魔術大会 1
途中から視点がとある不運な先輩に変わります。
読み辛くて申し訳ありません。
まぁ結果として僕が勝ったんだけどね。
目立つのが嫌なんだったら、適当に手を抜いて負ければ良かっただろって?
それは僕も考えた。実行しようと思ってた。でもね、サートン先生が試合直前に「あー今度兄貴に会うんだよなー色々近況伝えねえとなー」とか云い出した所為で本気にならざる負えなかったんだ。
サートン先生の兄、ガブゴリオ・サートン――僕はガーブ先生と呼んでいる――は何時もは気の良いオジサンと云った風でありながら、いざ剣術を教えると云う段階に入ると本当に怖い人になる。
あの人の授業(と云うか修行)は基本的に容赦がなさすぎるのだ。僕は何度か屍(あまりにも疲れて起き上がれない状態)にさせられた。
もしガーブ先生に手抜きな戦いがバレたら、たかだか屍状態では済まないだろうと云う事が予想される。戦略として本気を出さない事は気にしないが、貴族や階級上の体面を気にして本気を出さない出させない輩は許せない、と良く云っていた。そして僕が目立つのを嫌って手を抜くとそれはもう烈火――もしくは悪鬼――の如く怒り狂ったのだ。
本人が騎士時代に平民と云う事で大分苦労をしたからこその台詞、行動なのだろうと納得はする。納得はするが、トラウマが消えない。本当に怖かったんだ。いや、良い修業になったとは思うけど、あれは一貴族が受ける教育ではなかったと思う。確実に。
お陰で常に本気を出していないとガーブ先生が何処かで見張っているんじゃないかと気を抜けないどころか剣すら抜けない心理状態になってしまった。いや、必要なら抜くけど、生半可な用事では抜けない。恐ろしすぎて。
……思えばよくあの鍛練の日々――鍛練って云うか実地で旅だったんだけど――の中で今まで死ななかった。精伝令で良かったと、心の底から安堵した。今。
ありがとう僕のお友達!
それにもし手抜きってばれなくても、たかだか同世代の男2人に負けたなんてガーブ先生に知られたらそれこそもう一回修行の旅と云う名の地獄の巡業が待っている事だろう。僕はもうオオツノネツトカゲの巣に命綱なしで落とされるなんてごめんだ。
そんなわけで精神的にかなり追い詰められていたが体力満タンの僕。対して、あの2人は今日の午前からずっと連戦だったのだ。そりゃずっと中で涼んでいた僕が勝つだろう、と地面に這い蹲る二人から目を逸らし、傾いて来た陽を見ながら思った。
しかしそこからが問題だった。彼らは『学園長の知り合いの弟子』探しをし始めてしまったらしいのだ。
最近実家から来た伝書竜が携えて来た手紙の中に書いてあったのを見た時本当に吃驚した。
手紙によると彼らお抱えの諜報部隊の様なのも出ているらしい(良く考えて欲しい。皇子のところの諜報部員と云う事は、軍事大国の……いや良く考えるのはやめよう。自分が可哀想になってしまう)。父と母は話半分に書いていたけど当事者の僕としては笑って済ませられる問題じゃない。夜中にぞわりと背筋が冷えた。
が、灯台もと暗しとはまさにこの事。僕は学園内にる為外を探したところで出てくるはずがない。……そうだって、信じてる。
流石に学園長やサートン先生も余計な事は云っていない様だが、取り敢えず僕を見て時々ニヤニヤしているサートン先生。あいつ何時か絞めてやる、と少し思った。思っただけだが。
反省した僕は校長達につけいらせない為にも、今度の魔術大会にはちゃんと観戦に来ていた。
暑い上に良く見えない事甚だしいと一番不人気な格闘技場の最上段で精霊達に頼んで“温度低下”と“日差し軽減”、“薄弱感”の結界をこっそり張ってもらった上で、だが。もうあんな目に合いたくはない。真面目に(とは云い難いかもしれないけれど)、しかし誰にも煩わされる事なく僕は大人しく観戦していた。
そんな中、侵入者が入って来た。
普通に目の前に飛んできたのだ。
この分だと偵察みたいだけど、僕が手を出さなくても良いよね。こう云うのは先生達の領分でしょ。勝手に手を出して変な事になっても困るよね。僕はスルーする事に決めた。
しかし目の前に出てこられると流石に邪魔だなぁ、と僕は観戦しながら思った。誰か――どうせターゲットなんだろうけど――を探しているらしく真ん中の方を飛び回っている。五月蠅いなぁ……と僕は少々辟易したが無視することにした。
魔術大会には王女様も出ていた。これは武術大会の様に直接術者と術者が対決するものではなく、的当てや要求された事柄を如何に精確に確かな威力で行うか、という事を競う物で女性でも安心な大会だ。王女様以外にも何人か女性の魔術師の卵達が出場している。
今の競技は的当て。因みに的は不規則に移動している。
……高速で。
