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Spirit

 





 突如、横須賀軍港内に鳴り響くサイレンと緊急放送。


 戦いの始まりは突然だった。サイレンの後に続いた言葉は、ある意味待ち続け、それでもなお事実を疑わざるおえないものだった。

 転げ落ちる様に、ベットから降りるのと部屋の電話が鳴ったのはほとんど同時。


「艦長!」


「分かってる!すぐに出港準備・・・いや、戦闘配置につけろッ!」


 西日本海上自衛軍、航空母艦「飛龍」艦長山口智一大佐は叫ぶ様に命令を下し、受話器をフックへと叩きつけた。


 電話の声は、今日の当直士官を務める砲雷長の物だった。

 椅子に掛けてあった上着に手を伸ばし、素早く身に纏う。


「馬鹿共が・・・」


 怒りを吐露しながら、靴下とズボンを履き、安全靴へと足を突っ込む。


「総員戦闘配置につけッ!」


 神経を掻き乱すアラームの音とともに、砲雷長の声がスピーカーから流れた。それとともにバタバタと人の駆け回る気配が艦内に満ちる。

 山口は、光が漏れぬ様、二重になったカーテンを押しのけ、ドアを開けるとCICへと走った。情報を集め、指揮を執るのにあそこほど相応しいものはない。


―――クソッ!


