表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/16

Arma ex machina






 その戦いは、酷く無機質なものだった。


 HMDに映し出される指示通りに機体を運び、ボタンを押す。感動も高揚もなく、ただただ冷たい現実だけが、そこにあった 

 イージス艦に守られた安全な指定空域で待機し、敵の襲来に備える。自機の周囲には、僚機を含め3機のADイーグルが旋回を続けていた。


 紛争により、早期警戒管制機など、管制能力に大きなダメージを受けた航空自衛軍ではあったが、その全てを失った訳ではない。


 地上設置型のレーダーサイト網は、急ピッチで再建されていたし、海上自衛軍第1航空艦隊の中央を遊弋する空母「飛龍」には、航空自衛軍航空管制官も乗り込んでいる。

 アメリカ軍ほどのシステム統合は、未だ為されてはいないものの、自衛軍もまた次世代の戦い、ネットワーク戦闘に対応すべく少ない予算の中、限りない努力を続けていた。

 F-22が導入されていたならば、その座を譲っていたであろうが、ADイーグルもまた、次世代戦闘に対応すべく自衛軍が整備してきた兵器の一つであった。


 航空自衛軍内でのデータリンクは無論のこと、やろうと思えば海上自衛軍や米軍の艦艇からも情報を受け取れる。

 初飛行から30年以上が過ぎているF-15ではあったが、最新のアビオニクスに更新されたADイーグルは、次々と現れる新型機に勝るとも劣らない戦闘力を維持していた。


「静かだ」


 無線で喋る必要もない。時間だけが過ぎていく。楓は、コクピットの中、一人呟いた。

 エンジンの立てる透き通った音だけが、コクピットを支配する。高度6000m、そこは孤独だけが支配する世界。


 HMDに表示される情報を確認しながら、周囲を見回す。こうして首を振り、周囲を確認するのも飛び立ってから何度目になるか分からない。

 戦闘機乗りとしての習慣と云ってしまえば、それまでだが何故か落ち着かなかった。


「静かだ・・・」


 もう一度、同じ言葉を呟く。


 ステルス戦闘機部隊として特設されたADイーグル部隊は、正式な部隊名さえ持たなかった。ただ、番号だけで「8492」と呼ばれている。

 部隊秘匿の為、上層部の誰かが適当につけた番号らしい。部隊名はなくても、呼び名は必要だからだ。

 ワッペンもタックキャップも何もない。楓の肩にも、204航空隊のワッペンが、未だ縫い付けられていたままになっていた。


 HMDに、コンデションチェックの結果が表示される。数分に一度、機体と艦艇間の間で、データリンクに異常が無いか、バグチェックを行っているのだ。

 徹底的な電波管制が敷かれている8492部隊に、人が交し合う言葉は少ない。僅かに離陸時と着陸時に管制塔と話すだけ。後は、全てデータリンクで行われる。

 F-22や開発中のF-35ほどではないが、ADイーグルも機能上ではリンク16相当のデータ交信能力を持つ。


 人間の手を煩わせない。優秀すぎる戦闘機械。厚木で乗っていた頃とは違い、ADイーグルに習熟すれば習熟するほど、己の手を離れていく気がする。


「敵機か・・・」


 異常を知らせる警報音。楓は一度瞬きしながら、HMDの表示を読み取った。

 方位0-1-5、距離350(350km)、高度300(3万フィート)、複数の敵機が、機動部隊に向けて接近中だった。


 コクピットの外へと視線を向ける。僚機が小さく翼を振るのが見えた。楓も、それに応える様に、ADイーグルを小さくバンクさせる。

 HMDには、新たなに迎撃方位を知らせるステアリング・クロスが表示されていた。本当に優秀な機械だ。思わず人間の存在理由(パイロットの必要性)を疑ってしまうほどに。


 サイドスティックを僅かに倒し、楓はADイーグルを迎撃方位へと向けた。

 僚機の動きを確認する為、振り返った彼女に目にく3機のADイーグルの姿が映る。楓はもう一度、大きく翼を振った後、スロットルを押し込んだ。


 ミサイルを運び、敵を撃つ。持てる火力で敵機を墜す。

 楓が、戦闘複合体ともいえる巨大なシステムの一端末として、ミサイルの発射ボタンを押したのは、それから約3分後の出来事だった。






「後方ッ!敵機!敵機だよッ!」


「聞こえているわよッ!馬鹿!」


 後席に座る相棒の悲鳴の様な警告に、亜季は怒鳴り返した。


 エンジンパワーに任せて、低空を疾駆する95式戦闘爆撃機の背後には、西日本海軍の誇る大型双発艦上戦闘機(F-14Jトムキャット)が、ピッタリと張り付いていた。

 高度に余裕はない。必死に蛇行機動(シザース)を続ける亜季。機体後方に突き出たテールノーズに収められているレーダー警報装置と後方警戒レーダーが、死神の接近を訴え続けていた。

