占星術
神様なんてイカレタ奴が居るとするなら、僕は本当に嫌われているか玩具にされているかのどっちかだろう。僕は教室に入った瞬間から猛烈な悪感に襲われていた。その理由は明白。
――女子ばっかりだったのだ。
いや、男の子もいた。しかし彼らは何と云うか、何処となく女性的な人達とあとはチャラチャラした如何にも腰が軽そう――いや、奔放そうな人しかいないのだ。なんでなんだ。これ必修科目なのにどうしてそんなにくっきりと分けた。分けても良いけどどうして僕をぶっ込んだの?お願いだからそう云う嫌がらせみたいな事しないでよ……。
今は初めてやって来た占星術の授業だ。今までなかったのだが夏休みを目前とした今頃になってひょっこりと出てきた科目だ。
そう、もうすぐ夏休みなんだ。仲良くなったジャドさんや厨房の皆と離れるのは少々寂しいけど、人の溢れ返る学校から逃れられると思うと正直嬉しい。ものすごく嬉しい。勿論可愛い盛りの弟の元へ戻れる事も嬉しい。本当にあの子は可愛いんだ。こんな僕を慕ってくれているしね。
占星術の授業はひょっこり現れた。時間割は何時も週の頭に寮で時間割が配布されてる。殆ど毎回同じだから、2~3日たって暮らし向きが安定してきた頃に配られて以降は、変更がある週――例えばこの前の体術、魔術大会の時みたいな――にしか配られないんだけど、今週はペラリと一枚だけ配布された。見ると何時もなら文学の授業に当てられている時間が占星術になっていた。
簡単な占いは実家で多少習っていたし、僕は星読みや鍋焼き占いは得意だったのでちょっと楽しみにしていたんだけど……。
人生って、儘ならないことばっかりなんだね。思わず涙が出てきそうだよ。僕は机も椅子もない為入口近くに固まっている他の人達を避けて壁に張り付きながら思わず心の中で呻いた。
僕が教室の一番入り口から離れた隅っこで小さくなっていると時間より少し早めに先生が入って来た。先生が「ジャンジャカジャァ~ン」と叫びながら入って来た教室中が静まり返った。……奇抜すぎます先生。吃驚しすぎて卒倒しかけました。
「お初にお目にかかりマス。ワタクシ、アンドレ・ベルルスコーニにございマスル。どうゾお見知りおきヲ」
うふふとばかりに投げキッスをした先生に正直みんな引いていたと思う。ストライプ黄色と紫のストライプの入った、裾が大きく膨らみ下で縛ってある上にヒラヒラビラビラしているズボン。スパンコールがいたるところに付いたショッキングピンクのシルク生地の胸元に無秩序に付いている大輪の花。ピンクと緑と紫を足して灰色で割った様なアフロ頭には虹色の羽を幾つも差し、何故か側頭部には螺子が突っ込まれている。睫毛は童話に出てくる悪い魔女みたいにカールされている上に長く、目の周りは白く縁取られその周りは更に黒で塗りたくられている。顔は全体的に白粉で真っ白だし口は何故かおちょぼ口の形で紅が差されている。
……まるでサーカスから逃げてきた道化師みたいじゃないか。声も素っ頓狂で男女の区別がつかないが、2mは優に超えていそうな長身であるから、巨人族の血を引いていない限り男性だろう。
フライパン並みに大きな手袋は本来の大きさなのか何かが詰められているのかパンパンで、その手をボスンと叩いた。ら、中から「ギョルギュェ?!」みたいな鳴き声が聞こえた――いや、気のせいだ。教室中は静まり返っていたから気のせいとかそんなわけな――いや、気のせいだ。気のせい。そう、気のせい。
そんな僕の葛藤などお構いなし(そりゃそうなんだけど)な先生は両手をぶんぶん振り回しながら指示を出した。
「もう座席表ハ作ってあリますカラん!今かラ示す場所に座って下サイネっ」
示す?どうやって――と思う間もなくいきなりグイイと手を引っ張られ少々移動させられた。引っ張られた腕を擦りながら、それ、示すって云わないんですよ、強制連行って云うんです。と思わず突っ込んでいたのは多分僕だけじゃない。
周りを見るとみんな同じように移動させられて悲鳴を上げている。あの先生、ファンタジーな見た目に反して荒っぽいな。
僕は先ほどの隅のお隣。つまり教卓からも入口からも離れた隅に移動させられていた。僕が位置に来ると床に穴が開いてガコンとばかりに丸椅子と赤いビロウドで覆われた椅子が……もう1人、来るのか。僕がげんなりしていると「きゃああ」とちょっと控え目な悲鳴が聞こえた時点で僕は天を仰いだ。カミサマとやらは本当に、僕が嫌いなんだろう。もしくは超ド級のS。
「ひぅ!」
ドサ、ドゴッ
息の詰まった声と『ドサ』と云う音は僕の真横で急停止し思わずつんのめったらしい王女様の物だ。『ドゴッ』と云うのはその女子生徒が王女様だと気付かず必死で避けたら壁に激突して肩を強かに打った僕の音だ。周りもつんのめってこけた人が多く、一番後ろなのもあって僕の奇行は特に見咎められていない様だった。
王女様は額を打ったらしく額を押さえて呻いている。……避けてごめんなさい。思わず云ってしまいそうになるくらい可愛らしい仕草で痛がっている。申し訳ないとは思っているけど、云わない。なんだか負けたような気がする。気を付けよう僕。危ない。このままだと僕も済し崩し的にハーレムの住人になってしまう。自分の意思をきちんと持つんだ負けるな僕!
