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憑き甘く  作者: ネイブ
春休み
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はじまりのはじまるまえに

よろしければ誤字脱字報告、感想などをしてくださると跳ねあがって喜びますよろしくお願いいたします。

…更新に関しましては、鋭意努力します

 ピョロロロロロ……ピョォロロロロロロロ……


 空高くを飛ぶ馬ほどもある猛禽を眺めていたのはまだまだ子供と云って良い容姿の者だった。

 男女の区別が付けにくい容姿をしていて、黒い髪の長さを見る限り男の様に見えたが、男にしては少々長い様に見えた。が、しかしその子供は男女など関係なく酷く乱れた頭をしていた。その為長さの長い短いはあまり関係なく、何時も教育係と侍従達を困らせていた。


 子供は自宅の庭に在る木の根元に座り身体を幹に預けて空を仰いでいた。

 冬が終わり、王都から随分東の地に在る此処にはもう春が訪れていた。少し強めの風が吹く中、元から整えられていなかった髪が更に芸術的になっていたが、子供にはその様な瑣末な事は関係なかったのである。寧ろ、その子供は着飾ったり、着飾っている者と相対したりする事を極端に嫌悪――と云うよりも恐怖――していたからだ。例え広がろうが髪が意志を持って動き出そうが、それはそれで構わないのだった。


 麗かな、しかしまだ少々肌寒い庭で庭を見上げていた子供は、パタリと横に倒れ、汚れが付くのも構わずゴロゴロと転がった。頭髪とは違い、細かなレースと透かしが施されていた白かったシャツと、細かく金糸で意匠されていた焦げ茶色のズボンに草と土が付いた。

 髪の毛は草と土と絡まりながらぐしゃぐしゃと地面に広がり散らばった。


 その子供は憂鬱だった。

 子供は人が苦手だった。もっと幼かった時分、事件とも事故とも判別が付かない事に巻き込まれて以来の事だった。子供の父母は幼くしてあまりにも宜しくない意味で人々の噂の渦中にされる恐れのある自分達の子供を不憫に思い、王から国の東の果てに領土を貰い暮らしていた。その際爵位を落とす事も厭わなかった。しかしその事こそがその子供には順調に出世していたらしい両親のお荷物の様にしか思えずコンプレックスであり、己の存在を申し訳なく思っていた。


 自分に自信が持てない為、他者とのコミュニケーションも上手くとる事が出来ず、また親が他の貴族と交流を積極的に行ったり、色んな商人やら組織やらと関わり利権を伸ばそうとする類の人間でもなかった。あまり出歩くこともなく人を招く事もなく、少年には同世代の友人と呼べる存在が居なかったのだった。

 召使い達とでさえ同世代の、特に女性と関わる事を昔の事件のトラウマからきらっていた。最近では大分ましになって、女であれば極々少数の限られた者。それか男か歳のいった者でないとつっけんどんになり、召使いが近付くのを躊躇わせるような態度をとっていた。因みに『歳のいった者は』基本的に老人と云って差し支えない方々の事で在り、自分の両親の世代でさえ若干苦手である。


 人間と云うのは基本的に他者との関わりの中で情緒や己の理想や思想を固めていくものである。子供は多感な10代の時期に対人恐怖症に陥ってしまい、両親や召使い達は子供の人格形成と将来の対人関係を危ぶんでいた。


 しかし子供は国でも珍しい【精伝令】の性質を幼い頃から持っていた。子供の話し相手は人間ではなく専ら精霊達であった。


 精霊達は見る人間によって姿を変えるものである。実態を持たない彼ら(もしくは彼女ら)はマナの塊であり、その彼らを見る事が出来る者――つまり魔力と呼ばれる物との親和性が酷く高い者――は己の深層から精霊達への心象を無意識のうちに取り出し、精霊達を自らの視界内で違和感なく見る事ができる様に自らの視界内で具現化させているのである。魔力を持っていても、普通の人間には見ることなどできない。人間と同等、あるいはそれ以上に知性を持つ事が知られている為、精霊達は基本的に人型であるとされている。何が云いたいかと云うと、つまり、見える者達も精霊達を無意識内でも人型に形成している者が多い、と云う事である。


