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死して八年、俺は孤魂野鬼(ここんやき)として蘇る――この食い荒らされた世を切り裂く   作者: Tiny Abomination in a Jar


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下水道の上

今回の舞台は、聖都の最暗部である「地下二層」から、きらびやかな「王立療養院」へと至る決死の潜入行です。

   

足元に広がるのは、腐敗と悪臭が支配する絶望の淵。  


頭上に広がるのは、草木が香り、楽の音が響く偽りの楽園。    


この垂直な空間構造こそが、聖都という街の歪んだ本質を象徴しています。


下水道の汚泥を潜り抜けたミンが、その「清潔な狂気」の中に何を見出すのか。

屠殺者の魁梧な巨躯が轟然と血の海に沈み、下水道には再び、不気味な死寂が戻ってきた。  あまりの静けさに、自分の心臓の鼓動が擂り太鼓のように打ち鳴らされ、荒い呼吸音が潮湿な甬道の中にはっきりと回響し、石壁にぶつかっては重苦しい回響となって返ってくる。


 突然、粘りつくような「グツ……グツ……」という音が死寂を切り裂いた。それは橋の下に潜むスライムが緩慢に蠕動し、水道の中の汚物を貪欲に呑み込み、体内のまだ腐りきっていない人骨を消化している音だ。その声はこの暗闇の中で聞くと、ことさらに気味が悪かった。


 だが、俺の心は依然として鉄塊のように沈んでいる。これほど重要な秘密の通路を守る唯一の番人が、あの人間性の欠片もない変態的な屠殺者だと? これは上層貴族たちの過度な自信ゆえか、地下二層の深淵にまで踏み込む者はいないと踏んでいるのか? あるいは、これ自体が残酷な防御策なのか――意志の弱い者が捕虜となり真相を吐露するのを防ぐため、いっそ狂人を用いて全ての泄密を封鎖したのか? 二つの推測が脳裏を駆け巡るが、どれも釈然としない詭異な気配を湛えていた。


 俺は歩を止め、辺りを見回した。刺すようなアルカリ液の匂いが、吐き気を催す腐臭と混じり合い、先を争うように鼻腔へ入り込み、喉を締め付ける。俺は冷たい石壁に沿って、一見普通の隔壁へと足を踏み入れた。角には蜘蛛の巣が密集し、埃が厚く積もっているが、中央にある古い木製の机だけが、異様な気配を放っていた。机の上には、もはや元の形も判別できないほどに変色した焦げ茶色の腐肉が広がり、無数の純白の蛆虫が、密密麻麻と腐肉の上で狂ったようにのたうち回り、跳ね回って、サワサワという細かな音を立てていた。


 俺は目を細め、指先を無意識にその穢物へと伸ばし、何か手がかりがないか探ろうとした。だが、その蛆虫たちは滑膩なことこの上なく、指先が触れた瞬間にツルリと指の間から逃げていき、痕跡すら残さない。俺は奥歯を噛み締め、指の腹で挟もうとしたが、奴らは丸まって逃げるか、指先から滑り落ちる。少し力を込めれば、「パチッ」という軽い音と共に蛆虫は瞬時に弾け、腐肉よりも濃厚な悪臭が猛然と炸裂し、反吐が出るような悪臭に胃をひっくり返されそうになる。


 俺は心の中で毒づき、手に持った断刀を置き、腰を下ろした。両手の掌を上に向け、ゆっくりとその腐肉の塊へと覆い被せる。  指先を腐肉の表面に密着させ、小指の付け根から掌にかけて、絶妙な加減でゆっくりと圧力を加える。それはまるで蛆虫に触れるのではなく、壊れやすい泡をなだめているかのようだった。


 微かな搾り出すような音が響き、頭皮が痺れるような「プシュッ」という音が続く。――あの純白の蛆虫たちが、腐肉の裂け目から、一匹、また一匹と俺の掌の中へと弾け飛んできた。黏りつく膿汁と共に、氷のように滑らかな感触が肌を伝い、掌の上で目的もなく跳ね回るその感触に、激しい悪寒が走る。


 俺は不快感を強引に抑え込み、掌で蠢く蛆虫を見つめながら、こいつが一体何の役に立つのかと心中で疑った。その時、眼角の余光が床の異変を捉えた。極めて薄い擦り傷が、長く、繰り返された引きずり痕となって、淤泥に覆われた石板に深く刻まれている。まるで何か重い物が、無理やりここを引きずられたかのようだった。


 俺は掌の蛆虫を猛然と振り払い、その痕跡を辿って壁際へと素早く歩み寄った。指の関節で石壁を軽く叩いてみる。二つの壁から返ってくる音は、明らかに異なっていた。――一方は重苦しく、もう一方ははっきりとした「クウ、クウ」という空洞の響きを立てた。


 果然、壁の向こうは空になっている。  俺は無意識に背中の断刀を握りしめ、刃が嗡鳴し、今にも斬りかかろうとした。だが、刃が空気を切り裂く寸前、俺は猛然とその動作を止めた。  いけない。この石壁は相当な厚みがある。一太刀で切り裂こうとすれば、必ず雷鳴のような巨響が響く。そうなれば秘密を突き止めるどころか、地下室中の守衛を驚かせ、俺は插翅難飛の窮地に陥るだろう。


 俺は胸の焦燥を抑え込み、再び木机のそばへと戻って、身を屈めて詳しく調査した。机の表面、脚、底。一寸一寸探っていき、ついに机の脚と地面の接続部で、盛り上がった鉄の留め具に触れた。机を左右に回し、あるいは押し込もうと試みるが、机は床に釘付けにされたように微動だにしない。  俺は力を振り絞り、猛然と左へと捻り上げた。――すると「カチリ」という軽い音が響き、足元から微かな震動が伝わってきた。固定装置が外れた音だ!


