体術大会 ※
3人称視点となります。
焦げ付く太陽の熱気を追い越す様な声援が格闘技場を包み込んでいた。
学校行事で使用される機器類は技術コース、もしくは技術系部活の試作品――とは云えコストを考えなければ製品化できるレベルの物――を原則使用している。今大会でも例に洩れず、放送部が使用している機器もまた、技術コース3年魔機器発明部員の珠玉の作品である。
製品名は【花伝え(はなづたえ)】。形状は猫の頭ほどの大きさだが花に似ており、その花弁の中に向けて声を発すれば、格闘技場内に設置されている専用機器によって声が拡散される、というものである。応用すれば建物内の無線などに使えるのではないかと期待されている。
クェイはこれを“拡大”、“伝達”、“分散”を無駄なコストを掛けて行なった、あくまで試作品の域を出ない作品、と称していたが、来冬から商品化の決まっている期待作だ。
そんな器具を両手に持っているのは放送部3年、ロドリゲス・マーズフ・テイラーと、2年生部長ナニー・バロネ・ペイカ―。2人は不測の事態により生じたインターバルに興奮気味に解説を始めた。最も、興奮を表に出していたのは片方だけで、もう片方は不甲斐ない相方を小突いて諫めていたのだが。
口火を切ったのは小突かれていた方ことナニー・バロネ・ペイカー。彼女は少々ミーハーなところがあり、今大会が部長になって初めての実況である事も絡み、興奮が抑えきれず何度かきゃあきゃあと叫んでしまっていた。そしてその度にキャリアも長く完璧主義のテイラーに小突かれている。少々癖のある茶髪を、緩く可愛らしいお下げにしている女の子。少し垂れ目がちな大きな目と高めの甘い声、バロネ(男爵)だが教養を覗かせる美しい仕草。あと、何と云ってもその容姿の可愛らしさからファンクラブが存在する。しかし彼女自身は己のファンを「うざったいのよ」と鼻で笑って蹴散らしている中々の男前である。現在、魔術コースに在籍している。
『さぁ夏期体術大会、たった今決勝戦が終わったところでございますが!まだ優勝者は決しておりません!!』
『今大会ではお隣ジェロンド帝国から神童との呼び声高いチェインリヒ皇子と我が国最大の商家ガランデリア公爵家からセリュドラ様が登録なさっており、先ほどの決勝戦では両者一歩も譲らず劇的な引き分けで終わりました』
『しかし!なんと学園長先生の知り合いのお弟子さんと云う謎の人物と、引き分けたお二人に対戦していただき、先に膝を付かせた方を優勝とすると!まさしく前代未聞の事ですっ……ぃっ』
「……すみませんでした先輩。ところで、学園長先生のお知り合いのお弟子さんについての情報が全く入ってきていないのですが――」
抓られた腕を擦りながら機器から口を離し困惑するナニーの声に、先輩であるロドリゲスは機器を口元から外さずに(・・・・)ニヤリと笑い自身の額にかかっていた髪を払いのけた。それから少々芝居がかった仕草で懐からメモ用紙をとり出し取りだしたメモ用紙をキョトンとしている後輩に見せつけた。
ロドリゲス・マーズフ・テイラーは学園でも有名なナルシストである。将来は舞台俳優になる事が既に決定している為、3年生ではあるがギリギリまで部活に残ることを決めている、放送部、演劇部掛けもちの青年である。彼はナルシストだが唯自己満足的に自信を賛美するだけの者ではない。『自分が理想とする自分』である事に努力を惜しまないため勉学容姿ともに高い水準であり、根は(・)良い人間なので友人は多い。彼に関しては皆一様に「一周すれば良い奴だと思えてくる」と口を揃える。王都に家を持たないマーズフ(辺境在住の子爵家)なのがコンプレックスで嫡男ではあるが家を継ぐ気はないと宣言している。彼の家は子沢山で弟妹も多いためそこまで問題にはならず、ロドリゲスもそれを解っていて云った節がある。
後輩であるペイカーは、初対面時からキャラ的に面白いと感じていたし、後輩に無駄に厳しくしたりしない(勿論完璧主義者なので失敗すると烈火のごとくキレるが)し、中々ストイックに自分を追い込んでいくところに好感を持っていた。恋愛感情は一切ないが。なのでペイカー後輩はテイラー先輩に関して不満は殆どない。今回の若干うざったらしい言動もさらっと流した。
