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死して八年、デスナイトとして蘇る。――この食い荒らされた世を切り裂き、狂った因果に復讐を  作者: Tiny Abomination in a Jar


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ウォルスの覚醒――夜を裂く新月の加護(ウォルス視点)

汚染の霧が私の髪を濡らし、同胞の哀れな咆哮が耳元に響く。 私はウォルスヴィス・エヴィヘル。エルフ一族の第三皇女。今、私はアドリアンの背中に隠れ、小さな手で杖の柄を握りしめている。杖から漏れる緑の魔力は微かで、汚染の紫に蝕まれそうになっている。けれど、私はこの手を放したくない。これは、私が守り抜くと決めた唯一の絆だから。


私は生まれつき、自然の声を聞くことができた。 琥珀色の瞳を、母様はいつも「朝焼けのように暖かい」と褒めてくれた。幼い頃、宮殿の庭で草の芽を撫でれば、それはすぐに緑を伸ばして花を咲かせた。蝶が肩に止まり、鳥が掌から餌を啄む。アドリアンは驚き、こう言った。「ウォルス様は天性のドゥルイドだ。月の女神より祝福を授かった子だ」と。 父様はその言葉を聞いて、一度だけ笑ってくれた。その稀な微笑みが、私の宝物だった。


けれど、そんな私が誘拐されたあの日、世界から光が消えた。 暗い地下室、冷たい石床。自然の気配が一切届かない闇の中で、人買いたちの下卑た声が響く。「生まれながらのドゥルイドの瞳は、高値が付く」と。 その絶望を切り裂いて現れたのが、ミンだった。 黒い衣を纏い、剣先から血を滴らせる男。彼は一瞬にして悪意を屠り、私の前に跪いた。その瞳は凍てつくほど冷たかったけれど、差し出された手は驚くほど柔らかかった。 「……ついて来い。聖都まで、俺が護ってやる」


それから、私はミンと共に旅をした。 路地裏で買ってくれた飴の甘さ。魔物が迫るたび、私の前に立ちはだかる揺るぎない背中。私はその背中を見つめながら、心に誓った。いつか私もミンのようになりたい。強くなって、ミンを、お姉様たちを、みんなを護れるようになりたいと。


けれど、今の私には何もできない。 ルナシールは血と炎に焼かれている。かつて笑顔で接してくれた店主は、触手を蠢かせる畸変体へと成り果てた。ドゥルイドたちの祈りは汚染に呑まれ、力なく霧散していく。アドリアンの白髪は汚れ、肩の傷口からは生々しい血が流れている。ミンは氷の剣を振るい続けているが、その呼吸は重く、鋭利な刃を振るうごとに彼の命が削られていくのがわかった。


私は、ただ見ているだけ。


「……お兄さん、お姉様……」 唇を噛み締め、涙が溢れる。汚れた地面に触れた手のひらから、大地の悲鳴が伝わってくる。土の奥底で、自然の気配が死を待つように震えている。


上空には、狂気を宿した漆黒の巨眼が現れた。大地が鳴動し、同胞たちがさらに激しく咆哮する。アドリアンの杖が倒れそうになり、彼の絶望した声が届く。「自然の力が……枯れていく……」


心臓が、張り裂けそうだった。 けれど、私はもう逃げたくない。 ミンが私を護ってくれたように、今度は私がみんなを護りたい。お姉様たちが傷つきながら戦っているように、私も戦いたい。魔法の才能が足りなくても、力が弱くても、私にしかできないことがある。 自分自身を、この闇を照らす「希望」に変えることだ。


私は立ち上がる。 「ウォルス様!」というアドリアンの制止を振り切り、小さな体を一歩、前へ踏み出した。汚染の風が髪を翻し、巨眼の冷酷な視線が私を射抜く。けれど、恐怖はなかった。


私は両手を広げ、血に染まった空を仰いだ。 琥珀色の瞳に、地獄のような赤が映り込む。 私は声を上げる。震えを意志で押さえつけ、魂の底から叫んだ。


「――私が、新月となる!」


その言霊が響いた瞬間、天地が鳴動した。 上空を覆っていた赤い霧が、巨大な力によって真っ二つに裂かれた。


左側の空は、狂気の朱色。巨大な月と無数の瞳が蠢く、カーシャの汚染。 右側の空は、清浄な青紫色。澄み渡る星空の中心で、一輪の新月が私の声に応えるように、優しく、けれど力強く輝き始めた。


二つの月が、空を二分している。 狂気と希望。朱と蒼。


右側の空から、淡緑色の光が雨のように降り注いだ。 その光は汚染の霧を払い、大地を優しく愛撫した。枯れた草が蘇り、倒れた木々が芽吹き、ドゥルイドたちの傷が瞬く間に癒えていく。彼らの杖からはかつてないほど強靭な魔力が溢れ出し、汚染の紫を力強く押し返した。


「これは……月の女神の加護……!」


アドリアンが目を見開き、凛とした姿で杖を掲げる。ドゥルイドたちの祈りが一つになり、戦場に聖なる調べが響き渡った。


私は光の中に立っている。 琥珀色の瞳で二つの月を見つめ、全身に満ちる自然の息吹を感じていた。草の芽吹き、木の呼吸、鳥の羽ばたき――世界のすべてが、私の中で歌っている。


私は杖を握りしめた。溢れ出す緑の魔力は私の意志を乗せ、空へと昇っていく。 血の月の巨眼が私を睨みつけるが、もう怯むことはない。


私は生まれながらのドゥルイド。祝福を授かった子。 もう、護られるだけの小さな子供ではない。


私は杖を高く掲げ、迷いなき声で命じた。


「自然の力よ……みんなを救って!」


緑の魔力が星の月と共鳴し、戦場を清浄な光で満たした。 血の月の巨眼が、眩しさに耐えかねるように一瞬、その瞼を閉じた。


これが私の力。 ウォルスヴィス・エヴィヘルの、真実の覚悟だ。

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