座らせ、皿を近づけさせて「よし、食え」と命令を下す様に思わず思った。


 飼い主とペット。若しくはご主人様と犬。


 なまじ双方の見た目が美しいだけにピッタリだ。それよりも双方美形でこんなキャッチコピーなのに背徳的な感じは全くしないのは何故だ。役者か。役者のせいだ。それ以外ない。

 彼(ら、ではない)には悪いがその微笑ましい様子に思わず頬が緩んだ。そして僕の方を見てディファラスが頭を下げた。


「悪いな。うちのメルコが」

「構わない。子供は沢山食べて沢山遊ぶのが一番良い」


 こんな戦闘用のパーティーに獣人として属してる時点で、唯道端で遊んでいられる類の子供ではない事ぐらい解っている。でも、こんな時くらい好きにさせてやれば良い。美味しい物を美味しく食べる事に貴賎も大人も子供も関係ない。勿論、聖人も人殺しも。


「向こうで会う事があったら、その分もよろしく頼みたい」

「あぁ、了解した」

「そんな事よりもわたくし先ほどからどうしても気になるのですがお聞きしてよろしいですかクィル殿」

「……えぇ、どうぞ?」


 全く良くはないけどね。


 ズズイと乗り出してきた細面の美青年のドアップに思わず席ごと引いて避ける。

 因みに同じテーブルについてるが、女性陣とは机の対面で遠い(ファントレルアは近いのに身を乗り出してきたから思わず引いた)。こういう所ではお酒でも入ってない限り女の人もわざわざ男に寄り掛かってきたりしない。そう云う目的の人が行く酒場なんて、これくらい大きな街になったら幾らでもあるのだ。

 ……ま、時には、客が取れずに酒場まで勧誘に来ている人達なんかも居たりするのだが。


 距離を保ったままの僕に目の前の吟遊詩人は元々開いてるのか開いてないのか解らないくらい細かった目を更にスッと細めた。そして早口で、しかし周りにはあまり響かない様な声で此方を窺ってきた。


「それは何と云う術なのでしょうさぞかしご高名な先生に師事して頂いたのでしょう一見全く解らないように偽造してありますがしかし素晴らしい出来栄えにございますなかなかこれは見破られないのではないでしょうか」

「何の事だか」

「ソレ(・・)は何を見ていらっしゃるんです何処をどんな風にどうやって繋げているのでしょうあぁ久々にゾクゾクする魔術式にございますわたくしなどはもううっとりしてしまいます」

「何か勘違いをしているようだな。俺は今、魔術式なんて使っていない」

「ほうほう嘘ではないとなんと魔術式ではないだなんてなんて事ですか幾らならその方法について教えて頂けます?」


 しつこい。

 しかもこの人、気付かなかったけど“精伝令”だ。全属性ではないと見た。光か闇か。僕の周りに居る精霊を見てその辺の当たりを付けたんだろう。光と闇は周囲の光景を360°見れるように頼んであるから傍に来てくれるが、それ以外の属性の精霊達は今僕に近付いて来てくれない。今発動している術は今さっき述べたような周囲の監視用のと何時も張り巡らせている哨戒・探査用の術、あと無属性の“変身”ぐらいだ。

 “変身”に言及してこないのは、まぁ特に興味が無いからなんだろうけど、多分監視用の方でバレたんだな。面倒くさい。

 て云うか“精伝令”がなんで吟遊詩人なんてしてるんだろう。趣味か。趣味なのか。国内でもそうそうお目にかかる事のない、魔術省に入れば高官確実と云われている“精伝令”が、趣味(推測)で吟遊詩人。……頭痛がしてきそうだ。


