腐蝕の坑道
潜伏はもはや無意味だった。坑道の奥底から漂う腥い臭気は濃さを増し、腐植土と焼けた金属の奇妙な臭いが混じり合う。呼吸のたびに細い針で喉を削られるような錯覚に陥る。暗がりに潜む「それら」は、とうに我々の足跡を察知していた。岩壁の間で反響する細かな這いずり音、骨が軋む音。それはまるで死を急かす鼓動のようだった。
「派手にやろう。」
俺は低く呟き、背負った長槍『ハムレット』の柄を握り締めた。冷徹な金属の感触が、胸の焦燥をわずかに抑え込む。クレアが頷く。彼女の周囲を漂う聖光が突如として激しく燃え上がり、手のひらの光球は数倍に膨れ上がって小さな太陽と化した。彼女はその「日輪」を天井の亀裂へと叩きつけ、半歩下がって起爆の呪文を唱えた。
刹那、目を焼くような白光が轟音とともに弾け、隧道の陰惨な襞の隅々までを暴き出した。光の下で、影に潜んでいた穢れたちが姿を現す。油じみた黒い糸のような地生生物が岩板の上でのた打ち、口器から滴る粘液が地表で白い煙を上げる。岩壁に寄生する鉱石生物は、玄武岩の肉体から鋭利な結晶を突き出し、関節で邪悪な蒼光を明滅させていた。そして何より忌々しいのは、かつての冒険者たちの成れの果てだ。脱水し、骨に張り付いた皮膚は錆び付いた鉄板のような褐色を呈し、濁った白眼でこちらを凝視している。
「ドンッ――」
重苦しい足音が響く。ドワーフの装飾を纏ったゾンビ戦士が先陣を切った。生前の戦闘本能を維持しているのか、太い脚で岩板を蹴り、砲弾のごとき跳躍を見せる。腐肉の臭いと硫黄の混じった死の悪臭が鼻を突き、窒息しそうになる。その手には黒い血の跡がこびりついた、錆だらけの戦斧が握られていた。
間一髪、俺は『ハムレット』を引き抜いた。銀藍色の星紋が聖光を反射し、鋭い光沢を放つ。サイドステップで回避すると、金属の戦靴が岩板を削り、激しい火花を散らした。同時に、シルヴィアが力強い咆哮を上げる。周囲の気温が急降下し、白い冷気が立ち込める。彼女の体は膨張し、毛皮が伸び、指先は氷の鉤爪へと変貌した。氷雪のごとき白狼と化した彼女の魔力が、ドワーフの関節を氷の鎖で縛り上げる。
「今だ!」
踏み込み、槍先をゾンビの乾いた胸腔へと突き立てる。星紋から溢れ出した純粋な魔力が、死の器を容易く切り裂いた。温かい血など流れない。ただ黒い粉塵が傷口から溢れ、岩板の余熱で焼き尽くされ、焦げた臭いだけを残して消滅した。
槍を引き戻し、俺はシルヴィアを見た。
「いつの間にあんな芸を?」
「あなたの傍にいたから。戦い方なんて、嫌でも覚えるわよ。」
冷淡な口調とは裏腹に、彼女の尻尾は隠しきれない歓喜で激しく揺れていた。
その時、「ヒュッ」という風切り音が響く。岩壁の隙間から放たれた毒矢が俺の背後を狙う。俺は手首を返し、『ハムレット』で矢を弾き飛ばした。敵はあまりに多く、暗がりに潜んでいる。
俺は目を閉じ、サヴィレックから学んだ「魔力視覚」を展開した。
視界はモノクロへと変貌し、魔力だけが色を持って浮かび上がる。蠕虫の緑、鉱石生物の澱んだ青、そしてゾンビたちの混濁した赤。
「気をつけろ! 地下に何かいる!」
俺は『ハムレット』を力一杯地面に突き立てた。銀藍色の衝撃波が岩層へと叩き込まれる。
「ギィィイッ――」
耳を劈くような悲鳴とともに、数メートルの巨体を持つ「トンネル・ワーム」が地中から這い出した。その体は幽かな赤光を放ち、環状の牙から滴る暗赤色の液が岩を腐蝕させていく。
さらに、岩壁のあちこちから半元素生物が這い出してきた。体半分が岩石、もう半分が流動する暗紫色の溶岩。彼らはシロップのような粘着質で不快な排泄物を撒き散らす。その流体は空気に触れた瞬間に急速に硬化し、我々の行く手を阻む堅固な障壁を作り上げた。
「させるな!」
俺はその生理的嫌悪を催す悪臭の中へと突っ込んだ。障壁の前で足を止め、槍先を粘着流体の接合部に据える。力任せには壊さない。俺は星紋の魔力を流し込み、その分子間結合を精密に断絶した。
刹那、強固だった障壁は糸の切れた人形のように崩壊した。
「カチッ」という微細な亀裂の音が連鎖し、次の瞬間、地層全体が轟音とともに崩れ落ちた。土砂、硬化した流体、逃げ遅れたクリーチャーたちが、等しく底なしの暗黒へと墜落していく。
舞い上がる塵埃の向こうから、肌を焼くような熱波が押し寄せた。深淵の底では、地獄の舌のような暗赤色の溶岩がのた打ち、全てを呑み込んでいた。落下した者たちが炭化し、黒煙となって消えていく。
その煮え繰り返る熱波の果て、溶岩の上にそびえ立つ鋼鉄の怪物――『溶炉の城』が、ついにその姿を現した。




