地底からの帰還(ドワーフたちの視点)
場面は転換する。ミンたちが深淵へと身を投じたその同じ瞬間 —— バラックザ王宮の深奥。
王の寝殿の壁炉では、残り火がパチパチとはぜ、暗紅色の火光が石柱の間で明滅していた。オレリウス・カンムリは冷え切った王座に座り、灰白の髭を熱気の中に微かに震わせている。その手には重厚な鉄杯が握りしめられていたが、中の麦酒はとっくに冷めきっており、一口もつけられていない。
ラグドンは王の御前に立ち、太い腕を胸の前で固く組み、顔には疲弊と不甲斐なさが刻み込まれていた。皺の一つ一つに焦燥が埋まっている。
「……奴らは下りていきました」ラグドンの声は、砂紙で擦られたように低く掠れている。「あのアマガミ……ミンと、二人の娘たちもだ」
国王の指節が、王座の扶手を一定の刻みで叩き、重苦しく圧迫感のある音を響かせる。彼は苦笑いして首を振った。
「大地なる母の加護があることを願おう」
オレリウスは目を閉じ、長く溜息をついた。老いた声が空虚な大殿に木霊する。
「はあ ——」
「長年、我らドワーフは華々しく立ち振る舞い、人間やフーリ(獣人)、エルフたちと同盟を結んできた。だが実態はどうだ? 内憂外患だ。我らはオークを防ぐ第一の防波堤であり、地の底にはアイアンドワーフという、いつ爆発するとも知れぬ不安定要素を抱えている」
「下がるがいい、ラグドン。お前の工房を守れ。余は……ここで祈っている」
ラグドンは重々しく、かつ丁重なドワーフの礼を尽くすと、背を向けて大股で立ち去った。殿門がゆっくりと閉まったその一瞬、国王は独り壁炉を見つめ、火の音に呑み込まれそうなほど小さな声で呟いた。
「大地なる母よ……もし聞き届けておられるのなら……あの子たちが、あまりに無惨な死に様を晒さぬよう……」
—— 四時間後。
工房区が猛然と震えた。
地面は、不可視の巨槌によって下から叩きつけられたかのように轟然と亀裂し、溶炉の中で沸騰していた鉄水が飛散して、空気に触れた瞬間に刺すような白煙を上げた。工匠たちはなす術もなく転倒し、鉄槌、盾、作りかけの武器がガランガランと音を立てて床に散らばった。
ラグドンは主ゲートの前で防衛陣地の点検を行っていたが、あまりの震動にたじろぎ、咄嗟に巨槌を地に突いてかろうじて身を支えた。
「地震か?!」彼は怒鳴った。「いや……違う、これは普通の揺れではない!」
言い終わるよりも早く。
地底深くから、恐ろしいほどに重苦しい轟音が響いてきた。爆発でも落盤でもない。それは……山脈そのものが緩慢に鼓動しているかのような「心音」だった。
バラックザ全体が、無形の巨手に握りしめられ、そして猛烈に解き放たれたかのような衝撃。
「敵襲 ——!!」
見張りの兵の声が破滅的に裏返り、絶望に満ちた泣き声を帯びた。
二つの緑色の影が土狼に跨り、雄叫びを上げて斧を振りかざしてくる —— オークだ!
ラグドンは猛然と顔を上げた。次の瞬間、彼は疾走する黒い影と化し、見張り兵を庇うように盾となって突進した。足の裏で地面を強く踏みつける。
大地が突如として無数の鋭い石の棘を隆起させ、奴の足元から狂ったように広がった。それは一瞬にして二頭の土狼の腹腔を貫く。生臭い血が噴き出した。
オークの騎兵がなおも咆哮を上げる中、ラグドンはすでに眼前まで詰め寄り、その腹を拳で力任せに殴りつけた。相手が屈むのを待たず、巨大な手でオークの頭蓋を掴み、死の力で締め上げる。
耳障りな鈍い音が響いた。皮肉が裂け、鮮血が飛び散り、砕け散った頭蓋の隙間から赤白の混じった何かが四散する。
だがその時。
ゲート入口の岩層が、まるで紙屑のように強引に引き裂かれた。巨大で歪な、天を覆うほどの黒影が、裂け目からゆっくりと這り出してきた。
ラグドンの視界が暗転する。
トロールだ。青い皮膚、青面獠牙、鋭く突き出した猿のような顔。体中から野蛮な生臭さを放っている。何より恐ろしいのはその体躯だ —— 奴の身一つで、通路が完全に塞がってしまう。
ドワーフの平均身長は一メートル三〇そこそこ。だがこのトロールは、ドワーフを二人、三人積み重ねたほどの高さがあった。
「ゴオオオオ ——!」
トロールが太い腕を薙ぎ払ってくる。ラグドンは槌を掲げ、咆哮と共にそれを受け止めた。
「ギィィィン ——!!」
怪力が両腕を痺れさせ、骨格が負荷に耐えかねて悲鳴を上げる。ラグドンは糸の切れた傀儡のように後方へ吹き飛ばされ、石壁を派手に粉砕して叩きつけられた。砕石と煙塵が轟然と舞い上がる。
「師匠!」
弟子たちが目を血走らせて駆け寄り、斧、盾、即席の投槍を次々と浴びせた。だがトロールはそれを無造作に一掃する。触手のような四肢が通り過ぎるたび、刈り取られる麦のごとく、三人の工匠が胴体から両断された。
岩肌に鮮血がしぶきを上げる。
ラグドンは瓦礫の中から這い上がり、血の塊を吐き捨てた。傷だらけの顔には、しかし、獰猛な笑みが浮かんでいた。
「来いよ……この老いぼれの骨、まだ腐りきっちゃいねえぞ!」
彼は巨槌を握り直し、再び山のようなトロールへと突っ込んでいった。
同じ時刻。
地底深くからもまた、震動が伝わっていた。ミンはハドレットを担ぎ、暗闇の中から一歩、また一歩と這い出してきた。彼の後ろには、耳を立てて警戒するシルヴィアと、聖遺物の十字架を握りしめるクレアがいた。
三人の影は、前方の未知の光によって、長く、長く引き伸ばされていた。




