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危機コンサルのダンジョン経営!?②~出張先でも悪辣全開! 冒険者に内ゲバを仕掛けたら、またも魔物にドン引きされる~

作者: きゅーび
掲載日:2026/05/24

『危機コンサルのダンジョン経営!?~転生したら5歳児の僕、悪辣サスティナブルダンジョンで魔物にドン引きされる~』のパート2となります。

「ご主人様、実は他の国にあります”ニヴルの井戸”のダンジョンマスターが窮地に陥っておりまして、ご主人様の悪逆非道な、いえ、血も涙もない、……飛ぶ鳥の羽をむしるような智慧をお借りしたいのです」

「……ついに誤魔化す気もなくなったか。今日のおやつはなしだ」

「そ、そんな、ご無体な!」


 途端にポチの耳が垂れさがる。尾っぽも一緒に元気がなくなりクゥンクゥンと悲し気な鳴き声が響いてきた。

 だがこいつは立派な使い魔であり、高ランクの魔族の狼である。

 見た目も中身も犬なだけで。


 前世は危機管理コンサルだった僕が、異世界のダンジョンマスターに召喚されて数か月。

 魔力量が外見に反映される謎システムのせいで五歳児の姿にされたが、カツカツのDPをやりくりして持続可能サスティナブルダンジョンを作り上げ、現在も恙なく営業中だ。


 この世界でダンジョンは”ニヴルの井戸”と呼ばれ、人間世界から資源である”マナ”を吸い上げる楔として存在する。

 マナが枯渇すれば下層世界(ニヴル)だけでなく、ひいては人間世界(ガイア)も崩壊する仕組みだ。

 しかし、人間はその連動性を知らず、井戸を「資源を強奪する悪の存在」と誤認している。

 故に彼らは、井戸を自壊させるために、命がけでマスターを討伐しに来るのだ。


「それで、その助けが必要なダンジョンマスターも僕みたいに魔力がかつかつなのか?」

「いえ、……魔力はたぷたぷでして。それはもう有り余るほどたぷたぷでして」

「――で?」

「強いドラゴンを召喚しまくり冒険者を次々に屠りまくった結果、誰も近寄らなくなってしまい……」


 馬鹿なのか? という言葉を僕はぎりぎり飲み込んだ。


「……まぁいいじゃないか。誰も来ないなら潰される事もないだろう」

「それが召喚しまくったモンスターの維持費でDPが枯渇寸前に」

「お帰り頂けばいいだろう」

「残念ながら一度呼び出したモンスターは倒されて死亡するか、ダンジョンマスターが倒れて解放されるか以外になく」


 つまりそのダンジョンは、誰も来ない遊園地に豪華キャストを取り揃え、日々の支払いで破産寸前という事だ。

 最近、そんな観光地を聞いた事がある気がするが、それはひとまず置いておく。


「……話だけは聞きにいこう。だが、僕が離れてもダンジョンは平気なのか?」

「ニブル・コアが壊されない限り問題ありません。コアとご主人様の魂は連動しているのです。

 コア自体に自衛能力はないため、本来は離れるべきではありませんが、冒険者の侵入がなければ大丈夫です」

「コアが壊されれば僕も死ぬ、僕が倒されればコアも壊れるという事か」


 念のため下層を守る女王蟻に何かあればすぐ連絡するように伝えておく。

 かくして僕は、魔力たぷたぷのダンジョンマスターに協力すべく、よそ様の井戸へ向かう事になったのだ。





「なるほど、……たっぷたぷだな」


 ポチ曰く、たとえば魔力量により反映される外見年齢の上限は”最盛期”であるという。

 いくら魔力が多くてもお婆ちゃんやお爺ちゃんにはならないという事だ。


 そして今、僕の目の前にいるのは、外見年齢20代後半ほどのたっぷた、……美女であった。

 転生前の僕は海外勤務のコンサルタントであったため、ハラスメントには敏感である。

 故にそれ以上の発言は控えるが、一目見て分かるほどに豊富な魔力量だった。

 とにかくすごい。圧が凄い。何とは言わないがもの凄く肉体の圧が強いのだ。


 白磁の肌に絡みつく茨を模したような黒衣、魔女や魔王を体現したような艶やかな紫色の髪。

 長い睫毛で縁どられた瞳もアメジストをはめ込んだかのようで、あまりにも美しく蠱惑的だ。


 ――だが妖艶な外見に反して、どこか様子がおかしかった。

 具体的に言うと、使い魔であろう黒猫の尻尾をしゃぶっている。それはもう、尻尾を鷲掴みにして遠慮なしにしゃぶっており、黒猫はストレスで死にそうな顔になっている。


「……まさかとは思うが、そのダンジョンマスターの精神年齢は」

「五歳児ほどですニャ」


 尻尾をしゃぶられたまま、猫が泣きそうな声を絞り出した。

 僕は思わず呻き声をあげてしゃがみこむ。


「いや、マジで、誰だよこのシステム考えだした奴。責任者連れてこい。この仕様で要件定義を通した奴も纏めてガン詰めしないと気が済まない。というか、五歳児なんか召喚するな。普通に虐待だろ」

