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憑き甘く  作者: ネイブ
1学期
15/34

魔術式基礎


 学園の授業は、進度が微妙だ。微妙とかそれこそ微妙な云い方だけども、つまりは現段階では一部にとっては遅く、また、一部の物にとっては凄く早い、という意味だ。


 貴族階級出身の人間は、学園に入学する前から一定の教育を受けている。文字の読み書きができるかを尋ねる事が可笑しいと思われるくらいだ。礼儀作法や貴族の家系図、政略図の暗記なんて云う貴族的な教養も勿論だが、剣術や魔術、馬術なんかも習っていたりする。

それに対して庶民の生まれだったり、そもそも孤児だったりする人は、文字などの一定の常識はあっても礼儀作法や建国の歴史なんて習っていない者が大半なのだ。中には生きる為に剣術や馬術を習っている者もいるかもしれないが、大半はそうではない。


授業の序盤、僕の予想では夏休みまでは貴族側からすれば総復習として退屈に、庶民の側からすれば早過ぎて追い付けないような目まぐるしさで授業は進行していく事になる。

これに関しては仕方がないとしか云いようがない。幾ら学園が生まれの貴賎を持ち込まない、と云っても経験や経済力はどうしようもないのだ。


 施設から来た孤児の子に至っては知らない言葉が多かったり、そもそも文字が書けなかったりする事もあるらしいから大変だろう。しかし成り上がった、と云うか、学園内限定でだがと云うか、昇り詰めた、と云うべきか。幾代か前に孤児から物凄い勢いで昇り詰めた人が――いや、やめよう。深く考えていたら人間の潜在的な可能性の高さに疑問を持たないといけなくなる。アレは、あの人が、異常なんだ。僕は皺の出来た眉根を解す。あの人の事を考えると自然と眉根が寄る上に感覚が鋭くなる。半世紀くらい前にロシア人の研究者が発表したよね、なんとかの犬。条件反射の。


 今僕が受けているのは魔術の授業だ。一週間(週6日の内、休みが1日。つまり週5日登校)に7時間授業の日が4日、6時間授業の日が1日で、計34時間。そして一週間の魔術の時間が10コマ。夏休みが終わって新学期になると、この魔術の授業が変身やら魔術の歴史やらと細分化されていくらしい。

この魔術の授業内容は基礎の基礎、魔術式に関して、だ。


 魔術式って云うのは魔術を発動させるための式の事。……まんますぎたね。

 生物は誰しも体内に魔力を持っている。潜在魔力とか、体内魔力とか、色々と云い方はあるけど僕は後者。体内魔力を世に発動させるためには『何処に、どんなものを、どれくらいの規模で、どんな風に』発動させるかの、一種指標となるものが必要になる。なんせ、本来は世界に無かった存在を発動させるんだから、それ相応の理論や準備は必要となる。適性があればマッチ程度の火を着けるのに術式はいらないし、適性のない者は火打石に小さく魔術式を彫って火が着き易い様に工夫するとか、色々と応用が利く。大掛かりな物になると術式は複雑化したり、巨大化したり、術の行使期間が長期化したりする。中には術式の行使の他に更なる条件が必要だったりもするけど、この授業段階では不必要。


 で、だよ。本題は今回の授業課題“光球”の魔術式の完成だって事だ。これは小さな光の球を作り辺りを照らす、と云う極めて基礎的な魔術の一種で、正直、魔術式なんかわざわざ用意しなくても簡単にできる。しかし授業課題はあくまで魔術式の完成。つまり己で書いた術式を発動させなければならないのだ。わざわざ術式自体を。僕は作成の終わった魔術式のインクが渇いたか確かめるべく配布された皮紙を撫でた。


