生態調査1
素晴らしいキャラ案をいただいたので無理やりぶっ込んでみました。
いつもの22時投稿でなくてすみません。
生物学の授業は週に3コマある。その内の1時間はちょっとしたフィールドワークだったのだが基本的には座学が中心だった。夏休みを前にしたこの何所か浮かれた雰囲気の漂う中で授業が形態を変更すると告げられた。
なんでも今やっている『生態研究』と云う座学を週2コマにして後の2コマは『生態調査』と『生物飼育』となるそうだ。
先ほど云った通り生態研究は座学だ。誰がどんな生物を発見したかとか、生き物の基本構造だとかの基本知識を学んだり、実験なんかで使う道具の説明、歴史上での発見などを教えるのがメインの、女の子からの受けが悪い授業だった。何度か解剖をしたのが原因だろうけど、僕は解剖も平気だし、座学も割と楽しかったから全然大丈夫だったんだけど。
そんなに駄目かな。胃の2つある蛙の解剖って。
生態調査は今までも行ってきた事だ。生き物や植物がどんな餌、気温、湿度、気候を好むか調査する授業。ただし今までのみんなでぞろぞろ森の中を歩き回るだけのものとは違い、班行動になるらしい。絶望だ。授業中に思わず口元が引き攣り、倒れそうだった。
学園内には冷対、寒帯、温帯、熱帯、砂漠地帯を魔法で創りだしその気候特有の生き物や植物をサンプルとして飼育している。それらを班で見て回ったり採取したりするらしい。
因みにそれら5つは『特殊地帯』と呼ばれ入るには一々先生の許可が必要だ。要らなかったらちょくちょく植物の採取に行くのに。と個人的には残念でならない。
新しく出てきたのは生物飼育だ。これは実際に植物や小型魔獣を育ててみるものである。その為の飼い方や、どんな利点があるかなどを学ぶ。それだけじゃなく調査書の書き方や素描の描き方などもこの授業では学ぶようだ。その手の作業は好きなのでこの授業は楽しみだ。
問題は班行動のある生態調査だ。面倒くさい。非常に面倒くさい。しかし授業をサボるわけにはいかない。今日は初顔合わせがある。あぁ嫌だ憂鬱だ休みたい。
「クェイちゃぁ~んそんなにイヤンならぁあお休みしちゃうぅ?1回くらいならぁん……」
「ジャドさん、でも休んだら次会う時の方が気まずいですし。初回ですからね、一応行きます、大丈夫ですよ」
何が「大丈夫ですよ☆」だ。なんで強がっちゃったんだろう。
僕は生き生きと生える足元の雑草に土下座したい気持ちになった。
あぁもう、なんで僕こんなに面倒な所にばっかり押しやられるんだ!
授業の初めに先生の持っていた箱から紙を引き抜きその色に従って組み分けは行われた。色は浅黄色。先生が指示した通り同色の棒の立った辺りまで行き他の人と合流した所までは良かった。それからの顔合わせが問題だった。と云うかメンバーの問題だった。これは正しく、僕の籤運の問題である。
だからこそ、云いたい。どうしてこんなにも、僕の運は悪いのかと。
班員は6人。僕が一番最後にやって来て、6人全員が指定された場所に集まると、先ずは赤銅色の髪の凛々しい女の子が手を挙げた。
「先ずは自己紹介と行こうじゃないか。私の名はマルダンヌ・マルヴァラ。見ての通り前衛の剣士だ。よろしく」
波打つ赤銅色の髪を頭高くで結んだ女性が最初に挨拶をした。鋭く吊り上った瞳は灰褐色で長い睫毛と髪の毛と同色の眉はきりりと整っている。少々雀斑の散った血色の良い肌も、健康的で美しい女の子だ。恐ろしい。絶対に傍に寄らない様にしよう。
それにしても、マルヴァラ。確か金策に困っている辺境伯じゃなかったっけ。僕の予想は当たっていたらしく同じ班の男が進み出てきた。
「辺境伯の、マルヴァラじゃないか。と云う事は、この中では俺の爵位が一番高いというわけか」