 ラッタルを駆けおりながら、山口は心の中で叫んだ。


 2甲板にある艦長室からCICまではちょっとした距離がある。狭い通路やラッタルを器用に避け合いながら進む乗員達に混じり、必死に走る。

 走る彼らを、ガシャンガシャンと防水ハッチを閉める音が追い立てた。4階分のラッタルを下り降り、さらにそこから50mダッシュ。


「状況はッ!?」


 CICに設けられた大型スクリーンの目の前。艦長用シートに身を滑り込ませる頃には、すっかり眠気は吹き飛び、体は熱く火照っていた。


「はいッ!本日2315、北関東緩衝地域において東日本軍空軍機による越境攻撃が発生。状況は進行中です」


 未だ当直士官の腕章をしたままの砲雷長が口を開く。


 スクリーンに映し出された状況図には、専門家にしか分からぬ幾何学模様と数字、細い線が幾本も伸びていた。


「現在、戦闘部署を発令するとともに当直員による警急呼集を実施中です」


 停泊中の艦艇では、常に乗員が乗り込んでいる訳ではない。特に母港では、乗員は基本的に当直員を残し自宅へと帰る。

 東日本軍の活発的な行動に鑑み、上陸制限を行っていたとはいえ、飛龍もまた乗員の半数あまりを自宅へと帰していた。


「幹部は、副長を除き総員在艦しています。ですが、乗員に関しては・・・」


 砲雷長に代わり、船務長が口を開いく。


「副長は仕方ない。SF(自衛艦隊司令部)は?」


 海上自衛軍の航空母艦では、副長はエアボス、飛行隊長が務めることとなっていた。

 入港中の航空母艦は、飛行隊を陸上に上げる。その為、副長は艦が入港している時は、飛行隊が駐留する航空基地に行くことが多い。

 今夜もまた、飛龍副長を務める江草隆文中佐は、飛龍航空隊が駐留する厚木基地に出向しており、艦内には残っていなかった。


「未だ何も。司令部も混乱しているようです。この戦闘情報も航空軍の物を使っています」


「何を悠長なことをやっている」


 上級司令部の混乱ぶりを想像し、山口は苦々しい表情を浮かべた。


 西日本は、こういった緊急事態に慣れていない。行動を起こすには「根拠」が必要であり、行動の結果には「責任」が生じる。

 シビリアンコントロールというお題目は立派だが、世界基準から見ても行き過ぎた民主主義に縛られる西日本軍では、特に慎重さが求められた。


 間違いでは済まされない。それが「戦争」ともなれば云わずがもである。

 上になれば上になるほど、外より内の敵を恐れるようになる。民意を尊重した結果の敗北は、英雄的行動より評価されるからだ。


「どうしますか?」


「すぐに出港だ」


 不安げな表情を浮かべながら問いかける船務長に対し、山口は短く答えた。


「しかし・・・ダグ(えい船)が」


「すぐに港務隊に連絡しろ。構わん。責任は俺が持つ。緊急出港だ」


 大型艦艇は、運動性能の関係から自力での出入港が出来ない。

 図体が大きく、細かい動きが出来ないのだ。タグボートの支援があって、初めて安全に岸壁を離れることが出来る。


「分かりました。すぐに連絡を・・・」


「どうした?んッ・・・」


 目を見開き、途中で言葉を止めた船務長に対し、山口は訝しげに問いかけ、そして、彼もまた言葉を失った。

 スクリーンの一角、外を映し出すカメラ映像が赤く染まる。遅れて、蒸気カタパルトの作動音にも似たドンッという腹に響く音が飛龍の巨体を叩く。


「どこがやられたッ!?」


 山口は反射的に叫んだ。


「敵のステルス巡航ミサイルかッ!?」


「あの方向は吉倉だぞッ!SF司令部は大丈夫なのか?」


 山口の言葉を皮切りに騒然となる飛龍CIC。誰もが本物の戦いに慣れていなかった。

 暗闇の中を赤い炎が揺れる。誰もが冷静さを失いつつあった。慌てた様に船務長が、衛星電話の受話器を取る。

 直接、司令部に連絡して状況を確認する。だが、彼の行動より東日本軍の繰り出す攻撃は早かった。


「敵捜索波複数、感ッ!」


 スクリーンに複数の鏃型のシンボルが表示されるのと、レーダーコンソールにつく電測員が叫んだのは、ほとんど同時だった。

 映し出される地図上を高速で横須賀方面へと向かってくるシンボルマーク。


「対空戦闘!」


 山口は、頭上にぶら下げっているマイクを握り、叫んだ。


 ロシア軍ではKH-61、東日本では61式の名で呼ばれる災厄が、横須賀を根城とする海自艦艇を狙って闇夜を疾駆していた。

 巡航ミサイルの攻撃から始まった東日本軍の攻撃に対し、西日本海軍もまた座視していた訳ではなかった。

 建前上は、横須賀港外への錨泊としながら、常時警戒態勢を取っていた艦艇も少なくなかったからである。


 山口が艦長室を飛び出した時には、すでに沖合に停泊中であったDDG霧島(イージス艦)、浦賀水道を南下中であったDDG旗風の両艦は、空軍からの第1報が入ると同時に上級司令部の命令を待つことなく全力で迎撃行動に入っていた。特にイージスシステム装備艦である霧島の防空戦闘は凄まじく、アンテナ一面あたり、4350個のレーダー・アンテナ素子を埋め込まれたSPY-1Dレーダーが夜空に濃密な電子の網を広げ、迫りくるミサイル群を探知する。200目標以上を同時に探知できる霧島の眼は鋭く、探知した攻撃目標を連接された戦術情報システムへと脅威が高い順番で次々と送り、彼女を操る人に残されたことと云えば、トリガースイッチを押すことだけだった。


「CIC、指示の目標!全兵装使用自由。撃ち方始め!」


「撃ち方始め!」


 最後の意思決定システムでもある艦長の命令下、即座に迎撃を開始。WCS(武器管制)コンソールの前に座った砲術士がスイッチを押す。

 霧島の艦体を連続してノックするミサイル発射の音と衝撃。艦の前後部甲板に埋め込まれたMK-41ミサイル発射筒からスタンダートミサイル(SM2)艦対空ミサイルが放たれる。


「目標群α、1番、2番マークッ!」


 夜空に引かれる幾条ものミサイル発射炎。その炎を追う様に、艦橋上部に1基、後部構造物上に2基設けられた皿型のアンテナ、ミサイル誘導用イルミネーター「SPG-62」が旋回する。SPY-1Dの索敵情報による慣性誘導で目標へと突き進むスタンダート・ミサイルに対し、終末誘導を担当するSPG-62がガイドビームを発振。作り出された電子のレール上に乗ったミサイルは、目標との会合点へと進み、弾頭部に設けらえたシーカーを作動、東日本製ミサイルとの距離を測り始める。


「弾着今ッ!α1、α2撃破。引き続き3番、4番・・・」


 炸裂する高速度破砕弾頭。スタンダート・ミサイルが目標手前で信管を作動させ、空へと円錐上に破片をばら撒く。

 散弾で野鳥を狙うのと意味は同じ。超高速で、ばら巻かれた破片群の中へと突っ込んだ東日本製ミサイルは、その身を斬り裂かれ、夜の空へと散る。


 霧島単艦で、横須賀方面に接近していた各種ミサイル(デコイを含め)を30発以上撃墜することに成功していた。

 撃墜したミサイルの多くがレーダー探知の難しい超低空を飛行する巡航ミサイルであったことを考えれば、如何なる厄災をも防ぐ戦女神の盾(イージスの盾)の名に相応しい面目躍如の戦いだったといえよう。


 そして、旧式ながら旗風もまた奮戦していた。


 霧島よりは幾分旧式であるが、大出力の対空レーダーを回し、スタンダート(SM1)艦対空ミサイルを撃ち上げる。

 ミサイル誘導電波の関係上、イージスシステム搭載艦の様な連続発射こそ出来ないが、手堅く一つ一つ目標を撃墜していく。


 新旧DDG(ミサイル護衛艦)の共演。


 彼女達の活躍がなかったら、西日本海軍は横須賀地区の拠点の全てを失っていたであろう。

 いや、第一撃に対応した艦艇が、エリア防空が可能な艦がもう一隻でもいれば、彼女達自身の運命もまた違ったものになったはずであった。


 マッハ2.5という高速で迫る61式対艦ミサイル。


 洋上にて盛大に電波をまき散らす彼女達の存在に、東日本軍が気づかぬはずがなかった。

 初撃で放たれた巡航ミサイルやデコイは、目標の撃破は元より抵抗拠点やレーダーサイトに電波を発せさせることも目的とする。


 霧島の、旗風の艦載砲が陸岸を向く。それは時と場所、装備をかえつつも同じ動きだった。

 違いといえば、霧島のミサイル防空は続けられたままで、旗風のミサイルランチャーは沈黙を保っていることだけ。


 SPY-1の様に慣性誘導が出来ない旗風は、誘導の全てをイルミネータ―で行わなくてはならず、艦載砲を撃つ場合は、砲の射撃諸元を出す為にイルミネータ―を使用する為、ミサイルを誘導できない。

