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憑き甘く  作者: ネイブ
1学期
18/34

生態研究2


「もっとキビキビ歩けないのかこの軽口男が」

「俺に何て口を叩くんだこの男女め!」

「なんだと貴様!自分の能力が低い癖に何を云うこの軟弱者がっ!」

「は、気色の悪いお前なんかに指図されるいわれがないんだよ俺には!」


 これ、何とかなんないかな。


 僕らはさっきの顔合わせのあった場所から未だあんまり移動していない。と云うか移動できないでいる。先頭を歩くあの2人にあとの4人が続きたがらないからだ。そりゃ続きたくないでしょ。明らかに面倒くさそうじゃないか。

 ハミルダ曰く「仲が良い」のは大変結構だが、それをこっちにまで持って来て欲しくない。まぁ僕はハミルダとは違って彼等からは愛ではなく殺気しか感じないが。


 僕らの今回の授業課題は何時だったか何処かで聞いたものと一緒である。


 光きのこの採取。

 

 一回やった課題を出してくるあたりにこの授業内容の薄さが透けて見える。本当に顔合わせが本題の様だ。

 前回の薬草学と違うところは、採取だけじゃなくて周囲の素描もしなければならない点だろうか。素描、と云う物は上手ければ良いという物ではない。線で解りやすく一本で書かねばならないのだ。何重にも線があったら解りにくいからだ。手順は細く尖らせた黒鉛と粘土を合わせて作った鉛筆と云う物で下書きし、羽ペンとインクで清書する。精巧さは勿論、素早さを図る為に用紙にはどれくらいで描かれた物か解る様な魔術が掛っているらしい。各々で一つ書かねばならない為、1人に1つ器具が配布されている。短い鉛筆と黒鉛を落とす為のパン屑、羽ペンとインク。

 羽ペンとインクに関しては自分の物でないと嫌だと我儘を云う者に関して絵の上手くなる魔術が掛っていないかどうかをきちんと検査してからの使用が認められる。何人か検査に引っ掛かった貴族の阿呆が居たらしい。その内の1人はウチの班らしい。アレ、なんでだろう。簡単に犯人が割れてしまうのは。


「ハハハ、困ったね、全然進めないよ。邪魔だね、ハハハ」


 さらりと笑顔で毒を吐いたハミルダに僕も心の中で同意した。あの二人に並びたくない。しかしあの二人を追い越すのの方が面倒くさい事になりそうだ。しかしこのままでは素描の時間が取れるかどうかも怪しい。云い争いの所為もあるが、目的地が少し遠い。僕が前回光きのこを取りに行った一番近いポイントではなくて、少々遠いが大量に群生している所へ向かているせいだ。多分あの場所を知らないのだろう。

 あの時はアルベニアさんが精霊に訊いたのか、水系の魔術を専門とするヴェルフォンガ公爵が“探査”を行ったのかどうかは知らないがあの班はさっくりあそこに辿り着いた。うん、ここら辺が格の違いだよね。あんまりとあっさりとやっちゃったから全然凄さを感じなかったけど、やっぱり能力値が可笑しいよあのパーティー。

 むしろこっちの方が正常なのだと割り切ることにしたが。まぁ割り切ろうが腹切ろうがあっちの方が断然良いのだが、この2人に極力関わりたくなくて何も云わなかった。口を開きたくもなかった。あの2人を除いた僕等4人の中で僅かな時間で無駄な連帯感が生み出されてしまったほど、皆関わりたがらなかった。


 邪魔だ面倒だと朗らかな笑いを続けるハミルダに臆することなくドヅィラグは腕を組んで肯定した。


「同感だな。物凄い勢いで走りだしたかと思えば立ち止まって罵り合う……阿呆らしい」

「ふた、2人ともっ駄目だよ声が大きいよ!聞こえちゃうよ」

「アハハハハ、ルヴァーラ君は心配性だな。大丈夫だよ。あそこは今、2人だけの世界って奴だからね」


 云いえて妙である。

 僕は最後尾で思わず頷いた。ただし、言葉通りの色気など皆無の子供っぽさではあるが。

 罵り合いはヒートアップしているらしく彼らの通った跡を歩く僕らとしてはとても歩き易くなっていた。木々が魔術や剣で切り倒されているのだ。

 あぁ、可哀想に。僕は“羽声”同じ班の人に聞こえない様に精霊達を労わった。すんすん泣く彼らをバレない様に撫でたり、慰めたりする。本当に可哀想。一番の被害者は精霊達だ。

