槍、成る!物質の処刑、その始まる。
クドが霜堅木を求めて工房の奥へと消えていく。俺たちは、まだ白熱の余温を帯びたその鋼坯を、ゆっくりと、深く、淬火油の中へと沈めた。
それはラクドンが工坊の秘蔵から取り出した、代えの利かない逸品だ。千年古橡の樹脂、藍蓮の花弁、そして鳳凰草の精髄を調合したその油の表面には、幻想的な銀藍の光輪が浮いている。
高温の鋼坯が触れた瞬間、沸き立った白煙が工房を満たした。それは春風が吹き抜ける蘭の谷のように、清らかで高貴な、それでいてどこか甘ったるい草本の芳香を放ち、周囲の酸素を完全に遮断する。何よりこの油は、分子レベルの応力を緩やかに解放し、鍛接面の剥離や気泡の発生を物理的に封じ込めるのだ。
ラクドンが巨槌を振り下ろした。緩やかな鍛圧が始まる。 熱浪が潮のように押し寄せ、溶岩のごとき赤熱した吐息が肌を焼く。落槌のたびに空気が歪み、加熱された金属特有の、あの鼻を突くような焦げた香りが混ざり合う。
「——ガァァン! ガァァン! ガァァン!」
雷鳴のような打撃音が回廊に響き渡る。鋭い初撃に続き、重低音の余韻が鉄架を震わせた。四散する火花は流星群のごとくラクドンの汗ばんだ顔を照らし出す。鋼は槌の下で延展し、その表面には細密な波紋が浮き上がった。龍骨の繊維と鳳凰草の精髄が、高熱の中で再配列された証だ。
「断れ!」
俺の短く冷たい合図に合わせ、ラクドンが魔鋳鉄刀を一閃させる。鋼坯は鏡のような切断面を晒し、四つの胚料へと分かたれた。
ラクドンは二つの胚料を鉄砧の両側に固定し、一方は時計回りに、もう一方は反時計回りに、力任せに捩じり上げた。高温で柔軟になった金属は、まるでゴムのように「ギィィ……」と低く軋む。内部の繊維が螺旋状に絡み合い、右旋の渦と左旋の鏡像が重なり合う。四重の扭転。そのたびに花紋は層を成し、相反する符文が金属の胎内で衝突し、錯落していく。
ラクドンが矮人の古語を唱え、祝福を注ぎ込む。花紋の交点に幽藍の光が宿り、靭性、鋭利さ、魔導率が倍加する。金属が「呼吸」を始めた瞬間だった。
四つの胚料が再び溶着される。ラクドンは岩浆の余熱で接合部を熱し、硼砂を撒いた。打ち付けるたびに熱風が火龍の咆哮となって吹き荒れ、汗は一瞬で蒸発し、火花が舞う。だが、そこに溶接の痕など微塵もない。槍身は今や、流れる星河の如き姿を成していた。
次に、槍尖の鍛造だ。
ラクドンは先端に正確なV字の切り込みを入れ、再びあの油へと浸す。油は沸騰し、植物の芳香がさらに濃く立ち込める。白熾するまで加熱され、雷鳴のような槌音が響く。一撃ごとに熱風の渦が巻き起こり、空気は沸騰したかのように歪んだ。V字の切口は完璧に合流し、継ぎ目のない一体の刃へと変貌を遂げる。
最後の淬火。鋼が「オン……」と低く鳴り、表面には幽藍の霜花が咲いた。引き上げた槍頭の刃口は、空気をさえ切り裂くほどに研ぎ澄まされていた。
クドが持ってきた霜堅木を二本、槍頭を挟み込むように固定し、芯を出す。さらに槍身の末端に軟鋼の長条を溶接し、螺栓を作り上げた。霜堅木を旋入み、ナットを締め上げる。槍は完全に、一つの個体となった。
そして、仕上げの蝕刻だ。
槍頭を「赤鉄腐蚀剤」に浸す。鉄粉と塩晶、酸泉を煮詰めたその液体は、鉄錆と酢の混ざった刺激臭を放つ。数分後、取り出された表面には浅い蝕痕が刻まれていた。
「クド、珈琲を一桶だ!」
「な、何だって?」
「珈琲だ、一桶! 早くしろ!」
クドが走り去り、ラクドンが訝しげに俺を見る。
「珈琲で何を……」
「これは、時間の魔法さ」
運び込まれた珈琲に槍を浸し、ゆっくりと攪拌する。有機酸が塩化鉄と協調し、腐食を加速させ、紋様を深めていく。
三度目に引き上げた時、そこには無数の「星」が浮かび上がっていた。大小様々に、夜空の星座のごとく。藍蓮の精髄が結晶化したその星々は、幽藍の蛍光を放ちながら、手に墜落した銀河を宿しているようだった。
「……こんなことが可能なのか?」ラクドンが呆然と呟く。 「理屈を言っても分からんだろうが、要は鉄イオンと合金元素の反応だ。お前たちがこれを理解するには、まだ長い時間がかかるさ」
俺はその槍を握り、魔力の伝導を確かめる。前世の書にはこうあった——「槍は諸器の王なり」。
剣で届かぬなら、この槍で穿つまでだ。 俺は槍を一振りし、目の前の魔鉄剣を断ち切った。接触の瞬間、金属音はしなかった。ただ「ジジ……」という、熱いナイフでバターを切るような音。
刃が入る瞬間、剣の分子結合が死の魔力に干渉され、ファンデルワールス力が崩壊し、表面が瞬時に軟化する。切断面は割れるのではなく、「流れた」のだ。 溶けた黒い漿液のように、粘りつく熱を帯びた「血液」が傷口から滴り落ちる。 金属蒸気の臭いが鼻を突き、床に落ちた液が青石を焼き、白煙を上げる。 それは水のように脆いものではなく、蜂蜜や溶岩のように、内部で粒子が怪しく蠢く未知の物質だった。
「生存か、それとも破滅か。なあ、ハムレット」




