体術大会 2
「どうですかなサートン先生。この子なら申し分なかろう」
「確かにそうですなぁ」
僕の背後では和やかに昨日僕が焼いた秘蔵のプチシューが消費されている。
くそぅ。どうして此処がバレたんだ。居なかったからだろうけど。でもちゃんとジャドさんに協力してもらって休みの届け出、出したのに!どうして来るんだ!どうして僕の平穏と少しの好奇心を満たさせてくれないんだ……!
僕は生徒に入れさせた茶をのほほんと飲むしょうもない大人2人を恨みがましく思った。しかし非は此方に在ることが明白。と云うわけで黙ってお茶を入れていた。
外の日差しが眩しい。あぁ、今からこの下に出るのは憂鬱だなぁ。でも此処で見つけただけではいさようならーなんて簡単に終わるはずが無い。取り敢えず今からでも技場に行かないといけないのは確実だろう。僕は溜息を吐いた。好奇心は猫を殺す。悪い事への憧れは、容易に表に出すべきではなかったのだ。
「エキシビジョンに……僕が出ろぉ?!」
3人分のお茶を淹れて、さぁどんな罰則を云われるんだとビクビクしていた予想斜め上の回答を貰い、思わず素っ頓狂な声が出た。いや、あのですねそんなにうんうんとばかりに頷かれても……拒否って云う選択肢はないんだろうか。
僕が眉間に寄った皺をぐりぐりと解していると、先ほど僕に剣を向けてきた体術のサートン先生(本物)は短く刈り上げた頭を掻きながら僕へ釘を刺してきた。
「勿論拒否しても良いが……まぁサボってるのを見つけちまったからなぁ。先ずレポート10枚と走り込みと各種筋トレは必須だな。それとこれから俺の組み手の相手は全部ゴドルィックになる。いやぁ久々に良い相手を見つけた」
「ほほほ、楽しみが増えるのは良い事じゃのぅ」
「………………………………ヤラセテイタダキマス」
サートン先生は良い人だと思う。しかし熱すぎる。組み手の相手は是が非でもご遠慮させて頂きたい。何故ならば、授業中に他の生徒よりも叫ばないといけないからだ。
サートン先生は気合を入れるために授業中に最低3回は「腹から声を出せー!」と叫ぶ。そして生徒に「うぃっす!!」と云わせたがる。
……そのせいで授業始めに校舎側へ声が飛ばないように結界を張らなければならないのだが。
基、先生の組み手の相手にされた場合、当然見本として周りの生徒よりも組み手をする回数が多くなり、且つその際に声量で必ずと云って良いほど注意を受ける。詰まり人の倍は叫ばないといけない(らしい。ケリーが先輩が云っていたと云っていた)のだ。1年生時では先生と組まされるような事はないらしいが、それでも権力によって僕が相手役に選ばれないと云う保証がたった今無くなった。僕の不運さなら、あり得るかもしれない。
それと僕はもう1つ先生には逆らいにくい理由がある。
ちらりと先生の顔を見てからすぐに視線を落とした。
僕が学園に上がる前、実家の方に剣術の師として来てくれていたのがガブゴリオ・サートン。サートン先生のお兄さんだったのだ。そして2人は(流石に完璧とまではいかないけど)顔の作りが瓜二つなのだ。違うのは髪の長さや髭と云った付属品で、それ以外は特に違わない。
そのお陰(?)で僕のサートン先生に対する心理的障壁は最初から大分低かった。ガーブ先生と激似なサートン先生が云うのならどんな理不尽な事もあぁ、先生が云うんなら逃げられないし、どうしようもできない。全うするしかない。仕方ない。仕方ない、が……これだけは主張しておなければならない、と僕は挙手をした。
「せめて誰か解らない程度に変装させてください」
「あぁ、それならこっちでもう用意してやってるよ。学園長先生がな」
あぁ、それは用意の良い事で。
……アレ?僕、もしかしなくても嵌められた?
