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死して八年、デスナイトとして蘇る。――この食い荒らされた世を切り裂き、狂った因果に復讐を  作者: Tiny Abomination in a Jar


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マギナ・サヴィレック

シルヴィアがログの最後の一ページを捲った。その手は、凍りついたように動かなくなった。紙面にはカーチャの朱色の印だけでなく、宮廷顧問官や各部の貴族たちの署名が、黒い虫の群れのようにびっしりと並んでいた。エルフ族を護るべき上層階級の全てが、あのオークの女の爪牙に成り下がっていた。


「……この貴族たちが? 全員が、この悪行に加担していたというの?」  彼女の翡翠色の瞳には、怒りと絶望が渦巻いていた。握りしめた指先は白く強張り、指腹は紙の皺に深く食い込んでいる。


 俺は散らばった日誌と検体瓶をかき集め、計画の核心が記された数枚を懐に押し込んだ。 「これは単なる変異実験じゃない。権力争いでもない。カーチャの目的は地脈そのものを汚染し、感染を拡大させることだ。エルフという種族そのものを、底なしの深淵へ引きずり込もうとしている」  俺は日誌の『地脈汚染計画』という見出しを指差した。そこには実験の工程、聖城アレクサンドリアとの死体交換契約、そして上層貴族を抱き込むための冷酷な戦略が、血の通わぬ文字で刻まれていた。


「最初の被験体は、死を待つだけの老人たちだった。カーチャは彼らに、最初の『大地の血』を与えた。枯れ木に花が咲くような奇跡。彼女はそれを父王に見せつけ、回顧録のごとき成果として差し出した。王は信じ込んだ。だが、その最初の出来損ないどもは魔力を暴走させ、下水道の餌場へ『廃物』として投棄された。死体はそこでさらに汚染を撒き散らした。さらに悪いことに、カーチャは聖城と秘密協定を結んでいた。実験用の囚人と死体の通行権を引き換えに、汚染因子を聖城の地脈へと密かに運び込み、感染源を広げていったんだ」


「次は平民だ。夜闇に乗じて無辜の民を攫い、地脈汚染物を強制的に注入して変異実験を繰り返した。抵抗する者は実験台に送られ、汚染に適応した僅かな者は『大地の祝福を受けた者』として民衆の前に晒された。偽りの希望という餌だ。上層の貴族には別の手を使った。彼らには高濃度の『大地の血』を専売し、寿命の延長と実力の向上を約束した。誘惑に抗えぬ貴族たちは同胞を裏切り、真実を隠蔽するための共犯者へと堕ちた」


「そして、真っ先に標的となったのがドルイド教だ。地脈の異常に敏感な彼らが真実を暴くのを恐れ、カーチャは彼らを汚名に塗れさせた。『ドルイドの祝福が地脈のエネルギーを枯渇させ、寿命を縮める元凶だ』とな。彼女は洗脳された信徒たちの家族を人質に取り、家族の安全か、教えへの忠誠かの選択を迫った。結果、あまりにも多くの者が自分たちの平穏を選び、ドルイドの教えを捨てた」


 シルヴィアは深く息を吸い、日誌の縁に記された追記を凝視した。  ――『地脈が汚染に浸食されし時、長生種の生命力は枯渇せん。その時、オークがこの大地を接収する』 「……この八年間、同胞たちが次々と死んでいったのは、天寿を全うしたからじゃなかった。地脈が汚染されていたから……。民の寿命が縮まっていたのも、汚染が拡散していた兆候だったのね」  彼女の声が震えていた。


「ただ……俺はこの名簿の中に、一つだけ妙な記号でチェックされている奴が気になっている」


「どこ?」  シルヴィアが立ち上がり、俺が指した箇所に目を落とした。瞬間、彼女の顔から血の気が引いた。 「……これは? サヴィレック将軍」


「サヴィレック? あの『嘆きの壁』か」


「そうよ、マギナ・サヴィレック。世に『窃法者せっぽうしゃ』『敵法師アンチ・メイジ』『否定の信仰』、そして『アールヴ・ヘイムの嘆きの壁』と呼ばれた男」  シルヴィアは震える手で実験報告書を受け取った。その名をなぞる指先が、絶望に震えている。 「どうして……どうして実験リストに彼がいるの? 彼は一生をアールヴ・ヘイムに捧げ、王城を守るために呪文さえも捨て去った男なのよ。そんなことが……」


 窃法者、敵法師、否定の信仰、そして嘆きの壁。その頭文字の全てが、反魔法における彼の到達した高みを示していた。最後の一つの名は、彼の強大さが揺るぎないものであることの証明だった。


