オークの子
人混みを掻き分け、工坊の石段へと辿り着く。打鉄の乾いた響きの中、鉄剣の塊を覗き込んでいた屈強なドワーフが不意に顔を上げた。絡み合った髭には鉄屑がこびり付き、銅鈴のような眼が俺を捉える。手にした小槌が「ガラン」と金床に置かれ、彼は石の腰掛けを叩いて立ち上がると、豪快に笑った。 「ほう! お前、よくぞバラックザールまで来おったな!」
ラクドン・ヘビーハンマーの姿は、八年前と何ら変わっていなかった。ドワーフの中では珍しいほどの大柄で、粗末な作業着の上からでもはち切れんばかりの胸筋が覗く。腕は並の男の太腿ほども太く、腰には使い込まれた重槌が光る。ただ、揉み上げに混じる白髪だけが、八年という歳月の重みを物語っていた。 彼は大股で歩み寄り、俺の肩を叩こうとしたが、空中でその手を止めて眉をひそめた。視線が俺の腰元と背中を鋭くなぞり、声のトーンが急激に落ちる。 「……刀はどうした? 儂が打った、あの鉄を紙のごとく斬る傑作は!」
言いながら、彼は俺の後ろに立つシルヴィアとクレアに視線を移した。太い眉を跳ね上げ、瞳の奥に悪戯っぽい光を宿すと、打鉄の音をかき消すような大声を出した。 「ほう! 八年見ぬ間に、随分と出世したもんだ。これほどの別嬪を二人も連れ歩くようになるとは。やるじゃねえか、小僧!」
俺は叩かれそうになった手を軽く遮り、苦笑いしながら石段に腰を下ろした。 「……散々な目に遭ったんだ。聖都でグラディエーターたちとやり合って、刀は粉々に砕け散ったよ。それより聞けよ、老いぼれ。ここまで来るのに死ぬ思いをしたぞ。隘路は崩れかけのクソ道だ。ドワーフは土木が得意じゃなかったのか? 古道の修繕も放棄したのかよ」
その言葉を聞いた瞬間、ラクドンの顔から笑みが消えた。まるで救いようのない馬鹿を見るような目で俺を睨みつける。 「修繕? しとるわい! お前、一体何年この地を離れておったんだ? 情報が遅れすぎておるぞ」 彼は工坊の斜め後方、漆黒のトンネルの入り口を指差した。そこは俺たちが通ってきた穴よりも遥かに整然としており、ドワーフ特有の鉄紋灯が嵌め込まれている。 「とっくに地下鉄が通っておるわ! この前、アールヴヘイムへの支援のために新しい地底回廊を穿った。ここからゴビを突き抜け、銀雫の谷まで平坦な道が続いておる。誰が好んであんなボロい山道を越えるか!」
彼は一息つくと、笠を被ったままの二人を見やり、工坊の奥へ怒鳴った。 「休憩だ! 打鉄を止めろ! 石の椅子を出せ、遠路遥々のお客人に酒と茶だ! 一番強い麦酒と、清冽な岩茶を用意しろ。娘さん方に強い酒は酷だろうからな!」
そして並んでいる客たちに告げた。「今日は店仕舞いだ! 旧友が来た。用件はクドに言え、奴が登録を預かる。クド、仕事が終わったらお前も来い」
再び俺の方を向き、ラクドンは笑いながら俺の腕を強く叩いた。 「して、お前さんら、本当にあの上を越えてきたのか? 娘さん方には難儀なことだ。あの隘路は儂らでも根を上げる。さあ、休んでいけ。この中に通気は最高だ。外のゴビよりはマシだぞ!」
工坊の奥から返事があり、二人の若い徒弟が汗を拭いながら走ってきた。門前で打鉄をしていた少年たちだ。一人が石の椅子を運び、もう一人が木の盆を捧げ持っている。盆には粗末な陶器の酒瓶、青磁の茶器、そして焼き餅や豆のペーストが並べられ、手際よく石段の陰に並べられた。 「ミンさん、お二人とも、さあどうぞ!」
シルヴィアが黒い笠を脱ぎ、銀髪を軽く解いた。工坊を冷ややかに一瞥し、何も言わず椅子に腰を下ろす。クレアもまた青白の笠を取り、埃のついた騎乗服を気に留める風もなく、柔らかな微笑みを徒弟たちに返して座った。 十四、五歳のドワーフの少年たちにとって、これほどの美女は刺激が強すぎたのだろう。顔を一気に林檎のように赤くし、耳の先まで紫に染めて、呼吸を乱している。麦餅を握る手も震えるほどに、彼らは硬直していた。
俺は少年たちの肩を叩いた。「おいおい、何をぼーっとしてる。座れよ」 それから顎で、門前で記録をつけている黒袍の者を指した。「あれは……お前の弟か? 大叔父さんに新しい子供ができたなんて聞いてないぞ」
「……あれはオークだ。親父が拾ってきたやつさ」
そう吐き捨てるように言った言葉も、無理はない。この地はかつて聖山高原と呼ばれていた。滄江の源流に獣人が住み、下流にドワーフが住む。かつては不可侵の均衡があった。だが獣人の南下侵攻により、アールヴヘイムとバラックザールは血の海に沈んだ。両者の間には、もはや洗っても落ちぬ鉄錆のような深い怨恨がある。
……なのに、なぜ?
豪快なラクドンの背中を見つめながら、俺の胸中には言いようのない違和感が渦巻いた。口を挟もうとしたが、他人の家庭事情に首を突っ込むのも憚られ、言葉を飲み込む。突然、背中に一撃を食らった。 「八年経って、体格だけは人並みになったな! あの時『俺は人間じゃない』なんて言うから、もう死ぬんじゃないかと思ったが、立派に育ったじゃねえか」
「ミンは一人で、外でたくさん苦労してきたんです」 クレアが優しく微笑み、慈しむような、それでいて心の痛みを孕んだ瞳で俺を見つめた。 ……なぜ話題が俺に返ってくる。俺が周囲を見渡すと、シルヴィアは無表情のまま目を閉じていた。どうやら不機嫌なようだ——助け舟は期待できそうにない。隣では少年たちが美女の前で、不自然なほど「優雅」にパンを千切っている。お前ら、いつからそんな育ちが良くなったんだ。
俺は再び、門前の黒袍に問いを投げた。 「ラクドンさん、あいつは……?」
「ああ、いかん。嬉しさのあまり忘れておった。おい! クド、こっちへ来い。紹介する、こいつはミン。最近じゃ聖都の英雄と呼ばれておるそうだな!」
「……ミンさん」 俺は手を振り、ラクドンに向き直った。 「オークだろう。あいつらは宗族意識が異常に強い種族だ。どうやって連れてきた? 軍の野営地から赤ん坊でも盗んできたのか?」
「まさか。儂がそんな真似をすると思うか?」 ラクドンは杯の酒を一気に煽り、空の瓶を叩きつけた。 「……狩りの最中だった。雪の中に、産着に包まれた赤ん坊が転がっておったんだ。なぜかは分からん、だが、命をそのままにするのは違うと思った。それだけで連れ帰った。オークの姿が子供を怖がらせると思ってな、袍を着せて隠しておるが、近所の奴らは皆、正体を知っておるよ」
「……だが、何年も経つのに、まだ折り合いは悪いようだな」 俺はクドを見、それから二人の徒弟に目を向けた。そして、沈黙を守り続けるあのオークに、直接問いかけた。
「……お前自身はどうなんだ。ここに留まりたいのか、それとも、自分の同族を探しに行きたいのか」




