馬車と晩餐1
手直しとか云ってたら長くなりすぎました。
可笑しいな。6000文字以上増え(ry
1,2に中途半端に別れてしまいました。すみません。
どうも、僕です。えぇ、幸せの絶頂から遣る瀬無さの極致に突き落とされたクェイですよ。昨日までの、あの穏やかでささやか幸せに溢れていた数時間が懐かしい。あんな幸せな時間が当分続くもんだと思っていた自分を恨みたい。結果的に1日も続かなかったから。
保って半日……そうか、僕の平穏は保って半日なんて儚い運命にあったのか。
思わず手綱を握りながら意識を飛ばしてしまいそうだ。いけない。そうでなくともこの暑い中、廂で影が出来ているとは云え、油断したら意識を持ってかれてしまう。
皆既に大体の事は察しているとは思うけれど、一応状況説明をしておこう。
事の起こりは勿論師匠達が来た事なんだ。
師匠達と旧知の仲である父母は、玄関ホールで2人と抱擁を交わして近況を尋ね合っていた。僕と弟――アレクサンドロス、今年で6歳になる僕の自慢の弟だ――はその光景を見ながら区切りの良いところまで、と良い子で待っていた。
お互いの腕が自然と離れだした時、僕はアレクの手を引いて師匠達の方へ近付く。
「クェイ、アンタも元気そうじゃんか。っつっても、本当にしっかり食ってんの?アンタって奴は何時まで経っても細っこいんだから」
「お久しぶりです師匠。ちゃんと3食きっちり食べてますよ」
「おや、アレク君かい?大きくなったね。俺達の事覚えてるか?」
「はい、おひさしゅうございます。サートンせんせえ、サートンふじん」
我が家の小さな紳士はちゃんと膝を折って国の正式な作法に則った挨拶をし終えた。父母は元より僕と使用人も感動で目頭を押さえざるをえなかった。この歳でちゃんと教えたわけでもない――一応こうこうこう云う風にするんだって事は教えてあるけど、教育係を付けての教育はまだ始まっていない――のに!最近の様子では自学自習に励んでいるらしいんだ。
なんてっ……なんて出来の良い子なんだっ!しかも若干舌っ足らずな云い方が超可愛い。荒い息を吐いていた侍女が同僚に促されて鼻の辺りを抑えながらそっと退出させられた。
……あの侍女には目を付けておくように。
勿論でございます。抜かりはありません。
僕は近くにいた古株の使用人に視線で合図を送った。それを受けて既に手を打ってある様子を見て僕は胸を撫でおろす。好かれているのは良い事だけど、好かれすぎるのも問題だ。アルさんみたいにならないように、今の内からしっかりと学ばせておかないといけない。僕は父と母に進言することを心に硬く決めた。
「ガーブ、子供の成長と云うのは良い物だよ。昨日から僕はもう、ハンカチが足らなくて困っているくらいだ。早く腰を落ち着けて子供を作れ。そうすれば、君にも解る」
「旦那、落ち着いて下さい。カミラからハンカチ受け取って。俺達ももうそろそろどっかで、って思ってますよ。ですがもう少しだけ2人でいられる時間もあっていいんじゃないかと。な」
「そうだねぇ、もうちょっとだけね」
「あぁ、早く貴女達の子供が見たいわ」
ほわほわと夢見心地な様子で云う母にアレクが「ぼくもっぼくもあかちゃんみたいですっ」と母のドレスの裾をくいくいと引っ張りながら云った。そんな我が家の天使に「あら」とか何とか云って熱く見つめ合う両親。
――なんで僕がこんなに疎外感を持たなければならないんだろうか。
弟でも妹でも大歓迎だけどね。別に。唯どうしても僕がアレクと比べて――いや、確かに比べるのもおこがましいくらいあたりまえなんだけど――大分、ケガレテてしまったんだな、と思うとなんだか、思わず溜息を吐いてしまうっていうか、空笑いしたくなるって云うか。
