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憑き甘く  作者: ネイブ
1学期
14/34

蜜菓子報告

最初3000字だったんですけど…あるぇー?

報告が二の次過ぎてすみません。


「なるほどのぅ」


 ふわりと香る薔薇の香りとサァサァと音を立てる小雨。じっとりと湿気を含んでいるわけでも、からりと晴れているわけでもない中途半端な気候だが、最近降水量が少なくなっていたから丁度良いかもしれない。


 僕は今学園長先生の部屋に来ている。先生の部屋はすっきりと片付いているとはお世辞にも云えなかった。床には書物や書類が積み上げられていて(“盗み見防止”がかかっていて見えないけど)体捌きに気を使っていないと、歩いているだけで何山か(・・・)崩してしまいそうな状態だった。扉や通路がある所を除いて床から天井、壁の隅から隅、隙間なく壁中に棚や戸棚が備え付けられていて、中は雑多な魔道具が溢れている。執務机の上にはあまり多くの書類はない様だが、資料用と思われるファイルやノート類が大量に立てられている。所々に置いてある大きめの魔道具は多分結界とか、学校設備に関する物なのだろう。常に――緩やかだったり目まぐるしかったりと速さはまちまちだが――動き回っている。


 僕と学園長が茶会しているこのスペースにも本当は書類が大量にあった。今、それらは僕らの上をぷかぷか浮いている。学園長の前には羽ペンとインクが浮き、僕の報告を速記している様だ。本人は優雅にお茶を飲んでいるが、頭の中では今後の対処や動きなどが犇めいている事だろう。先程から学園長先生はふむ、やらうぅむやらあぁでもないこうでもないと色々考え込んでいる。

僕はその様子を静かに見ながら手土産に持ってきた蜂蜜入りのクッキーを齧った。


 ゲレンと云う紅紫色の小さな花を付ける植物がある。休耕中の田圃(たんぼ)や畑に生やして草肥(くさご)えにすると畑が元気になる植物なんだ。まぁ害虫が湧きやすかったりあんまり放っておくと連作障害(他の植物が育ちにくくなる物質が土に残ったり、土が痩せたり病気が蔓延したりする)が起こったり、結構扱いが難しい植物ではあるんだけど。

 地球にもアストロガロス・シニケスって良く似た植物があるよね。中国が原産地なんだっけ?蓮の仲間の。あの植物は窒素を固定化させる力を持つ根粒菌の力が非常に強くて、やっぱり連作障害とか虫害を起こしやすかった気がする。こっちで土中の窒素濃度調べたりとかしてないから解らないけど、同じような作用を持っているんじゃないかな。

 類似性はまだある。蜜だ。ゲレンの花の蜜を蜂に集めて販売するのは春の農作業の仕事の一大イベントでもある。養蜂家から蜂の貸し出しをしてもらい種植えや田植えの前まで養蜂をする。利益の一部は貸し出してくれていた養蜂家に貸し賃として支払い、残りは各村で消費したり、保存が長期間効くのでちょっとずつ売ったりと結構便利。時期が終わったら蜂を養蜂家に返し、ゲレンを畑に鋤き込み耕作を開始するのだ。可愛らしい小さなゲレンが畑一面に生え、萌える下草や草木と、薄い雲の浮かぶ空のコントラストは胸がほんわりする。ゲレン畑は春の風物詩だ。

 

 収穫が終わったゲレンの蜜を実家から送ってもらったのでそれを入れ込んでクッキーにしてみたんだ。ゲレンの蜜は味も匂いも癖が少なくて僕的には少し物足りないけど。でもお菓子的には上出来だろう。次はマドレーヌ作って、残りは八味丸にでもしてみようか。甘草湯に入れてみたりしようかな。……いや、甘すぎるか。


 暫く唸っていた学園長だが、すっと顔を上げ僕を見た。次のお菓子を考えつつ紅茶のお代わりを注ごうとしていた僕はポットを戻しかけたけど構わないと許しを貰ったのでそのままお茶を淹れる。僕が一口飲み、普通の紅茶よりほんのり紅く色付いている水面の揺れが収まった頃、学園長先生は話出した。


「何とも面倒な事になっておったようじゃなぁ。改めて礼を云わせてもらおう」

「僕は僕の意志でやっただけで、別に学園の利益とかには関係ないんで」

「しかし結果的には儂等に益のある形となったしの。これは儂が云いたかっただけの事じゃよ。それこそ、お主が気にせずとも良い事じゃ」

「……そうですか」


 やっぱりこの老人、やりにくい。しかし、ふわりと香る薔薇の香りに絆される僕ではない。単価ン万円の高級紅茶であるとか、椅子が王家御用達の某有名家具店の物でこれもまたン十万……やめよう。そんなモノに屈する僕じゃない。唯、ちょっとお茶注ぐ時に深呼吸が必要だったり、ゆっくりと椅子に座ったりしちゃっただけだ。

