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死して八年、デスナイトとして蘇る。――この食い荒らされた世を切り裂き、狂った因果に復讐を  作者: Tiny Abomination in a Jar


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禁忌の残響

下水道の湿った闇は粘り気を帯び,壁面には青黴が蔓延し,ドロドロと垂れる粘液がコンクリートの溝に滴り落ち,規則的な音が静寂を穿つ。シルヴィアの翡翠色の瞳は今にも溢れそうな涙を湛え,長睫が頻繁に震え,却って周囲の悪臭と死気を一層鮮明にさせている。俺は足元の汚泥音を抑え,周囲の気配を仄めかしながら,彼女の意識を絶望から逸らすために,あえて無駄な雑談を振った。


「なあ,お前の妹はどうした?」


「……え? 急に何?」シルヴィアは驚いて顔を上げ,瞳に浮かんだ涙がゆらゆらと揺れる。


「ただの確認だ」俺は視線を壁の奥に送り,微かな魔力波動を捉えた。


「……あの子なら,私の隠れ家に置いているわ。アドリアンが守っているもの」彼女の声はやや落ち着き,手を胸に当てて柔らかく語る。


「アドリアン?」


「大ドルイドよ。私の執事でもあるわ。自然の魔力を使いこなせる,少数の信頼できる者だ」シルヴィアが話しかける途中で,俺の頻繁な視線の動きに気づき,眉を寄せた。「……それより,さっきから何をキョロキョロ見ているの?」


俺は鼻を鳴らし,冷たいコンクリートの壁に近づき,指で壁面の汚れを拭い去った。その奥に潜む「死」の臭いが,下水道の汚臭を突き抜けて鼻を刺激する。「死の臭いが消えない。……ここに何かがある。ただ入り口が隠されているか,見つからないだけだ」


俺は目の前の分厚い鉄柵に手をかけた。鉄柵は腕の太さの鋼棒で編まれ,表面には銀色の魔法紋様が刻まれ,薄紫色の微光を纏っている。指が触れた瞬間,鋭い『魔法の残滓』が指尖に刺さるような痛感を与え,それは汚臭とは別の,魔力の腐敗したような雰囲気だ。「魔力の痕跡もあるかも。だが,死の臭いが強すぎて判別がつかない」


「魔力!?……きっと姉様だわ!」シルヴィアの顔に一瞬,絶望からの救いのような光が灯り,足を前に踏み出した。「姉様はグランド・メイジですもの。こんな魔法の痕跡を残すのは,きっと彼女だ! そうか,直接中へ転送したんだわ……。魔法って本当に便利ですよね」その希望は束の間,俺の次の動作を見て声を上げて消えた。「え!? ちょっと,何をするつもり?」


「何って。俺はデスナイトで,あんたは常闇の君主ナイトロードだ。相手が誰だろうが,今更ビビる必要なんてないだろ」俺は鉄柵を両手で掴み,腕の筋肉を隆起させて力を込めた。が,魔法の加護を受けた鉄はびくともしなかり,反って手に衝撃が戻ってくる。「理屈はいい。壊せば通れる」


俺はヴェサリオの残酷を鞘から一気に抜き放った。黒い刃身には死のオーラが渦巻き,理不尽なまでの暴力が冷たい鋼に宿り,周囲の空気が一瞬で凍りついた。シルヴィアは本能的に後退し,翡翠色の瞳を刃に映して驚愕している。


――ガキィィィィィィン!


耳を劈く金属の絶叫が下水道に響き渡り,無数の火花が汚泥の上に散らばり,闇を一瞬にして照らし出した。俺は腰からの力を全て刀に込め,斜め上方から垂直に斬り下ろす——魔法の加護を受けていたはずの鉄柵が,粘土のように脆く断ち切られ,断片がガタガタと汚泥の中に落ちて沈んだ。刃身に残った魔法の残響がヒヒリと鳴り,俺は手を振ってそれを払い落とした。


「行くぞ。お姉ちゃんが中で待ってるんだろ?」


俺は剣を払って刃に付着した鉄粉を落とし,破壊した柵の隙間から,死の臭いがさらに濃厚に渦巻く闇の深淵へと足を踏み入れた。汚泥は膝下まで浸かり,每一步踏むたびに沈み込む感触がする。


柵を破壊し、俺たちが踏み込んだ先は、沈黙が支配する死の揺り籠だった。だが、その静寂は長くは続かない。


先ほどの破壊音か、あるいは生者の体温か。闇の奥で、無数の「何か」が身じろぎする音が聞こえた。それは乾いた鱗が擦れる音であり、湿った肉が剥がれる音だった。


――「ア、アァ……」


重い呼吸と共に、畸変体きへんたいの群れが姿を現す。あるものは四肢が不自然に増殖し、あるものは頭部が破裂して触手が剥き出しになっている。奴らは空腹な獣の熱を孕み、汚泥を蹴り立ててこちらへ殺到した。


「下がっていろ、王女様。……ここからは俺の領域だ」


俺が低く告げると同時に、背中の『蓮花』が脈動を始めた。凍てつくような幽藍ゆうらんの光が闇を切り裂き、俺の視界には冷たい蒼炎が灯る。デスナイトとしての本能が、周囲の「生」を否定し、純粋な「死」の効率を計算し始める。