それから晩餐会の準備が出来たと呼びに来た執事に2人の荷物を客室に運び入れるよう父が指示し、みんなが――と云っても滞在する2人だけだけど――ゆったりとした服に着替えて晩餐会を始めた。
2人とも庶民の出だが、師匠は学園で徹底的にマナーを習わされたと云っていた。顔を顰めて「ご飯は美味しく食べられたらマナーとか何とかは見苦しくない程度できてら良いのよ」と愚痴を零していただけあり確かに窮屈そうだが上手い。
ガーブ先生は傭兵団に居た頃仲間内に居た、零落した男爵家の坊ちゃんに教えて貰ったとか何とかで卒なくこなす。と云うか、基本的にガープ先生は顔に似合わず器用だから大抵のことができるイメージがあって、当然のように見えてしまう。
まぁ、我が家は元から客人にそんなに厳しくテーブルマナーを求めている家でもないから、そんなにきっちりできていなくても問題ないのだけど。
晩餐会は和やかに進み、食後のデザートも食べ終え2人の旅の話も粗方聞き、アレクはもう遅いからと寝室に行かされた(その時の、素直に従うけどまだここに居たいようみたいな、意地らしい仕草ったら、もう!)。大人達は少々お酒も入り、さぁ宴も酣になって来たぞ、と云う時ふいに――ぞわりと悪感がした。
僕の生存本能をチリチリ刺激するその感覚をしっかりと感じ取った僕は、なんと間抜けだったのだろう。先生も師匠もいるんだし、何かあるはずがない、あってもなんとかなると、そう思っていた僕はなんて馬鹿だったのだろう。解っていたはずだ、師匠こそが高確率でトラブルの元凶になる人だと云う事を。
しかし迂闊にもそんな事実は頭からすっぽり抜けていた阿呆な僕は、気のせいかと反射的に強張っていた身体から力を抜き、ふっと周囲に視線を走らせ――気付くと先生がこっちをじっと見つめていた。
そして僕と目が合うとニィっと、まるで罠にかかった鼠を見つけた猫みたいな――明らかに捕食者側の――顔で、笑った。それを見たとき、僕の本能も捨てたもんじゃないなぁ、と思わず一緒に笑う。
「んじゃ、本題と行こうかね、クェイ」
「……途轍もなく、聞きたくないんですけど」
「安心しろ、今回は今此処で承諾を貰うから」
いや、そういう問題じゃありませんよ、先生。頭を抱えて呻く(しかし反論はできない。怖いから)僕を尻目に母は「えぇ?」とまるで少女の様な悲鳴を上げて――この人の中身は何時だって可憐だ――2人に抗議した。
「また貴女達がクェイを独占するの?ずるいわ。私達の娘なのよ?私達もクェイを独占したいわ!」
「奥さん、それに関しちゃ申し訳なく思ってますけど、でも、社会勉強だからさ。良く云うじゃない『可愛い子には旅をさせろ』とか『獅子は子を千尋の谷に突き落とす』云々(うんぬん)って。……安心してちょうだいよ。今回もちゃーんとメモリアルな写真を送りますから」
「まぁ、めもりある?またあの『べすとしょっと集』とやらを頂けるの?うーん……それなら……」
母上、それなら~じゃありません。それで納得しないで下さい。
僕は酒なんて呑んでもいないのにズキズキと痛みだした米神を押さえた。そして溜息を吐いて序に覚悟を決めて顔を上げた。
さぁ、なんだ。今回はどんな無理難題を云って引っ張られるんだ。
魔物の巣の駆除10連発か、騎士の実力抜き打ち調査(と云う名の騎士たちにとっては襲撃もしくは闇討ちと云う非生産的にも程がある物)か、公衆浴場に出没する変態(男湯女湯どっちにも出没する)を捕らえる為に“変身”で男にも女にもなって追いかけ回すとか云う嫌がらせにしか思えない奴か?!
今回はなんだ、これ以上の無茶ぶりは思いつかないんだけど……。いや、師匠なら思いつくかもしれない、僕の貧相な脳味噌じゃ何十年かかっても思いつかないようなすごい試練(無茶ぶり)を……!