 次点は僕らだが。


 彼らの自然破壊に憤慨しつつもなんとか授業の3分の1が終わった頃には群生地に辿り着く事が出来た。

 しかし、どうにかこうにか辿り着いた光きのこが群生している水場にはライジカの群れが居たのだ。僕は天を仰いだ。この運の悪さはどう云う事だ。


 ライジカと云うのは体長2トーフィ(SI単位系に直したら1m)ほどの群れで行動する小さな鹿だ。彼らは周囲の魔力を角で集め、体のもこもこしている栗毛で放電する。その為角を切ったとしても毛は帯電したままで、うっかり近付くのは問題外。大群で突っ込んで来たら“結界”を張るなどの対策をしなければやられてしまう。即死はよほどの事がない限りしないし、ライジカは基本的に草食なので捕食される心配はない。しかしライジカにやられた獲物を狙っている魔物が傍に居ないとも限らない為、注意が必要だ。

 そのライジカが20頭ほどいる。彼らは臆病なので近付き過ぎると帯電してしまう。そのまま逃げてくれれば良いが、多分この時期は子供が居るはずだ。……育児中は攻撃的になるんだよなぁ。僕はこっそり精霊達にライジカ達に穏やかな方法で(・・・・・・・)退いてもらうようお願いしてきてもらえないか頼んでみた。少々渋られたがやってみると精霊達から返答が来た。

 どうでも良いけど、なんで渋ったんだろう。本当にどうでも良いからこれ以上考えないけど。


 問題はこっちをどうやって宥めるか、だ。

 僕はチラリと小声で罵り合うみんなを眺めた。


「だから、別の所に行った方が」

「何を云う、あれくらいなら私の剣で」

「お前の腕なんか信用できるかよ」

「なんだと貴様ぁ!」

「あぁあ、気付かれちゃうから、ししし、静かにしないと」


 僕は少し後方に、ドヅィラグは僕の近くに居る。

 彼は現状を見て寄せられていた眉を更に寄せた。鼻の皺が凄い事になっている。彼も将来皺に悩む事だろう。……男だから特に気にしないのかな?


 あぁ、そう云えば時々廊下でドヅィラグの事は見る気がする。この年代は大概が群れたがる。僕は人が怖いから群れないけど、彼の場合は周囲が怖がって群れられていない。だから彼は基本的に一人でいた気がする。だから覚えているのだ。あと、少ないながら僕の朝食の時間に居る人の1人だった気がする。あぁ、そう云えばそうだった。思いだした思いだした。何所かで見るなぁと思っていたんだった。

 やっと僕の中で思いだされたドヅィラグはケッと地面に唾を吐いた。


「下らねぇ」

「それには肯定するけど、君はどうするつもり?」

「……そういうてめぇこそ、何してんだよ」

「何って、素描だよ」

「はァ?」


 僕は木の幹に凭れかかり配布された木の板の上に用紙を置き鉛筆で下書きを始める。あそこであれだけ騒いでいるのだからその内気付かれるだろう。取り敢えず誰かで被害が出たらそれはそれで先生から同情票が貰える可能性が高い。寧ろ誰かが名誉の負傷をすれば良い。僕はごめんだけど。

 ……早速気付かれたみたいだし。


 ライジカがこちらを警戒しているのを感じた。まだ気付かず云い争う彼らに声を掛けるべきか少々迷っているとドヅィラグがポツリと零した。


「んだよ。可愛いじゃねぇか」


 まぁ、確かにもこもこしていて円らな瞳をしているライジカは可愛らしい。可愛らしいが、彼が云うのは少し違和感を感じない事もない。いやしかし、広い世界だ。可愛らしい顔をした女性が粘液を撒き散らす毛虫や触手を頬ずりするのに比べれば大丈夫だ。むしろ全然平気だ。なんだ、比較対象が悪すぎたせいかもしれないが、そう考えると彼の物は可愛らしい。

 どうやら彼の眉間の皺は目が悪いかららしい。ライジカを見るのにも物凄く目付きが悪くなっているのに口元だけ緩んでいる。怖い。変質者みたいだ。いや、だめだ、これ云ったら現実味が増す。だっていそうだもん。こんな犯罪者。