 鳴りやまぬ警報。今更、利恵に教えられるまでもない。警報は5分以上鳴り続けていた。泡立つ海面。機体に軽い衝撃が走る。傾けた拍子に、僅かに翼端が波を斬り裂いたのだ。


「クソッ!利恵!まだなの!?」


 亜季の背中を悪寒が走った。ドッと冷や汗が噴き出す。


「射点まで98秒。もう少しだよ!」


「そ、そんなに・・・。直援機は何処にいったのよ!?畜生―――!」


 亜季は叫んだ。機体が重すぎる。


 このままじゃあ持たない・・・。焦る気持ちとは別に、本来の姿とは、ほど遠い愛機を必死に操る。

 いかにハイパワーを誇る95式戦爆とはいえ、濃密な大気と腹一杯に吊り下げた空対艦誘導弾の重みに、その歩みは肥えた豚の様に遅かった。

 ロングレンジからの一撃こそ凌いだものの、西日本の誇るドラ猫を未だ振り切ることができない。かと云って無暗に高度を上げる訳にもいかなかった。


「回避!回避!」


 利恵の叫び声とともに、再び走る衝撃。機体が激しく揺れるのを、無理やり押さえつける。キャノピーのすぐ上を幾条もの光が駆け抜けていった。

 撃たれた!カッと体が熱くなる。亜季は反射的にスロットを緩め、フットバーを蹴った。95式戦爆の機体が、空と海の間の僅かな空間を滑り落ちていく。

 コンマ数秒の時間。そのまま操縦桿を引き付け、今度は逆方向へとフットバーを蹴る。スロットルは、ミリタリーへ。ガタガタと不気味な震動を見せていた95式戦爆が、再び翼に風を掴む。


 10mにも満たない高度での出鱈目ヨーヨー。だが、出鱈目だからこそ、背後で爪を振るっていたドラ猫が蹈鞴を踏む。

 低空でのエンジン性能は、95式戦爆の方が上。鶴の翼が、猫の後肢を上回る。安定する機動。再び、逃走時間を稼ぎ出す。


「馬鹿ッ!おとといきやがれ!」


 背後で千鳥足を踏む敵機のことを罵る利恵の声が聞こえる。


「まだよッ!後方見張り厳となせ!」


 今回は、いや今回も上手くいった、だ。亜季は騒ぐ利恵を怒鳴り付けた。


 後、何回逃げ切れる・・・?合成樹脂のヘルメットに覆われた頭を激しく動かしながら、亜季は自分達が、徐々に追い詰められているのを感じていた。

 横滑りも失速機動も使った。敵は間違いなく、此方の機動や癖に慣れてきている。時間との闘いだった。射点に着くのが早いか、機動を読まれ、撃墜されるのが早いのか。


―――味方は何をやっているのよ?


 酷く喉が渇く。マスクから流れ出る乾いた酸素が、亜季を喉を焼いた。


「また・・・来たッ!しつこい男は嫌われるよッ!」


 クソッ・・・もう・・・亜季は、悲鳴を飲み込んだ。再び、追尾を再開した敵機に対し、利恵が喚く。


 西側に対して、電子戦能力に劣るからこそ採用された先制飽和攻撃。だが、結果は猛烈な迎撃を受け、攻撃部隊は秩序を失っている。

 空は、入り乱れた両軍が、命を掛札に狂宴を繰り広げる舞台と化していた。共に新潟を飛び立った仲間達も、ステルス戦闘機の奇襲を受け壊乱、生きているのかも死んでいるのかも分からない。


 隊内情報網を見る利恵は、自分より仲間達の動向を掴んでいるはずだが、今は、それを確認している暇はない。ケツに張り付いた敵機を先にどうにかするのが先だ。

 再び、存在感を主張し始めるレーダー警報。統合電子戦装置が、冷却装置によって頭を冷やしつつ、電子の刃を振るって、敵レーダーの広げる網を斬り裂きにかかるが、どうにも分が悪い。