この先の未来に悲観しつつ、寧ろ何を思いついたのか知りたくなってきた僕(明らかに、テンパリ過ぎて思考回路がおかしい)が師匠に先を促すと、其処には僕が予想していたよりももっと深刻で真剣な顔。これには思わず僕も居住まいを正した。
「帝国で悪魔召喚が行われた」
「………………」
すっと、空気が変わった。
父と母も居住まいを正し、控えていた使用人達が一礼をした後、執事長を残し出て行った。
師匠は使用人達が出て行くまで温くなった紅茶を一口飲んでそのカップを見詰めていた。そして元同僚で在る使用人達が退出するのを見届けてから、先生が師匠の後をつぎ話しを続けた。
「召喚されたヤツ自体はそこそこの力しか持っていない。せいぜい低級と中級の間くらいのしょぼい奴だ。俺みたいな剣士でも倒せる程度の」
因みに先生は幅広の西洋剣で居合い切りのできる普通からは大分遠ざかってしまわれた方だ。そして、例え低級であったとしても悪魔を倒せる剣士などそうそう居ない。国に2人いれば、その国はさぞかし安泰だろう、レベルだ。
勿論、師匠達はそんな一般とのズレなど気にも留めない。カップを置いた師匠が口を開く。
「でも、此処が問題ね。魔術師の奴が中途半端に色々と禁術に手ぇ出してたみたいで――まぁどうせ呑まれたからなんだろうけど――力が強くなってんのよ。お陰で帝国のどっかの小隊が丸々消えたのよね。……生贄も、まぁ何人かいたみたい、ね」
ぐっと、掌を握り込み胸に持って行く。胸元に垂れているペンダントごと皮を抉る様に握った。それからゆっくり、息を吐く。あぁもう、呼吸がし辛い。いっその事、此処に穴を空けて一回肺を酸素で満たした方が楽なんじゃないかな。なんて、馬鹿な事を思って思わず眉を顰める。非理性的だ。落ち着け。
あぁ、なんでなんだろう。ホント、世の中馬鹿ばっかじゃないか。
なんだよ。強くなってどうするんだよ。結局呑まれて自分なんか無くなっちゃうのに。自分なら大丈夫だなんて、どれだけ考えが幼稚なんだよ。ああもう、そんなのどうでもいいから巻き込むなよ。くそう、くそう、くそう、くそう。どうして、巻き込まれてその先を歪められるような人が出なくちゃならないんだ。どうして。
でも、これはまだ他人事だ。だから落ち着け僕。師匠や先生が何も云わないって事は少なくとも知り合いは巻き込まれていないんだ。だから落ち着け僕。
ドクドクとうるさい血流を煩わしく思いながら師匠とガーブ先生を見据える。
悪魔召喚の話なんて吐き気がする。さっさと終わらせたい。師匠達から逃げたって無駄だ(逃げれた事が無いし、何より逃げた後が怖い)。なら単刀直入に聞いてさっさと終わらせるべきだ。
……なんとなく、落ちは解っているけれど。
「こんな話をして、僕に何をさせようって云うんですか」
ニヤリと師匠達が示し合わせたかのように笑い、それから顔を見合わせた。
……ちょっと勘違いしないでもらえます?どうせ云われるって解ってるからさっさと終わらせたかっただけですよ。だから、その「あ、聞いちゃう?それ聞いちゃう?」みたいなのやめてもらえませんかね。イラッとするんで。勿論こんな事云わないけど。
「一応はひっ捕まえるつもりだけどねぇ。多分あっちも必死こいて抵抗してくるから、そんななまっちろい手加減してる余裕はないと、あたし達は思うわけよ」
「まぁ、そうでしょうね」
悪魔達はこの世界に召喚されてくると、基本的に力を求めて魔力の高いモノを喰らったり、自分を召喚した術者に禁術に指定されているような事をやらせたりする。後者は自身の力の増強にやる事も多いが、基本的に愉快犯的な事象が多い。何れも疫病・奇病蔓延とか、一都市狂気地獄とかの都市破壊規模だが。
彼等は自身の遊びに基本的に妥協はしない。結構凝り性だ。無駄に。だから自身のやっている事を途中で邪魔される事を嫌う。邪魔とはつまり、この世界に自身を留めている存在である術者を殺される事だ。殺されれば彼等は強制送還されるから、人間は術者を必死で探し送還しようとする。
悪魔を殺せる規格外など、そうそう存在していないからだ。
そんな規格外の筆頭である師匠は僕を見てほんの少しだけ悲しげに眉根を寄せた。悲しげに――痛みを堪えるように。
「アンタまだ、アレ捜してんでしょ?」
「そんな事はありません。もう諦めたと云ったはずです」
「もしかしたら繋がってっかもしれないでしょ」
「もう良いんです。終わった事です」
「だぁかぁらあああ!この強情っ行きたいんでしょーが!素直に云えぃ!」
「気のせいです。これは強情でも意地張りでもありません。諦観です」
師匠に歯向かうなんて久々な事をしているとガープ先生がハッハッハ!と豪快に笑った。思わず師匠と一緒に先生の方を見る。すると先生はワイングラスを持ってにっこりと――山賊が近隣の村々から食料を奪い取ってご満悦みたいな顔にしか見えないが――笑い、杯を一気に開けた。
父上、良い飲みっぷり!だなんて囃し立ててどうするんです。母上も拍手しないで下さい。
あぁ、さっきまで此処に確かに横たわっていたはずのシリアスな雰囲気は一体何処へ消えて行ってしまったのか……!