「いえ、我々も無理矢理召喚している訳ではなく、召喚に応じて下さるかのお伺いは立てておりますニャ。まさか五歳児のマスター様とは予想外でしたニャ」

「まぁそうだろうな」


 すっかり項垂れたままの猫を見ていれば真実なのはよく分かる。


「見ての通りこのダンジョンは限界ですニャ。もう色々と限界なんですニャ。どうか助けて欲しいんですニャ」


 僕は犬派である。

 だが、目をウルウルさせながら前足を擦り合わせ、必死にお願いしてくる猫を無碍に出来る奴などいるだろうか。


「分かった。出来るだけの事はやってみよう。まずはニヴル・コアのアクセス権限を付与してくれ」

「……ん゛」


 妖艶美女、――名前をリリスと言うらしい、は相変わらず尻尾をしゃぶりながらもコアのアクセス権限を変更する。

 先ほどから喋ってはくれないが、内容はしっかり理解しているらしい。五歳児にしては賢かった。

 というよりも、五歳児にしては大人しすぎるし覇気がない。僕たちの存在を恐れる以前に関心が薄い。やけに受動的過ぎるのだ。

 気にはかかるものの、まずはダンジョンの現状からだ。

 僕はニヴル・コアの情報にアクセスしながら、リリスの使い魔である黒猫に視線を投げる。


「それで、君の名前は?」

「わたしですかニャ? わたしの名前はバルタザール・ルドリバリアンス・ジャッカール・カルヴァンレイズ・ドンファヴィリオ・クォール17世ですニャ」

「……了解した、お前は今からタマだ」

「ニャァアアアア!???!?」


 目をまん丸にして悲鳴をあげるタマに、ポチは菩薩のように慈愛に満ちた暖かな表情になっていた。

 