 では、わざわざ七面倒くさい事をするこの授業の意図とは何ぞや。

 それはずばりこの世の理を表す術式の描き(今回は書き)方を覚える(復習する)事、だ。


 魔術式は僕らの体内魔力を核として世界に何らかの変化を及ぼす為の指標、設計図、レシピ、みたいな物なのだ。慣れた大工が設計図なんかなくとも感覚で木材を切り出して自分で簡単な家具を作れたり、最初はレシピが必要だったけど慣れれば、若しくはフィーリングでするようになったりするように、魔術式も慣れればわざわざ書かずとも頭の中で思い起こし、思考しさえすれば発動させる事が出来る。適性――元々の体内魔力量だったりイメージ力だったり――がないとできないけど。

 しかし、適性があろうと術式を省略して術の行使を行うには、先ず慣れる事から始めなければならない。そして慣れる為には反復練習しかない。これはなんだって同じ。物事の真理って奴だね。……時々その真理を突っ走って感覚だけで終える人が居るけど、そう云うのは例外ね。

 普通は魔術式を核にある一定の法則と云うか、決まり事を覚えねば応用なんてとてもではないができない。しかしそれをやってこその魔術師である。まずは書いて書いて書くしかない。そんな事を云っても“光球”や“火種”程度の魔術式ならわざわざ書かずとも覚える方が便利だし早いけども。


 あぁ、もう。違うんだよ。これもまた本題じゃないんだ。

 詰まりだね、僕は何度も云っている通り細かい魔力制御は苦手なんだ。特に、こう云う誰にでもできる、魔力必要量の少ない魔術は細かい魔力制御を掛けないと、キャリーオーバーして魔術式が破損させてしまうんだ。と云うかもうやった。食堂で入学10日目ぐらいからやらかした。調子に乗ってできるかもって思った自分が馬鹿だった。

 此処まで云ったら解るよね。明らかに僕に向いてないって。


 だけど一応、こう云う時の為にちゃんと幾つか技術は習得してあるんだ。どう?普通の人に溶け込む調きょ……訓練はばっちりなんだ。昔師匠達と旅をした時に調……仕込まれてね。うん。命懸けで。

 授業は魔術式を発動させなきゃ合格にならないから、溶け込む溶け込まない以前に実技点が0点になってしまうから本気でやるんだけれども。


 方法は2つ。1つ目は精霊に頼む。……そうだよ。また精霊頼みだよ。仕方ないじゃないか、僕がやるより上手く行くんだからさ。こう云うのを適材適所って云うんだよ。それに、術式を発動させるから何時もとは違う頼み方になる。

 何時もは直接的な事象の変化を頼むけど、今回は魔術式への僕の魔力の注入だ。そもそも、僕が色んな頼みごとをしてそれを実行してくれる精霊達は何をエネルギー源にしているか、と云うと、僕の魔力だ。魔術の行使に必要な魔力とお駄賃として精霊本人(?)に魔力を譲渡する。……譲渡って云うより、勝手に摂って行ってもらってるだけなんだけども。しかしこれは重要だ。誠意には誠意で返さないと痛い目に会う。


 今回の授業でもし彼らに頼むとするなら、イメージは郵便屋さんみたいな感じ。荷物である魔力を、郵便屋さんとなった精霊達に適量(この適量も僕が準備するんじゃなくて彼らが僕の中から魔術式と自分への報酬に見合った量)摂って行ってもらう。そして魔力を魔術式へ注入。駄賃として幾らか余分に魔力を摂って行ってもらう。誠実な相手にはきちんと誠実に返さなければならない。“精伝令”と精霊は(この関係)は信頼関係で成り立っているから。


 しかし実戦でそれやるくらいなら普通に“●●お願い”って精霊に云った方がよっぽどか早いし無駄な手間がかからない。それ以前にこの場でやるには明らかに不自然だ。だって頼んだ途端僕の周りに精霊達が集って魔力吸い取ったと思ったら魔術式に我先に張り付きに行くんだもん。誠意には誠意で返す。僕が(あまり)にも勝手に摂って行って良いよ好きなだけ取って行きなよとオープンにしている所為で、我先にと術を行使させようと精霊達が押し掛けてくるのだ。基本的に精霊達にチームプレイ、と云う言葉ない。我が強いのだ。我先にと押し合い圧し合いする様は正直引く。見えない側からしても違和感ばりばりだし。いきなり何の前触れもなく目の前の人が高密度の魔力の塊に覆われてみなよ。違和感って云うか、先生呼ぶでしょ。絶対何か魔術失敗したって思うじゃないか。