 なんで(たか)が執務室にこんなモノがあるんだ。権威の象徴ったって、限度があるじゃないか。ベルサイユ宮殿だって市民の反感買ったでしょ。権威の象徴も程々にしておかないと駄目だよ全く。まぁ、国でも頂点に近い所に居る様な半端ない権力者だからある種正解とも云えるかもしれないけど。


 魔術学園の教師がどうして国の頂点に近い権力を持っているのかって?この人はエカディアナ学園の学園長であると同時に魔導師でもあるからなんだ。


 魔導師、と云う存在は魔術師の親玉の様な存在だ。魔術師って云うのはこの国――グーテリア聖王国――だけではなく、この大陸ノアザワールの魔術師連合に登録している魔術師の中で、だ。魔術師連合と云うのは魔術師として一定レベル以上――火を燈せる程度ではなく、対人で傷害を与えられる程度からの事を云う――の人間が登録している。基本的に学校で履修させられる程度の力なので多分1年生時の状況から先生が判断して登録したりするのだろう。貴族の子息は既に登録している者も多い。しかし、中には適性の低い者もいる。適正は産まれ持っての物なので、特に成績に影響がある話ではないと思うけど。

魔術って云うのは、基本的習わないとできない事だから、学校を張っていれば魔術を扱える者を洩れなく登録させる事が出来るはずなのだ。

 時々独学で、って云う凄い人が居るけどね。まぁ、そう云うのは大概が精伝令なんだけど。だから特に何か凄い事が出来るって訳でも、魔術をメインにしていない人も連合には加入している。魔導師とはその中のトップである。


 因みに、連合の利点は戦争で『何人の魔術師が造れるか』を把握できる点である。剣士などよりも魔術師と云うのは数の上では少ない物である。まともに術を扱える者となれば、更に少なくなるのが常だ。例え小規模でも魔術で敵にダメージを負わせる事が出来る者を戦争になった場合どう使用するか。少しでも魔術を扱える者を把握しておくと云うのは、戦況を少しでも有利にする為の国の知恵でもある。僕なんかは賢しい限りだと思うんだけども。

 だから魔術師連合、と云った組織は其々の国で独立して存在している。

 後、魔導師とは別に魔術師の長として挙げるならば魔術省長官の役職があるが、あれは云うならばお役所事の長である。そして魔術師連合と云うのは魔術省の一部署、の様な括りになっている。魔導師と云うのは全ての魔術師――つまり国に直接的に使えていない魔術師連合の者達も含めての――長である。魔術省長官は事務処理的な内容を、戦争中には大臣の一人として戦略室に詰めっぱなしになる為、魔導師は実務――戦場でのブレインの一人――を担当する。魔導師は戦争になった際に魔術師の総指揮官になるものであり、また国の垣根を取っ払った御依頼受注請負掲示板(師匠命名)、魔術ギルドにおいてSランク(最上級)の階級に居る事を表すものでもある。Sランクは今世界中でも10人といないのだから価値の高さも解るってものだろう。


 そんなこの世界最高峰の魔術師はツィと指を振り、執務机のファイル群から1冊此方へと持ってくると、中から僕の眼前に一枚の書類を提示した。僕はそれを手に取り眺める。

 読み進めるのに比例して僕の眉間の皺が深くなり、顔の筋肉が強張っていく。


 うわ、なんだこれ、面倒だな。そうか。だから先生達こっちに来なかったのか。


「その紙にある通り、あの日は別の場所からの侵入があっての。時間差でまた出てきたもんじゃから、幼稚な陽動だと呆れておったが……まさか陽動の陽動とは……。もう少し警備を見直すとしようかの」

「どうやって入ったのかは解りかねますが、警備の見直しに関しては賛成です。後、出入りの列車に関しても見直しておいた方が良いのではないでしょうか」

「列車に関してはほぼ問題ない。対策は万全じゃ」


 それにしても嫌になる魔物の数だな。三桁ってどういう事だ。で、陽動にやっぱり昆虫系の魔物が投入されていたのか。あの蠅、本命部隊の一部なんじゃ……とも思ったけどこの世界最高峰の魔術師が手抜かりするとも思えない。やっぱり部隊が3つあったって事か。うわ、面倒くさ。じゃああの時適当に手を出しといて正解だったんだ。


 「それよりも」と続けながらクッキーに手を伸ばし一気に三枚取っていった老人に対して呆れた目線で見てしまったのは、仕方がないと思うんだ。僕の呆れを含んだ目線に対して目の前の老人の瞳は、優しい。優しいけど――もう信用できない。