「なんだと、貴様……!」
辺境伯の、と云う所を強調しながら笑う少年にマルヴァラはいきり立った。勝ち誇った様に金髪を掻き挙げる少年はジャラジャラと高級なアクセサリーや魔道具を見に付け、制服も煌びやかな刺繍が大量に施されている。如何せん、施されすぎて品が欠けて見えるが。
少年はグルリと周囲を見渡しフン、と鼻で笑ってから口を開いた
「俺の名前はシュワン・グラフ・アライベルだ。お前達、俺と同じ班で幸運だったなぁ。上手い事やれば将来俺ン所で使ってやっても良いぞ」
「せいぜい俺の目に留まるように動け」と仁王立ちして少年は述べた。
……僕の方が爵位が高いんだけど、どうしたら良いだろうか。
この大陸には昔、国が1つしかなく、内乱や宗教、地理的な問題から国が分裂した。その為基本言語は多少訛りキツかったりや固有名詞が違ったりするが大方統一されており、爵位などの風習も基本的に同じである。
爵位はミドルネームに付くものだ。名前・爵位・姓。と云う順番で在る。王族がピ。公爵がデュイク、侯爵がフュスティ。伯爵がグラフで、子爵がビズフ、男爵がバロネだ。これらは王都に居て直接国政を担当する者達で、政治の最前線に居る人間だ。
それらに対して辺境にしか領地を持たない者達を辺境伯、と一括りにして呼ぶ。例えば侯爵を示すフュスティならその辺境伯はマスティである。これは侯爵よりも権限は低いが伯爵よりは権限が高い。因みに公爵や王族には辺境伯は存在しない。その場合は爵位を下げられてマスティやマグラフにされたりする。マスティは地方長官の様な役割を果たしている為、汚職などをして左遷させられた公爵はマグラフにされ、厳しいマスティの監視下に置かれる事が常である。
辺境伯、と一括りにはするが、それでも普通はマグラフでも伯爵と呼ぶから、もし相手の爵位がグラフからマグラフ落ちていたとしても大丈夫だ。
上から侯爵位のマスティ、伯爵位のマグラフ、子爵位のマーズフ、男爵位のマバロンだ。確かに金策に困っている家が多いのも事実だが、辺境にあるから全員が左遷されたと云うわけではない。研究者としてだったり鉱山などの地下資源があったり、その領地を賜った事を誇りに思って頑として移動をしないだけの家もある。
因みに、我が家はマスティ。詰まり僕が一番この中では爵位が高い。辺境伯とはいえ伯爵に負けるつもりはない。
……本当はフュスティだった。僕のせいで父が左遷を申し出ただけで、本当は今だって、フュスティなんだ。
彼の言葉にいきり立つマルヴァラをそうとは解らない様にやんわりと押しのけて前に進み出てきた人が居た。彼はニコニコと笑ってその場の空気を払拭するかのように朗らかな挨拶をした。
「ハハ、僕はラルフィス・ビズフ・ハミルダ。風の魔術が得意なんだ。宜しく頼むよ」
アハハ、と笑うハミルダは、確か貿易でそこそこ成功している貴族の家のはずだ。
ツ、と彼から視線で促され僕も仕方がないので挨拶をする。浅く頭を下げ、決して貴族的には見えない様に、ぎこちなく自己紹介をする。
「初めまして。僕はクェイ。よろしく」
名前しか云わなかった僕に途端に喰いついて来たのはグラフのお坊ちゃまアライベルだった。下睫毛の長い垂れ気味の眼を見開き無遠慮に尋ねてきた。
「真っ黒毛虫、お前、孤児なのか?」
「……名字はゴドルィック」
嘲笑と共に投げつけられた言葉に渋々それだけ口にすると「最初からきちんと名乗っておけよ」と詰まらなさ気に顔を背けられた。