 だから僕はこの場ではもう一つの方法を試す事にする。


 そのもう一つの方法とは体内魔力を使わずに空気中に漂っている魔力――空間魔力――を意図的に集めて魔術式の中へ入れる、と云うものだ。

 普通は体内魔力を操って魔術式に魔力を注ぎこみ魔術式を発動させる。そっちの方が比較的制御がし易いとされているからだ。例えるならパペット(指人形)。布越しではあるけれど、一応自分の指で持っている感覚がするでしょ。比較的操作も直接的かつ容易。


 空間魔力を使用して魔術式を発動させる為には空間魔力を凝縮しそれを体内魔力で操作しなければならない。

 今まで僕は『魔力の制御が苦手』『細かい作業が出来ない』って云ってきたけど一応できる事もある。一応ね。そも、僕が苦手なのは『魔力を放出する事が苦手』なのであって魔力の変形やら体内での移動はどれほど苦手じゃない。

 普通は『魔力を放出するのが苦手』って時点で使いものにならないんだけどさ。

 

 先ずは体内魔力の形質を変化させて『魔力を惹き寄せる』ものにする。誘蛾灯をイメージしてもらったら、きっと早いと思う。もしくは磁石とか餌を目の前で揺らされて待てしてる犬の眼。ぐいぐい惹きつけられる感じね。

 これは僕としては細かい作業に入らない。人によって細かいと思う基準が違うじゃないか。僕にとっては刺繍をする事より針の穴に糸を通す事の方が神経を使う難しい作業だって事。苦手な物は人それぞれって事だよ。うん。


 体内魔力と対にして例えるならマリオネット(操り人形)。しかもパペット填めた手で操作してる感じ。パペットを比較的直接的とは云ったが、それでも生身の手ではない。間接的×間接的で制御がし難い上に感覚が掴めず取り落とす(魔術師気が発動しない)事もしばしばである。動きがぎこちなくなる為どうしても効果が薄れたり素早い術の組み立てが難しくなる。だから普通は体内魔力を使うのだ。

 僕が普通じゃないのは諦めたとして、僕が体内魔力を扱うには相性が悪かっただけだ、と思いたい。そう思ってる。


 円形に描かれた魔術式の上に左手を(かざ)すし体内魔力のほんの一部(・・・・・)が手に集まる様に意識する。十分な量が集まったら集まった体内魔力を『空間魔力を引き寄せる』性質に変質させる。右手を添えてぐぐっと押し込む。魔術式の一文字、一辺、それらを構築する点に、空間魔力を集め、注ぎ込む。

 砂時計の様に周囲に満ちた砂が下に落ち切るまで待つ。砂時計と違う点は上の方に在る砂(魔力)が無くなるまで、ではなく、下の入れ物(魔術式)が一杯になるのがリミットだと云う点だろう。魔術式が一杯になったら掌を退けて唱える。


「“我に光を”」


 ポォッと魔術式から光が漏れ表面が波打ち、式の中からずるりと光球が出現する。こう云う瞬間、不思議だと思う心と、どうして不思議に思うのか理解できない気持ちが同時に出現して僕の心は困惑で苛立つ。疑問点が解消できない問題ほど苛立つ物はないと思うんだ。まぁ終わったから何でも良いけどね。


 僕は先生に使用済みの魔術式を見てもらうべく手を挙げた。使用済みの魔術式は魔力のせいで焦げたかのような跡が出来る。これを先生に提出し授業課題達成、と云う運びになる。因みに皮紙の上に書かれた魔術式は耐久力がないせいで繰り返し使えなくなる。大抵の武器に彫られている気休め程度の物も同様。擦り切れたり内蔵魔力(無機物に宿っている際には体内魔力ではなく内蔵魔力と云う)の切れたりした武器も魔術付加が切れる。は魔力が一気に無くなってしまうと壊れてしまう物もあったり、魔術式がわざわざ書いてあるにも関わらず魔力の耐久力の低い物もあるから注意が必要だ。