 僕のダンジョンより遥か西。

 サン・ロスジェリア共和国の山中にリリスのダンジョンは存在する。


 早速確認してみたダンジョンの状況は、それはそれは頭を抱えたくなるものだった。

 まず高位モンスターしかいないのだ。

 ダンジョンに入って二分でドラゴンとご対面する状態だ。

 それはもう、一瞬で帰りたくなるだろう。


 レッドドラゴンにベヒーモス、キマイラにサイクロプス。

 高レベルモンスターの展示会かと言わんばかりのラインナップで、羨ましい気持ちすら消えていく。

 極めつけはプラチナドラゴンという超高レアモンスターで、召喚DPの桁を数えるのもうんざりするような額だった。

 ニヴル通信での二つ名は『大地を屠る、邪龍の饗宴』らしいが、現状は『駄龍の休眠』である。


 プラチナドラゴンの1000DPを筆頭に、モンスターの維持費――餌代だけで毎日3000DPが消えていく。

 リリス自身の魔力供給(1000DP)を差し引いても、毎日2000DPの赤字だ。

 冒険者一人の魂が約200DPだから、毎日15人は間引かないと破産する。

 今はこれまでの貯金で食いつぶしている、文字通りの限界の状態だった。


「維持費が不足した場合どうなるんだ?」

「モンスターを処分するしかありませんニャ。でもご主人様はそれは嫌だと泣きますニャ」

「処分をせずにした場合は?」

「必要DPの補充としてご主人様の魂が吸い取られていきますニャ」

「このままだと共倒れという事か」


 これから素材を増やしてみたところで、今更このダンジョンに素材採取専門の冒険者が来る筈もない。

 自分のダンジョンとはまるで違ったアプローチが必要だ。


「……ん? このプラチナドラゴンの鱗というのは、自然に剥がれ落ちる事があるのか?」

「脱皮ですニャ。ドラゴンに関わらず、ベヒーモスの髭やサイクロプスの睫毛は自然と抜け落ちるものですニャ」

「睫毛あったのか。……いや、それはいい。これはDPにはならずとも人間たちには高級品だったりしないのか?」

「それはもう!」


 タマは得意げに胸をはった。


「プラチナドラゴンの鱗と言えば一枚で家が建つと言われますニャ!」

「……それだ!」


 僕は思わず手を叩いた。


「し、しかし、プラチナドラゴンに敵う冒険者などほとんどおりません! Sランク冒険者のパーティですら難しいでしょう」


 慌てて口を挟んで来たのはポチだった。


「問題ない。むしろ倒されてしまったら困るだろう」

「で、では、どのような策を?」

「プラチナドラゴンを避けて鱗を集める事の出来るルートを構築する。多少の危険があろうとも、家が建つようなお宝であれば挑戦する者はいるだろう」

「ですが、ルートを構築したとして、どうやって冒険者を呼び込むのですか?」

「利害関係が一致する外部の協力者を作るんだ」

「外部の協力者?」

「そうだ。――冒険者ギルドの、ギルドマスターと交渉する」





 サン・ロスジェリア共和国の山中、その井戸に最も近い街――カナイアレン。

 風光明媚といえば聞こえはいいが、目立った特産品もないこの街は、現在深刻な不況に喘いでいた。


 理由は二つ。

 井戸が周囲の“マナ”を吸い上げることによる農作物の不作。

 そして、その井戸が「危険すぎる」ため、観光地としても忌避されていることだ。


 本来、適度な難易度の井戸があれば、街は冒険者経済、宿屋や武具店、商店などで大いに潤う。

 しかし現在の井戸は、『生還率ゼロの死地』であった。

 過去に国家が軍隊を派遣した大征伐、あるいは最高峰のSランクパーティすら、誰一人として帰還しなかった。


 モンスターは強すぎ、得られる素材もない。

 そんな旨味のないダンジョンに挑む物好きは、当然ながら皆無だった。


 その結果、井戸もろともに生活苦に陥っているのがカナイアレンの現状だ。

 そんなカナイアレンの冒険者ギルドの執務室にて、ギルドマスターであるヴァルコフは人生で最も戸惑っていた。


「初めまして、ダンジョンマスターです」

「お、おう」


 ヴァルコフ・ドルフレン。

 かつて”鉄壁のヴァルコフ”として名を轟かせた冒険者は、齢六十を過ぎた今でも岩のような体躯を誇っている。全身に刻まれた傷跡はヴォルコフの壮絶な人生を物語っており、目があっただけで大抵の者が怖気づく。

 だが、今、ヴァルコフの前にいるのは僅か五歳ほどの少年だった。

 幼児特有の丸みのある頬に、艶やかな黒髪。背丈はヴァルコフの三分の一ほどで、椅子に座った足先は床に届いていなかった。

 見た目は紛れもなく五歳児だ。

 しかし、向き合った感覚は油断ならない、――熟練の交渉人を思わせる。


「この度は面会に応じて下さり心より感謝申し上げます。……正直、一度目で会って頂けるとは思いませんでした」

「お前が持ってきたプラチナドラゴンの鱗が紛れもなく本物だったからな」

「話が早くて助かります。では、早速本題に入りましょう。

 このたび、カナイアレン近辺にあるニヴルの井戸が凶悪過ぎる状況を打破すべく、改善提案を持ってまいりました」

「……改善提案を」

「はい。全てのモンスターを巡回型に変更、ルートを守れば安全に深部へ潜れる仕様へ変更します。これにより、一定数の冒険者が定期的にプラチナドラゴンの鱗を入手可能になります」

「それで、……?」


 ヴァルコフは椅子から身を乗り出した。目の前にいるのが五歳児だという事はすっかり頭から抜けている。


「プラチナドラゴンは地下30階に配置、一定ルートを巡回させ視界に入らないように逃げ込める横穴を複数用意します。

 ドラゴンの巡回を避け、横穴に避難しつつ進めば安全に鱗を入手できる。

 そのルートを、この冒険者ギルドお抱えのパーティが見つけ出したと周囲に宣伝して頂けないでしょうか」

「吹聴して回るのは簡単だが、信じて貰えるかは別の話だ。それにうちらにも矜持ってもんがある。実際に手に入れてないもんを手に入れたと言い張るのは気に入らねぇ」

「では30階までの地図をお渡しします。実際に潜って入手して下さい。始めは多めに鱗を拾えるようにしておきます。

 さらに安全ルートの地図はギルドから販売して貰って構いません」


 上手いな、とヴァルコフは唸った。

 恐らくこの小僧は始めから鱗も地図も渡すつもりでいたのだろう。そこをあえてヴァルコフから提示させ、承諾する形を取ったのだ。相手に有利な形で交渉を進めているように見せかけて、必要な条件を押し通す。


「鱗が獲れるとなりゃ、確かに冒険者は増えるだろう。だが、簡単に手に入るものはすぐに価値が暴落する」

「脱皮は月に一度。徐々に脱皮していくため一度に抜け落ちるのは20枚程度です。

 だからこそ、価値は暴落しません。毎月『限定20枠のプラチナチケット』を求めて、世界中から冒険者がこの街に集まり、宿を借り、金を落とす。……悪くない話だと思いませんか?」