唯、それさえしなきゃモテるのに勿体ない人だなぁ、と何気に一番酷い事を思っていたりもするのだが。
「ペイカー君。実はだね、先ほど学園長先生からメモを渡されたんだ」と自分も器具から口を話して後輩に伝える。
この器具の難点は口の周囲に花弁を縁取った形の痕が残る事である。皆さんの想像通り、髪を掻き上げて恰好を付けるロドリゲス・マーズフ・テイラーの口にも「おぉ~」と適当な歓声を上げるナニー・バロネ・ペイカーの口の周りにもくっきりと痕――頑張る子に、と桜形に押される判子と同じ型――が付いている。ロドリゲス・マーズフ・テイラーはさっと口元の痕と同じ位置に器具を持っていきメモを読み上げる。彼の美意識として、こんな奇妙な痕の付いた自身の顔を他人に長時間晒すのは我慢がならないので最小限に抑えているのだ。
『我々が掴んだ情報によりますと、学園長先生のお知り合いのお弟子さんは我々と殆ど同年代で今回はたまたま学園に見学に来ていらっしゃっていたそうです。お知り合いのお弟子さんに学園長先生からエキシビジョンに出て頂こうとオファーし、それにあちら側が快諾して今準備中だそうで……あ、出てきました!』
この格闘技場の放送席は移動式である。円形の観客席の2階部分は移動用としてぐるりとレールが敷かれており、専用のパネルに魔力を流し込めば位置移動が可能である。しかし動けるとは云っても大半の対戦は中央で行われるため移動する必要もなく、生徒達からすれば一番良い席を無駄な形で独占していると不満たらたらである。
そんな放送席だが、今回はその無駄な性能を生かして真下から出てきた何者かを見るべく反対側へと高速で移動した。テイラー&ペイカーの放送席組が何かしら言葉を発する前に生徒達は自分達の視角から入った情報にざわめいた。
『あの方が今回の我が校の決勝戦の相手の様です』
『この暑い中さらに暑そうな装備ですねぇ』
会場内に出てきたのは鎧だった。
このじりじりと照りつける熱気の中、フルメタルアーマーを着用しているとは、かなりのドM――いや、忍耐力のある人物の様だ。
その人物の身に付けている鎧兜自体、あまり美しい様相ではなく、それは禍々しいと形容するのが相応しい有り様だった。
頭部には幾本もの赤黒い角が付いており、一際大きな側頭部から出ている2本の角には細かな棘がついている。鎧兜だけでなく、肩当てや胸当て、脛当てなどにも何故か角が付いている。体当たりなどをすれば実用性があるのかもしれないが、あの重くてゴツい鎧を着て肉弾戦などまともにできるはずがないので装飾である可能性が高い。しかし正直質素とも云えないが、華美とも云えない、中途半端すぎる装飾だと芸術コースの生徒は憤慨した。鎧全体の色味はこの暑い中更に光を集める黒。外套も黒。角やら肩当てなどは赤黒く、禍々しいにも程がある、とても趣味の悪い――基、特殊な趣味を持った人物のようだ。
腰に装飾の少ない細い剣――明らかに学園の模擬剣のレイピア――を差しており、それがまたアンバランスであった。
『見たところ、フルメタルアーマーのレイピア使い……なのでしょうか?しかし通常、と云うか常識としてレイピアを使うのならスピードが阻害される重装備ではなく軽装備でヒット&アウェイに行うものであると魔術コースの自分なんかは思うんですけど、どうなんでしょうかテイラー先輩』
『芸術コースの人間である私もその様に認識しています。あぁ解説の先生が未だお戻りになられていないのが口惜しいっ』
放送部には現在、体術系のコースに在籍している部員が居ない(と云うよりも体術コースで文科系の部活に在籍している人間が殆どいない)。その為体術大会の際は体術の講師であるサートンが一切の解説を受け持ってくれていたのだが、そのサートンは先ほど準々決勝辺りで学園長に呼ばれてから席を外しており解説に参加していない。一応1年生の時に一般教養を一通り終えている(体術や芸術なども含まれている)ため、基本的な事は2人にも解る。今までは基本的な事を解って居れば問題もなかったのだが、流石に重装備でレイピアを扱う意図は素人には解らない。専門家が居ない事に2人とも歯噛みした。彼らは部活だなどと侮る事はない。プロ意識が高いのだ。