 だが、今はそんな問題は些細なことだった。一発でも多くの敵ミサイルを迎撃することを優先する両艦は、電子戦のほとんどを封じられ、自艦防御をハードキルに頼る他なかった。最新鋭のミサイルシーカーにチャフなど効かない。ECMデコイを撃ち上げるなら艦の電波封しを行わなければ、あまり意味がなかった。


 先に被弾したのは霧島だった。


 ミサイル有効射程の内側へと切り込まれ、艦首に設けられたOTOメラーラ社製54口径127mm砲が迎撃を開始する。

 毎分35発のハイテンポで対空榴弾を吐き出すが127mm砲であったが、61式対艦ミサイルは、その迎撃を己の健脚で持って強引に突破、さらに接近を続ける。


「CIWS迎撃開始ッ!」


 蜂の羽音の様な射撃音が暗闇に響き、霧島の前後、2基の高性能20mm機関砲(CIWS)が迎撃を開始。

 毎秒4000発を超える20mm機関砲弾が炎の壁を作る。しかし、それもまた61式を相手取るには役不足であった。


 有効射程距離3600m、その距離は61式の魔の手から霧島を救うには余りにも短すぎた。


 1発の20mm機関砲弾が61式の弾頭を正確に射抜く。破壊されるミサイルシーカー。着弾と自速の衝撃によって自壊を開始するミサイル本体。

 だが、慣性の法則が、崩壊を開始した61式の背を押す。もういくらも飛ぶ必要はなかった。

 目標となる霧島までの距離は2000mを切っていた。この時、61式の速度は未だ音速を超えていた。


「総員、対衝撃姿勢ッ!」


 霧島艦内に流れる号令。


 それまでのミサイルや127mm砲の発射が、児戯にも思える音と衝撃が襲う。

 数々の障害を乗り越え、61式はゴールテープを切ることに成功していた。


 命中箇所は艦橋基部。閃光が去った後、未だ霧島は姿こそ海上に留めていた。

 しかし、その姿は彼女が戦闘力を失ったことを如実に語っていた。


 薄い外板を突き破り、艦橋構造物のど真ん中で炸裂した61式。

 250kgの高性能炸薬の作り出す外圧は、霧島の艦橋を吹き飛ばすには十分な破壊力を持っていた。

 至る所で、「内側」から捲れた外板。それは、ハッチ開口部など弱い場所を逃げ道に衝撃波が暴れた回った結果だった。

 タイシップとなったアーレイバーク級より巨大で勇壮な艦橋は大穴が幾つも口を開け、そこからどす黒い黒煙が上がる。


 機関が健在である為、なおも艦首は白波を斬り裂き20ノットを超える速力を維持していたが全てが無意味だった。

 迎撃手段を失った霧島には、なおも2発の61式がホップアップ、蛇が鎌首を上げる様にして突入を図ろうとしていた。


 ミサイル弾頭部のシーカーが傷ついた霧島の姿をハッキリと捉える。

 レーダー反射を抑える為に、凹凸を抑え、斜めにエッジを効かせた艦体も、ここまで接近されれば効果を発しない。

 霧島にミサイルを防ぐ手段は残されていなかった。彼女に出来たことは、より多くのミサイルをその身に引き付け、仲間を守ることだけ。


 まっすぐ進む霧島にほぼ同時に命中する2発の61式空対艦ミサイル。

 東京湾に断末魔の声の様に爆音が響き渡る。爆発の閃光が消えた後、西日本海上自衛軍ミサイル護衛艦「霧島」の姿は消えていた。

 霧島のあった場所に残るものは、卒塔婆塔の様に上がる一条の黒煙だけだった。


 僚艦である霧島の撃沈。孤軍奮闘を続ける旗風に、1発目のミサイルが直撃したのは、その35秒後であった。






「ウグッ・・・グ・・・グッ・・・」


 熱い物が、胃からこみ上げてくる。


 自分の中で、何かが壊れたことだけは理解できた。

 足元から突き上げてきた衝撃。訓練の様にマイクを握り、号令を発することも出来なかった。


 本物の対艦ミサイルの直撃とは、かくも凄まじいものだったのか・・・。

 人の知覚限界を超えた出来事に、なかなか思考が追い付いてこない。


「おい、みんな大丈夫か?水木、太田、神林・・・」


 部下の名を呼び、点呼を取るが反応は無かった。


 ウイングに立つ見張り員を含め、艦橋には10名ほどの航海科員がつめていたはずなのに・・・。


「航海長・・・」


 自分の名を呼ぶ声に、期待を込めて闇の中を凝視する。


「誰だ?怪我はないか?」


 煙で目が痛んだ。肩口に付けたマグライトのスイッチを切り替え、光を向ける。


「私です。セム(船務士)です」


 どうやって上がってきたのか。そこには全身に作業服の成れの果て、ぼろ布を纏った船務士、吉田少尉がラッタルから頭を覗かせていた。

 顔についたどす黒い赤。己の血、もしくは誰かの返り血なのか、艦艇勤務によって「白く」なった彼の顔は煤と血によって酷い有様になっている。


「おお。生きてたか」


「01甲板から下は、火の海です。CICは、多分・・・艦長も・・・」


 ガラスや機材の破片に混ざる人体の一部。天井からは月の光さえ漏れていた。

 艦とそれを操る者達の成れの果てとなった艦橋で、虚ろな瞳を浮かべながら吉田が報告する。


 旗風のCICは、艦内にある。被弾時の損害を出来る限りでも減らす為にだ。だが、気を使った防御構想も意味を為さなかったらしい。

 現代の戦闘艦艇は装甲で敵弾を受け止める様に出来ていない。現代の矛であるミサイルの発展は、盾の在り方にも変化を強いていた。

 敵より早く見つけ、撃つ。もしくは放たれた敵弾を撃ち落す。高すぎる敵火力。命中した時は諦めるしかない。


「そうか」


 ジャイロレピーターに身体を預けながら、旗風航海長沢村和義大尉は短く答えた。


 艦内から吹き上がってくる煙で酷く視界が悪い。


 割れた窓から流れる風が頬を撫でる。まだ艦の行足が生きているのが分かった。

 ヨロヨロとではあったが、はたかぜは、その名の示す通り不屈の精神を、周囲に示すが如く前進を続けていた。


「こいつもなかなかしぶといじゃないか」


 旗手は倒れない。愛する女房を労わる様に、沢村は呟いた。

 物が焼け、何かが爆ぜる音がする。だが、その音の中に轟々と煩い機関の呻り声は無かった。

 

 右舷中央部に、60度の角度で突っ込んできた東日本製の対艦ミサイルは、旗風に致命傷と云って良い傷を与えていた。


 大戦期、帝国海軍が使用する酸素魚雷が「ロングランス」「蒼い殺人者」と呼ばれた様に、弾頭重量250kg以上、終末突入速度マッハ2を超える現代に蘇った殺人鬼は、その内に秘める破壊力を遺憾なく発揮し、就役から20年以上経つ妙齢の淑女である旗風の艦体をズタズタに引き裂いていた。3トンの自重と膨大な運動エネルギーによって、薄い外反を易々と突破したミサイルは、そのまま艦内を蹂躙、さらに内壁を二枚破って、02甲板まで侵入。艦内の奥底で信管を作動させていたのだ。