 20枚は絶妙な数だった。

 間違いなく奪い合いになる。一攫千金を夢見て多くの冒険者が押し寄せるだろう。


「そうだな。そうなりゃこの街は救われる。

 だが、お前たちにとってそれが何の得になるんだ? 冒険者が増えたところで皆殺しにするつもりじゃないだろうな」

「皆殺しにはしません。ただ、間引きはします。貴方達のいう仲介料のようなものです」


 少年は穏やかに笑ってみせた。


「僕の狙いは利益を優先するあまりに安全ルートを外れたり、地図にない場所まで入り込もうとする連中です。

 元より、ギルドからの言いつけを守れない冒険者は、いなくなっても仕方ないでしょう?」

「……いいだろう」


 重い沈黙のあと、ヴァルコフは低く頷いた。






「交渉は成立した。それじゃあダンジョンの再構築を開始しよう」


 井戸の最下層は、僕のダンジョンと同じく古代文明の地下神殿のようであった。

 石造りの白壁に張り巡らされた魔導回路。血管が脈打つように魔光が走り、低く駆動音が響いている。

 僕はニヴル・コアを起動しホログラムモニタを展開させた。

 まずはモンスターの適切な巡回ルートの割り出しからだ。


「それにしても、一人で交渉の場に立つなど無茶が過ぎます」

「相手はギルドマスターだ。馬鹿では務まらない。ポチの気配は感じていただろう。ダンジョンマスターを倒したところで、街ごと滅ぼされたら何の旨味もないだろう」

「うう、それはそうですが……」


 ポチは心配しすぎたのか未だに耳が寝たままだ。尾も悲し気に垂れている。

 ……あとで念入りにブラッシングをしてやろう。


「30階にプラチナドラゴンを配置するとして、それまでも危険なモンスターを徘徊させる。

 そして、徘徊ルートを避けるためには、大きく迂回しなくてはいけないように構築する。

 ルートを短縮しようとしたり、ギルドからマップを買わずに別ルートを通った場合のみ死亡率を跳ね上げる」


 冒険者ギルドにはルートを外れた者には容赦しないと告げてある。

 その上で、ルートを外れたくなる仕組みを作ってやるのは取り決めに一切抵触していない。


「まず一見して危険がなさそうなショートカットを用意する。そして実際、数階分は安全を保ち冒険者の油断を誘う。

 さらにこのルートには、偽の『欲求の道(デザイアライン)』を作っておく」


 デザイアラインとは、公園などの芝生が「近道だから」と多くの人に踏み固められ、自然にできてしまった非公式のルートを指す言葉だ。

 公園の芝生が踏み荒らされてできた“けもの道”などがこれにあたる。

 これをダンジョン内で人工的に再現する。


 切り開かれた草むら、壁に乱雑に書かれた矢印、転がる空の薬瓶――これで「先人の痕跡」が完成する。

 人間には、公式に出された地図よりも、目の前にある”他人の痕跡を正解だと盲信する”心理バグ――『社会的証明』がある。

 彼らは自ら進んで、その偽りの近道へ吸い込まれていくのだ。


「堅実な冒険者はギルドで買い求めた地図を信じるだろう。

 しかし、慣れは人を摩耗させ、より安易なルートを選ぶ者が現れる。あるいは、地図などなくても人の形跡を辿ればいいだろうと考えた冒険者もこの手に引っ掛かる。

 数階は安全に進ませることにより『安全神話』を擦りこみ、油断した頃合いに強いモンスターと鉢合わせる」


 僕はここで薄く笑った。


「人は抜け駆けをした者に対しては厳しい視線を向けるものだ。楽をして自分たちの資源を掠めとろうとした冒険者が死んだところで自業自得、――むしろ”当然の報い”だと思うだろう」


 ――俺たちは真面目に遠回りしているのに、アイツは抜け駆けした。

 ――自分は高い地図代を払ったのに、アイツは他人の足跡にタダ乗りしようとした。


 真面目にコストを支払った者ほど、そこから逃れようとした『裏切り者』へ強い憎悪を抱く。

 その結果、本来はダンジョンに向けられるべき警戒や敵意は、すべてルール違反者へのバッシングへとすり替わる。

 この場合の犠牲者は、冒険者達にとって完全に“ノーカウント”なのだ。


「この方法ならば、追加召喚ゼロで改造可能だ。ひとまずこれで地下30階までを整備する」

「う、噂通りの悪辣ぶりなのですニャ。し、しかし、30階以降の守りはどうするんですニャ?」


 タマの遠慮がちな問いに、僕は優雅に頷いた。


「念のために31階のスタート地点に強力なモンスターを一体だけ配置する。それで十分だ。

 高価な素材を抱えていれば、攻略の続行より帰還を選ぶ。誰だって金塊を抱えて死ぬのはごめんだからな」


 かくして、『大地を屠る、邪龍の饗宴』の再始動計画がスタートした。






 リニューアルオープンは順調であった。

 冒険者ギルドの宣伝の甲斐もあって、ダンジョンにやって来る冒険者は増えていく。

 始めのうちは冒険者の数も少ないため、30階にたどり着きさえすればプラチナドラゴンの鱗が手に入る。


 冒険者ギルドで地図を買い、そのルートに従って潜るだけ。

 それだけで家が建つほどのお宝が手に入る。


 噂はあっと言う間に広がって、近隣の街からも冒険者たちが流れ込んでくるようになった。

 そうして経営方針の転換から一か月。ダンジョンの維持費コストを安定して供給することが出来るようになっていた。


「コストの余剰分が出て来たため、さらなるサスティナブル化を目指して改装を行う」


 僕はリリスに頭を撫で撫でされながら宣言した。

 ――そう、撫で撫である。

 最近の僕の悩みはダンジョン経営よりも、”大きくなっても頭脳は子供”な美女との距離感の方だった。

 流石に一か月もいればリリスも僕に馴染んで来たのか、遠巻きだった距離が少しずつ近づいてきたのは感じていた。

 しかしそこからの急接近。

 膝の上に載せられそうになったのを断固拒否して、落ち着いたのが撫で撫でだ。

 「僕はこう見えて中身は大人だからその距離感は宜しくない」と言いたいが、いかにも訳アリな中身幼女に余計なストレスを与えるのも気が引ける。


「まず、プラチナドラゴンにたどり着けない冒険者層へのアピールとして、各階に素材を配置。

 さらに、28階と29階からモンスターを撤退させ、”安全な階層”を確保する」

「安全な階層を? 何故ですニャ?」


 このところ、尻尾をしゃぶられる機会が減少したタマは以前より毛艶がよくなって来た。


「いいかいタマ、冒険者が増えた現状、30階へ潜っても確実に鱗が手に入るわけじゃない。

 ルートを守っても、一歩間違えればドラゴンの巡回に巻き込まれた場合、そこにあるのは“確実な死”だ。

 ハイリスク・ローリターン。そうなった時、不届きな人間はどう考えると思う?