「何も俺からあんた達に教える事も云う事もない。情報なら別だが」

「ファン。いい加減しつこいぞ」

「でもでも、ファンのゆうことメルコも気になるのですー」


 お前もか。気の抜けた声で喋る伏兵に視線を向ける。

 ピンクの収まりの悪い柔らかな髪から覗いた耳がピンッと立ち上がった。


「おかわりなのです」


 綺麗な藤色の瞳がキラッキラ輝いているメルコに、一瞬みんなの動きが止まった。

 ……駄目だ。そういう目に弱いんだよ僕。溜息を吐きつつメルコに僕はもう1皿頼んでやる。


 獣人族は良く食べる。このパーティーの財政もなかなか危ないだろうな。彼ら獣人は働きも素晴らしいが、その分――時にはそれ以上――燃料も食う。恐縮するソール達(主にはディファラス)に手を振って応える。「ありがとうなのですよ」とほわほわ笑う彼女に苦笑する。云い逃れるのも考えたが、彼女には少々訊きたい事がある。


「その代わり、俺の質問にも良かったら応えてくれ。メルコからで良いが」

「はいはいです。じゃあどうしてそんなにピリピリするです?真白キレイでやさしいのにピリピリビリビリ痛いでござい?怖いのです?」


 ――――痛いところを突かれた。


 獣人の感覚の鋭さを忘れていた。僕は一度眼を閉じてぐっと集中する。元々抑え気味に設定していた体外放出魔力量を意識してぎりぎりまで抑え込む。


「悪いな。これが限界なんだが」

「ピリピリもうないのです!スゴイのですっ」

「それは良かった。ほら、口元が汚れてる。拭いてあげよう」

「で、質問の意図には答えないつもりか?」


 流石に逃げようとしたのバレたか。僕はメルコの口元を拭う用の布巾をメルコに渡そうとして腰を浮かせたが、にっこりと笑ったイラディに手を差し出されたので大人しく布巾を渡し、ディファラスに目を向ける。

 ……好奇心ギラギラの目が増えた。僕は脱力した。


 何と云って云い逃れようか考えていた僕に天の助けが届いた。

 メルコの元にまた炒め物――先ほどよりも量が多い――と何故か、パフェが来たのだ。


 僕達は思わず店主を見上げた。スキンヘッドに無精髭。眼光は鋭く目の下には大きな刀傷。筋骨隆々のはち切れんばかりの大きな体躯にも所々傷跡が。……そんな男性から、パフェ。しかもプリンの上には綺麗にホイップされた生クリームに、さくらんぼ。盛り付けもなかなか美しい。会心の出来だろう。……メルコが喜んでるから、良いか。お代として請求されない事を祈ろう。いや、まぁ良い物見せて貰ったから、なんなら僕が払っても良いけど。

 気を取り直してディファラスの方へ視線を向ける。しかし彼らは彼らで忙しそうだった。


「此処でも狙われるのか」「変態共のいない所で食事をさせてやりたいがそうなると」「駄目だ量が少ないし高い」「あたし達が破産するかメルコの我慢が効かなくなるか」「後者の方が早い気がするのは気のせいか」「同感」


 良し、問題ない。彼らは彼らで忙しそうだし、僕がわざわざ何か云う必要もないだろう。

 問題は――。


「さてそれではキリキリ吐いて頂きましょうか大丈夫ですよわたくしがちゃんと全て一言一句この耳の中へ収めてみせますのでささずいぃいっと」

「おっちゃんお勘定ー」


 付き合ってられないね。全く。

 店から出てさっさと裏路地に入る。誰にも見られていない事を確認しつつ“変身”を解く。やっぱりやりにくい。それにしても“精伝令”が同じ船に乗るのは厄介だな。僕が精霊達を、もふもふを侍らせているのがバレるじゃないか。……彼には人型に見えるのかもしれないけれど

 まぁ用心するに越したことはない。さて、図書館でも行って暇潰すか。

 僕はまだまだ中天に君臨する太陽を恨めしく思いながら雑踏に身を投じた。


「あ」


メルコにアレ聞き忘れた。

気付いた時には既に僕は船のタラップを上がる途中だった。


……ま、いっか。唯の好奇心だし。


僕は何も気にせず師匠の後に続いて夕闇に染まる船に乗り込んだのだった。





伏線って、どうやって張るんですか……


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