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憑き甘く  作者: ネイブ
1学期
13/34

魔術大会 2

無駄にシリアスになってしまいました。


 僕は静かな食堂で夕食のミネストローネを一匙一匙口に運びながら今日の事をぼんやりと思い返していた。


 あの蠅は僕の当てた爆発で内臓が抉れ、辛うじて若干原型を留めている(複眼辺りとか)が、ぐちょぐちょのまま下に落ちそうで不快だった。云っておくけど、不快なのは僕のやった事に対する始末の美意識と、下に落ちたら沸き起こるだろう(主に女性の)悲鳴の事だ。別に抉れた内臓とかどうでも良い。鹿でも魔族でも必要だったから解体した事あるし。

 スプラッタには慣れているけど(特に女性陣からの)悲鳴はいただけない、僕の精神衛生上の話ね。スプラッタには慣れているが、女性の悲鳴には慣れていないのだ。前回同様腰を抜かしかねない。腰を抜かすぐらいなら良いけど下手したら卒倒しかねないし、その後意識が無い時に女性に囲まれて介抱とかされるとか……やめよう思わず恐怖でスプーンを落とした。

 僕は震える手を抑え込んで、離してしまったスプーンをもう一度手に取った。ぎりぎりミネストローネの中には落とさずに済み、汚れていなかったのでそのまま使用する事にした。変えを持ってくるのが面倒だったとも云う。


 えっと、で、蠅なんだけど、仕方ないから魔力で作った“狭間”を蠅の真下に作って落っことした。蠅の血も内臓も本体も綺麗に収納したし、さて煙に紛れてトンズラするかと(きびす)を返した時、あの五月蠅かった蠅は『大切な物』を爆発で吹っ飛ばしてしまったらしく、ソレはあった。

 ……こんな置き土産、要らないのだけれど、でも置いて行っても面倒くさい事になる気がする。と二重にげんなりしながらも、取り敢えず僕はあの蠅の大切な物――と云うか今回の作戦に於いて大切だった物――であろうエンブレムを“収納”して諸々の結界を解いた。そして“薄弱”を自分に掛け何食わぬ顔で下の階に行き他の生徒に紛れる事にした。


 多少の混乱はあったものの暴発、爆発は割と良くある事なのか、犠牲にしてしまった運の無い可哀想な先輩はその場で失格となっただけで割合スムーズに大会は進んだ。本当、普通に『あーららぁ、暴発しちゃいましたねぇ』『タイミングが悪かったようですね』とさらりと流されて終わった。


 白パンを手に取り、たっぷりのバターとジャムを付けて火の精霊にお願いして炙る。少しだけ焦げ目が付いて来たらありがとうと一言礼の述べて火を止めてもらう。

 火の精霊は構ってもらいたがりなのでちゃんと感謝を述べたりスキンシップを取ったりしてあげないといけない。じゃないと拗ねて何日か現れてくれないのだ。まぁ、それだけじゃないんだけど……やめておこうか。うん。今は食事中だし。食事は真面目にね。

 ほかほかの白パンを半分に割る。バターがトロリと生地に染み込みながら垂れ落ちている。未だ食事中で飢えているわけでもないと云うのに、僕の口の中は(たちま)ち唾液で一杯になった。ゴクリと、溢れてくる唾液を嚥下し、堪らず下から掬い上げる様に――家でなら確実に叱責を受けている――食べると、口の中に広がるバターとジャムのハーモニーと、それを邪魔しない柔らかなパンの甘みに思わず笑顔になった。

 美味しい食べ物は、人を幸せにさせるものだ。(もっと)も、美味しくなくとも、食物を無駄にすることなどしないが。

 バターが垂れないように注意しつつ僕はパンを制覇した僕はデザートのシャーベットを頼んだ。


 食堂でのメニューの頼み方は、実に魔術学校らしくシンプルだ。この食堂では日替わりでメニューが何箇所かに張り出されているので先ず、それを見る。前菜、スープ、魚・肉の主菜、デザートの皿が各々3種類ずつあり、色で分けられている。色とメニューを照らし合わせ皿を選び、ゴブレットをトレーに載せ席に着く。

 因みにこの食堂3学年1000人を超えるこの学校の人間を余裕で収容できる馬鹿でかい広さを持ちながら装飾や置物には一切の妥協が見えない恐ろしい場所である。……幾ら掛ってるかは恐ろしくてまともには考えられない。


 ……気を取り直して、皿の色は赤、青、黄で別れており大抵赤皿が肉料理中心のメニュー、青皿が魚、黄色が野菜となっていてどの色の皿を取ろうと組み合わせは自由だ。

 例えば、今日の僕の夕食は前菜は青皿、スープが赤皿、主菜、デザートが黄皿だ。皿を選んだら席に着いて皿を並べ手を翳して魔力を少々流せば皿に刻まれた術式が反応して料理が厨房から転送される。

 そうそう無い事だが、材料が足らず希望の料理が出来ない場合は『ごめんなさい』と書かれた紙と飴が皿の上に出現する。しかし飴ですら装飾といい味と云いクオリティが高く、寧ろ飴を貰えたらラッキーなぐらいだ。この話を聞いた時、飴ぐらい既製品でも良いよ!仕事しすぎだよ!と僕は思わず涙が出そうだった。そして僕の厨房のみんなへの尊敬度が10上がった。