 峻烈な化学反応の下、250kgの高性能炸薬の体積が一気に膨れ上がり、秒速8000mの熱風と残燃料が艦内に吹き荒れ、全てを焼き尽くす。

 隔壁や閉じられた防水ハッチが、身体を張って熱風を食い止めようと努力するが、無駄な足掻き。

 抵抗をあざ笑うかのように吹き飛ばされ、鋼鉄のスプリンターへの転職を余儀なくされた防水ハッチが、不運な乗員の体を押し、艦を破壊する。


 ミサイルに残った推進剤も問題だった。爆風で飛び散った推進剤が機材や隔壁に付着し、高温を発する。

 フォークランド戦争の戦訓から、鉄製の構造物を持つ旗風ではあったが、損害を抑えることは出来ても、食い止めることは出来なかった。

 戦闘配置で閉鎖されたハッチやバルブ。しかし、直接破壊されてしまっては、厳重な艦内閉鎖も効果を発することはできない。

 破壊され、中身を滴らせるパイプ類。その中には、可燃性の油脂類を流すものも含まれていた。爆風が吹き抜けた後に続く炎の調べ。


 旗風の艦内に満ちる炎と黒煙。


 260名中、6割以上。実に166名もの乗員が、二次被害であるスプリンターと火災で死傷していた。

 その中には、当然の事ながら全滅したCICで指揮を取っていた艦長も含まれる。さらに損害は、それだけに止まらない。


 損害極限の観点から、シフト配置がとられた機関も重大なダメージを受けていた。


 ミサイル命中箇所に近かった2機のガスタービンエンジンは、完全に破壊され、推進軸に歪みを生じさせる。

 艦内奥深くで炸裂したミサイルにより、そのの破壊力の多くが、艦外に逃げることなく消費されたことにより生じた大破壊だった。

 こうなっては、生きているエンジンがあっても同じ。被弾時、最大戦速に増速中であった旗風。7万2千馬力の健脚が己を傷つける。

 緊急停止等の応急処置をとるべき機関科員を失い、歪んだまま回された推進軸は、軸受けごと破壊脱落。


 救いは、一撃で艦内の電力の全てを失わなくて済んだことと、キールがへし折れなかったことであろう。

 機械室が分かれているように、発電機もまた複数が分散配置されている。


「セム(船務士)、悪いが舵を取ってくれ。舵長は・・・うん。先に休んでもらった」


 妙な方向に曲がった頭部。舵を握っていた舵長、ベテランの曹長は舵を握ったままコンソールに突っ伏していた。

 舵長だけでは無い。ウイングや艦橋内にいた曹士の全てがやられていた。

 当直士官の位置は、艦橋でも一番前にいる。たかだか2、3メートルの立ち位置の違いと数人分のタンパク質の壁が、沢村の命を救ったのであった。


「航路を塞ぐ訳にはいかん。出来る限り、沿岸に近づける」


 落ちた無電池電話のヘッドセットを被り直す。

 雑音の向こう、徐々ではあったが艦内各部から報告が上がりつつあった。


「分かりました。操舵員かわります。舵中央」


 舵長に代わり、吉田が舵を握る。


「宜候。面舵」


「面舵」


 ゆっくりと進路を右に変えていく。各部に「各個」での応急処置を命じながら、沢村は頬を掻いた。


 汗と煙で滑る肌が気持ち悪い。

 訓練では、ここで部署発動なんだがな・・・沢村は苦笑いを浮かべた。


 状況を達し、応急員を走らせる。訓練ではそうなっていた。だが、実戦ではどうだ。艦の指揮中枢であるCICを破壊され、艦内の状況が掴めない。

 各個で対処に当るしかなかった。損害探知を行うべき余裕もなければ、指揮すべき機関長の姿もない。

 ある意味、それも当然のことであった。機関科員として機械室などに詰めていた彼らは、被害探知を行う余裕などまったく無かった。


 応急員待機室が着弾箇所に近かったことによる人的被害の影響も大きかったが、それ以上に機械室で始まった浸水が彼らから自由を奪っていた。

 多くの同僚を一気に失いながら、浸水の始まった機械室での防水処置で手一杯。

 応急処置で最も必要となる頭数が足りない。省人化と志願者不足による定数減は、旗風から冗長性を奪い、損害の上昇に拍車を掛ける。


「火災は後部に向かっている!52番弾庫注水許可をッ」


 我が身を省みず、押し寄せる火と海水に立ち向かう乗員たち。

 艦中枢を失い、指揮系統を分断されながらも彼らは必死に戦っていた。


 だが、東日本軍の放った対艦ミサイルのまき散らした厄災は止まらない。


「52番弾薬注水始めッ!」


 目の前で機関長が飛んできたハッチに押しつぶされていくのを見ながら、旗風応急士水島孝雄中尉は叫んだ。

 

 ラミネートされた艦内図に、マーカーで書き込みながら必死に思考を巡らす。

 艦内の至る所に設置された火災報知器や浸水センサーと連動し、一目で損害場所を教える応急盤は、隔壁ごともぎ取られた今、全てを人の手によってこなさなくてはならなかった。