 ――危険を冒して自分で拾うより、拾ってきた奴から奪った方が早い、だ。

 その『横取りの欲求』を後押ししてやるのが、モンスターがいない、安全に待ち伏せができる空白の2階層さ」


 僕は人差し指をたてて言葉を続ける。


「一方で、命がけで鱗を手に入れた冒険者は、その瞬間に緊張の糸がプツンと切れる。

 心理学でいう『目標勾配効果』の燃え尽きだ。

 本当のゴールは『生きて脱出すること』なのに、宝を掴んだ時点で脳が『完全クリア』と錯覚して集中力を投げ出してしまう。

 そこへ、28階と29階はモンスターがいないという……これもまた“安全神話”の擦り込みだ。

 無防備極まる彼らにとって、同業者からの急襲は文字通りの不意打ちになる」


 つまり僕がやろうとしているのは、冒険者たちによる同士討ち(PvPエリア)だ。

 あえて欲望が衝突しやすい空白地帯を作ることで、モンスターの維持費ゼロで死傷者(DP)を作り出す。


「もちろん、これが機能するのは最初だけさ。被害が出れば冒険者も警戒する。

 だが、それで終わりじゃない。今度は襲う側が組織化して『盗賊団』へとシフトする。彼らはギルド未所属のならず者、ギルドの規律である『同士討ちの厳罰』を無視できる。

 裏を返せば正規の冒険者側も、そいつら相手なら躊躇なく殺し合えるというわけさ」


 それが人間同士の争いである以上、ダンジョンの危険度ではなく法制度や倫理観の問題だ。


「盗賊団と冒険者と、どちらが倒れてもDPが手に入る。言ってみれば盗賊団はノーコストのモンスター、……ん? どうした?」


 ふと見れば、ポチやタマだけでなくリリスまで渋い顔になっている。

 どうやらドン引きされているようだった。


「解せぬ」


 僕はぷにぷにの頬っぺたを膨らませ、不満を全身でアピールした。






 ギルドマスターからの呼び出しがあったのは、PvPエリアが安定した稼ぎを見せ始めた頃だった。

 流石にやり過ぎたかと思ったが、どうやらそういう事ではないらしい。

 ギルドの執務室に入ったと同時、ヴァルコフに「すまん」と頭を下げられた。


「何があったんですか?」


 僕が尋ねると、ヴァルコフは状況を説明しようとし、その表情が戸惑いに変わった。

 視線の先にいるのはリリスである。

 そう、今回の会合にはリリスが同席することとなったのだ。なんと本人の希望である。


「彼女は?」

「彼女が本来のダンジョンマスターで、僕はいわゆる後見人だ」

「――後見人?」


 何を考えているかはよく分かる。だがそこまで露骨に不思議そうにしないで欲しい。


「う、うん、……? そうか、後見人、か」

「それで、本題は?」

「ああ、そうだな……実は、他都市の複数のギルドから、Sランク冒険者が派遣される事になった」

「カナイアレンに冒険者が集中して、他所の儲けが激減したから、か」


 僕が先回りして言うと、ヴァルコフは苦渋に満ちた顔で頷いた。


「ああ、その通りだ。何とか協議に持ち込もうとしたんだが……」

「利害が一致せずに決裂、と。分かりました。対策を練りたいので、その冒険者たちの詳細を下さい」


 僕の言葉にヴァルコフは大きく息を吐いて頷いた。

 ヴァルコフとしても同業者を売りたくはないだろう。だがすでにこの街とダンジョンは一蓮托生の関係だ。


「パーティ編成は盾役、回復役、斥候がそれぞれ1人、戦闘員3人が基本だろう」

「ふむ、6人編成か」

「派遣されるパーティは3チームだ」

「計18人という訳だな」

「砂漠の街ウルゴからは『紅蓮の反逆(レッド・リベリオン)』。冒険者ギルドだけでなく暗殺者ギルドにも籍を置く危険な奴らだ」


 危険な連中が「チーム名はレッド・リベリオンにしよう」とか話し合いをしたのだろうか。


「港町ラカーナからは『天雷(ライトニング)琥珀(・アンバー)』。トレジャーハント主体だが、クラーケンを退治したこともある実力派だ」


 人生で初めてつけたペンネームか?


