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死して八年、デスナイトとして蘇る。――この食い荒らされた世を切り裂き、狂った因果に復讐を  作者: Tiny Abomination in a Jar


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新たな旅路

新しい伯爵が派遣されるまで、この街の管理をコーシーに委ねた。  エイドリアンの屋敷で見つけた金塊も、すべてあいつに叩きつけた。自分の眼が曇っていないことを祈るしかない。


「俺の家はもともと、ムクキンスの貴族だったんですよ」  コーシーは金塊を検分しながら、遠い目をして語った。 「親が病で家産を売り払い、下層区に身を落とした。だから俺は、金への執着と、貴族としての教養、そして地獄のような下層の現実を同時に背負って育った。……まあ、まずはこの汚い道を直すことから始めますよ。あんたが次にここへ来る時は、こんな湿った泥に足を取られなくて済むようにな」


 俺は小さく笑い、ルルの手を引いて歩き出した。  ふと、背後の気配に気づき、視線をやる。建物の影から、拙い隠れ方をした長い影が伸びていた。


「レグ! ……しっかり鍛えておけよ」


 俺が大声で投げかけると、その影は慌てたように闇の向こうへ消えた。あの臭いガキめ。


 俺たちは雇った馬車を一日走らせ、ムクキンスの境界を越えた。レイクという静かな宿場町で一晩の休息を取り、翌朝、目的地である『日没のサンセット・クリフ』へと向かった。


 そこに、それは鎮座していた。


 地精ゴブリンと、ドワーフの偏執的なまでの職人気質——その二つが混ざり合って生まれた智慧の結晶。  全長百メートルを越える巨大な船体が、係留塔に繋がれ、朝日にその金属の肌を輝かせている。


 飛空艇『アルカディア号』。


 船体は四層構造になっていた。最下層は家畜や馬、あるいは旅人の騎乗獣を収容する広大な貨物室。そこへ愛馬を預けられるのは、中層の個室を予約した貴賓客だけだ。  俺たちが買ったのは普通席の切符。だが、今はそれで十分だった。


「……おじさん、あれ、浮くの?」  ルルが俺の裾を握り、驚愕に目を見開いている。


 離陸時、魔導師たちが展開する結界の振動が床から伝わってきた。  浮遊石が唸りを上げ、巨大な質量が重力から解き放たれる。窓の外では、サンセット・クリフの断崖がゆっくりと沈み、やがて地上のすべてがジオラマのように小さくなっていった。


 巡航速度に乗り、結界が安定すると、甲板への出入りが許可された。  俺はルルを連れて、最上階のオープンデッキへと出た。


「わあ……っ!」


 ルルの歓声が、吹き抜ける風にさらわれていく。  高度三千メートル。  下界を見下ろせば、先ほどまで俺たちを苦しめていた泥濘の街も、血に汚れた採石場も、今はただの緑と茶色の斑点に過ぎない。    雲の切れ間から差し込む陽光が、地上の川を銀色の筋に変え、遥か先には北の連峰が白く霞んでいる。  空気は薄く、だが驚くほど清んでいた。そこには死の匂いも、腐った権力の腐臭もない。ただ、冷たくて鋭い、自由の匂いだけがした。


「見て! ミンさん、鳥が下を飛んでる!」  手すりにかじりつき、ルルが叫ぶ。


 俺は手すりに背を預け、懐から干し肉を一つ取り出して口に放り込んだ。 甲板の手すりにしがみつき、ルルはあちこちを指差しては声を上げていた。  雲を追い越す影、豆粒のように小さくなった街、そしてどこまでも続く青い地平線。    彼女の横顔には、泥にまみれた宿屋の隅で震えていた面影はもうなかった。頬を紅潮させ、瞳を輝かせて笑うその姿を、俺は少し離れた場所から黙って見ていた。


 あぁ、これだ。


かつて、地獄のような戦場を這いずり回っていた俺を、老兵たちはその命を盾にして守り抜いてくれた。彼らが泥を啜り、血を流してまで繋ぎ止めてくれたのは、名もなき少年だった頃の俺の命だ。


 そして今、俺の手の中には、かつての俺と同じように小さく脆い命がある。

あの騎士、エイドリアンも、かつてはルルのように純粋だったのだろう。  だが、あいつは真っ白な布のまま、この世界の『染めそめがめ』に放り込まれた。池の汚泥を吸い込み、飽和し、やがて重くなって瓶の底へと沈んでいった。そして、最後には瓶そのものと一体化してしまったのだ。


 俺は、この子の隣で笑う資格などない死神だ。  だが、少なくとも今、この子が純粋で美しくあることは信じていたい。俺が守り抜きたいのはその純粋さであり、俺が叩き斬りたいのは、子供たちを呑み込もうとするあの汚い染め瓶のひとつひとつだ。


 子供が大人になった時、自分がかつて憎んだ怪物に成り果ててしまうような、そんな世界を俺は壊したい。


 高潔な騎士の誓いも、聖王が語る正義も、俺にはどうでもよかった。  俺が欲しかったのは、この小さくて脆い生き物が、何の怯えもなく空を仰いで笑える、ただそれだけの瞬間だったのだ。そのために、俺の手がどれほど血に汚れようと、それがどれほど泥臭い生き方であろうと、構わない。


 飛空艇は大きな影を地上に落としながら、静かに、だが確実に北へと舵を切る。 この心臓が動いている限り、この笑顔を曇らせるものはすべて、俺が断ち切るだろう。


「ミンさん! 見て、あんなに大きな雲があるよ!」 「ああ……見てる。しっかり掴まってろよ」


 俺の声は風に溶け、飛空艇はさらに高く、未知の北の空へと突き進んでいった。

最近、後記を書くのを止めていた。反応がないことに、どこか虚しさを感じていたからだ。 だが、この数日、飯を食う時も眠りに就く時も、ミンやルル、そしてラグの影が俺の脳裏から離れなかった。


彼らの論理が通っているか。俺がこの眼で見てきた世界の汚れや、わずかな光を、正しく文字に刻めているか。そればかりを考えていた。


思えば、独りきりで荒野を歩いているような感覚だった。


それでも、新しく足跡を残してくれた奴や、ずっと後ろをついてきてくれる奴がいることに気づいた。感謝している。あんたたちが、俺の次の弾丸を込める力になっている。


もし、この物語があんたの心に少しでも刺さったのなら、何か一つ、印を残してほしい。言葉でも、星でもいい。 俺に、一人で戦っているんじゃないと教えてくれ。


物語は、北へ向かう。 そこには、空よりも冷たい現実が待っているはずだ。


ありがとう。

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