 鳴りやまない警報音。背後に噛みついているドラ猫の鼻は、よほど高性能なのだろう。優秀なハンターは、狙った獲物を逃がさない。


「亜季ちゃんッ!」


「煩い!分かってるッ!」


 バレルロール?駄目だ。高度が低すぎる。さっきみたいに一か八かで・・・・あーもう!亜季は叫んだ。


 機体を振り続けるほかに、有効な手段がない。高度を上げると敵艦に捕捉される。その点、迎撃戦を行う敵機は、高度の制限がない分、こちらより余裕があった。

 その上、先ほどの出鱈目ヨーヨーに懲りたのか、敵機は冷静さを取り戻している。功に焦り、深追いしてくるならともかく、相手が冷静な場合、奇手は己の首を絞めるだけだ。


―――どうすればいい?


「直援機は何処よッ!?」


 答えは現実逃避。亜季は叫びながら、頭上を見上げた。


 頭上の蒼空には、幾条もの飛行機雲が複雑に絡み合い、その線を伸ばし続けていた。

 資本主義者共が、その富にものを云わせて作り上げた鋼の腕でもって、祖国の空を激しく掻き回している。


「射点まで30秒!敵レーダー波探知。対艦攻撃用意ッ!」


―――後少し。もう少し。畜生・・・。


「そこの95式!ケツのクソ猫は任せろッ!そのまま突っ込め!」


 利恵の声に、友軍パイロットの声が重なる。


「了解!進路そのままッ!」


 救いの手。目に見えぬ神様より、言葉の聞こえぬ仏様より、今この窮地を救ってくれる友軍機だ。


―――美味しい所で来てくれるじゃない・・・


 自然と頬が緩む。互いに生きて帰れたなら、抱きしめてやりたい気分だ。今なら頬づりだって付けてやる。

 ラストラン。亜季は、スロットルを戦闘出力に叩き込んだ。再燃焼装置作動。衝撃が、飛行服に身を包む亜季と利恵を操縦席のシートへと押し付ける。


 95式戦爆の機体が、濃密な大気に負けてギシギシと揺れる。


「射点まで・・・15!」


 爆音、背後で閃光が走る。


「01、敵機撃墜」


 言葉の直後、キャノピーに影が射した。見上げた視線の先、見慣れた89式の姿が飛び込んでくる。


「後は任せたぜ!」


 同胞(友軍パイロット)の言葉が、亜季の耳に入る。


 貴方も頑張って・・・。意識したのは、一瞬。

 軽く翼を振った89式は、そのまま戦闘上昇。大柄な翼が陽光に輝く。


 戦いは、まだ始まったばかりだ。






 多国籍軍作戦名「鉄乙女(operation Iron Maiden)」


 6月1日、深夜0時をもって開始された多国籍軍による攻撃は、熾烈を極め、その作戦名に相応しい厄災を東日本をもたらしていた。

 東日本が、西日本に対して行ったデコイロケットと巡航ミサイルの組み合わせによる先制攻撃。続く航空機による防空網制圧。

 それは、まるで3ヶ月前の戦いを逆戻しで見ているかの様でもあった。西日本側から伸びる幾多もの火箭。双方の違いがあるとすれば、放たれる数だけだろう。


 衰えを見せ始めたとはいえ、西日本が経済強国であることに代わりは無い。そして、彼らの後方には西側盟主、世界最強の軍事大国が付いていた。

 圧倒的ともいえる物量差。多数の空母機動部隊を持つ西側のみに許された数の暴力は、鋭い針の群れとなって、東日本の体を射しぬいたのだ。

 東北、北海道、新潟。東日本の彼方此方で空襲警報が鳴り響いていた。多方向同時攻撃。国内の彼方此方で火の手が上がり、その数は増え続ける一方。


 一番最初に攻撃を受けたのは、巡航ミサイルを迎撃する為に起動した対空陣地や防空レーダー群だった。


 米航空母艦から飛び立ったF-18Eスーバーホーネットが、兄弟機であるEAー18GグラウラーのECM援護を受けながら低空を疾駆する。

 仮にレーダー波が、人の目に見えたのであれば、この夜の東日本の空は、電波で真っ白に染まって見えたに違いない。

 巡航ミサイル群を迎撃する為、夜空に投げかけられた電子の光芒。その光源に対して、対レーダーミサイルが襲い掛かる。


 合法非合法問わず、地道に集められたレーダー周波数や出力情報。その貴重な電子戦情報の一端を、シーカー内メモリに焼き付けたAGMー88ハーラムは、有象無象の電波の中から、正確にレーダー波を嗅ぎ分け、防空レーダーへと飛び込んだ。燃料消費により、僅かに重量を減らしたとはいえ、300kgを超える飛翔体が、マッハ3に迫る高速で激突するのだ。アンテナ保護を主目的とする薄い樹脂製ドームに耐えれる訳がなく、やすやすとドームを突き破ったハーラムは、レーダーアンテナと熱い抱擁を交わす。信管作動。膨張する大気とまき散らされる無数のタングステン合金の刃。穴の開いたレードームは、内側からズタズタに引き裂かれ、夜の空へと爆散した。


 優秀なオペレーターにより、レーダー波の発振を止めたサイトも、ハーラムの抱擁を躱すことは出来ない。

 一瞬の電波発振により、所在地を特定され、GPS情報により突っ込んでくるハーラム。東日本軍の多くの防空レーダー群は、開戦第1撃で、その機能の半ばを喪失していた。


「八咫烏01やり各機。防空網制圧(SEAD)の次は、本格的な攻撃部隊が突っ込んでくるぞ!俺達を制圧したと安心しきっている奴らのケツを思い切って蹴っ飛ばしてやれ!」