 しかし子供は対人恐怖症ぎみである。幼い頃は人型に見えていたが、事件後からは精霊達が動物の様に見えているので、ちゃんと精霊達と話したり遊んだりと、普通の子供の様に振る舞う事が出来る様になっていた。

 子供はちゃんと、対人からではないが言葉によって己の機微を伝えたり相手の心の揺れを感じ取ることができる人間になっていた。

 だがそれでも人に対する恐怖は薄れていなかった。昔と比べれば身体が少々強張るくらいで多少は改善されたが、それでも親しくない人型の具現化している存在は彼にとって恐怖の対象であった。


 子供は憂鬱だった。

 必要があるとは云え、何故同世代の人間が(ひし)めく学校などに行かねばならないのだろう、と。

 その理由は2つあった。


 子供の暮らす大陸。ノアザワールでは、貴族の子供は15歳になったら学校に行かねばならない。平民や農民達の場合は6歳から10歳まで読み書きや国の歴史を習うのが通例であった。

 貴族も基本的にはそれぐらいの年代から読み書きや歴史、マナーなどを学ぶ。これは社会に出る前の常識としてみなされ、学校へ行くまでに身につけておくべき事柄とされている。その為貴族、若しくは裕福な商人達は各家庭で教師を雇い、己の子供が学校に行っても恥をかかないようにしておくのだ。余談だが金の無い貴族や町人たち向けの学校もあるし、子供がこれから通う学校は生徒に対して貴賎を付けておらず、孤児院から奨学金で上がってくるつわものもいると云う話だ。


 貴族の中では、勿論強制とまではいかないが、学校に行っていないとなるとよほどの理由がないと風評が悪い。(例えば身体が弱いだとか、事故にあっただとか。これでも正直評判が落ちるのだが)唯でさえ子供の家は、自分のせいで親も社交界に出て行かず、王の御前にも来ないと貴族達から嘲られているというのに、この上自分が学校にも行かなかったら、至らない自分の所為で幼い弟が将来苦労をする。そんなわけで子供は一念発起して学校に行く事を決めた。


 もう1つ理由は、資格の問題だった。子供は勿論家を継ぐ気など無く、薬草を煎じて薬を作る事を得意としていた。しかしこの大陸では作った人間以外が売る場合は特別な資格が無ければならないと決まっている。子供は自分が売り子をするなどできないと解っていたので人を雇って薬を売るつもりだったため大いに憤慨した。この制度を聞いた時、一度会ったきりの国王を自身の持っている語彙をひねりだして罵ったくらいには憤慨した。


 勿論、法を守っていない者もいる。しかし子供はあくまでも貴族だった。血は水よりも濃いとは良く云ったもので、例え権利を放棄してもその血脈と歴史は何処までも憑いてくる。家は弟が継ぐ。しかし、もし自分が法を犯している事がバレたら、家の風評に関わるのだ。例えその時には隠遁していて家とも一切関わりが無かったとしても。だから子供は自立するためにも学校に行き薬師としての資格を取ろうと決めた。


 正直子供の両親はできれば学校に行って友達作って欲しいなー、ぐらいにしか思っていなかったし、世間の風評よりも自分達の子供の方が大切だと思っているのでこの決意を聞いたら微妙な心境になるだろうが、お互い知らない。まさに親の心、子知らず。


 そして子供の旅立ちは明日である。


 子供は憂鬱だった。だが諦観し、決意していた。

 もうこんな自分の人生なんか良い事もないだろう。だからせめてこれ以上家族に迷惑を掛けないように目立たず、普通よりも地味に、空気になるべく努力しよう。と。


 薄く霞がかった空を猛禽がピョロロロロロロロ……と鳴きながら山の方へ帰って行く。


 旅立ちが近い。明日の準備を放り投げて木陰に居た子供は溜息を吐いて起き上がり、草と土を申し訳程度に払ってから家の中に入った。


 服を汚した事を散々教育係に怒られたのは云うまでもない事だろう。






誤字修正&付けたししました。既読の方申し訳ありません。


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