 この食堂のシステム、最初は上手く利用できない者も数名いたようだが術式自体はごく簡単で魔力量も殆ど必要ないので一週間もすれば皆できるようになっていたようだ。


 ……僕は未だに苦手なんだけど。

 最初の頃なんかこっそり精霊にお願いしていたぐらいできなかった。前にも云った気がするけれど細かい制御が本当に苦手なのだ。

 一応今は出来る。事前に数回の深呼吸と精神統一が必要なだけで。それだと時間が勿体ないし周りから奇異の目で見られるから、だから精霊に頼んでいるだけで、だから僕は大丈夫なんだ。異論は認めない。できるんだから良いんだ。

 それに失敗してお皿割っちゃったから厨房のみんなと仲良くなれたんだし。

 うん、結果オーライ。


 ……魔術大会には何時まで経っても出られそうにない。僕は米神を押さえた。良い加減、肉体の鍛錬だけじゃなくて魔力の鍛錬も行うべきだろうか。

よし、鉄は熱い内に打て。明日の朝から鍛練のメニューを増やして魔術も強化しよう。ジャドさんに何か良い方法はないか聞いてみよう。一応。信用できなかったら当分瞑想の時間にしよう。そうしよう。序に、寮内でどのレベルまでの魔術を使って良いかも聞いておこう。


 しゃりしゃりと果物のシャーベット――柑橘系で僕はこれが一番好きだ――を食べながら、僕は思わず吐いて出た割と大きな息の塊に眉を(しか)めた。

 なんて事だ。美味しい物を食べていると云うのに気分が晴れないなんて、これは由々しき事だ。作ってくれている厨房のみんなにも、失礼、だ……。はぁ、ともう一度溜息を吐く。


 別に僕はこの学園内で何が起ころうと――それに僕が絡んで居ない限り――割とどうでも良い。どうでも良いが、嫌いな輩に対してまで遠慮することはないだろう、とそう云う結論に至った。そう、至ったのだ。だから別に今日行った行動に僕の意思や感情としての問題はないはずなんだ。


 あの気に食わないバズーカは完膚なきまでに分解したし、あの蠅の魔力から行くべきところを割り出してあげて“狭間”から其処に落っことしといてあげた。それが侵入するように云った奴の所なのか蠅の住処なのかどうかは知らないが。やる事はやったのだから、これ以上悩む必要なんてないのだ。

 ……あの先輩に関してはどうやって謝罪しようか悩みどころだが。


 あぁ、そうそう魔術大会の結果なんだけど、やっぱり2人が引き分けてしまったので此方も優勝者無し、と云う結果に終わった。

 ……王女パーティーのポテンシャルの高さには本当に脱帽だ。


 こんな事は学園史上初めてです!とかなんとか放送部の先輩が叫んでいたけれど、そりゃこんな優勝者0が2大会で続く年がそうそうあっていいはずがないだろう。今年が異常なんだ。役者が揃い過ぎている、と僕なんかは辟易してしまうのだけれど、熱狂する人達は大勢いるらしい。


 大会自体は多少の爆発はあったが滞りなく進行した。前述した気もするが大切なことだからもう一回云いたい。申し訳ないくらい滞りなかった。本当に申し訳ない気持ちで一杯だが、仕方が無い。事が起こったのは僕のせいだけど、さらっと流されたのは僕のせいじゃないし。


 毎年は決勝の種目は『竜の制作』となっていて、自分の得意とする術の分野で竜を作ると云う物だ。これもなかなか難しい。普通なら竜など見る事もないので想像で何とかしなければならないからだ(でも僕からしてみればあの的当てよりは難度が下がった気もするが)。

 だがしかし、其処は王族と公爵。見た事があったのだろう二人は、全く同じタイプの竜――王族や上流貴族が使用する運搬用に飼育されている気性の穏やかな風・水属性を持った浅葱色の竜――を同じ属性――公爵は水属性だから良いとして何故王女まで水で行ったのかは不思議だが――同じタイミングで作り上げ、作り終えてしまった。会場中がおぉーと2人に対して感動の歓声と拍手を上げた。示し合わせたかのような――示し合わせても難しいがぐらいの――タイミングだったのだ。


 決勝戦を延長して魔力の打ち合いにするか?と云う先生の案は2人が速攻で拒否した。


 彼曰く『姫に向けて攻撃などできようはずがない』と。辞退を申し出た。

 姫曰く『友に向けて攻撃などできようはずがありません』と。辞退を申し出た


 ……少々公爵の長男が報われていない様な気もするが、まぁ仕方ない。天然ほやほや純粋培養で育て上げた自分達を恨むべきだ。ざまを見ろ。

 それは置いといて。2人が辞退すれば、優勝者は0になってしまうわけで、繰り上がりで3位になった人間に云うとその人も辞退を申し出てしまった(そりゃ此処で優勝ってなったら総スカンだしね)。そんな訳で今年は引き分けと云う事にして場を収めた。と、なんとも云えない感じで幕を下ろした。