 この事態に、東日本軍も決して手を拱いていた訳ではない。


 確かに損害は大きい。だが、西側と戦うということはそう云うものだと彼らは理解していた。

 愚者は経験に、賢者は歴史に学ぶ。半世紀前に身をもって味わった鉄の暴風を忘れる訳がない。

 東日本軍は、ある意味、西側軍事力への恐怖によって築き、積み上げられたものなのだ。


 損害が出ることを前提に組み上げられた移動式レーダーや対空ミサイル車両を中心とする防空網。

 旧式ながらも未だ有効な高射砲群は、都市の上に猛烈な火網を広げ、低いながらも西側航空機群に、死のルーレットを回すことを強制する。

 東日本防空陣の奮戦は、日中に行われた先制航空攻撃より、よほどマシな損害を多国籍軍に与えていた。


 山間部に設けられたトンネル型秘匿飛行場から行われた戦闘機による迎撃もその一つ。


 戦力差を考えれば善戦していると称しても良い出来だった。

 多数のDDGや戦闘機の迎撃により、先制攻撃こそ失敗したものの、未だ、彼らは戦いを諦めてはいなかった。


「敵誘導弾来ます!」


 切羽詰まった声で、明美が叫ぶ。


「早期警戒管制機(AWCS)がついているな」


 明美の警告に、光則は謳う様に応えながら、機体を急降下に入れた。

 連なる山峰の稜線より低く。大柄な89式の翼が、夜の闇に沈む木々の梢を激しく揺らす。


 西日本に喧嘩を吹っかけた時は、対電波長距離誘導弾で仕留めたが、今回は、上手くいかないらしい。

 まあ、仮に早期警戒管制機を落とすことができても、奴らの戦闘機は、海軍の船とも情報をやり取りできるから無駄だがな・・・光則は口元を歪めた。

 鉄壁といっても良い防空巡洋艦(DDG)が相手では、手の出しようがない。日中にそれをやって空軍も陸軍も大火傷している。


「捜索波途切れません」


 明美の警告が続く。


 上から照らされては、いくら低空を飛ぼうと逃げ切れない。


 精度の低下を狙っても、AWCSに装備されているレーダーは、戦闘機の装備する物より数段上。

 早期警戒管制機のレーダーは、光則達の東日本戦闘機部隊の姿をしっかりと掴んでいた。


「心配するな。AWCSの中間誘導だ。当りはしない」


 光則は、答えながらスロットルを開いた。高まるエンジンの咆哮。機体が大きく揺れる。


「各機、ジェットコースターだ。遅れずに付いて来い」


「021、了解」


「031、了解。手荒くお願いしますよ」


「041、了解。遅かったら、別に追い抜いても構わんのでしょ」


 光則の言葉に、各編隊長(フライトリーダー)達が笑いを含んだ応答を返す。


 生き残った地上レーダーサイトからの情報を元に、343戦闘航空隊は、光則の機体を先頭に、迫る敵機群に向かって夜空を疾駆する。

 その素早い機動は、東日本最強の戦闘機部隊の名に恥じぬものだった。狭い山間部を右に左にと駆け抜けていく彼ら。


 いかに高性能なレーダーを積もうが、地上雑音をゼロになる訳ではない。機械の性能を人間の性能が僅かに上回る。

 処理落ちの一瞬。リアルタイムデータリンクも真の意味でのリアルタイムを達成できる訳ではない。


「こんな場所で、誘導弾が当るかよ」


 光則の顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。