 俺は剣を鞘に収めた。刃の冷たさが指に伝わり、胸の奥の重苦しさを押し殺す。 「泣いても始まらない。これを王都の奴らに見せてやるんだ。カーチャの約束した寿命も力も、全てがペテンだったと。上層の腐敗、民の犠牲、地脈の汚染の上に築かれた統治など、粉々に砕いてやる」


 言葉が終わるか終わらぬかの時だった。  死んでいたはずの通路の奥から、重苦しい「ガラ……ガラ……」という鎖を引きずる音が聞こえてきた。腐食したコンクリートの上を鉄の輪が擦れる、耳障りな鈍い音。湿った空気の中を、その音はゆっくりと這うように近づいてくる。天井から滴る水滴が汚泥に跳ねる音さえ、その鎖の音を際立たせるための静寂に思えた。


 俺とシルヴィアは同時に身を屈め、通路脇の石壁の影に潜んだ。  壁からは冷たい水気が滲み出し、腐肉と汚染特有の生臭い臭いが鼻を突く。俺はシルヴィアの肩を押し、声を殺せと合図した。呼吸を極限まで抑え、壁の隙間から音の主を見据える。


 わずかに差し込む幽光の中に、巨大な輪郭が浮かび上がった。  並の精灵より二回りは巨大な体躯。軍人特有の毅然とした背筋を保ちながらも、その動きはどこか硬く、異様だった。全身に太い鎖が絡みつき、その一端は肩骨や腹部に深く食い込んでいる。錆びた鎖には黒ずんだ血と乳白色の粘液がこびりつき、一歩進むたびに火花が暗闇で小さく弾けた。


 その男が近づくにつれ、俺はその正体を確信した。  サヴィレック将軍。  だが、そこに伝説の「嘆きの壁」の面影はなかった。上半身は裸で、背中には移植されたもう一対の腕――四本の腕が蠢いている。身体の継ぎ目からは暗赤色の汁が溢れ、肌は地脈汚染に侵された不気味な青灰色に変色していた。目は黒布で覆われている。だが、その奥には復讐の焔が岩漿マグマのように渦巻いているのが分かった。


 皮膚の下で何かが蠢き、触手が表皮を突き破ろうとしている。顔を横切る深い傷からは紫の粘液が滴り、顎で凝固していた。右手が壁を撫でると、コンクリートが容易く削り取られ、無惨な痕跡を残す。左手は拳を固く握りしめ、そこには剣を握っていた頃の死兵の執念が宿っていた。


「サヴィレック将軍……」  隣でシルヴィアが絶望に満ちた呟きを漏らした。彼女は彼の腰にある紋章を見ていた。汚染に塗れてもなお、それはサヴィレック家の誇りを示していた。


 マギナは俺たちの存在に気づかぬまま、本能に従い歩を進める。その足取りは重く、汚泥を跳ね上げる。彼から放たれる汚染の気配は、これまで遭遇したどの変異体よりも濃密で、息が詰まるほどだった。彼の体内では、強大な闘気と汚染の力が狂ったように衝突し、喉からは獣のような呻きが漏れている。


 彼は俺たちの隠れる石壁の近くで足を止めた。  首をゆっくりと巡らせ、俺たちの方向を見据える。通路は静止した。聞こえるのは鎖の余韻と、古びたふいごのような、血の臭いのする荒い呼吸音だけだ。


 シルヴィアの手が震え、短剣を握り直した。それは恐怖ではなく、極限の悲しみだった。俺は背中の剣の柄を握りしめた。刃が熱を帯び、背中の蓮花が幽藍の冷焔を灯し始める。  目の前の男は、もう将軍ではない。カーチャの実験台で産み落とされた、最強の殺戮人形だ。


 サヴィレックの喉から、地を這うような咆哮が上がった。  異化した触手が、俺たちが潜む石壁を薙ぎ払う。凄まじい風圧と共に石壁が爆発し、瓦礫が舞った。俺たちの姿が、ついにその紫の眼光の前に晒される。


 サヴィレックが天を仰いで吼えた。鎖が激しく打ち鳴らされ、通路に轟音が響き渡る。  四本の腕が獲物を定める。殺意が、逃れられぬ重圧となって押し寄せてきた。

更新が遅れたことを、ここに詫びる。


 このエルフ編の背景と大綱をどう構築すべきか、今日はずっとそればかりを考えていた。この種族の宿命を「整合性のある絶望」へと落とし込む作業は、想像以上に困難で、頭を悩ませるものだった。


 だが、ようやく一本の線が繋がった。  この荒涼とした世界のことわりと、マギナ・サヴィレックという男の悲劇が、物語の歯車を正しく回し始めたと感じている。


 待たせた分、この先の展開で応えたい。

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