俺は剣を低く構え、先頭の異形へと踏み込んだ。


――屠殺の始まりだ。


鋼が肉を裂く音は、もはや音楽のようだった。蒼い炎が軌跡を描くたびに、畸変体の腕が飛び、首が跳ねる。彼らに痛みを感じる暇はない。ただ、冷徹な死のことわりが、その歪んだ生命を一つずつ丁寧に刈り取っていく。


「……便利だな、この体は」


返り血を浴びながら、俺は次の獲物へと視線を向けた。その瞳に宿る炎は、地獄の業火よりもなお冷たく、静かに燃え盛っていた。


先に続く通路には,先ほどの戦いで倒した畸変体の死骸が山を築いている。乳白色の粘液が地面に広がり,触手の断片が痙攣しながら最後の動きを止め,幽藍の妖火が死骸の上でゆっくりと鎮まり,僅かな余韻が暗闇に浮かんでいる。俺たちは血と粘液の海をかき分けて渡り,靴底が肉塊に踏み込まれるグベリという音が,通路の静寂に響く。やがて,その廊下の最奥へと辿り着いた。


そこには,銀の蔓模様が精緻に彫られた巨大な扉があった。扉は石製で重厚感に満ち,表面の銀紋は淡い白光を放ち,結界の波動がひっそりと流れている。「……反魔法封印か」俺は扉に手を触れようとしたが,指先が見えない透明な壁に弾かれ,ひりひりとした痛感を受けた。「メイジやサマーンを無力化するための代物だ。なるほどな,さっきの肉塊どもが魔力に飢えていた理由が分かった。魔法を使えば使うほど,魔力の波動が奴らを呼び寄せる餌になるわけだ」


俺は周囲の冷え切った空気を見渡した。通路の両側には,実験用のガラス瓶の破片が散らばり,中には乾いた肉塊が残っている。「……お姉ちゃんの姿がない。グランド・メイジなら,この封印を察知した時点で無理はせず,退却を選んだはずだ。これほど大規模な封印を力尽くで破るのは,効率が悪すぎるからな」


「残念だったわね,この封印。相手が普通の魔導師なら,完璧だったでしょうけど」シルヴィアが一歩前に出て,俺の身を越えた。彼女の瞳には先ほどの脆弱さが消え,夜そのものの深淵が宿り,銀色の髪が結界の光を反射して妖しげに輝く。「私は『常夜の君主』に最も近い存在。……理屈で縛れる力じゃないわ」


パチン,と軽やかな指を鳴らす音が静寂に響いた。その瞬間,扉の銀の紋様が悲鳴を上げるようにひび割れ始め,白光が乱れ,反魔法の結界が霧のように薄まり,やがて完全に霧散した。石扉は緩やかに内側に開き,軋む音が通路に響き渡る。


開かれた扉の先には,どこまでも続くような長い廊下と,左右に並ぶ無数の個室があった。廊下の壁には暗い油燈が並び,光がぼんやりと揺れ,個室の鉄格子からは,薬品の刺激臭と肉の腐敗臭が混ざった悪臭が漏れ出している。俺たちは無言で頷き合い,手分けして部屋を漁り始めた——俺は左側,シルヴィアは右側へと進んだ。


最初の個室を開けた瞬間,そこにあったのは,もはや「禁忌」という言葉すら生温い記録の山だった。金属製の実験台が中央に置かれ,上面には汚れた手術器具や,乾いた血痕が残っている。周囲の棚には,密封された検体サンプルが並び,中には縮んだ触手や,畸变した眼球が浮遊している。机の上には,執拗なまでに詳細な実験日誌と実験データが積み重なっている。


いつから始まったのか,その起点すら不明なほど膨大な紙束を,俺は手に取った。紙面は黄ばんで脆く,褪色したインクで書かれた文字の間には,血の斑点が散らばっている。そこには,さっき俺たちが切り伏せた畸変体たちの正体が詳細に記されていた。


「……永生えいせいの実験品,か」俺は日誌のページをめくる手を止め,声は冷たく無感情だ。


彼らは,死から逃れようとした者たちの成れの果てだ。日誌には,寿命が尽きるのを恐れた老いた貴族,戦場で命を落とすと知った兵士,失われた家族を取り返そうとする平民——彼らが,この冷たい医療器具の上で肉を盛り上げ,巫教の呪文と魔法で魂を歪ませていった過程が,冷淡なインクで一文字一文字綴られている。実験の失敗例,成功例の断片,さらには「被験体の痛みを感知しないよう,神経を切除する」といった非道な記述までが,詳細に記録されている。


俺は一冊の日誌を閉じ,シルヴィアの方向に叫んだ。彼女は隣の個室で日誌をめくっており,肩がぶれている。「シルヴィア,これを見ろ。……君の姉貴が探していたのは,これかもしれないぞ」


シルヴィアが駆け寄り,俺が渡した日誌を手に取る。ページをめくる手は激しく震え,翡翠色の瞳が日誌の文字を見つめて,次第に蒼白になっていく。廊下の油燈が揺れ,二人の影が壁に伸びて重なり,禁忌の真実が暗闇の中で緩やかに浮かび上がった。

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