ヘビーハンマーの工坊
隘路を抜けると、ドワーフの手によって穿たれたトンネルへと足を踏み入れた。石壁は整然と削り磨かれ、両側には松脂を燃やす蛍光石の灯火が嵌め込まれている。昏い灯りが岩肌の鑿跡を深く、浅く交差させ、空気には冷たく硬い土の匂いと、逃げ場のないほど濃厚な鉄の臭いが混じり合っていた。風さえもトンネルに収束されて重く滞り、馬蹄が石床を叩くたびに、沈んだ残響が地底の奥へと層をなして広がっていく。
中ほどまで進むと、二人の屈強な矮人が行く手を阻んだ。厚い鉄の皮甲を纏い、太い柄の戦槌を肩に担いでいる。蓄えられた髭には細かな鉄屑が混じり、銅鈴のような眼が俺たち三人三馬を射抜いた。視線は三度笠、騎乗服、そして腰の兵刃を執拗に舐めまわす。鉱石を砕くような、掠れただみ声がぶつけられた。
「何奴だ。ゴビを越え隘路を抜け、このバラックザールへ何の用だ?」
俺は手綱を引き、笠の縁を軽く跳ね上げると、低く応じた。 「ミンだ。アールヴヘイムの友として、二人の連れを伴いバラックザーへ来た」
言いざま、即位の折にマクベスから贈られたメダルを投げ渡す。精霊と矮人の同盟を刻んだ紋章だ。門兵はそれを素早く受け取ると、指の腹で紋章の感触を確かめ、何度も照合した。さらに笠を被ったままのシルヴィアとクレアを胡散臭そうに一瞥したが、敵意がないと見るや、ようやく道を空けた。
「妙なこともあるもんだ。わざわざあの古の隘路を通ってくるとは。……いいか、地底の掟は厳しい。工坊の私物に触れるな。特に、鞴を長く見つめすぎるんじゃねえぞ」
謝意を伝え、馬を進める。トンネルの先から光が溢れ出し、槌の音、鉄を打つ響き、荒々しい怒号が風に乗って押し寄せてきた。トンネルを抜けた先は、バラックザーの心臓部だった。左手には職人ゾーンと市場が広がり、右手には宿屋と迷路のような路地が続く。そして正面、巨大な炎を上げる溶鉱炉そのものが、行政を司る「炉心砦」であった。
職人ゾーン。石畳の道は広く平坦に敷かれ、両側には工坊が鱗のようにひしめき合っている。鉄炉が放つ熱波が松脂の香りと共に顔を焼き、槌の下で真っ赤な鉄塊が火花を散らす。キンキンと鳴り響く打鉄の音は途切れることなく連なり、地面を微かに震わせていた。
様々な矮人たちがその間をせわしなく行き交う。太い鉄材を担いで疾走する者、石の台座に座り込み刃を研ぐ者、金床を囲んで低く語らう師弟。幼い子供でさえ小さな鉄槌を握り、頑固な鉄を叩いている。すべてが熱を帯びた、暴力的なまでの活気だった。奥へ進むほど騒音は激しさを増し、やがて他の工坊よりも一際巨大な石造りの建物の前で足が止まった。 門冠には重槌を纏う鉄剣の紋様——ラクドン・ヘビーハンマーの工坊だ。門前は黒山の人だかりで、多くの矮人が武器や農具を手に、大工匠による鍛造や修繕を求めて屯していた。石段の下にまで、修理を待つ鉄器が列をなしている。
工坊前の空き地では、二人の若い徒弟が汗だくになって働いていた。一人は金床を守り、小槌を振るって長剣を鍛え上げている。赤熱した剣身が槌の下で鋭い輪郭を現し、飛び散る火花が粗末な衣を焦がし穴を空けても、彼は気づく様子もない。もう一人は傍らで鍬を叩いていたが、奥から響く野太い叱声に、慌てて槌を振るう速度を上げた。
周囲の喧騒、鉄を打つ澄んだ音、徒弟たちの応酬。だが、そのどれもが俺の意識を逸らすことはできなかった。視線は、工坊の傍らに落ちる濃い影に釘付けになっていた。 そこには、黒布を纏った「何か」が立っていた。頭の先から爪先までを黒い布が覆い、その輪郭すら判然としない。ただ、露出した両手だけが見えた。指は枯れ木のように細く、節くれ立ち、手首のあたりには暗く沈んだ鉄の装具が覗いている。彼は熱狂的な活気の中にありながら、異様なほど静かに佇んでいた。誰とも交わさず、鍛造を求めている風でもない。ただ首を垂れ、石壁に埋め込まれた黒石のように立ち尽くしている。その存在だけで、心臓の底が重く沈むような感覚があった。
シルヴィアが俺の注視に気づいた。指先が音もなく腰の短刀に触れ、黒笠の下の余光がその黒布をなぞる。打鉄の音に紛れ、彼女の声が耳元に届いた。
「……おかしい。あいつから矮人の匂いはしない。むしろ、これは……オークだ」
俺は微かに頷いた。視線は黒布から外さぬまま、馬を引いてゆっくりと歩を進める。ラクドン師に兵刃の溶鋳を請うのが先決だが、陰影に潜むあの黒布の存在が、拭い去れぬ不吉な異物としてそこに在った。




