表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死して八年、俺は孤魂野鬼(ここんやき)として蘇る――この食い荒らされた世を切り裂く   作者: Tiny Abomination in a Jar


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/13

クレアの白書――偽りの聖域(クレア視点)

救済の十字架を背負いながら、その足元で子供たちが解体されるのを見ていることしかできなかった。 聖都の繁栄を支える、あまりにも残酷な「数式」。 今、一人の修道女の口から、その深淵が語られる。

地下室へと消えていくミンの後ろ姿を見送りながら、私は深く、深く息を吐き出した。  それは、どうしようもないほどの安堵だった。  ……ああ、私は一体、何に安堵しているというのだろう。彼がまだ私を信じてくれていることにだろうか。それとも、この汚れきった私を殺さずにいてくれたことにだろうか。


 私は首を振り、救済院の子供たちを寝かしつけると、独り窓辺に寄りかかって冷たい月を見上げた。  思考が、あの忌まわしくも輝かしい過去へと引き戻されていく。


 私は、クレア・ヴィジール。  聖都の法を司る最高権力者、大判事ヴィジール家の長女として生まれた。  本来ならば、私は今頃、豪奢なドレスを纏い、きらびやかな夜会で優雅に微笑んでいたはずだ。


 八年前、私には将来を約束された婚約者がいた。  辺境守備長官、チャック侯爵。  北境の盾と称される彼がどんな人物なのか。若かった私は、少女特有の好奇心に突き動かされ、身分を隠して従軍看護婦として戦地へ向かった。


 ――そこは、地獄だった。


 サリコヴィッチ。獣人の南下を阻む第一防衛線。  鉄と血が混じり合い、雪が赤く染まるその場所で、私の世界は崩壊した。侯爵は戦死し、希望は絶望へと変わった。  その死体の山の中で、後方支援部隊が唯一見つけた生存者。それが、八歳の少年――今の「彼」だった。


 記憶を失い、虚空を見つめるだけの瞳。私は彼をヴィジール家へと連れ帰った。けれど、戦火を潜り抜けた野良犬のような彼は、聖都の偽りの静寂に馴染むことはなかった。彼は何も言わずに去り、私もまた、家を捨てた。


「長男が死んだのなら、次男と結婚すればいい」  父が放ったその冷酷な一言が、私を神への献身へと走らせた。  高貴な家柄も、汚れた政略結婚も捨て、私は修道院の門を叩いた。だが、そこで私を待っていたのは、神の慈愛ではなく、この街の「真実」という名の地獄だった。


 もしも、この世界に本当に神がいるのなら。  天から降り注ぐ業火が、この偽善に満ちた聖都を跡形もなく焼き尽くすべきだ。さもなくば、あの大洪水が、善人も悪人も関係なく、等しく「死」という名の救済を分け隔てなく与えるべきなのだ。


 聖都の繁栄を支えるのは、完璧なまでに合理的な「人喰い」の経済学だ。  ヴァレリウス伯爵が主導する医療と保険。それは、一度でも支払いが滞れば最後、人生のすべてがオークションにかけられるシステム。  不動産、家財、家族、そして自分自身。命さえもが明快な「価格プライスタグ」で格付けされる。    返済不能なローン。支払えない保険料。  その瞬間、人は「資産リソース」として解体される。  聖都にひしめく宮廷錬金術師や薬剤師たちは、その「資源」を渇望していた。子供たちの新鮮な内臓は、貴族の若さを保つ秘薬の原料となり、遺体は魔力実験の触媒として、グラム単位で取引される。    救済を求める子供たちが、収容所で「出荷」を待つ「在庫ストック」に変わっていく。  私はそれを知っていた。知っていながら、父に、そしてこの街のシステムに抗うことができなかった。  私が今日まで施してきた薬も、その血塗られた利益の分配マージンに過ぎない。


 この数年間、私は片時も安らげたことはなかった。  私の「善心」が、この子たちを救っている?……いいえ、違う。私が救済に充てているこの金は、先ほども言った通り他でもない、この血塗られた「人喰いグラインダー」が吐き出した余剰利益に過ぎないのだ。  この子たちの家族を、未来を、肉体を切り刻んで得た金の残骸で、私はこの子たちにパンを分け与えている。それは、家を失った子供たちに対する「侮辱」ではないのか?


 ……それも違う。数年の時を経て、私はようやく理解した。  これは、ただの「幸運な者」が、数多の「不運な者たち」に対して抱く、逃げ場のない後ろめたさ――すなわち、愧怍きさくに過ぎないのだ。


 けれど、神は沈黙し、代わりに彼が現れた。  あの北境の地獄から生き延びた彼が、断刀を手に現れた。


 ミン。  私にはできなかったことを、あなたが終わらせて。  この「人喰い」の檻を、その冷たい刃で根こそぎ斬り裂いて――。

読んでいただきありがとうございます。


聖都の繁栄を支える「医療と保険」という名の暗黒。 クレアが抱える深い罪悪感と、ミンへの祈り……。 物語はここから、さらに加速していきます。


次回、いよいよ地下室の深部へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