「52番注水開始ッ!」


 炎と煙の奥から部下の叫び声が聞こえる。


 もはや止めることは出来ない。ならば、区画ごと捨てていくしかなかった。

 火災による温度上昇。送水管のバルブが次々と開かれ、弾薬庫を水で満たしていく。


「おいッ!前部側のハッチを閉鎖しろ。その先の区画は捨てるッ!」


 応急機材の搬入の為に開かれていた防水ハッチが閉じられ、支柱が押し当てられる。

 足元を濡らす海水と、隔壁の熱を冷ますために吹きかけられる万能ノズルの水霧にずぶ濡れに為りながら、生き残りの応急員がハンマーを振るう。


「電路の確認はッ!?」


「現在、確認中です」


 真っ赤に染まったタオルを頭に巻いた若い電気員が叫ぶようにして答える。


「重要電路を優先しろ。生きているかは分からんが、51番とCIWSが使えれば・・・」


 なんとかなるという言葉を水島は飲み込んだ。


「敵に一泡吹かせれるかもしれんッ!」


 もはや長くはない。旗風の命が尽きるまで、時間はあまり残されていなかった。


―――だが、嬲り殺しは御免だぜ・・・。


 全ては一分のプライドの為に。応急灯の薄暗い明りの下、岩窟の様になった艦内で火と水に立ち向かう。

 彼らの戦いは、まだ始まったばかりであった。






「ほ、本命は遅れてくるものだよッ!」


「馬鹿ッ!さっさとしなさいよ」


 戦闘の興奮か・・・訳の分からぬことを喚く利恵。

 そんな彼女を、ガタガタと揺れる機体を必死に操りながら、亜季は叱りつけた。


 山間部を低空侵入。迎撃機の抵抗もなく、すんなりと西日本領内への侵入を成功させた。

 後は、腹に抱いた誘導弾を敵艦へと叩き込み、急速離脱。それで自分達の任務は終わりのはずだった。


―――まさか・・・あんなモノに足元をすくわれるなんて・・・。


 亜季はギリギリと歯を食いしばった。


 山間部の切れる寸前。事前の情報になかった対空陣地からの攻撃。


 いや、あれは陣地なんていえる上等なものではなかった。

 正面から伸びてきた火箭は、小口径を感じさせるか細いもの。レーダー警報さえ鳴っていない。


 闇夜に当てずっぽうに放たれた一撃。


「測敵まだッ?」


 再び、亜季は叫んだ。


 軽装甲車か何かが、こちらの飛行音にビビッて闇雲に撃っただけの無様極まりない一撃。

 よほどのことがない限り当たる訳がない。ビビッて回避行動を取り、山肌に激突する確率の方が、よほど高かった。

 