「王都からは『蒼穹の(コバルト・)守護者(ガーディアン)』。貴族や騎士団の出身者が多く、装備も技術も一級品。間違いなくこの国最強の冒険者たちだ」


 レッド、ライトニング、コバルト。なるほど信号機だな、と納得した。


「了解した。そちらは僕が対処する。彼らが攻略に来た際には、一般冒険者を入場禁止にして欲しい」

「それだけでいいのか?」


 僕はコクリと頷いた。早速準備が必要だ。

 椅子から立ち上がって出ていこうとした所で、ヴァルコフが遠慮がちに口を開いた。


「……まさか、そっちの女性は、……リリスか?」


 ぴたり、とリリスの動きが止まった。

 振り返った彼女の瞳は、大人の妖艶さの中に、幼い子供のような純粋さを宿して凪いでいた。


「きづいた?」

「ああ、……まさかとは思ったが、その髪とその瞳の色は、忘れようがない」

「知り合いなのか?」


 僕が尋ねるとヴァルコフは呻きながら頭を掻いた。


「ある女が妊娠中に高濃度のマナを吸い込んだ。その後、女の子が産まれリリスと名付けられた。

 リリスの魔力はあまりにも強く、幼さ故に制御する方法を知らなかった。周辺住民はリリスを恐れるあまり迫害した。

 当時、俺はまだ一介の若手冒険者で、何の力もなかった。それでも何とか救い出そうとしたが、……間に合わなかった」

「うん」


 ヴァルコフの震える声に、リリスは静かに頷いた。


「俺を、恨んでいるのか? いや、恨まれて当然だ。必ず助け出すと言ったのに、俺は……っ」

「恨んでない。もう一度、会いたい、思った。そうしたら、こうなった。りりす、間違えちゃった?」


 その言葉が引き金だった。

 かつて鉄壁と謳われた老英雄の双眸が歪み、静かに膝から崩れ落ちた。

 僕はその姿をしばし見つめたあとに、寄り添うように膝を折る。


「……ヴァルコフ、僕は一時的な後見人だ。自分の井戸をいつまでもマスター不在にはしておけない。

 もし後悔があるならば、もう一度彼女と向かいあって話を聞き、今度は貴方が後見人になって欲しい」

「ああ、……分かった。約束する。……今度こそ、誰にも傷つけられないように守ってみせる」


 その言葉にリリスは僅かに微笑んだ。 


「頼んだぞ」


 僕は大きく頷いた。

 これで憂いが一つなくなった。

 後は僕が、いかにしてSランク冒険者を退けるかと言うことだ。







 コバルトのリーダーであり盾役を兼ねる騎士・クリフは此度の遠征に消極的であった。

 井戸の破壊そのものは支持するが、複数ギルドからの合同パーティというのが気に入らない。

 騎士や貴族層の多いコバルトにとって、暗殺者や海賊まがいの者たちは肩を並べるに値しない。

 しかし、目的の井戸はSランクパーティのみならず、王国軍の大征伐も容易く打ち破ったという経緯もあり、単独潜行が危険であることも理解していた。


「カナイアレンのギルドが渡して来た地図は正確みたいだね」


 クリフの傍らに立っているのは、ライトニングのリーダー、ヨシュアである。


「そうだな。協議会で討伐に反対していたと聞く。偽物の地図を渡される可能性も懸念したが……」

「そこまで愚かではないんだろう。ダンジョンが無くなれば、カナイアレンのような田舎町は発言権などないに等しい。先を思えば、少しでも他ギルドに恩を売る方が賢明さ」


 ダンジョンに潜って丸2日。もうじき地下30階へ到達する。

 ここまでの道のりは順調すぎるほどに順調であった。モンスターを避けた迂回路を通る事で、戦闘も発生していない。

 

「しかし、迂回路を選んだために予想よりも時間を食っているな、……おい! 何をしている!」


 クリフが声を張る。レッドがふいに藪の中へと斬りかかって行ったのだ。

 途端に複数の悲鳴があがり、人影が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。レッドは逃げる影を容赦なく切り付け、次々と血祭りにあげていく。