ゴドルィックはこの国では割とポピュラーな名前で貴族にも平民にも割と良くある名前だ。その為庶民は村の名前とか職業を一緒に名乗るし、貴族なら爵位か家に与えられている二つ名を名乗る。僕の家なら『マスティのゴドルィック』か『経略のゴドルィック』となる。我が家は財務系の部署を代々務めていた数字に強い家だからこういう二つ名になっている。
まぁ、云うつもりなんかないけど。
僕の次におずおず出てきたのは、小さな少女――いや、少年だった。少年は少女の様な可愛らしい容姿をしていたが一部の地方で少年がする髪型をしていた為、少年だと辛うじて判別できた。薄氷色をした髪は後頭部の下3分の1をパッツンに切り其処から下は刈り上げ。横髪は顎のラインの所で切られ、後ろに行くほど短くなっている。前髪もパッツンに切り揃えられている。水色の瞳は緊張の為か涙で潤み桜色の小さな唇はふるふる震えている。
――小鹿君。僕の中での彼の渾名が決まった瞬間だ。
「ボ、ボクの名前はマルコ・ルヴァーラ、です。よよよ、よろしくお願いしますっ」
「俺はドヅィラグ。姓はない」
小鹿君の次に名乗り出てきたのは彼と対照的な大柄の男だった。本当に僕らと同年代か疑いたくなる様な長身でこの中では僕の次の次に高い。とは云え、僕もそんなに高い方ではないから彼――孤児のドヅィラグとの身長差はかなりあるが。一番小さな小鹿君は彼の肩ほどの身長もない。
名字の無い人間は基本的に孤児だ。だからこの学園に居る彼はかなり能力が高いという事である。そして、才能か、ある意味環境に恵まれていると云える。才能がないなら、孤児は相当の努力がないと入れない。才能だけで入ってこれたか、努力して実る才能があったか、まず努力をできる環境であったか。それともその全てか。なんにしろ、この中の何かが実を結び、彼は何十倍と云う倍率を潜り抜けて此処に立っているのだ。
「ふん、真っ黒毛虫と殻獣と一緒とは……俺も運が悪い」
アライベルが蔑むようにこっちを見て吐き捨てた。
真っ黒毛虫は僕の事だとして、黒白獣はきっと孤児であるドヅィラグの事だろう。髪の毛が魔力がない事を示す生え方をしている。即ち、短い内は黒く、伸びると色が抜けて白くなる――卵の殻を被った流の様に見えるのだ。だから魔力がない事を示す人間は殻被りや殻者などと少々蔑む様な云い方をされる。獣と云うのはきっと常に誰かを睨みつけている様な目付きの悪さが原因だろう。
ドヅィラグはアライベルをそのお世辞にも穏やかとは云えない吊り上った三白眼で睨みつけると其方の方へずんずんと歩いた。先程も云った様に、彼は背が高い。上から見下ろされるのは、さぞかし恐ろしいだろう。アライベルも低くはないが僕よりは低い。身長差は頭一つ分程。思わず後ずさったアライベルに地獄の底から響くような声でドヅィラグは云った。
「あんだと、ゴラ。てめぇさっきからうっせえんだよ」
「な、お、お前っこの俺に逆らうつもりかっ」
「おぉう。だとしたらどうなんだよ、え?孤児院の支援は公爵様がやってくれてんだから、テメェの親の付け入る隙なんぞねぇんだよ」
「く……!」
「解ったら黙ってやがれ」
公爵から支援されてるって事はかなり目を付けて投資されているという事だろう。その中でも魔力を持たずにこの学園に入ったって事は、かなり貴重な特殊能力があるか、かなり身体能力が高いかの二択だ。
それにしても目付き悪いな。いや、彼竜族との相の子っぽいから多少目つきが悪いのは仕方ないにしても、それしにても悪い。なんでそんなに眉間に皺が寄っているんだか。
そんな争いをハラハラ見ていた小鹿君の隣にこっそりと移動したのは子爵位を持つハミルダだった。彼はニコニコと小鹿君に声を掛けた。
「やぁ、ルヴァーラちゃん(・・・)。君の家には色々とお世話になっているから、会えて嬉しいよ」
「あ、えっと、ボク、男、なんだけど」