 そうなんだ。(僕的には)なんとも云えない結末ではあるが、最終的に準優勝2人、優勝者0人で決着が着いた。着いてしまった。見目麗しく権力もある2人の準優勝者に何故だか僕以外のみんなのボルテージは最大級になっていた。……()せない。

 僕だけ何時も通り蚊帳の外で部室にて大人しくゴロゴロしてた中、学園では今回の魔術大会の興奮冷めやらぬうんたらで無礼講な大宴会が催され、みんな疲れて早々に引っ込み(そりゃ日中あんだけ暑い中声の限りに叫びまくって宴だなんだと騒げばそりゃ疲れてお開きにもなる。寧ろその宴会開こうっていう体力に脱帽だ)現在食事終了時間30分前、利用者独り、なんて状況である。

 いや、良いんだけど、良いはずなんだけど……何だろうこの疎外感は。可笑しいな。こんなはずじゃないんだけどな。


 最後に野菜ジュース(黄色野菜のブレンドで今のお気に入り)を2杯お代わりして食後の御祈りを唱え席を立ち、食器を返却カウンターに返した。厨房のみんなに一言挨拶して(彼らは話してくれないけど、ちゃんと意思が伝わってくるから大丈夫だ)食堂の大きな扉を押して出た。廊下に灯された規則正しい明りをぼんやり眼に入れながら生温かい静かな空気を割って進む。


 食前、食後の祈りは毎日している。それは、この目の前にある食事は僕が生かされている証しだと思うから。数秒の黙祷。近年食前食後の祈りは時代遅れなんて云われるようになってしまったけれど毎日、食前食後、それから目覚めた時と寝る前に我らが主に。

 でも時々、本当に時々なんだけど、黙祷じゃない『御祈り』をしたくなる。

 例えば嬉しい事があった時だとか、腹立たしい事があった時だとか、誰かの誕生日だとか――ナニかを殺した時だとか。


 誰かを殺さないと生きていけない。誰かを守れない。僕は皆幸せにしたいなんて思えない。人は嫌いだ。怖いから。またあんな事(・・・・)になったらと思うと、どうしても近付く事が出来ないし、それ以上にアレ以降人を信じる事が出来ない。

 だから誰かを殺す事なんてできないなんて云えない。今更だし。これまでそうだったように、これからも僕はそうやって生きていくだろう。……僕が明日にでも死なない限りね。


 だからと云って、別に僕は人間全員が嫌いなわけじゃない。

 父や母や弟、教育係、ガーブ先生、師匠、精霊達。僕が実家に居た時の僕の全て。

 みんなみんな眩しくてキラキラしてて沢山の魅力を持っている。狂おしいぐらい、妬ましくて羨ましくて疎ましくて――愛しいくらいに。


 こんな僕に。己が邪魔だと理解しているのに死ぬ事も出来ない、黙って殺される事も出来ない、中途半端でお荷物な僕に、良くしてくれる愛しい人達。僕はぐずぐずおろおろするだけで何もしてあげられない。した事と云えば――災厄を運んで来ただけ。それだけの、厄介者だ。


 僕の事を良く知りもしないで友人になろうと云った王女様は、無謀だし、考えなしだ。王女としての振る舞いも自覚も足りてない。それが周りにどれだけの迷惑と心労を与え、無駄な労力割かせるか、解ってない。上の者としての振る舞いではない。決して。


 僕は華美なフレスコ画と豪奢な彫刻の施された玄関ホールを抜けて星空の下に出た。静かに大きな月が照らす地面の上で虫達の求愛の声があちこちから聞こえる。

 もう夏だ。生温かな風が頬を、足を、髪を撫でずっと向こうに飛んでいく。紺碧の海に沢山の光が瞬く。


――空に浮かぶ紅と青白い2つの大きな月に違和感を覚えなくなったのは何時の事だったろう。

 一瞬、呆然と空を眺める。

僕はどうしたってちっぽけで、断罪される事を恐れてる。判決のその瞬間が来ない様に、一生懸命逃げている、薄汚い人間だ。


 自分や大切な人間に害を与える、与えそうなモノには嫌悪や憎悪と――殺意しか、抱けない。護っているつもりで、危害を与え、木綿で包んでもらって大切にされている。自分が一番の害悪だと云うのに、なんて滑稽で、子供で、我儘で、ちっぽけな事だろうね!


 自分の人生さえ(まま)ならない癖に、人を勝手に助けようだなんて。

 大切な人達に危害しか与えられない癖に、偉そ気に弁舌垂れるだなんて。

 彼女の幸せを、笑顔を思うだけで、心から満足して満ち足りているだなんて。


 なんて、分不相応なんだろう。


 でも、あの綺麗な笑顔に、魂の美しさに、僕は惚れ込んでしまったんだ。

 だからしょうがないんだと、僕は何かが零れ落ちそうになるのを、奥歯を噛み締め必死で押し留め、寮へと静かに足を向けた。

 生温かい風が、髪を巻き上げて双月へと飛んで行った。


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