そも、芸術コースなどに通っている生徒と云うのはそう云った芸能関係に進む事を希望している生徒がである。放送部にはナニー・バロネ・ペイカーの様に芸術コース外の生徒もいるが大半の人間がプロになるべく切磋琢磨しているので自然と全体の意識、技術が高まっているのである。
ペイカー&テイラーは少々感情を発露させたがそれも抑え込み元の調子に戻した。長々と自身の想いを云ったところで視聴者(この場合は観客)は納得などしないのである。
『まぁ、相手がどれだけ奇抜な格好であろうと、我が学園側が負ける事はないでしょう』
『そうですね。先程あれだけ素晴らしい戦いを見せてくれたお2人ですから』
放送席の上の方から歓声が上がった。どうやら学園側の2人が入場したようである。
放送部員2人は自分の頭よりも大きな花弁を持つ手にグッと力が入るのを感じとりながら更なる解説を進めたのだった。
「……なんだ、アレ」
「我が訊きたいくらいじゃ」
「このくっそ暑い中アレって、馬っ鹿じゃねぇの」
「ふむ。見たところ、特に魔術付加されておる鎧でもないようじゃの……我らを、舐めておるのかも知れぬなぁ」
チェインリヒはさも愉快そうにニヤリと口角を上げながら「どうやって潰してやろうかの」と苛立ちのまま思わず呟いた。
口角を上げると帝国人独特の長い犬歯――と云うよりも牙――が露わになり本人は美意識に反すると何時も扇を手にしている。しかし生憎と、いまそんなものは手元に無いため彼の普通の人間よりも長い犬歯は剥き出しである。冷たい金色の瞳は縦長に瞳孔が開いている。帝国の民――竜の血脈を受け継いでいる者達――特有の現象であり、身体的特徴であった。
セリュドアは隣で竜の血を濃く受け継ぐ友人が、己のプライドを傷つけられ憤っているのを感じたが、敢えて触れずに目前の敵を具に観察し己の剣をゆっくりと抜いた。
この大会が始まる前、つまり今日の朝。自分の愛しい、愛しすぎる姫が「頑張って」とあの麗しの頬笑みを浮かべ、自分を激励したのだ。そして今、自分の大切な姫はこの戦いを見ている。優勝以外の結果なんてあり得ない。友人であるこの男に負ける事も、目の前のふざけた鎧男に負ける事も、何もかも全部。
チェインリヒが剣に炎を付加させると、技場のテンションが上昇していく。しかし黒鎧と相対している2人はその周囲の高揚感とは裏腹に己の腹深くへと岩が沈められる様な不快感と、ピリピリした緊張感を感じ取っていた。
――――隙がない。
まだ試合は始まっていない。しかし彼等の勝負はもう始まっていた。一切の隙無くそこに佇む黒鎧に、示し合わせた訳でもないのに2人同時に舌打ちが漏れた。
「おぬしはどう責める気かえ?」
「てめぇこそ」
「やれやれ……なかなか、難儀な者と当たってしもうた様じゃのう」
「同感だな」
セリュドア達の会話も聞こえているだろう黒鎧だが、全く微動だにしていない。本当に人間なのか疑わしいと2人が思っていると俯いていた顔が少しだけ上に上がり、鎧の隙間から覗いた金糸雀の舞飛ぶ深緋色の瞳を見た瞬間、2人の内からその言葉は掻き消えた。
この男は、強い。
それも、かなり。
ごくりと己と隣の友人の喉が何か(・・)を嚥下する音と試合の始まりを告げる声を聞きながら、2人は目の前の黒鎧に向かって飛び出していったのだった。
次回からはまたクェイの一人称になります。
はなまるそーせーじのCMがローカルネタじゃないと信じています…。
ローカルネタ(中国地方)だったらすみません。
【花伝え(はなづたえ)】
猫の頭ほどの大きさで花に似ている。花で云うなら雌しべor雄しべの部分にマイク(の様な物)があり、そこで音を拾う。スピーカー的な役割を果たす専用機器で声を拡散する。応用すれば建物内の無線などに使える。この世界では基本的に口頭か書簡で(緊急時には鐘の音とか色々あるが)情報伝達が行われているのでかなり画期的。来冬から商品化の決まっている期待作。
難点はスイッチのオンオフができない(主電源?から落とさないといけない)事と口の周りにめっちゃ痕が付く。これは容器内側は魔力が放出されているため密着している部分に負荷がかかり赤い痕が出来ている。
イメージは瓶とかペットボトルとかコップとか口付けて(隙間ない様に密着させて)息吸って顔に張り付かせる奴。あれが終わった後顔に痕が残る、そんな感じです。