残像が見えるほどではないが、正直真ん中を射抜くには骨が折れる――というか純粋な力で云うなら僕にはできない(精霊に頼れば何とか、ぐらいかな)。すんごく難しい。だからこれに関しては勉強になると思ったし、来て良かったとも思った。
僕は魔術は苦手……というか、魔力の細かい制御が苦手なのだ。一応扱えない事もないけど自分で使うよりも精霊たちを介して行った方が数段早い上に安全性も高いのだ。
云い訳をするなら、基本的に所持魔力が多すぎて絞り込んで使う事が下手なのだ。出力から比べて締まり方が弱いのかもしれない。
上手い事直らないのが嫌になって放置しているのが一向に上手くならない原因だと解っているしやる気もあるつもりなのだが、なんだかんだ苦手意識が先立ち後回しにしてしまったせいで現在、と云うわけである。これでも直したいとは思っている。一応は。
『動き止めれば良いんじゃないか』と思った人。そんなのルール違反に設定されてるに決まってるじゃないか。術を使用しないで武器とかの持ち込みによる破壊(その場で作ったものは別)や、的の動作を止め的を当てる、人を操ってその人に当てさせるとかは禁止。それ以外は原則許可されている。
あと的当てに関して云えば的は原形を残していないと減点される。何処を打ち抜いたのか解らないからね。威力制御も大切な評価ポイントなのだ。
そう云う訳でそこいらの小動物より動き回る的(因みに立て横は勿論の事奥行きまで足された3次元移動)を精密な魔力制御によって相手にしなきゃならない。5つある的に攻撃が当たり、それが中央に近いほど得点は高い。因みに的の中央の大きさは太った鼠くらい。何が云いたいかって云うと、満点を取るのはすんごく難しいって事を僕はもう一度云いたい。大切な事だから2、3回云いたい。すんごく難しい。
しかしそんな難度の高い的当てに関しても、王女もヴェルフォンガ公爵の長男も上手い事切り抜けているようだった。しかも満点ばっか。どう云う事だ王女パーティー。体術大会の時も思ったけど、初期レベル高すぎないか?今まだ1年生だからね?
それにしても良かった。魔王が魔物を嗾けて世界を征服しようとしているとかなくて。因みに魔王も魔物も居るけど住む場所が離れている(地下と地上)から特に接触はない。寧ろ仲良く交易してる。まぁはぐれ魔物が棲みついて人間に危害を与えていると云えば与えているけど。
もし世界征服を企む魔王が今世にいたとしたら、もう憐れで見てられない。師匠や先生もいるし、征服活動3日で終わるんじゃないかな。
ふ、と目を細めて居もしない魔王に同情していると、精霊たちがきゃあひゃあ騒ぎながら真中へ集まって行くのが見えた。
どうやら王女も僕と同じで全属性の“精伝令”らしく、彼女の周囲には精霊達がふよふよと集まり、浮かび、漂いながら彼女の手助けをすべく動き回っている。今彼女は土で飛礫を作成し風の子に当てるのを頼んでいるようだった。まぁ妥当な判断だろう。僕もきっと同じ様な事をするだろう。人間が自分でやるより大気に漂っている彼らの力を借りた方が賢明だからだ。
土の飛礫を練るまでのスピードが速いのでやはり才能を感じさせる所ではある。取り敢えず精霊を使用するなら唱えずとも連携できるのが理想だと思うが……。まぁ、許容範囲内だろう。
ヴェルフォンガ公爵の長男のやり方は正直度胆を抜いた。先ず自分の魔力で造り出した粘度の高い水を的に張り付かせ、そこから形状をドリルの様に変形させ、粘度の高い物から氷へ変質させ真ん中を刳り貫く、と云うものだ。成程、確かにそれなら『的の動きを止めてはならない』という条件もクリアできる。しかしその発想も然る事ながら、彼の行った事は技術的にも大変難しいものだった。
水の性質転換は応用が多岐に渡るからこそ魔力のちょっとした流れですぐに状態変化が起きてしまう。例えば氷なんかはすぐ溶け始めてしまうし、魔力を過剰投与すると周りの物まで一気に凍りつかせてしまう。……粘度の高いあの液体は、まず作るのが難しそうだ。何が混ざっているんだろう。
取り敢えず僕にとっては水の性質転換は使用が非常に難しいもので、それを的確に行った上で、発想、発動、全てが迅速だった。才能と努力の跡が見える。きっと色んな気候で性質転換の練習を行ったからこそあれだけ安定して変化させられるんだろう。
正直魔力量に関しては少々多い程度で王女とは比べ物にならないが、それを補って余りあるアイデア力と努力だ。惜しむらくは術を練るまでの時間――詠唱時間――が少々長い事だろう。今後の熟練度に期待、と云ったところか。
そうやって僕が真面目に考察している間にも侵入者――蠅――は五月蠅く飛び回っていた。気付いていないのは解るけどもう少し警戒しなよ。君の行動丸見えだから。
少々苛立たしい気持ちになり頬杖を付きながら五月蠅い蠅を観察する事にした。観察と云うか、目に入ってくるから仕方なく見たと云うか……。まぁそれは置いといて。
