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死して八年、俺は孤魂野鬼(ここんやき)として蘇る――この食い荒らされた世を切り裂く   作者: Tiny Abomination in a Jar


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檻を砕く刃

聖都の繁栄は、弱者のむくろの上に築かれた空中楼閣。 救済という名の搾取、慈愛という名の虐殺。 孤魂の断刀が今、その偽善を真っ二つに切り裂く。

使い古された断刀から放たれる寒気が掌で凝結する。俺は積雪を踏みしめ、収容所へと急いだ。外郭の街並みは次第に疎らになり、中層との境界に位置するその場所が、闇の中に浮き彫りになる。数棟の木造家屋が連なり、周囲には粗末な木の柵。その外側では、数人の灰衣の男たちが短刀を手に巡回していた。獲物を守る凶暴な猟犬のような、卑しい視線だ。




 俺は収容所の裏手にある路地へと回り込んだ。廃棄された木材やゴミが山積みになり、鼻を突く悪臭が漂っている。柵の隙間からは、子供たちの微かな泣き声と、それを怒鳴りつける男たちの声、そして鉄器がぶつかる不吉な音が漏れ聞こえてきた。断刀を握る指先に氷焔が宿り、背中の青蓮の刺青が焼けるように熱くなる。北境の亡霊たちの囁きが耳元で激しさを増した。――この罪深き檻を、今すぐ打ち砕けと。




「誰だ、そこにいるのは!」




 一人の巡回兵が動向に気づき、路地へと足を踏み入れてきた。俺は無言で飛び出し、幽藍の氷焔を纏った断刀を一閃させた。男が俺の姿を捉えるよりも早く、刃はそいつの肩を叩き斬る。骨の砕ける鈍い音と共に悲鳴が上がり、男の半身は瞬時に氷像へと変わり果てて倒れ伏した。




「侵入者だ! 殺せ!」




 他の男たちが一斉に群がってくるが、俺は不退転の構えで突き進む。重装の鎧が雪を蹴る重い音が響く。断刀を振るうたび、氷青色の刀気が嵐のように吹き荒れた。逃げようとする者の背中に冷徹な一撃を叩き込み、収容所の入り口を塞ぐようにしてそいつを凍らせた。




 重い木門を蹴り飛ばすと、血生臭さとカビの臭い、そして子供たちの絶望が混じり合った空気が溢れ出した。庭では十数人の男たちが子供たちを囲み、刃を突きつけている。中心にいるのは、例の傷跡のある男だ。




「来るな! 動けばこのガキどもの命はないぞ!」




 男の咆哮に、俺は足を止めた。幽藍の瞳で子供たちを見渡す。エルフの少女と人間の少年の姿がないことに、俺は僅かな安堵を覚えた。あいつらは無事にクレアの元へ辿り着いたようだ。




「子供たちを放せ。そうすれば、苦しまずに死なせてやる」




 俺の声は北境の寒風よりも冷たく響く。 「放せだと? このガキどもは俺たちの護符だ! 上層の『大人たち』が黙っちゃいない。貴様のような野良犬に、この街の理が変えられると思うか!」




 男は下卑た笑いを浮かべ、少年の首元に刃を食い込ませた。鮮血が滴り、子供たちの泣き声が地獄の合唱のように響き渡る。その瞬間、俺の怒りは沸点を超えた。




 だが、俺が動くより早く、空から聖なる白光が降り注いだ。




「聖光の名において!」




 屋根から舞い降りたのは、白い修道服を纏ったクレアだった。巨大な銀の十字架を振るい、光の刃が男たちの手首を焼き切る。




「シスター!」




 子供たちが彼女の元へ駆け寄る。形勢不利と見た傷跡の男は、地下の密道へ逃げ込もうとしたが、俺の断刀がそれを許さない。そいつの両脚を斬り飛ばし、氷焔でその絶叫を凍りつかせた。




「貴様の金は子供の血で汚れている。反吐が出る」




 俺は男を問い詰め、ヴァレリウス伯爵の名を吐かせた後、その息の根を止めた。




「子供たちは救済院の者が連れて行ったわ。……無事よ」




 クレアが隣に立つ。俺は彼女に鋭い視線を向けた。 「……最初から、知っていたのか?」




 空気は凍りついた。彼女は視線を逸らし、沈黙する。それは肯定と同じだった。






 「ヴァレリウス伯爵は上層貴族で、医療と保険を司っているわ。今乗り込むのは、あまりにも無謀な自殺行為よ……」




「貴族が同じ貴族を裁くなど、この街の理ではあり得ん話だ。指をくわえて待っていても、奴らが自ら崩れることはない」  俺は断刀を強く握りしめた。 「俺は地下の子供を救い出す。そしてその足で、直接ヴァレリウスの首を獲りに行く」




 クレアは俺を見つめた。その瞳には諦めに似た無力感と、同時に、隠しきれない敬服の色が混じり合っていた。 「……あなたを止められないことは、分かっていたわ」  彼女は懐から銀色の紋章を取り出し、俺に差し出した。 「これは教会の紋章よ。これがあれば、中層の巡回兵の目を一時的に逸らせるはず。私は外で待機しているわ。もし危険を感じたら、この信号弾を上げて」




 手渡されたのは、赤い信号弾が詰まった小さな銅の筒だった。俺は紋章と筒を受け取り、懐に仕舞い込む。目の前に立つ、この馴染み深くも、どこか見知らぬ女を複雑な想いで凝視した。そして、一言も発さず、ただ僅かに顎を引いて頷いた。




 クレアは顔を伏せ、俺の目を見ようとはしなかった。ただ、俺の手が彼女から物品を受け取った瞬間、彼女の指先が氷のように冷たく、小刻みに震えているのが伝わってきた。 その震えは、言葉にできないほどの深い懸念を物語っているようだった。  彼女は今、寒風に晒され今にも散りそうな一輪の薔薇のように見えた。俯いたまま、消え入りそうな声で呟く。 「……馬鹿な真似はしないで。あなたの命は、もうあなた一人のものではないのだから」




 俺は何も答えず、背を向けて地下室の入り口へと歩き出した。重い石の扉を押し開けると、外よりもさらに濃密な、血生臭さとカビの混じった悪臭が鼻を突く。  地下は完全な暗闇に包まれていた。壁に掛けられた松明の微かな光だけが、深淵へと続く階段を不気味に照らしている。




 足音を殺し、一段ずつ階段を降りていく。暗闇の奥から、押し殺した子供の泣き声と、数人の男たちの話し声が聞こえてきた。子供たちを「出荷」する準備をしているのだろう。  俺の掌に氷焔が凝結する。断刀は闇の中で幽藍の微光を放ち、まるで地獄を往く者を導く灯火のようだった。




 ヴァレリウス伯爵、そして貴族どもの罪証。――その全てを、今夜終わらせる。  地獄から這い上がってきたこの孤魂が、この手にある断刀で罪の檻を粉砕し、高みに踏んぞり返る貴族どもに相応の対価を支払わせてやる。

読んでいただきありがとうございます。 ついに動き出した「孤魂」と、揺れるシスター・クレア。 聖都の繁栄を支える医療と保険――その血塗られた裏側とは。 次回、クレアの視点からこの街の「真実」を描きます。


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