「アハハ、ごめんね。あまりにも男らしくない――いや、可愛らしいから間違えちゃったよ。ごめんね。これから気を付けるから」
いや、コイツ絶対わざとだ。
新緑色の髪の毛が風に乗って揺れ、白い歯が煌めきなんとも爽やかな風体をしているが、実体は腹黒か。細めた眼の奥がどんな風になっているか見るのも恐ろしい。頼むから笑うのをやめないで欲しい。それでその笑い皺が若い時分から刻み込まれれば良いんだ。
そして腹黒に気付かない小鹿は自分から少しずつ罠の中へ飛び込んで行っている。
小鹿君は王女のもっと酷い版か。彼女は小鹿君よりも魅力値が高く、謀ってくる相手さえも骨抜きにする恐ろしい技能もあるが、周りが奮闘しているから現状で収まっているのだ。これを見せて彼女に勉強させてあげたい。彼は唯の商家だから変えは訊くし、被害もそこまで広範囲には至らない。しかし彼女は王女。変えは効かないし、悪い所まで転がり落ちれば国が崩壊しかねない。良くない。国の為に良くない。
そんな良さそうな教材は大きなクリクリした目を目いっぱい開いて、この中では2番目に背の高いハミルダを見上げて首を勢い良く振った。
「う、うん。大丈夫だよ。ボク、気にしてないから」
「本当に?君が心の広い人で本当に良かったよ。ご両親と一緒だったらどうしようかと思った」
「え?」
キョトン、と首を傾げると小鹿君のサラサラの髪の毛が揺れる。真っ白い肌に髪や瞳の色が相俟って雪の妖精の様だ。そんな妖精を罠に掛けようと謀る悪い魔法使い――ハミルダが口の左端に在る黒子を美しく持ちあげて云った。
「うん。僕の家で魚の卸売りをしようとしたら凄い勢いで叩き潰されちゃってね。お陰で大損害だよ。いやぁ、やられちゃったね。アハハハハハハハ」
「え、あ……ご、ごめんなさいっボボボク、家の事とかぜん、全然しら、知らなくって!」
「そんな、気にしないでよ。商売なんて時の運。仕方ないよ。君の家の方が早かったんだもん。素晴らしい手腕だったから一度お会いしてみたかったんだ。だから本当に会えて嬉しいよ」
「あ、ありがとう。これから、よろしくね」
「アハハハハ、君、素直で良いね。これからよろしく」
明らかに餌食にされている小鹿君に僕は心の中で手を合わせた。あぁ、明らかにハミルダは腹黒だ。気を付けよう。勿論小鹿君を助けるつもりはない。自分で何とかしてくれ。
周囲から離れて観察を続ける僕と違い、周囲を蔑むように見渡しむっつりと剣の手入れをするマルヴァラも周囲から離れている。
彼女は大剣使いの様だった。財政状況が少々危ういと噂のマルヴァラ家だからか、騎士を輩出している家だからか知らないが剣自体は単純な作りで余計な宝石などの装飾は付いていな――いや、明らかに前者だった。見えちゃったよ、柄に宝石が付いていました、て云うのが明らかな痕を。……苦労しているんだろう。僕には関係ないけど。
一応と云うのもお粗末な顔合わせが終わると“拡声”の魔術が掛けてある円錐型をした器具を持って先生が指示を飛ばした。
「これからーぁ顔合わせもぉーう、含めてのーぉ、散策ぅーして来ぉーい。いっちおーう課題はーぁ出すからなーぁ!きりきーりやれよぉーい」
……既にこの顔合わせでうちの班の雰囲気はギスギスなんだけど、どうしたら良いんだろう、これ。
英語とラテン語をなんとなーく参考。
個人名+爵位+姓
王族:ピ 王族の傍流 ピセ
公爵:デュイク
侯爵:フュスティ 辺境伯:マスティ(地方長官)
伯爵:グラフ マグラフ=伯爵
子爵:ビズフ マーズフ=子爵
男爵:バロネ マバロン =男爵
殻のうんたらは某ロックでマンなゲームの(エグゼの方)のえんざん君的な感じです。
しかしあんなに美少年じゃない。