蠅は何か筒状の物を構えていた。形状としては銃……むしろバズーカに似ているように思えるけれど、それにしては筒が細いし、魔力の高まり方がおかしい。魔力をあまり……と云うか全然感じない。
うーん先生達もしかして気付いてないのかな。これだけ気配がないと、離れていると難しいのかもしれない。流石に打つ段階になったら邪魔しようかな。僕はブンブン飛び回りながら何度も筒を構えたりターゲットを探したりと忙しない蠅を唯ぼぅっと見つめた。そして暇な僕は蠅の構えている武器についても無駄に考察を開始した。
しばらく観察してどうやらあの機械は呪術の力を圧縮・加速させ相手へ届かせる為の物の様だ、と云う事に思い至った僕は眉根を寄せた。
確かに呪術式なら先生達に気付かれにくい。しかし呪術と云う奴は発動には勿論、確実に術式を対象に届かせる為には色々と犠牲が付きものなのだ。これも多分何人かの生贄が使われているんだろう。強い呪術みたいだから、もしかした生贄は数人では済まされないかもしれない。
生贄にされた人達は、大概が運がなかった人だ。御愁傷様と云う他ない。僕は自身の魔力を高めながら『五月蠅い蠅』から『嫌悪』の対象に移った蠅を見据える。
僕はこういう事をする馬鹿な輩が一番嫌いだ。
やるのなら自分の実力だけで事を起こせば良いものを、努力もせずに相手を倒そうとする魂胆も、自身を高めず他の生命を犠牲に何かを成そうとするその根性も気に食わない。こんな阿呆な輩は悪魔に憑き殺されてしまえば良い。
僕はもう1度下を覗き込んだ。下では王女や公爵の長男みたいにばりばりやっている者だけではない(寧ろそんな奴らばっかりだったら怖い)。今は予選の段階なので明らかに雰囲気に呑まれてワタワタしている人が居た。申し訳ないけど、あの先輩(ネクタイの色で判断する緑だから1つ上だ)を利用させてもらおう。
彼が魔術を放つその時に強い風を起こす様風の子に頼む。僕は結界の質を少し変化させて“魔力隠蔽”を掛け、序にちゃんと己の根源から魔力を高める。そして最後に糸を彼に伸ばしてスタンバイ。
+ + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +
(うわぁ、なんだこれ……レベルが違う)
俺は軽率に魔術大会に出た事を後悔していた。
今年からは『至高の姫』と『氷の白百合』が居る事をすっかり失念していた。いや、すっかりとまではいかないんだけど、まさか予選で同じ組になるなんて。
レベルも素質も俺みたいな凡人とは比べ物にならない。同じ場所に立っている事すら苦痛だ。
……一応、これでも先輩と云うか、年上としてのプライドがあるんだ。他の奴らの浮かない顔を見てみろよ。俺だって同じ顔をしてる。そんぐらいの自覚はあんだよ。なんでそんなすげぇ事がんな短い詠唱でできるんだ?いみわかんねぇ。
俺は天を仰いだ。雲1つ見えない真っ青な美しい空が見える。
あぁこんな予選早く終われ。こんな、優勝がこんなにも絞られてたら大会なんてする意味がないじゃあないか。
名前を呼ばれ前に出る。どうせ当らないんだ。さっさと終わらせよう。
すっと持っていた俺の相棒であるロッドを構え、詠唱を行い魔力を高める。慎重に、ゆっくりと確実に。焦って暴発なんて恥な事起こさない様に、気を静めて頭の中に思い描いた風の矢を固めた魔力で顕現させようとした時、俺が浮かびそうなくらいの突風が吹き荒れた。俺は思わず顔を庇い、両手を上に上げた。
ドォーーーーン
「なんだ?!」「きゃあああああ」「魔力が暴発したぞっ」「何やってんだー!」
(いやいや、何云ってんだあんな量の魔力でこんな事起こるわけ……えぇ?本当に、俺?)
「……なんだこれ」
俺は収まった風の中でペタリと膝を付いた。
オオツノネツトカゲ…5~10匹で巣を形成する。火山地帯に穴を掘って生息している。巣の内部は地表から深い所に在り、マグマが吹き出ていたりするので侵入の際は十分注意が必要である。間違っても軽装備で命綱なしに放り投げて良い場所ではない(クェイ談)。額に生えている大きな角から火炎放射が放たれるが、実は尻尾の方が火力は強力である。主食は岩。人間も食べれるけどそんなに好みじゃない。来たら食べよっかな?くらい。あまり目は良くない。赤外線ならぬ魔力線で仲間とそれ以外を感知する。
クェイが放り込まれた巣は大規模だったので20匹近くいた。
伝書竜…成竜も人の頭サイズ。色取り取り。小さいからって弱いわけではなく魔力制御が上手な種なので鍛えれば強くなる。大体背や肩にかばんをかけてその中に手紙を入れて運ぶ。貴族は大抵1~3匹飼っている。とってもプリチー。クェイ専用の伝書竜は白くて目が青い子。クェイ激ラブ。来るとクェイにしがみついて離れない帰ろうとしない。見つめられると「この手紙届けて…」と云えないクェイは基本、小動物系に弱い。