しかしもう了承の返事を返してしまった事だし、此処まで来たら、なる様にしかならない。僕もさっさと着替えをしに技場に行く事にして重い腰を上げた。実際さっきの手合わせで腰を打っていたので若干痛みが残っているので比喩だけではない。勿論、比喩の意味で取ってもらっても何の問題もないが。
学園長先生が技場に変装道具を用意してあると云っていたので真夏の太陽がじりじりと圧力を掛けてくる中歩いて向かう事になった。
先生達は準備が在るとか何とかで自分達だけ魔力で飛んでいきやがった上に僕には徒歩で行けとさらっと仰った。僕も連れて行けば良いじゃないか、プチシュー返せ!くそう。
会場になっている格闘技場は、円柱状になっていて壁の方に剥き出しの観覧席が在り、選手達は一番下の中央で戦っていると云う、まさしくコロッセオな形をしている。やはり何処の世界でも人間が娯楽を得る為に働かせる思考と云うのは一緒なのだろう。
今は休憩中の様でどうやらこれから決勝戦らしく技場が何人かの先生たちによってすごい速さで作られていく。?作られてるの意味が解らない?そのままだよ。さっきまで密林っぽい地形だったのを一気に作り変えてるんだ。
1階の端の方にある選手用通路の方ではガランデリアの三男坊とジェロンドの第2皇子が居て声援に応えている。
彼らが声援に応える度に高まる野太い叫びと黄色い悲鳴のコラボレーションで気分が悪くなりそうだ。やっぱり来てはイケナイ世界な気がする。と僕はなんだかげんなり、と云うか引いた。
どっちが上かとガタイの良い男達とたおやかな女性達が喧々諤々と云い争っているのが僕の耳に入ってきた。?どっちが上かっていうのは今回の決勝の話だろうから良いとして、なんで燃えるだとかの話しをしてるんだろう。別にジェロンドの皇子も手加減しているし火傷程度で済むのに……何故だろう。
何にしろこの2人の決勝戦は僕も見たい。
僕は心持早歩きで学園長達のところへ行き衣裳を手に入れた。
にこりと笑って指差されたのは……この熱い時期に、まさかのフルメタルアーマーだった……。
思わず気が遠くなりかけたけど、風と水と火の精霊に手伝って貰って中の温度を下げたり中の水を直ぐに気化させたりすると云った対策を立てつつ着る。姿身を見て確かに自分だとは分からないが、この時期にフルメタルとか。しかも僕の獲物大剣じゃないから変な格好になるんだけど……。と微妙な気持ちになりつつ観覧席へ。
僕が一階の選手用通路に行くと試合はもう既に始まっていて、会場内は白熱していた。
お互い、トリッキーな動きをするところが戦法として被っているのだから仕方ないのだが、一歩抜きんでて読む事が出来ないようだった。これは持久戦だなぁ、と僕は鎧のまま準備運動をしつつ眺める。
うーん皇子はもっと素早く動かないとちゃんと背後取れないよ。ガランデリアの三男坊は動きが雑になりがちで、当たるものも当たらないありさまだ。中々決まらない決着にどっちも集中力が最初のころより切れているのだろう。こんな暑い中、何時間も外で切りあっていたのだから仕方のない事だ。そもそもこの2人は戦争になったとして最前線に立つことはないのだから程々の腕前でも文句は云われないはずだが、まぁ弱いよりは良いか。
僕はこの会場の何処かに居るだろう王女様の顔を思い浮かべた。きっとこれは男のプライドをかけた一戦、って奴なんだろう、きっと。となんとなく思った。僕には良く解らないから、あくまでなんとなく、だけれど。僕は鎧の上から動作確認したり剣を刺す位置を調整したりしながら準備運動を行った。
そして僕が準備運動をし終えて、そして2人が更に何度か打ち合った後――二人同時に剣が手から離れた。
引き分けかぁ……。
ぼんやり思っているとギィンと刃物のぶつかり合う鈍い音を最後に静まり返っていた格闘技場が一瞬にして歓声で溢れ返り、僕は驚きのあまりの大音量に尻餅を付いてしまった。うぅ、人怖い……!みんな狂っちゃったんじゃないのってぐらい叫ぶから僕は足が震えて暫く立てなかった。
『白熱した素晴らしい試合を展開した二人に大きな拍手を!!!』
叫ぶ司会の先輩の声の中、観客席から割れんばかりの拍手と歓声が送られ、2人の戦士は真ん中でお互いの健闘を讃えてがっしり握手をし、一礼してから控室に戻った。これには僕も尻餅を付いたまま拍手をし続けた。段々拍手が鳴りやんでいき僕は自力で立ち上がり中央の様子を窺う。
真中へと学園長先生が進んでいくのが見えた。アレ?なんでだろう。今日一番の悪寒が。
「皆の者、静粛に!良い試合の後高ぶるのは解るが儂の話を少しだけ聞いて欲しい」
“拡声”を使っているらしい学園長の声が響いた。あぁ、嫌な予感がする。
僕は背後にサートン先生が立ったことからそれが予感で終わらない事を悟ったが、それでも聞きたくなくて鎧の上から耳元を押さえた。勿論意味などないが、気休めでも良いからやっておきたかったのだ。鼻で笑いたいなら笑えば良いじゃないか。僕は今、必死なんだ!
「実は今回この格闘技場に儂の知り合いのお弟子さんが来ておっての。今回の優勝者とエキシビジョンを……と思っておったのじゃが、予定を変更しようと思うてのう」
確かに学園長先生はガーブ先生とも師匠とも知り合いだとは思う。確かに僕は2人から沢山の事を教えてもらったから弟子かもしれない。その関係性に間違いはない。だけど、でも!その紹介の仕方ってなんなんだっ。得体が知れなさ過ぎて気になるとか云う輩が出てきたらどうするんだ!人は隠し事をされると突き止めたくなる生き物なんだから明らかな隠し事をするんじゃないっ。って、最も突っ込むべきポイントはそこじゃないだろう僕。やっぱり出るのは最初から決められていたことだったのかって云うのが……あぁ、もう良い。そんな事良いから優勝者居ないんだしそのまま終わっとこうよもうやめてなんか更に嫌な予感……!と僕は必死で更にギュウッと兜の側頭部を抑えた。しかしそんな僕の悲痛な様子を嘲笑うかのようにするりと学園長先生の言葉は僕の耳の中に入り込んだ。
「今の2人には同時に出て来てもらい、儂の知り合いのお弟子さんにどちらが先に膝を着かせる事が出来るか、にしよう!勝った方が今回の大会は優勝じゃ」
あぁ……どうしてこんな事に。
僕は心の中で滂沱の涙を流しながらにやりと笑うサートン先生に模擬剣を持たされた。