「………………」
「………………」
王女様は恥ずかしかったらしく、頬を染めながら無言で立ちあがり、僕も無言で(勿論手を貸す事もなく)いた。すると全員の移動が終わったのだろう。周囲からは小さく呻く様な声が聞こえている。
するとあの道化師――基、ベルルスコーニ先生は「アレレ~?ヤリすぎちゃイましたかネ?」などとほざいていた。
今この教室内に居る生徒たちみんなの想いは多分1つだったろう。
『やり過ぎに 決 ま っ て ん だ ろ』と。
口には出さずとも皆の冷たい目は確実にあの鳥の巣頭に突き刺さっているはずなのだがあまり堪えている様子はなく、普通に流す事にしたようだ。なんてやりたい放題。此処まで行くと尊敬する。真似するつもりも度胸もないけれど。
「それジャ授業の解説をしマスヨヨヨ~。先ず、この授業は2人1組で行うものデス。コの授業クラスの編成及びパートナーの選別はワタクシ、ベルルスコーニが占星術によっテ組み合わせたモノデス。いィっちばァん相性の良い人と組み合わせておきましたカラご安心下さイナ」
一番相性が良い人……思わずチラリと王女様の方を向けばニコニコと嬉しそうな顔で僕の方を見ていた。何で僕なんかを見て嬉しそうな顔をするんだ?理解に苦しむ。
今回の授業ではあの高スペックな王女ハーレムの人間は誰もいない様だ。……だからか?多少見た事のある僕だから?人は見知らぬ土地で自分の知っている物を見ると、それが昔そこまで好きではなかった(寧ろ嫌いであった)物であったとしても、変に愛着を持つ事もあるらしい。その様なのかもしれない。
「そレデは今回はカンタンに相手の事を占っていただききまショオカ。教科書の5ぺぇジをお開け下さイナ」
初授業では生年月日から守護精霊の系統やらラッキーカラーなんかを占う、市井でも行われている極々一般的な占いを行った。僕でも知っているから占いとかが好きな、女性である王女様も知っているとばっかり思っていたが実は知らない様だった。
アルベニアさん――王女様と云ったらものすっごく良い笑顔になって抱きついてこようとしたのでお互い妥協した結果だ――は少々頬を赤くして俯いた。
「わたくし、お恥ずかしながら幼い頃から剣を持って走り回る方が好きでしたの。ですから占いや花遊びなどには詳しくなくて……」
「……まぁ、あまり女性としては良くないかもしれないですけど、自分の身を自分で守ろうっていう姿勢は(・・・)評価します。遊びなんかよりは一応、実用性がありますから」
「む、その口振りはわたくしの剣の腕を信じていませんね?これでも多少腕は立つんですよ?」
「腕が立つとしても、君――貴女は、もう少し守られている事の意味を知るべきです」
「意味、ですか?」
「戦える事と同じくらい守られている事も大切な事ですから。……こればっかりは自分で考えた方が良いと思いますよ。人に意見を出して貰うべき事じゃない」
「それじゃまるでわたくしが何時も人を頼っているかの様な云い方ですっ。撤回を要求します!」
「人を頼る事も多々ありますが、それでもちゃんと考えていますっ」とぷくりと膨れた薔薇色のほっぺたに思わず苦笑する。本当に純粋培養。全く報われていないぞハーレム諸君。しかも彼らのアドバイスやら献身的な態度は彼女の中では頼っているとかでも何でもなくデフォルトだと、そう云うわけか。
心中では爆笑したいくらいだが流石に場を弁えていなさすぎるのでやめた。代わりに「でも周りがすぐに口出ししてくるんでしょう。偶には全部自分1人で考えてみるのも良いんじゃないですか?」と云ってみて、自分が思ったよりも柔らかな声が出て少し驚いた。王女様は一瞬キョトリと目を見開いてそれからにっこりと向日葵の様な笑みを見せた。
「ふふふ、クェイにはなんでもお見通しみたいね。やっぱり、わたくしたち相性が良いのね」
「……それは、良かった、です、ね?」
こういう時なんて返せば良いんだろうか。凡俗で口下手な僕には良く解らない。笑えば良いと思うよ、と云う事で一応口角は上げておいたけれどどうだろう。何の意味もない様な気がする。