 相手は、冒険者狩りをしていた盗賊団だ。同情の余地はないが、突然の一方的な殺戮だ。


「何をしている! 何故殺した!」


 クリフの声に、一様に赤いフードを被ったレッドのメンバーは悪びれた風もない表情だ。


「アンタ達がノロマなせいで時間を食った。食料が不足し始めたから徴収したのさ」

「不足だと? 念のため多めに持って来るのが定石だろう」

「ああ、騎士様の定石はそうかも知れないけどね」


 にやにやと笑う顔は、騎士でありながら冒険者を兼ねるクリフを「金持ちの道楽」と揶揄するような表情だ。

 苛立ちがこみ上げるが、ここで言い合うのは時間の無駄だ。


「――次はプラチナドラゴンのいる地下30階だ。予定通り、ドラゴンは討伐せず先に進む。

 地図によれば避難路となる部屋は壁や床に鉱石が貼り付いており大人数では入れない。

 よって、各パーティごとに進んでいく。先行はライトニング、続いてレッド、殿を我々が務める」

「了解した」


 ヨシュアは軽快に頷いた。

 先鋒を外されたレッドは不満そうに鼻を鳴らしたが、ここは従う事にしたらしい。

 30階に降りると、唐突に空気が変化した。


 ドラゴンの気配、――それは、肌を焼く熱気と、五感を破壊する『臭いと音の暴力』だ。

 呼吸するだけで肺が焼けそうなほど熱い空気。

 火炎袋から漏れ出た硫黄と、過去の犠牲者が炭化した生臭さが混ざり合う。


 そして何より、見えざる死の気配。

 遥か奥から響いてくる、鋭利な鉤爪と、長大な尾が床を削り取る音。

 その音はまるで地の底から響くかのように、一歩ごとにフロア全てを軋ませる。


「それじゃお先に」


 まずはライトニングが出発する。15分刻みの砂時計を返し、砂が落ち切ったと同時にレッドが出発した。

 ドラゴンが接近した場合のみ、二度時計を返す――30分待つというルールを決めてあった。


 最後尾のコバルトが出発してしばし後、ドラゴンの接近を告げる地響きが通路を震わせ、周囲の温度が上がっていった。

 クリフたちはルール通りスタート地点の階段まで後退し、砂時計を二度返して、ドラゴンが通り過ぎるのを待った。

 計画上は何も問題がないはずだった。


 だが、待機を終えて進んだクリフたちが避難路の手前で見せつけられたのは、無残に焼け焦げた遺体の山だ。

 何が起こったか分からない。

 警戒しながら避難路を抜け、31階に続く階段まで逃げ切ったところで待っていたのは、激しく言い争うレッドの斥候であるガーザと、とライトニングのメンバーだった。


「……何があった」


 クリフが低く問い詰める。


「ライトニングのクソ共のせいで、うちのメンバーが焼き殺された!」


 レッドで生き残っていたのはガーザのみで、残るメンバーは横穴の入り口で焼死したという。

 喚くガーザに、ヨシュアが呆れた様子で口を開く。


「我々はルール通り、ドラゴンを警戒して二度待機した。だが、臆病風に吹かれたレッドが一度分で避難路へ突っ込んできたんだ。

 狭い横穴に無理やり押し入ろうとして自滅したのさ。我々はスペースを譲ろうとしたが、全員分は無理だった。自業自得だ」

「ふざけるな!」


 ガーザが叫んだ。


「俺は見たぞ! 避難路の奥に大量のプラチナの鱗が落ちていたのをな! コイツら、それを拾うために横穴に居座りやがったんだ。鱗を独り占めするために、俺たちを通路に押し出しやがった!」

「見間違いだろう。パニックで時間を誤認し、仲間を死なせたのはお前の責任だ」

「嘘を吐くな! ドラゴンは俺たちの『背後』から来たんだぞ!? 先行のお前たちが二度待つ理由がない。ルール通りに動いた俺たちが、お前らに追いつくはずがないんだ!」

「話にならん。我々は時間通りに動いていた」

「なら荷物を見せろ! 抱え込んだ鱗があるはずだ!」

「冒険者が命の次に重い荷をさらすわけがない。お前のような嘘つき相手ならなおさらだ」


 クリフは知っている。

 ドラゴンはコバルトが出発しようとした直後にやって来た。ガーザの言う通りライトニングが二度待つ必要はない筈だ。

 だが結果として、レッドの生き残りはガーザのみ。対してライトニングは全員が健在の上、プラチナドラゴンの鱗を持っている。それは、……万が一、ダンジョンをクリア出来なかった時のための最低保証になりうるのだ。

 ガーザに加担する旨味は、何一つ存在しなかった。


「……今は言い争っている場合じゃない。先に進むぞ」


 クリフの言葉に、ガーザは目に見えて顔をゆがめる。切り捨てられたのだと気付いたのだ。


「なら、俺はここで降りる」

「駄目だ」


 ガーザの言葉を、素早くヨシュアが遮った。


「お前のような嘘つきを先に帰したら何を言われるか分かったもんじゃない」

「何だと!?」

「もっとも世間が信じるのは勝者の言葉だ。お前が何を喚こうが、ダンジョンマスターを倒して俺たちが正義になる。それが嫌なら、少しは攻略に貢献しろ」

「貴様、……!」


 ガーザは歯噛みしながらも、仕方なしに攻略に付き従う。

 通路をドラゴンの臭気が満たしていた時よりも、パーティの空気は最悪だった。

 ガーザは苛立ち、ライトニングの歩みがやたらと遅いのは、ドラゴンの鱗を大量に抱えているためだろう。


 その上、31階以降は地図がなく、強力なモンスターも出現する。

 協力して攻略するとは決めたものの、信頼関係はズタズタだ。少しのミスでも言い争いに発展し、罪の擦り付け合いになっていく。


 それまでが地図頼りであった事も、疲労の原因となっていた。

 スカウトが先行し、安全を確保してから先に進む。当たり前である筈のひと手間だ。

 しかし、速やかな進行に慣れ切っていたせいで面倒に感じてしまうのだ。

 スカウトの一人がガーザである事も、遅延の原因となっていた。負担がないよう3人のスカウトが交互に先行していたが、ガーザの選ぶ道は妙にモンスターが多いのだ。

 あるいは、歪んだ罪の意識がそう感じさせたのか。

 