「……先生、判定をお願いします」

「ふんっなんでワシが貴様などを……」


 ブツブツ云いながら僕の魔法陣を見て紙に書き込んでいく先生にこっそり溜息を洩らす。

 大きなお腹に付き立てる様に置いたボードの上でペンがさらさらと動く。評価自体はまともにしてくれるという話なので適当に頭を下げておけばこの先生は問題ないはずだ。


 魔術の授業は現在3人から5人体制で授業が行われている。夏休みが終わって2学期に入ると魔術の授業は細分化される。つまり細分化するまで何人か――1年生の魔術系の先生は4人――の授業の空きが多くなる。そして1年生の基礎段階には人が多ければ多いほど良い。何故か。問題が山ほど起こるからだ。慣れていないから仕方がないと云えば仕方がないが、それで事故が起こっては仕方がないとは云っていられない。だから大抵2人から3人までの先生が授業をしている。今回は3人。出ていない先生は自身の研究や別の学年の授業の用意など色々とある様だ。

 そんな訳でお手隙の先生が何人かうろうろして居るというわけだ。


 そして僕の方へやってきた先生はリチマーン・グラフ・フォルス先生。魔術理論を専門にしていて、この学園では珍しく選民意識の高い先生だ。


 学園の名簿には基本的にミドルネームもファミリーネームも記載されない。同じファーストネームが複数人いる場合に限り、ファーストネームが記載され、もしそれでも被ったらミドルネームが入れられる。この事によって学園では家柄ではなく個人を見る、と云う事を徹底しているという姿勢を示している。

 しかしまぁ、貴族と云う物は解りやすい物だ。唯でさえ夜会やら茶会やらで顔を合わせ、誰其れの息子の何某でございます以後よろしくってのを良くやってるし。もっとあからさまになったら服に自分の家の徽章付けている輩もいるからね。

 学園には一応制服あるけど、大抵みんな改造してる。僕も外套だったりズボンだったりいろいろ改造した。元のままだと武器入れられないし。唯ネクタイの色は学園で決まっているからそれだけは解る様にしている。


 今僕の横で苛立たしげに足踏みしながら文句云って紙に記載している先生はグラフ(伯爵家の人)だ。一応僕も貴族だけど、忘れているのかあの場に居なかったのか……居たとしても、僕だと解らないのか。僕はゆったりとしたローブから突き出しているお腹を見つつそんな下らない事を考えていた。


「合格だ。さっさと受け取れっ!多少出来が良かったからと云って調子に乗るな!」

「すみません。ありがとうございます……」


 これだから平民は……とか何とかかんとか呟く先生に向かって頭を下げて、合格と班の押された紙を受け取る。顔を上げた時にはもう背を向けていた先生をチラリと見、書かれていた紙を見る。評価はA-(エ―マイナス)。思ったよりもくれるものだなぁ、と少し驚いた。話には聞いていたけどもっと偏見に満ちた感じで低いのかと。


 別に蔑むくらいなら問題ない。ねちっこい言葉も別にどうでも良い。唯、評価をきちんとしてくれるならそれで構わない。僕はすっと焦げた後の残る魔術式に触れ、なぞる。周りでは爆発音や叫び声が聞こえ、先程の先生が「だからちゃんと定規を使えとー!」と叫んでいるのが聞こえた。


 あぁ、今日も平和だなぁ。



イワン・パブロフ(ロシア人)

(wiki抜粋※改行だけ手を加えました。すみません)

1902年に唾液が口の外に出るよう手術した犬で唾液腺を研究中、飼育係の足音で犬が唾液を分泌している事を発見、そこから条件反射の実験を行った。行動主義心理学の古典的条件づけや行動療法に大きな影響を与えた。

初期には消化腺の研究を行い、1904年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。


解りやすく云うなら、パブロフの犬の人。



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