「君の事も心配じゃ。発見されて狙われるのは――」

「もうお暇させて頂きます」


 僕は椅子に掛けておいたマントを手に取る。大分暑くなってきたけれど、雨が降ると少々肌寒く感じる。保温は勿論、防水の面からしても魔物の薄皮のマントは高性能なのだ。因みに僕のは蝙蝠型の魔物、バディラスの羽の被膜で作られている。前に師匠たちと旅に出た時に買った相棒だ。


 学園長を悪い人間だとは思っていないけど、それと同じくらい良い人間だとも思っていない。魔術師は――研究者、探究者と云った輩は――真理の探究のためにはどんな犠牲も厭わない人間が多い。それが自信を犠牲にする程度で留まっていてくれていれば良いのだが。こう云った真理の探究を至上命題とするような職業に付いている人間が権力を持つ様は恐ろしいと思う。何をされるか解らないからだ。


 別に、直接的に何かされたわけではなかったと思う。だけど、逆に何もしなかった。一定期間、それは勿論様子見の意味もあったかもしれないけれど、魔導師である彼ならばすぐに僕をあの(・・・)解放する事が出来たはずなんだ。彼はそれをしなかった。何か理由はあったかもしれない。もう今更だし、意固地になるつもりもないし、このスタンスを変えるつもりもない。僕にとっては『彼はあの時、僕に何もしなかった』ってだけで十分なんだ。


 暗い色合いの扉の前で立ち止まり振り返る。踵を起点に振り返った瞬間、ふと地面が消えた気がした。

 時々、僕は僕が何処に居るか解らなくなる。不意に、此処が、此処こそが    なんじゃないかと、ふと迎えが来たのかと思う時がある。でも僕の肉体はまだ十分機能していて、魂は未だ肉体に括り付けられて、この世に僕の肉体は在る。

 サァサァと耳を突く雨の音は柔らかくて、朝の日差しは薄い雲に隠されて外は薄暗く、靴底からは柔らかな絨毯の感触を感じる。

 僕は1度目を瞑りふ、と鼻から息を吐いた。それから口を開く。



「僕は、確かに未だ子供ですが、あの頃ほどじゃない。今はもう人だって、魔物だって――殺せる」

「そう云う事を云うておるのではない。……君は未だ……」

「……失礼しました」


 学園長の部屋は一階に在る。来客があった時に一番に迎えられるし、敵襲にも備えられる。招かれていない者が入るのは複雑だが(客や学園長先生自身は何か別の方法があるらしい)、出るだけなら(わり)かし簡単だ。長く続く通路を歩き、透明な壁を抜ければ終わりだ。通路側から見れば石壁にしか見えない場所からズルリと吐き出されている事だろう。この出口、人のいない所にランダムに移動するらしい。取り敢えず入り口とは大分場所が違ったし、ジャドさんから聞いていた場所とも違った。まぁ、沢山出入り口があるだけなのかもしれないけど。


 大分近くなった雨の音を聞きながら出てきた壁を振り返っても、そこには壁に張り付くようにして造られている唯の大理石の支柱が立つだけ。先に通路があるようには、間違っても見えない。


 人の居ない早朝を良い事に思いっきり廊下で伸びをする。2,3回繰り返し大きく息を吸う。雨特有の湿り気を含んだ空気は優しく肺に吸い込まれて行った。土の濡れた重たい臭いも、僕が此処に居ると教えてくれる。


 ……やっぱり僕は軟弱だなぁ。


 ぶはぁ、と息を吐き出し、一度両頬を叩いて気合を入れる。寮に帰って鍛錬でもして、それからご飯を食べにもう一回食堂の方へ来よう。

うっすら陽の差す帰り道を歩いて寮の方へ戻った。


アストロガロス・シニケスって書きましたけど一応グー先生に発音していただいたのでえ、ちょ、なんでそうなった?ってなったらネイブのリスニング能力の低さからです。甘草は名前変えるか迷いましたけど薬って事でまんま。多分原料の方は名前変えます。

一応wikiってきましたけど浅知恵すいません。

違ったら御一報をm(_ _)m




ゲレン…越年草。紅紫色の小さな花を付ける。湿度の高い所を好む。草肥えに良く使用される。蜜が美味しい。


バディラス…蝙蝠型の魔物。羽の部分は防水性なので水の中にも少々居られる。吸血(ドレイン)で体力を、吸魔(ジックレイン)で魔力を吸い取る。洞窟に居る。夜行性。寒さに弱く、羽の皮は保温性もある。一時期乱獲されたが生命力が強くあまり数が減らない内に魔族側から苦情が来たので乱獲が禁止されるようになった。


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