 対空砲火を無視するかのように、高速で突入する95式戦闘爆撃機。


 当たるはずなかったのだ・・・。しかし、今夜の亜季達は、とことん付いていなかった。

 当った箇所も最悪。どうやらエンジンに喰らったらしく、左エンジンのパワーが上がらない。


「こんな状態で敵機に喰い付かれたら・・・」


 眼下には光の海が広がっていた。翼端を高層ビルの赤い障害灯が掠める。

 西日本首都東京。ここは敵地のど真ん中もど真ん中だ。何時、敵機や敵誘導弾が飛んできてもおかしくない。


「東京湾は艦船で一杯なんだよッ!もうちょっと待って」


 焦る亜季に、利恵が言い返す。


 東京湾と外洋を結ぶ浦賀水道は、西日本の中でも屈指の交通量を誇る水道だった。

 夜間である為、交通量が減っているとはいえ水道の入り口と出口には、東京や横浜、京浜地帯への明朝の入出港を控えた艦船が多くたむろしている。

 水道だけではない。大は旅客船から小は大型漁船まで。東京湾を走査するレーダー画面は輝点で埋まっていた。


「レーダー回せ・・・レーダー回せ・・・」


 利恵は呪文のように唱えた。


 狙うなら大物。先ほどまで狙おうとしていたミサイル巡洋艦(イージスDDG)のレーダー波が途切れた以上、別の物を探すほかなかった。

 西日本軍が使用するレーダー周波数の全てを解析している訳ではないが、自機のレーダーを当てにするよりは確実のはずだ。


 徐々に横須賀へと近づく95式。その翼を様々な電波が絡め取る。


「見つけたッ!対艦攻撃用意ッ!」


「了解ッ!」


 利恵の叫び声に応えながら、亜季はHUDに映し出されるステアリング・クロスに機軸を合わせる。

 彼女の後ろでは、利恵が攻撃諸元を次々と腹に抱えた61式に入力していた。


「こいつは大物だよッ!亜季ちゃん」


 利恵が大声で言う。


 95式が装備する電波警戒装置は、コード名「甲12」、西側でいうところのAN/SPS-48の捜索波を捉えていた。

 敵を探すレーダーは、闇夜を照らす懐中電灯と同じだ。電波を発振するということは容易に自分の位置をさらけ出す。

 AN/SPS-48を装備する艦艇は、西日本海軍には空母しかいない。


 電波情報を表示する画面を横目に、正面スクリーンに映し出される61式の攻撃諸元を入力していく。

 95式自身が装備するイールビスE・PESAレーダーが地上を精密走査。敵艦の位置情報を正確に掴み、電波発信源を特定する。


「やったね・・・」


 利恵は興奮を抑えきれなかった。


 電波情報を映し出す画面から、幾つかのコードが消える。友軍の攻撃により、敵艦や敵防空陣地が制圧されている証拠だ。

 また一つ消える電波情報。それは、目標である航空母艦(と思われる電波発信源)の近くにいたミサイル駆逐艦のものだった。


 本来、航空母艦は攻撃すること自体酷く難しい。


 艦載機や護衛艦によって幾重にも引かれた防御陣。世界最強を誇る米帝の空母機動部隊になると原子力潜水艦の護衛までつく。

 多大な犠牲を払いつつの飽和攻撃しかない。登場から半世紀、従者を従え、一度外洋に出た海の女王を沈める有効な手立ては、核兵器ぐらいしか無かった。


 そんな最強の女王が、供も連れずに一人彷徨っている。

 付近に脅威となる電波発信源はない。武山の防空陣地も沈黙を保っている。


 ガラクタじみた対空砲に思わぬ不覚を取った時には、どうなることやらと思ったが、最後の最後で幸運が舞い込んできた。

 攻撃諸元の入力を終え、狩りの準備を追える61式対艦誘導弾。


「攻撃準備良し」


「了解。やっちゃえ!」


 亜季の声に利恵はニヤリと口元を歪めた。


「目標、敵空母!発射ッ!」


 利恵は、ミサイル発射ボタンを力一杯押し込んだ。






「戻せ。舵中央」


 回頭を終え、陸岸へと艦首を向ける。


「航海長。俺達は・・・」


 不安を押し殺すかの様に吉田が口を開く。


 幹部としてプライドか、江田島での教育の賜物か。彼は「大丈夫なんですか」という言葉だけは飲み込んだ。


「どうだかな・・・」


 沢村は、少し思案した後答えた。


 まさかといって良い武力攻撃。想定していたといっても、誰もが半ば冗談と思っていた現実。

 歴史や国民感情、その他の性にすることは容易い。自分達は、慣れという油断に敗れたのだ。


 戦争を「知っていた」だけ。