 俺は心中で喜び、すぐに机を前へと押し出し、左右に揺らして角度を調整しながら、机の縁がしっかりと空洞の石壁に突き当たるまで動かした。


 さて、この仕掛けを設計した者は、どんな方法で効率よく「資源」を運ぶ? 斜坡か? いや、愚かすぎる。空間の無駄だし、痕跡も残りやすい。俺は顎の無精髭を撫でながら、口角に冷笑を浮かべた。俺なら、滑車を使った隠し昇降機を作る。


 俺は確信を持って、指先で壁の目地をなぞっていった。ざらついた石の面を指が滑り、ついに机の右側の石壁で、触感が明らかに異なる煉瓦に触れた。――それは周囲の石よりも滑らかで、押すと微かな弾力があった。  俺は深く息を吸い込み、その煉瓦を猛然と押し込んだ。


 低い「ゴゴゴ」という音が耳元で響く。まるで眠れる巨獣が目覚めたかのようだ。空洞だった石壁がゆっくりと片側へスライドし、真っ暗な入口が姿を現した。入口からは冷たい風が吹き出し、鉄錆の匂いを運んでくる。入口の奥には、昇降井戸がはっきりと見え、一本の太い麻縄が暗闇の中から井戸の底まで垂れ下がっていた。


 だが、俺に迷いはなかった。ましてや、迂闊にその昇降機に飛び乗るような真似もしない。井戸の出口の外に天羅地網が張られていないと誰が断言できる? 兵士たちが上で待ち構え、自ら罠にかかる獲物を待っているかもしれないのだ。  俺は井戸の口に近づき、瞳の中の微かな幽藍の火光を頼りに中を覗き込み、次の瞬間、跳躍してその垂れ下がった太いロープをしっかりと掴んだ。腕の筋肉が瞬時に引き締まり、青筋が浮き出る。重い甲冑が肩に食い込み、俺は呼吸を殺して音を立てぬよう細心の注意を払いながら、手足を駆使して一歩一歩、上へと攀じ登っていった。


 上に行くほど、光が明るくなっていく。  井戸の口が近づいたところで、俺は猛然と動作を止め、身体を宙に浮かせたまま耳を澄ませた。周囲は静まり返り、足音も話し声も、風の音すら聞こえない。  ……何もない。


 俺は奥歯を噛み締め、腕に一気に力を込め、両脚で井戸の壁を激しく蹴った。俺の身体は離弦の矢のように、井戸の外へと飛び出した。  着地の瞬間、即座に膝を曲げて屈み込み、衝撃を逃がす。その動作は夜猫のように軽やかだった。


 顔を上げた瞬間、俺は呆然とした――ここは庭園か?  夜光を浴びた草木の清香が鼻腔を抜け、全身を包んでいた腐臭を追い払う。だが、庭園の中は不気味なほどに静かだった。少し先に池があり、数匹の鯉が泳いでいるのが見えた。俺はそこへ飛び込み、先ほどの下水道の臭いを洗い流そうとした。


 夜風が木の葉を揺らす「ザワザワ」という音。俺は水から上がり、自分の匂いを念入りに嗅いだ。これで身体にはいくらか魚の生臭さと泥の臭いが加わったが、さっきの腐敗臭よりはずっとマシだ。  急いで庭園を抜けると、そこは「王立療養院」だった。大広間には人影がない。だが、それとは鮮明な対比を成すように、遠くから男女の熙熙攘攘とした喧噪、嬉笑打闹、そして楽師が奏でる悠揚たる旋律が聞こえてくる。  紙酔金迷の騒めきが、療養院の低い壁越しに、はっきりと伝わってきた。

読んでいただきありがとうございます。


 今回のミンの行動、いかがだったでしょうか?  泥臭く、しかし冷徹に「合理性」を追い求める……彼らしい、孤魂としてのスタイルが伝わっていれば嬉しいです。


 執筆中、私はこの場所の構造をずっと考えていました。  華やかな「王立療養院」と、その真下に広がる「下水道」。この二つは切っても切れない関係にあります。療养院で排出された「何か」を処理するために、あの凄惨な地下空間が必要だったのです。


 そして、ミンが潜り込んだ池。  そこには美しい錦鯉だけでなく、蝦や蟹、そして異様な変化を遂げたトカゲたちが潜んでいます。なぜ、この淡水の池にそんな生物たちがいるのか? それが何を食べて「変化」したのか……。  今はまだ、多くは語らないことにしましょう。


 次章、ついにミンはこの清潔な狂気の中心部へと足を踏み入れます。

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