しかし僕の目の前に居る天使は、そんな僕の苦し紛れの汚い笑みににこりと天界級の頬笑みを返した。剰何が楽しかったのかうふふと笑いながらそのぷるりと潤っている可愛らしい口元を弛ませて云った。
「本当に、貴方とお友達になれて良かった」
僕がその一言でどんな思いを抱えるか、本当は解ってやっているんじゃないだろうか。
僕は机の下で小刻みに震える手をぎゅっと握り込んだ。そうしてないと僕も僕の周りも全てが崩れ落ちてぐずぐずになってしまいそうだったのだ。
「…………ありがとう、ございます」
「ふふふ、どういたしまして」
口元に手を当てて優雅に微笑む彼女をまともに直視できす俯く僕の耳にベルルスコーニ先生の頓狂な声が捻じ込まれた。……先生には関係なかったから、確かに求めるのは酷な事かもしれない。だけど、でもさ、もうちょっとくらい空気読んでくれても良いんじゃないかな、と思う僕は我儘ですかそうですか。
「皆サン終わった様デスねっこれから約1年一緒に居るパートナーですからくれぐれもナカヨクお願い致しますデスヨ。それでは本題に入りたいと思いマスデス。夏休みの宿題の話デスヨ!あぁンそんなイヤそォ~な顔をしないで下さいヨウ」
ベルルスコーニ先生は大仰な仕草で詠唱を行い各テーブルに紙の束を配布した。
しかしやはりと云うか何と云うか若干(過小表現)雑なようで、隣のテーブルでは顔面にブチ当てられた青髪の少年が紙をバシンと叩きつけていた。気持ちは解る。しかし落ち着け。アイツにキレたらきっと負けだ。震える少年に対して一部(教卓一帯)を除き教室中の心が今再び1つになった。
「自分が生まれた曜日の日の星の観察と、夢を見たらカ・ナ・ラ・ズ・この紙に書いてくだサイ。0個じゃダメダーメですカラっ!必ず3つは書いテオいてくだサイナ。誰が一番面白い夢を見られるかショーブですヨ!!」
長い手や足を振り回しながら教卓から身を乗り出すベルルスコーニ先生を見つめながら、面白いとかの問題なのか?と疑問符を浮かべている僕にアルベニアさんは酷く真剣な顔で僕に問うてきた。
「もし夢を3つも見なかったら、どうすれば良いのかしら?」
「……嘘でも良いじゃないですか。どうせ夢ですし」
「あら駄目よ。なんて云ったってこれは課題ですもの。課題に手を抜くなんて、見て頂く先生に失礼でしょう?」
「何云ってるんデスかグーテリアさん!そんなのゼンッゼン構わないンですヨォ~?皆さんの嘘夢も大歓迎デス!その代わり嘘なら嘘ときちんと明記しておいてくぅーだサイっ」
思わずアルベニアさんと一緒にビクリと震えてしまいお互いが目を合わせる。聞こえていましたね。そうね、何故かしら。解りません。
取り敢えずあの先生は『地獄耳』だと云う事で僕の中で落ち着いた。教室の一番端で小さめの声量で行っていた僕とアルベニアさんの会話に違和感なく返答しているって……。
……この教室での噂話は控えておかなくてはならないだろう。そうでないと全部拾われてしまう。別に先生が噂を広めそうとかじゃなくて。そもそも僕には噂話をするような相手もいないから別に構わないんだけど。うん。
本格的に、と云うか、ちゃんと授業をするのは夏休み明けらしく少々速めだが鐘が鳴る前に授業が終わった。終わった途端、ハーレム予備軍の人達に呑まれていくアルベニアさんを見捨てて僕は逃げた。
一応何を話していたか……と云うか馴れ馴れしくファーストネームで呼んでいた事がバレない様に気休めだと解っていても声が飛びにくい様に魔法を掛けておいたのだ。そう、あの先生はその超聞きにくい位置と状態だったのにも関わらず何故か聞こえていたのだから恐ろしい。しかし周りの人達にはそんなスキルないだろう。だから詳しく僕達が何を喋ったかは解らないはず、だけど、一応と云うか人が怖いと云うか、で逃げた。
長くなった日がそれでも傾いているのが解るこの時間はなんとも云えない、ノスタルジックな気持ちにさせられる。長い廊下から外の陰りを見つめながら思う。
そうか、アルベニアさんと相性が良いのか、僕は。
少々不思議なくすぐったさを感じつつ足早に部室へと避難したのだった。