 一度振り返り、また前へと視線を向ける。不安げに自分のことを見る吉田の姿。

 だが、沢村に若い青年士官にかけてやるべき言葉を見つけることは出来なかった。


「俺にも・・・」


 分からないと言いかけた所だった。ふと沢村は、右舷側に目を向けた。

 島と見間違わんばかりの巨大な影が、ゆっくりと浦賀水道を外洋に向けて進んでいた。


「セム、右舷を見て見ろ」


 沢村は言った。


 そこには、海上自衛軍の、いや日本の守護神ともいうべき存在が浮かんでいた。


「助かったんだ・・・」


 航海長の言葉に、右舷を見た吉田が安堵の声を漏らす。

 夜間でも見間違うはずのない、その姿。


「応急士から艦橋。後部甲板から見た感じでは、CIWSは大丈夫そうです。管制室とは連絡がつきませんが・・・途中で拾った射管員と状況を確認しに行きます」


「51番から艦橋。目視照準なら射撃可能。安定装置も生きています」


 沢村の耳に、応急士と台長の声が入る。


「艦橋了解。台長、東の奴らに借りを返してやれ。次こそは頼むぞ」


「51番了解」


 後ろで吉田が笑っているのが分かった。


 行足もなく沈むのを待つ身で借りを返すも何もない。

 

 しかし、


「応急士。CIWSを何としても復旧しろ。51番に獲物をとられるな」


「了解しました。総員離艦までには何とかします」


 少し転寝が過ぎたが、彼らはネイビーだった。身体の奥に流れる血が滾りを取り戻す。


「やられっぱなしで終わるというのも・・・な」


 沢村は、振り返りながら言った。

 吉田は気づいてなかったが、自分の腹を抑える沢村の手は、赤く染まっていた。


 近づく終わりの時。


 歴史の時流というものがあるとすれば、旗風は、その流れを大きく変える存在になろうとしていた。






「レーダー探知ッ!敵性航空機1、方位125度、距離500、急速に突っ込んでくる!」


「クソッ!しつこい奴らだ」


 山口は、電測員の報告に顔を歪めた。


 えい船の到着も待たずに、半ば岸壁に横腹を擦り付ける様に出港した飛龍。彼女と岸壁の間に挟まれた大型フェンダー(防舷体)は、圧力に耐え切れず全てが破裂し、また飛龍の右舷後部には、20メートルにも渡って、引っ掻き傷の様な岸壁との接触痕が残っていた。停泊していた岸壁の被害はもっと大きく、何か所かの防舷帯は脱落し、酷い所になるとコンクリートの壁が崩れていた。


「対空戦闘ッ!」


 山口は叫んだ。


「敵航空機、捜索波探知ッ!」


「電波情報から敵機は95式と思われる」


「敵機まで420、61式もしくは59式の攻撃が予想されるッ!」


―――ここまで無茶をやっておきながら・・・


「ECM(電子妨害)開始ッ!」


 外洋まで後少しだった。こんな時でも職務に忠実な東京マーチスの声も無視して、全力で浦賀水道を走った結果、10分もすれば湾外へと出れる。

 太平洋は、西日本にとって聖域とも云える場所だった。一目散に経路を東に取れば、加速度的に安全係数は高まっていく。


「敵機、旋回を開始!敵ミサイル発射された模様」


 山口は電測員の声に、スクリーンを見上げた。


 こちらに向かって来ていたはずの敵航空機が円運動を開始していた。

 ここまで来て、遊覧飛行を行うはずがない。攻撃を終えたのだ。


「敵ミサイル、予想方位125度、距離420、警戒を厳となせ」


 電子戦を主担当する船務長が、電測員に指示を出す。


「敵ミサイルと思われる反応探知ッ!方位120度、距離300、急速に突っ込んでくる」


「迎撃始めッ!」


 飛龍の装備する固艦防御火器は、大きく分けて2つ。CIWSとシースパロー・ミサイルだ。

 より長い射程を持つシースパロー・ミサイルが箱型のランチャーから放たれる。

 新型の発展型シースパロー・ミサイルなら敵機を捉えた時点での攻撃が可能であったが、残念ながら飛龍に装備されている物は旧型のままであった。


「敵ミサイル、失探(ロスト)!」


「畜生・・・」


 悲鳴の様な電測員の声。ミサイル士が悔しげな声を上げる。

 近代の対艦ミサイルは超低空を飛行し、レーダーの眼を逃れる。中には、本当に回避運動を取る物さえあった。


「捜索始めッ!」


 一瞬、レーダー封しを考えるが、未だ旋回を続ける敵航空機の存在に、その考えを打ち消す。

 間違いなく敵ミサイルは、母機の中間誘導を受けている。

 