「そうだね。確かに可愛らしい。動物園とかで鑑賞用として飼育されているくらいだから。それに、あの毛で織られた服は保温性が高く重宝されるから良いお金になるよ。お肉も美味しいし」


 冬前のライジカ鍋は最高だ。冬の前に大量に食べるから脂肪たっぷり。魔力の高い生物ほど美味しいと云われるけど、ライジカは別格だと僕は思う。

 しかし僕が云えば云うほどドヅィラグの眉間の皺が増えていく。まるで親の敵だとでも云う様に眇められた目に首を傾げる。はて、何か悪い事云っただろうか。


「てんめぇなぁ……!あんな、あんっっな可愛いヤツの毛を刈るだの、喰うだの、可哀想だろっが!血も涙もねぇのかテメェは?ぁあ゛?!」

「そんな大きな声で凄んだらライジカが怯えるよ」


 ライジカよりも先にルヴァーラが泣きそうになっているが、全員の注意がこっちに向いたので「ライジカがもうすぐ突っ込んでくる」と伝えると全員が目に見えて動揺した。

 しかしそうなったら何故かマルヴァラが勇んで草叢(くさむら)を飛び出しライジカに切り掛かろうとした。それを見たドヅィラグが慌てて「待ちやがれぇええ!」と叫んで飛び出した。だからその君の声が怖いんだってば。そして彼女が切り捨てようとして、彼が守ろうとしたライジカは彼の地獄から響いてくる様な低音に驚き戸惑い走って逃げて行った。


「!あ……」

「ふん、恐れをなして逃げ出したか、矮小な鹿だ!」


 ドヅィラグが睨むがアライベルは気付かず光きのこを探して水辺を歩きだした。するとその反対へマルヴァラが歩き出す。ドヅィラグはアライベルを嫌ってかマルヴァラの方へ行った。


「さて、と。僕らはどっちに行きましょうかね。ハハハ、どっちも嫌だな」

「どどど、どうしようハミルダ君」

「クェイ君は、どうするつもりなんだい?」


 腹黒小鹿コンビは揃って僕を振り返った。しかし僕には質問の意図が解らず首を傾げた。それから近場の水辺を――先ほどまでライジカが溜まっていた水辺を――指差した。


「其処にあるのになんで移動する必要があるんだか僕には理解できないんだけど」

「「え?」」


 ライジカは光きのこを食べる。基本草食だが時々思い出したかのように光きのこを食べるのだ。だから僕はライジカが居た所にさっさと陣取って素描を始め、腹黒小鹿コンビも黙って素描を始めた。

時間は残り少ない。有効に使うべきだ。



 結局僕と腹黒小鹿コンビ以外は提出が遅れた為、班のポイントが引かれかけた。しかし僕がライジカが光きのこを食べる所を素描しようと下書きしていたのを先生が見つけてギリギリ引かれずに済んだらしい。

 なんでも幼少期のライジカしか光きのこを食すことはないらしい。つまり大変珍しいところに僕らは出会ったらしい。


 ……実家で何度か見たんだけど、どうしようかな。


 僕は凄い凄い羨ましいと血走った眼ではしゃいでくれる先生になんて返すべきか物凄く返答に困ったのだった。



ライジカ…体長2トーフィ(SI単位系に直したら1m)ほどの群れで行動する小さな鹿。周囲の魔力を角で集め、体のもこもこしている栗毛で放電する。角を切ったとしても毛は帯電したままで、うっかり近付くのは問題外。大群で突っ込んで来たら“結界”を張るなどの対策をする。電気での即死はよほどの事がない限りしないし、ライジカは基本的に草食なので捕食される心配はない。しかしライジカにやられた獲物を狙っている魔物が傍に居ないとも限らない為、注意が必要。臆病な性質なので臭いの違う生物が近付くと帯電する。出産は春先。春から初夏にかけては子供が居て育児中は攻撃的になる。幼少期は光きのこを食すことがある。大変レアらしい。


長さの単位

携帯にやさしくないことこの上のない仕様なので後日上げ直します。


グーリ=4.8km   3ルイマ

ルイマ=1.6km   8ハロン   1760ドーヤ

ロンハ=201m   10エーチン

エーチン=20m  4ポール

ルーポ=5m    5.5ドーヤ

ドーヤ=0.9m     

トーフィ=30㎝  1/3ドーヤ

チイン=2.5cm 1/12トーフィ

バイコ=8mm    1/3チイン


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