「安心しろ。もう船の手配はすんでいる。旅費はあっち持ちだ。遠慮しなくても良いぞ」
「ちょっと、先生っ。手配済んでるって、僕の意向無視する気満々じゃないですか」
「ま、何時もの事でしょ?」
「そりゃまあ、そうですけど」
寧ろ此処まで教えてもらってるんだから良い方だとは思いますけどっ!
カラカラ笑う師匠を視界に捉え、僕は遣る瀬ない気持ちに襲われた。あぁもう、しっかりしろ、僕。
それに、きっと気遣ってくれたのだろう。
諦めた、もう無理だから無駄な事はしたくないと強情を張る僕に、やりたいんだろうと無理やり手を取ってくれるのはこの人達だからだ。
実際、もう捜し出すのは不可能だと思う。だけどそれでもと、心がぐらつく僕は、やっぱり弱くて呆れ果てるばかりだ。捜し出したとしても今更何の意味もないのに。
僕は人の良い2人に苦笑して勝手に決められていたらしい予定を確認する。
「…………何時、此処を立つんですか?」
「明日の昼前には立つ。確認するが依頼主は帝国だ。依頼内容は悪魔憑き捕縛、若しくは殺害。取り敢えずは依頼の確認をしに帝都までに行くからな。船は夕方の便だ」
僕は無意識の内に父と母を見上げていた。
きっと今、何時もの6割増しくらいで情けない顔をしていた事だろう。
これ以上、この人達に寄り掛かって、どうするんだろう。この人達をこんな辺境に追いやったのは、僕なのに。何時まで経っても被害者意識の塊で、何もできず震えて助けを待っているだけの邪魔なお子様な僕。
一番の被害者である父と母は示し合わせたわけでもないだろうに、揃って笑いながら席を立ち僕を抱きしめた。ひだまりの感触。愛の匂い。慈愛の温度。じんわりと五感に染み込んでくるそれらに、僕は唇を噛み締めた。
ごめんなさい。ごめんなさい。
こんなに良い人たちなのに、僕のせいでこんなに傷つけて、こんなに妥協させてしまったのに。
本当なら、もっと多くの人に傅かれて、もっと沢山お洒落が出来て、もっと華やかな場所に居られるはずなのに。
ごめんなさい。
解っていてもこの優しい手を離す事が、弱い僕にはまだできません。
「良いのよ。もっと沢山我儘を云って、私達を困らせて頂戴」
「クェイは良い子だからなぁ……良いんだよ、やりたい事を、やりたい様にやりに行っても」
唯、危ないと思ったらすぐに安全なところに逃げるんだよ。そう云ってぽんぽん、と優しく頭を撫でる温もりに僕は俯いて何とか少しだけ首を上下させた。それから唇を噛み締め、眉を顰めた。
きっと僕の浅はかな考えなんてこの人達にはお見通しなんだろう。捜し出して今度こそ本当に殺して心臓を捻り出して喰らってやりたいと思っている、この薄汚れた罪深く堕落した僕の望みなんて。
それでもこの温もりを失いたくないから、捜しに行かずに諦めると嘯く姑息な臆病者のことなんて。
力づくで自分達の方を向かせる事を良しとしないこの優しい人達は、何時だって弱った僕をこんな風に腕の中へ迎え入れてくれた。
あの時だってそうだった。手負いの獣みたいに言語を解さず、唯叫んで自分で自分を気づ付けていた、あの時。僕が暴れてたくさん付けただろう傷をものともせず、ずっと腕を広げて待っていたくれた。
それでも何時まで経っても、何時か幻滅されてこの温もりを失ってしまうんじゃないかと恐れて身を任せられない臆病者を何時も待っていてくれている。
あぁ、僕はなんて、恵まれているんだろう。
人よりも不運だけど、それを上回るような幸福に、何時だって僕は包まれているんだ。
それを忘れちゃいけない。
忘れたらきっとその時が、僕が死ぬ時だ。
僕は師匠を見据えて席を立ち頭を下げた。
「行きます。僕も一緒に連れて行って下さい」
「よぉしっ!決まったね、それじゃ明日の昼の刻の2時に玄関に来な」
「はい」
娘とか……出す気なかったのに気付かず…orz
直しません。ただこの先の話がちょっと削れただけです。えぇ。
ぜんっぜん気にしてませんよ。勿論。寧ろ計算通りで高笑いですよ。
ハッハッハッハッ…………うわぁんっ。