月下庭燼、孔雀台崩
「月下の隠れ庭」の最後の一筋の灯火は、俺の手にある断刀が振り下ろされるとともに、完全に掻き消えた。 猩紅の血珠が刀刃を伝って滴り落ち、青灰色の石板に暗い紋様を描いていく。俺は刀を収め、血振りをして周囲を見渡した。そこは既に、銀の孔雀の紋章を纏った骸が転がる煉獄と化していた。彼らはヴァレリウス家が飼い慣らす黒社会の狗であり、この売春宿の番人どもだ。乱入してから掃討し尽くすまで、刃が止まることはなかった。灼熱の血の臭いと夜の冷たい霧が混ざり合い、喉が焼けるように痛む。
一時間前、俺は隣の「銀の孔雀亭」を血の海に変えたばかりだった。あそこの悪徒どもはさらに凶悪で、小型の火銃まで隠し持っていたが、【氷封の靭】を展開した俺の前では、弾丸など無力な飾りだった。幽藍の符文が流転し、弾道も奴らの驚愕の表情も凍りついた。断刀が奔るたび、生命が終わりを告げた。
この「孔雀」と「月下」の名を冠した二つの遊郭は、表向きは中層区で最も華やかな場所だが、その実、ヴァレリウス家が子供の身売買で私腹を肥やす拠点だ。拉致された身寄りのない子供たちは、「雛」として貴族の玩具にされるか、あるいは暗闇へと梱包されていく。俺は黒幕を吐かせるつもりだったが、この雑魚どもは意外に骨があった。結局、「銀の孔雀亭」の領班を引きずり出し、目の前で一番の側近を斬り捨ててようやく口を割らせた。
「命だけは! 吐く、全て吐くから!」領班は膝をつき、股間を濡らして震えていた。「俺たちはエドマンド子爵様の下の者だ! ここは子爵様の産業だが、裏で操っているのはヴァレリウス伯爵だ! 子供の一部は使用人として他家に送られ、一部は……王立病院の地下実験室へ送られた! 殺さないでくれ! 残りは伯爵様やそれ以上の貴客たちに送られたんだ……!」
ヴァレリウス伯爵。
その名は毒針のように耳膜に突き刺さった。クレイアの言った通りだ。中層区でこれほど大胆に悪事を行える背景には、さらなる貴族の庇護があるはずだ。俺はもはや言葉を交わさず、断刀で奴の喉を裂き、死体を蹴り飛ばした。源流が伯爵邸なら、躊躇う必要はない。血の債務は、血で購わせる。
俺は血に濡れた断刀を手に、夜に紛れて領班が白状した伯爵邸へと潜行した。街道は騒動で静まり返り、遠くから巡礼兵が様子を伺うだけで、血まみれの修羅に近づこうとする者は誰もいない。
ヴァレリウス伯爵。血の債務は、血で購わせる。
これと同時に、街道の角の陰にいた一人の治安官は、剣の柄を握りしめ、兜の下で冷汗を流していた。伯爵邸の方角から響く悲鳴と重剣の音を聞き、彼は背後の虚空へ向かって低く囁いた。 「閣下、向こうはもう手がつけられません……本当に放っておいて良いのですか? ヴァレリウス家が根絶やしにされれば、中層の秩序が……」 「暴れさせておけ」影の中から、不遜なまでの威厳を帯びた声が響いた。「あれは稀代の利刃だ。まずは奴に、王城のために腐った古木を掃除させればよい。奴が十分に暴れた頃に、私が直々に会いに行く」 治安官は縮み上がり、それ以上言葉を発することはできなかった。
だが伯爵邸に近づくや否や、数条の鋭い殺気が俺をロックオンした。 「貴族街へ立ち入る愚か者には、死を!」 三つの影が飛び出した。ヴァレリウス家の高等潜行者だ。匕首が眼球、喉、心臓を狙う。プロの殺戮訓練を受けた動きだ。俺は瞳孔を収縮させ、即座に【氷封の靭】を起動、同時に【死の足取り(デス・アドバンス)】を爆発させた。
「ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ!」 金属音が響く。一人の手首を鉄鉗のような左手で掴んでへし折った。「ガシャリ」と鈍い音が響き、悲鳴を上げる間もなく断刀が心臓を貫く。【霊界の打撃】が発動し、掠り傷が瞬時に塞がる。連撃を仕掛ける二人に対し、俺はわざと隙を見せて一人の膝を蹴り砕いて跪かせ、その喉を裂いた。最後の一人は背中から心臓を貫いた。
屋根の上に淡紫色の法術光輪が浮かぶ。「審判を受けよ!」放たれた三つの寒氷の矢を、俺は【氷封の靭】で耐え、【吸血鬼の血】を燃焼させて屋根へ跳躍。詠唱の途中で【精神凍結】を叩き込む。法術師の護盾は砕け、身体は真っ二つになった。鮮血と内臓が瓦の上にぶちまけられる。
「次は誰だ?!」
伯爵邸の大門が開き、赤紅の鎧を纏った四人の高等戦士が現れた。重剣の轟音が響く。俺は断刀を四振りの重剣にぶつけた。「ギィィィンッ!」衝撃で血を吐きながら後退する。奴らの力は潜行者とは比較にならない。俺は耐え、背後からの追撃を断刀で受け止め、さらに血を吐いた。
「ゴハッ……!」 俺はその痛みを糧に【霊界の打撃】を繰り出し、命を奪い取る。首領の隙を突き、断刀をその胸へ深々と突き立てた。首領が倒れると連携が崩れ、俺は一気に追撃して二人を屠った。最後のひとりは、その頸を後ろから跳ね飛ばした。
そして伯爵邸内、俺は既に奥へと斬り込んでいた。断刀が伯爵の肥え太った頸を切り裂き、その驚愕と淫邪に満ちた顔に最期の冷光を刻む。俺はすぐに去らず、荒らされた書斎の名貴なマホガニーの机の隠し引き出しから、一冊の分厚い黒革の手帳を見つけ出した。
震える手でそれを開く。そこにはおぞましいほど端正な筆致で、「貨物」の出所と行き先が詳述されていた。 『三月十二日、貧民窟の孤児三名、王立病院地下実験室へ。評価:栄養失調のため耐性が極めて低く、生体解剖開始から二時間で臓器不全により死亡』 『四月五日、外城難民キャンプの幼女五名。行き先:某侯爵邸、エドマンド子爵邸。備考:貨物は鮮度が高く、顧客は大変満足している』 …… 手帳には残酷な実験データだけでなく、子供たちが瀕死の際に見せた心拍数、血管壁の厚さ、心室の幅の比較観察まで記録されていた。畜生どもめ、無垢な命を使って、こんな狂気じみた「身体構造研究」をしていたのか!
手帳の最後の数ページには、聖城に名を轟かす貴族たちの名簿まで記されていた。
「……ふざけるな」怒りのあまり、呼吸が激しく荒ぶる。殺意で血管が弾けそうだ。この手帳こそが、この街の最も醜悪な隠し事だ。俺は手帳を懐に押し込み、再び断刀を握りしめた。名簿にある次の標的を探そうとしたその時、あの深淵のごとき圧倒的な気配が、ついに門の外に現れた。
ふと、窓の外に目をやれば、いつの間にか雪がまた激しさを増していた。
深々と降り積もる雪は、伯爵邸の凄惨な血溜まりも、引き裂かれた肉も、俺の手にこびりついた赤も、すべてを無慈悲に覆い隠していく。雪がいかに純白であろうとも、いかに厚く降り積もろうとも、その下にあるのは拭い去れぬ罪悪と腐臭だ。
だが、今はただ、このまま降り積もればいい。この穢れた地のすべてを埋め尽くし、何もかもを白く、清らかに塗り潰してしまえばいい。
「……落とし、積もれ。落として、綺麗にすればいい」
それは鎮魂か、あるいは諦念か。 すべてが埋もれ、すべてが無に帰す――その真っさらな静寂だけを求めて、俺は雪の向こうに待ち構える巨大な影へと、最後の一歩を踏み出した。




