雪埋の贖い
死寂の中、狂王ダンカンの余熱が雪原から急速に奪われていく。淡金色の血痕は新雪に覆われ、ただ浅い窪みだけが残った。それは一人の男の栄光と罪が最後に残した、取るに足らない刻印だった。私は氷焔長剣を収める。刃の上の霜と血珠が凍りつき、音もなく雪地へと砕け散った。
隣に立つ姉妹に、私は精神の深淵で見た幻影を語った。永生の幻想に溺れた狂人、最期にようやく妻の温もりを思い出した愚者、そして鉄錆の臭いのする懺悔。食屍鬼たちは雪の上に伏し、骨の髄まで浸透する死寂に絞め殺されたかのように静まり返っている。
シルヴィアは寒風の中に立っていた。巨狼の荒々しさが消え、骨の軋む音と共に肉体が再構築され、彼女は人へと戻る。銀色の長髪に雪が混じり、鈍い天光の下で痛々しく輝いていた。彼女は俯き、指先を白くなるまで握りしめている。父という怪物が残した、矛盾に満ちた安っぽい余熱を噛み締めているようだった。
「五百年だわ」と、マクベサが口を開いた。落雪のように静かな、けれど氷のように冷たい声だった。廃墟を見つめるその紫の瞳には、悲しみではなく、漠然とした静寂が宿っている。「長く生きすぎたせいで、肉親の情がどんな味だったか忘れてしまったわ。悲しみさえ、わざわざ思い出すべき古い部品のよう」
彼女は肩の雪を払い、死寂を纏った優雅さで立ち尽くす。「私には父と同じ瞳があり、同じ才があった。杖を握った日から、私の人生は乾いた魔力の回路に埋め尽くされた。魔法を愛していたわけじゃない。ただ、無限の繰り返しの中で、時に呑み込まれないための錨を探していただけ」
私は沈黙して彼女を見ていた。長生種の視界では、熱量は希少品だ。マクベサの視線は銀滴谷の山々を越え、朽ち果てた過去を貫いている。
「王朝の交代を見たことがある? 親友が子供から骸骨に変わるのを、自ら植えた樹が灰になるのを見たことがある?」彼女は数式を述べるように淡々と語る。「短生種は私たちを冷淡だと言うけれど、それは違う。麻痺しているのよ。同じ愛が朽ちるのを、誓いが塵になるのを何度も見れば、もう真心を捧げることなんてできない。私たちの寿命は、肉体の脆弱さを見通すには十分すぎるほど長いもの」
指先に淡紫色の魔力が灯るが、そこに熱はない。「永生こそが最も重い呪いよ。感情を吸い取り、ただの規則の器に変えてしまう。最後には『生きている』実感さえ失い、ただ習慣として自分を繰り返すだけになる」
「マクベサ殿」
獅子王ラインハルトが歩み寄る。血に汚れた鎧が風雪に打たれ、鈍い音を立てた。彼は跪き、隠しきれない熾烈な想いをその瞳に宿していた。「貴女をひと目見た時から、愛していた。強く、聡明な貴女を。どうか獣人の女主人となってはくれまいか」
マクベサはただ微かに笑った。その瞳に宿るのは、世俗を突き放した荒涼さだ。「貴方に興味があるとは言えないわ、獅子王。けれど、兵を率いてくれた恩義は忘れない」 彼女は、その炎のような情愛を、消えゆく灯火を見るように見つめた。「感情を語るには、この骸の山はあまりに軽薄すぎる。何より、私たちは生きる時間の次元が違うのよ」
「貴方の愛は真実でしょう。けれど私にとって、その熱は一瞬に過ぎない。私は貴方が老い、塵に還るのを見届ける。そしてその記憶を抱えたまま、さらに千年を歩くのよ」
シルヴィアがようやく顔を上げた。その瞳には、宿命に翻弄される子供のような、言いようのない依存が揺れている。彼女はまだ二十二歳。大戦を経て、潜伏者から利爪のドルイドへと変貌を遂げようとしていた。
「お姉様、お父様が言っていたわ……私たちの寿命はもう尽きかけているって」彼女の声は青く、震えていた。「私はまだ二十二歳なのに。私たちは、すぐに死んでしまうの?」
マクベサは妹を見つめ、その瞳に微かな柔らぎを浮かべた。「分からないわ、可愛い妹よ。種族の枷はあっても、実力が寿命を延ばすこともある。少なくとも今は、命が零れ落ちる感覚はないわ」彼女は自嘲気味に笑う。「千年生きて、私も父のように欲望に殺されるかもしれないけれど」
マクベサはシルヴィアの頭に目をやった。「ところで、その耳と尻尾はどうしたの?」
「あっ……」シルヴィアは慌てて狼の耳を隠し、頬を赤く染めた。ふんわりとした尾が雪を掃き、彼女は私の後ろへと隠れた。マクベサは首を振り、再び雪空を仰ぐ。
私は背後の小さな影を感じながら、独り言のように呟いた。「蜉蝣の一日にも生と死がある。終点が死なら、なぜ過程を人生と呼ぶのか。我々は今、生きているのか、それとも死に向かっているのか」
死霊の霧がシルヴィアを守るように漂う。「私は一度死んだ身だ。再び目を開けた時、自分のためだけに生きると決めた」私は雪に覆われた山々を見据えた。「これからこの大地を巡り、死んでいった者たちの果たせなかった願いを遂げようと思う」
遠くの至高聖座では、生命の樹が完全に枯れ果て、紫の樹液を流していた。「大地の血に蝕まれたか」私はサヴィレックを見た。「将軍、貴公はどうする。この地に眠るか、私と共に来るか」
サヴィレックは答えず、母樹の前で跪いて頭を垂れた。そして樹を抱きしめると、彼の胸から怒りの炎が噴き出し、枯れ木を焼き尽くした。
それも一つの帰結だ。私は貴公を尊重する、サヴィレック。
火光が我々の影を長く伸ばす。狂王の痕跡は雪に埋もれ、血月は消えた。ただ清廉な月が夜空に掛かり、パチパチとはぜる古木の音だけが響く。
シルヴィアは私の後ろから顔を出し、耳を垂らして私の裾に尾を触れさせた。マクベサは火光の外で、その瞳に月と雪を映している。
短生種の火、長生種の氷。そして、すべてを公平に埋める白雪。 その危うい均衡の中で、我々は次の旅路へと足を踏み出す。