「この階はモンスターがいないようだ。一度ここでキャンプにしよう」


 40階にたどり着いたところでクリフが宣言した。

 そこは、まるで冒険者の心を読んだかのように、モンスターのいない階層だった。ここまで降りてくる盗賊団もいないため、安全にキャンプを設営出来る。

 そこで休めと、用意されていたようで気に入らない。そう思いつつも、これ以上の行軍は危険だった。

 ここでまた一つ問題が発生した。ガーザはキャンプ設営のための装備を全て失っていた。

 しかし、ライトニングも、そしてコバルトも、殺意に満ちたガーザを自らのキャンプに迎え入れる事を拒絶した。


「好きにしろ、俺は野宿も慣れている」


 ガーザは背を向けて奥のフロアへと去っていく。

 クリフもヨシュアも、一抹の気まずさを覚えながら、その背を見送った。


 彼らは慢心していた。

 例えガーザが何を思おうと、Sクラス冒険者のフルパーティ相手に立ち向かう手段など何もないと。


 そして、彼らは気付いていなかった。

 モンスターのいないそのフロアは、多くの素材で溢れていた事に。

 その素材が、あつらえたように毒草ばかりであった事に。







「先行したパーティがライトニングじゃなかったとしても、結果は変わらなかっただろうさ」


 ホログラムモニターを見つめながら、僕は静かに呟いた。

 最下層に響くのは魔術回路の駆動音だけだ。ドラゴンの臭気も熱もなく、そこにあるのは平穏だ。

 中空に浮かぶモニターは冒険者たちの末路を淡々と映し出している。


「井戸の破壊という大義名分が霞むほどの高級素材をバラまいてやれば、思わず手が出るのは当然だ。

 彼らはあくまで商売としての冒険者で、正義感で動く勇者でもなければ、使命を持った騎士でもない。

 それがコバルトでもレッドでも、同じように拾い集めていたはずさ」


 プラチナドラゴンの鱗は、避難路だけでなく通路にもばらまいておいたのだ。

 あえて配置の間隔を不規則に、通路の端にも転がしておき、回収の手間と時間を削り取る。

 彼らが避難路にたどり着いた時点で、タイムスケジュールはすでに破綻していた。


 先頭が避難路を独占すれば、後続は逃げ場を失いドラゴンに焼き殺される事になる。


 生き残りがいようがいまいが変わらない。

 仲間殺しの疑念と、高価な素材とが、彼らの足を泥沼に引きずり込むように重くする。

 疲労とストレスが最大に達したタイミングで、『安全地帯』と『豊富な毒草』を提供したらどうなるか。


 孤立し、復讐鬼と化したガーザは、その毒草で高濃度の毒霧を作り出し、ライトニングとコバルトを壊滅させた。

 命からがら逃げ出せた生存者も、二度と使い物にはならないだろう。


 そして当のガーザは、奪った鱗を抱えて逃げ帰る途中、――29階で生き残った盗賊団と鉢合わせる事になる。

 行きがけに仲間を一方的に血祭りにあげられた強盗たちが、彼をどう迎えるかはお察しだ。


 あるいはレッドの生き残りがいなくても、ライトニングは素材の独占と口封じにコバルトを攻撃しただろう。

 そうでなければ、ライトニングは仲間殺しの告発に怯え、コバルトに搾取され続ける事になる。


 かくして、他都市が誇る最強のSランク冒険者たちは、そのほとんどが未帰還者となったのだった。


「さて、そんな訳でそろそろ僕はお役御免だ」


 Sクラス冒険者たちの顛末は、ヴァルコフにも大まかに伝えてある。

 やけに渋い顔で「今後は二度とアンタの世話にならないようにする」と呟いていたのが腑に落ちないが、深く考えない事にした。何にせよ、今後リリスのサポートはヴァルコフがおおいに腕を奮ってくれるだろう。


「それにしてもニブルに産まれて200年、こんなに真剣に人間に同情したのは初めてでしたニャ」


 リリスに抱っこされたタマはやけにげっそりとした顔だった。

 このところ、リリスのメンタルが落ち着いたのかタマの尻尾をしゃぶる回数が減っている。

 僅かだが、自分から話しかけてくる事もあり、表情も少しずつ変化が見られるようになってきた。

 お陰でタマのストレスも半減した筈だった。

 しかし今日は、冒険者の末路を見守りながらたいそう渋い顔になっている。


「やはり人間の敵は人間だったんですニャ。恐ろしいですニャ」

「……せっかくお前のためのキャットタワーを作ってから帰ろうと思ったが、今回は見送りだな」

「きゃ、きゃっとたわー? きゃっとたわーとは何ですかニャ? 何だかわかりませんが、やけにワクワクする響きですニャ!?」

「さて、どうしようかな」

「酷いですニャ、酷いですニャ、ぜひきゃっとたわーを作って欲しいですニャ!」


 にゃむにゃむと騒ぎ出すタマに、僕はあえて考え込んでいるふりをする。

 ポチはまた菩薩のように穏やかな顔になっていた。

 地下50階にキャットタワーは出来るのか、その答えはそう遠くない未来に分かるだろう。









『【連載版】召喚された聖女がおっさんだった件。~聖女召喚された事故調の野良犬は奇跡を科学で解体します~』が無事に連載完了いたしました。大変ご好評いただきありがとうございます。

全23話、今なら一気読みが出来ますので、興味を持って頂けました方は是非読んで頂けますと嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
悪辣、再び♪この為にダンジョンマスターになったんでしょうけど、容赦ないですね。 サポートの猫がやさぐれなくて良かったです。脱毛症にならず、尻尾もおしゃぶりから解放されて……後はキャットタワーだけです…
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