 コンマ何秒の差であっても、高速で位置の推移する空の戦いでは、その一瞬が明暗を分ける。淡い光が明美の背中を照らした。

 振り向いた視線の先、バイザー越しに幾つかの火球が浮かんで消える。慌てて部隊内通信網で、編隊機の数を確認した彼女は、大きく息を吐いた。


「敵誘導弾の自爆を確認」


「言ったろ。当りはしないと・・・」


 光則の得意気な声が、明美の耳を打つ。


「俺達の仕事は始まったばかりだぜ。それに昼間の借りも返さなきゃならん」


 昼間行われた航空攻撃に343戦闘航空隊は参加していなかったが、参加した航空隊の多くが、西側機動部隊を中心とした熾烈な迎撃により、大損害を受けていた。

 特に攻撃の中心戦力を担った佐渡、新潟を根拠としていた戦闘爆撃機部隊の損害は大きく、彼らは、出撃した95式の半数以上を失っていた。

 それだけではない。護衛の戦闘機部隊にも少なくない損害が出ている。6個航空隊と1個対艦ミサイル連隊をすり潰した攻撃の戦果はDDG2隻撃沈、同クラス1隻を大破のみ。


「勝てるのですか?」


 不安気に明美が呟いた。


 目標の航空母艦には、傷一つついていない。まさに惨敗といってよかった。

 この半世紀、東西陣営がしのぎを削り合ってきた矛と盾の開発競争、対艦誘導弾と艦隊防空システムの開発競争は、西側の勝利に終わったのだ。


「勝てるのですか?」


「勝つんじゃない。負けないんだ」


 勝算が無かった訳ではない。相手が常識外だっただけだ。100機以上の攻撃機と地上の分を合わせて300発を超える対艦誘導弾の飽和攻撃を、僅かな損害で完封するなど誰が考える。

 そんな常識外れな相手を仮想敵に軍備を整備するなど不可能だ。奴らの防御力は異常。エイリアンを相手にまともな戦争などやってられない。


「俺と俺の鍛え上げた部下達はな・・・」


 光則は苦笑混じりに答えた。


 最強の兵器も、最強の兵士も戦場を変えることは出来ても、戦争の大局を決めることは出来ない。兵士の勝利と戦争の勝利は、イコールではないのだ。

 己の鍛え上げた343戦闘航空隊も同じ。キルレシオで、いくら西側を上回ろうが、最後は圧倒的な物量にすり潰されて終わり。

 HUDを見る光則の目に、敵機を示すシンボルマークが浮かび上がる。それは悲しい現実だった。個人が業を競い合う時代はとうに過ぎ去り、システムという訳の分からないものが兵士を殺す。


「・・・なんて」


「なんて自分勝手か?だが、負けるにしても負け方ってもんがあるだろう。ただでは潰えん。ここに東日本航空隊在りってな」


 明美の言葉を勝手に続けながら、光則は笑った。


「俺は、この国が大嫌いだ。今でもな。だが、西側のパイロットに舐められるのだけは我慢ならない」


 スロットルを押し込む。89式に2基装備されたロシア生まれのジェットエンジンが、甲高い音と膨大な推進力を叩き出す。

 機首に装備されたレーダーが敵機の姿を捉えていた。敵もこちらに向けて真っ直ぐに突っ込んでくる。


「・・・・・・・・・」


 後ろで明美が何か言った様な気がしたが、光則は無視した。




―――東日本の空へようこそ。資本主義者共。見学料は高くつくぜ・・・。


 夜空に光るジェットエンジンの光芒。その光は、天を照らす星々の明りにも負けぬ輝きを持っていた。










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