 失探する前のエコーは、母機とミサイル各一つずつ。

 母機は95式であるから放たれたミサイルは、発射弾数から考えて61式。


―――なんてしつこい奴なんだ。とっとと離脱すれば良いものを。


 イージス艦が付いていれば、こんな暴挙は許さないのに・・・山口は知らず知らずの内に、親指の爪を噛んだ。


 ミサイル自体の捜索波は受信されず、未だ95式の捜索波は飛龍を捉え続けていた。

 どうやらこちらの握っていた電波情報は古かったらしい。飛龍のECMが、敵に効いていない。


「ミサイル予想位置、方位120度、距離100」


 電測員が叫ぶ。


 61式の速度は低空でもマッハ2に迫る性能を持つとされる。仮に性能が予想通りであった場合、10キロの距離を61式は、1分もかからない。


「CIWS起動」


 ミサイルの予想襲来方向に向け、CIWSが砲口を向ける。


―――ミサイル一発で、何とかなるほど飛龍は柔ではない。だが・・・


 大穴の開く海軍力。偏った軍事バランスに東日本は、いや我が国の政治家達は何を思い、何を考えるのか。


「総員、衝撃に備えッ!」


 山口は、椅子の手すりをギュッと握った。


 10秒・・・20秒・・・30秒・・・だが、訪れるべき衝撃は何時まで経っても来ない。

 CICに詰める誰もが、キョトンとした表情を浮かべ見つめ合う。


 そんな時だった。


 天井に設けられたスピーカーから航海長の声が流れる。

 艦の舵取りを担当する彼は、戦闘部署の配置は艦橋。外の様子を己の「目」で確認することができる。


「艦橋よりCIC、敵ミサイル・・・」






 奇跡は起こらないから奇跡と呼ぶ。軍事上では特にだ。

 神に祈って勝利を得られるのなら、誰もが神に祈るだろう。勝利には、どんなに小さくとも必ず理由がある。


「・・・うわッ!?


「どうした、何があった?」


 CIWSの起動に成功した、と弾んだ声を上げたばかりの応急士が悲鳴を上げる。

 沢村は、痛む腹を抑えながら叫んだ。


 壁を伝うようにしながらウイングに出て、ラッタルを上る。


「大丈夫ですか?航海長」


「すまん」


 追いかけてきた吉田が倒れそうな沢村の体を支える。


 洋上には、緩やかな風が流れていた。

 未だ旗風の艦内から漏れ出る黒煙が月光の下、ゆっくりと流れていく。


 奇妙な静寂。何時もは五月蠅い機関の音も何もない。


「航海長・・・CIWSが動いています」


 煙に目を細める吉田。そんな彼が呟くのと、静寂が突然の砲音によって破られたのは同時だった。

 CIWSの砲音に混じり、大気を斬り裂く甲高い音が聞こえる。


「何だ・・・?」


 目を覆う眩い光。沢村が知覚できたのは、そこまでだった。瞬きする間もなく、光に遅れて音と衝撃が沢村の体を襲う。


 それは、飛龍にとっての幸運。そして、旗風とミサイルを放った亜季達にとっては不運な出来事であった。

 いや、飛龍を守ることに成功した旗風にとっては幸運といえることなのかもしれない。


 ほとんど停止していた旗風の位置が丁度、61式の飛行経路上にあったという偶然と、ギリギリのタイミングで間に合ったCIWSの再起動。


 起動直後に射撃を開始した旗風左舷CIWSは、高度5mという超低空(己の位置より低い)を飛ぶ61式対艦ミサイルに20mm弾を叩きつけた。

 61式の軌跡を追う様に、20mmの火箭が伸びる。命中弾数11発。その内4発の20mm弾が、ミサイル後部に設けられた燃料タンクを貫いていた。

 灼熱したタングステン弾芯が、炭素繊維で作られたミサイルの外板を易々と貫き、そのまま燃料タンクの中に侵入する。


 燃料タンクを撃ち抜かれ、ミサイルが爆発したのは、旗風から僅か10mの地点であった。


 傷だらけの旗風に降り注ぐ衝撃と燃料の雨。その一撃は彼女にトドメを刺すには十分以上の威力を持っていた。

 炎が旗風の艦体を覆う。必死の応急処置により、流量を減らしていた浸水量は衝撃で歪み、開口部を広げた左舷を中心に急速に勢いを増していた。


 焼ける我が身を水に浸していくかの様にゆっくりと傾いていく旗風。


 そんな彼女を背には、彼女が守った西日本海上自衛軍の至宝、愛すべき妹があった。

 偶然かもしれない。神の悪戯かもしれない。だが、DDGとして、空母を守る盾として生まれた彼女は、最後にその本懐を遂げたのであった。










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